ビルトニアの女
君に託した言葉【7】
 翌日、ドロテアは朝早くから起き行儀悪く、サンドイッチを口に運びながら村中を歩き回る。アードはその背後を浮遊状態でついてゆく。
 エルストも寝起きから “人が物を隠しそうな場所” を探すことを開始。ヒルダは聖典を開き、ヒントになる部分がないかを探す。
 その間レイは馬の世話と、荷物の整理。
 最も早くに仕事が終わったのはレイで、手持ち無沙汰になってしまったが “何をしたらいいのだろう?” などとドロテアに尋ねようものなら叱られることは理解しているので、エルストのところに向かい指示を仰いだ。
「何かあるか?」
「特にないけれど。そうだな、レイだったら何処に隠す?」
「俺だったら、隠さないで持ち歩くと思う」
「確かにそれが一番の “隠し場所” だな。でも、ドロテアが言った通りなら棺は壊れない……いや、本人が持ってる可能性が大だ。ドロテア!」
 レイと話していたエルストは昨晩の『普通じゃ叩き壊せもしない』という言葉と、
「棺の中?」
 普通ではない力の持ち主の存在を並べて、そこではないかと “あたり” をつけた。
「カルマンタンの最終目的はレイだろ? そして他人には知られたくはない、それで考えりゃあ棺の中が一番怪しい」
「エルセン文章の暗号をそう簡単に人に預けたりはしないか……仕方ねえ、墓掘り返すぞ! レイ、カルマンタンの墓掘り返して来い」
「解った」
 それだけ言うと、レイはオーヴァートから貰った剣を持ち、墓場へと駆け出していった。
 白銀の長髪と皇帝より手渡された剣。
「あの剣、土掘り返すのに使われてばっかりだね」
「良いんじゃねえ」
【皇帝から下賜された剣なのにか】
「ただの剣だ」
 ヒルダは走っていたレイの後を追いかけ、掘り返しかかっている処で、一応の祈りを捧げその後、掘り返される作業が再開された。
 昨日、岩盤を掘り抜いて痛い目というか、怖い目にあったので幾分丁寧でゆっくりにも見て取れる、レイの墓発掘作業。三人と一体は黙ってそれを見守っていた。
「お、棺出てきたな」
「上からだと、意外に地味ですね」
 棺が現れたところでレイは手を止め、それと同時にドロテアとエルストが穴に飛び込み、屈んで手で土をよける。棺の状態と、施されている術を確かめて、移動させても何も起こらないことを両者共確認し、地表に上げる。
「レイ、棺を持って上がれ」
 掘り返され、地上に置かれた棺はぱっと見「ちょっと手が込んでいる」程度だが、
「こりゃ、開けられないな」
 ちんけな泥棒こと、エルストには開けない代物だった。
 棺に手と耳をあてて中を確認したエルストが説明するところでは、中に幾つものトラップが施されており、
「中身が何かを知らなかったら、割があわないからすぐに諦めるだろうね」
 そのくらいに複雑なものであったらしい。
「これを叩き壊せばいいのか?」
 ただ、人間に対しては発動し、致命傷を与えるトラップであってもレイには無意味。という事で、
「俺達が安全区域まで退避してからな。後の指示はアードに任せた。無事にエルセン文章の暗号文を手に入れろ」
 ドロテア達は背を向けてとっとと歩き出した。
【ちょっ! 待て、アンタら!】
「言っても無意味だと思うぞ」
 一人残されたレイは、剣を構えて “どう叩き割ろうか?” を予行練習しだす始末。
 “母さん、こいつらについて行けないよ……” アードはそう思いながらも、顔を知っていた相手が縦や横に真二つにされるのを回避するべく、
【ここら辺を切って、ここに遺体が入ってるから】
 切り口の指示を開始した。
 その間、エルストは小屋の戸板を外し、壊された後の棺の補修用材料を作る。
「姉さん、お腹空きませんか」
「別に減っちゃあいねえよ。これが済み次第、パーパピルス王国の首都に向かう。あそこは港町だから、久しぶりに魚料理大量に食えるぞ。それまで、腹空かせて待ってろ」

 『普通じゃ叩き壊せない』棺も、レクトリトアードの力の前には何の意味もなさなかった。

 数々のエルストも解除するのを面倒だと言った……大体なんでも面倒がる男ではあるが、とにかく専門職が匙を投げ気味だったトラップも軽く回避した男は、棺の中から冊子を取り出しアードに見せてからドロテアの方へと持って来た。
 受け取ったドロテアは無造作にそれを開いて、眉間に皺を寄せる。
「うわっ! なんですか? コレ」
 覗き込んだヒルダの上げた声は “絶対無理” を含んでいた。
 羅列されている文章は、変わったことは書いていない。ざっと目を通した感じでは、日記のように見える。いや、日記にしか見えない。
 ある程度『暗号らしさ』が見受けられたなら、解読のしようもあるが、あまりにも完璧な日記に解決の糸口も見当たらない。
「手の込んだ暗号文だ。こりゃ手引書無しじゃあ、解読は不可能だな」
 “やれやれ” と言いながら閉じ、念のために暗号文章の冊子を振ってみる。聖典の中にアンセロウムの借用書があったのと同じように、中に何かが紛れ込んでいるかのように見せかけ、重要なものがあるかもしれないと。
「何か落ちてきましたよ」
「まさか、本当に何か落ちてくるとは思わなかったぜ」
 冊子からパラリと落ちた紙をヒルダが拾い、ドロテアに手渡す。
「アンセロウムの借用書と同じだな」
 紙の素材が同じで、書かれている文章も “借用書” のそれであった。
「へえ、勝手に貸し付けられやがるな」
「はい? ……あっ! エピランダって、レイさん?」
「軍資金らしい」
 朝の日差しに透かしつつ、そう口にしたドロテアは少しばかり不機嫌そうであった。
 ヒルダは “どうしたのかな” と思いはしたが、それ程不機嫌ではないので尋ねずに、棺の突貫修復作業の終わったエルストのところに向かい、再び祈りを捧げた。
 その後をドロテアがゆっくりと近寄り、棺を見下すようにして舌打ちをくれてやった。何を怒っているのかはわからないが、棺の主が起こられているのだろうとレイは大急ぎで棺を穴に戻して、
「ドロテア、土かけても良いか!」
「ああ、とっとと埋めやがれ」
 土を被せた後を四人で踏み硬め、一息付きながらドロテアは借用書のような物を見せて説明を始めた。
「イングヴァール討伐用の資金だ。カルマンタンの実家と就職先から出ているらしい」
 紙には法外な金額が書かれ、返済は魔帝討伐で相殺となっている。資金の出所は、エルセン王国とエド法国。
「もともと、エド法国には魔帝討伐準資金のようなものが積み立てされていたらしい。エルセン王国を始め諸国の献金をエド法国内でグルグルと回して、人に知られないように貯めてたみてえだ。それも、おそらく焚書坑儒の辺りで途切れただろう、だからこうやってカルマンタンが書き記しておいたんだろうよ。不明瞭な会計、ディス二世の頃はどうか知らねえが、今じゃあ全てセツの手の内だ。後で聞いてみるか」
 そんな会話している脇で、手渡された紙を見ながらヒルダは首をかしげた
「怪訝そうなツラしてるな、ヒルダ」
「いや、だって、この金額が金貨で存在してるとしたら何処に存在してるのかな? と思いまして」
「元々の保管場所だろうよ。シュキロスは法王の座に就いた辺りで既に吸血大公の支配下にあったから、金には興味を示さなかったと思うぜ。あくまでも勇者に拘っていたんだろうし。何にせよ、レイ。これはお前の財産らしいから、受け取って遊べ」
「え? 魔帝倒してないぞ」
「別に良いだろ。ちなみに、何処にあるのか、俺にもさっぱり解らねえけどよ」

 紙を渡されたレイは首を傾げるだけだったのは、言うまでもない。

 軽く墓を荒らし片付けた後、ここにはもう用事はないと昨晩宿にさせてもらった廃屋の空気を入れ替え、軽く掃除をして村を出ることにした。
「おい、行くぞ。アード」
 一人で村の中をうろついている霊体に合図を送ると “悪い悪い” といった表情で戻ってきた。
「何探してたんだ?」
【あ、いや。ラキとイザードの墓があったら何かわかるかと思ったんだが、二人の墓は無かった。廃村になる前に出て行ったんだろうな】
 その言葉にドロテアは “また” 引っかかりを感じたが、
「……そうか」
 そう口にしただけで、馬車に乗り込み村を出る。
 馬車に荷台で振動すら感じないほどにドロテアは今までの出来事を並べて考え “直して” いた。
『先ずは、事実を羅列していくか』
 理解できないエルセン文章の暗号文を眺めながら、この頃一方的に押し付けられる “レクトリトアードと言う名の勇者” に関して。
『カルマンタンはアンセロウムの字を解読して、その後に暗号文と手引書を作った』
 これは昨日と今日でドロテアが手に入れた事実。
『カルマンタンはアードの村にいる奴等と、エルセン王族の祖先が同じという事は知っている』
 それはアードから直接聞いたので、間違いはない。
『暗号文と手引書が完成させたのはカルマンタンで、当然その当時は生きている。生きていたから死後、常人では開くことが殆ど不可能な細工を施した棺に暗号文を保管しておくことが出来た。ならその意志を継ぎ、棺に暗号文を入れたのは? 村人か? いや弟子ラキとイザード? と考えるのが妥当か』
 ここに関しては不確かだが、弟子がいた事実だけは確か。
『二人の現在の生死は不明だが、その二人の間にできたと思われる “ヘイド” 生きているのか死んでいるのかも解らないヤツだが “ヘイド” はアードの村が滅んだ後に生まれたことだけは確かだろうな。それはアードが死んでから……』
「おい、アード」
【何だ? ドロテア】
「お前が言っていた、ラキとイザード。二人に子供がヘイドと考えると年齢の幅を絞り込みたい。下はこれからエヴィラケルヴィスで調べるが、上はお前の記憶が頼りだ。二人が結婚して子供を手に入れるとしたら、早くてもお前の死から何年後くらいだと思う」
 ドロテアの言葉にアードは昔の記憶を探る。
 アードの中にあるラキとイザードは、同い年で二人とも少年と少女の終わりに近いくらい。
【当時あの二人は若かったから、結婚するには早くても俺達が死んでから三年くらいは経った後じゃないか。子供も同じく、早過ぎても三年後くらいじゃないか?】
「そうか。じゃあお前の村が滅んだのが五十年前だから、四十七歳以下の男性ってことで良いのか。その辺りの年齢のパーパピルス出身の魔道師なんて聞いたことねえんだよな」
 アードの答えに、どうしてもドロテアは該当者をはじき出せない。
【両親は魔法使いだが、息子は魔法使いじゃない可能性もあるんじゃないのか。あ、そうだ、ラキとイザードに関しては?】
「……ラキとイザードな。心当たりが無いな……何よりも……」

―― レクトリトアードという名の勇者 ――

 ドロテアは眺めていた暗号文を閉じて、瞳を閉じた。

第十三章 【君に託した言葉】完

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