【というわけさ。長くなったけれども】
「そして俺達がドルタの封印……じゃあねえが、あの場からドルタが解放され、俺がドルタを召還出来るようになったからその力を用いたのか」
些かの疑問はあったが、ドロテアは敢えてそれには触れないで話に同意する。
【その通り。本来地に宿っている力が戻り、封印を自力で解いた。ドルタの力さえ用いていなければ、俺でも返すことが出来る】
「此処の結界に使われていた力は、あのドルタから抜いた力を用いて張られてた訳か。成る程な……だがお前の力を持ってしても他の神、聖地神フェイトナの守護厚い民族も、聖風神エルシナの守護厚い民族もどこにいるかわからないんだな?」
ドロテアが聖水神の力を解き放った為、此処の結界を維持する力が供給されなくなり、中で一人生前の力を持ったまま取り残されていた “死んだレクトリトアード” が結界を破る事に成功した。
それ程の術者であっても、他の二つの種族の行方を追うことは出来なかった。
【ああ、まずもって見えない……って、村が四つで残りが聖地神と聖風神の一族だって、俺言った?】
話が淡々と進むので、ついつい同意してしまった “死んだレクトリトアード” だが、まだそこら辺は説明していない。
「それかよ。こいつ “エピランダ” 即ち聖火の守護者。手前は水ってことは聖水の守護者こと “キルクレイム” だろ。じゃあ残りは聖地と聖風しかねえだろが。どっちが手前より先に滅んだのかは知らねえが、捕らえらちゃいねえ聖火神の疑似体の村まで20年前近く前に襲われてるってことは、残るもう一つも滅ぼされたって考えるのは当然だろう」
何当たり前な事聞いてるんだよ? と言った雰囲気で “生きているレクトリトアード” を親指で軽く指しながら答える。
【これは話が早くていい。ドルタだけじゃなくてシャフィニイまで持っている人は違うな】
額に手を当てて苦笑する “死んでいるレクトリトアード” を無視して、ドロテアは生きている方に話しかける。
「レイ。見事な崩壊っぷりだが、手前の村もこんな雰囲気なのか?」
「似ている……とおもう。壊れ方は違うけれど。瓦礫の崩れ方とかは全く違う」
「当たり前だ! そんなモンが同じになる訳ねえだろう! そうそう、呼び方に区別をつける。生身のレクトリトアードはレイ、幽霊のレクトリトアードはアードって事にする。いいな両者!」
「わかった」
【了解した】
そんな会話をしている最中、ヒルダは一人 “あれは!” と思った方向に白骨を避けながら進んでいた。
レイが言った通り、殆ど崩壊しているが村の雰囲気はよく似ている。特に、崩壊しているのに無傷で残っている石碑のようなもの。
前にヒルダがレイと共に立ち寄った「レイの故郷」と同じような場所に残っている、全く同じ形の石。そして記されている文字。文字は簡単に読めないヒルダだが、文字の形状だけは記憶していた。
「姉さん! この文字です! レイさんの村に残っていた文字と同じですよ!」
何から何まで同じように作られている村、そして残った石碑
「オマエは読めるのか? アード」
ヒルダの声に場所を移動して石碑の文字を読む。
【もちろん。君も読めるだろう……】
「ドロテアだ。そして俺に似てるのがヒルデガルド、ヒルダでいい。手前に似てない男がエルストだ、覚えておけ」
【じゃあドロテア。聖水神の封印をも解いた人物だ、読めるだろう】
「別に封印といたわけじゃねえが……」
なし崩し的にかなり嫌々、どうにでもなりやがれ! そんな風情で封印を解くハメになったのだが、そんな事一々説明するのも面倒だとドロテアはその文字を読む。
「“空が落ちてくる ここ空を支える柱となる 人柱を捧げよ 空を支える為に” ……空が落ちてくる? 人柱って生贄だろう? そういや、手前等の村じゃあ人柱っていう、随分と縁起悪い言葉を人名として使う習慣あるのか?」
【エセルハーネのことか? ああ……それは、言わば勇者の身代わりってヤツだから。俺の場合は従兄だったね。村全体が従兄弟みたいなモンなんだが】
「まんま “人柱” かよ。レイ! テメエの村にもいたよな?」
「俺を庇って死んだ女は確かにエセルハーネと……言った」
漠然と語るレイの言葉に視線を逸らしながらドロテアは頷いて、
「……。で、どうするんだ? アード」
幽霊に身の振り方を尋ねる。通常なら、とっとと魂をあの世へと強制送還させるのだが、目の前にいるアードは事情を考えれば強制送還するわけにはいかない。事情を考えないでも、
「私程度の聖職者じゃあ無理ですね」
魂を強制送還させる勉強をしてきたヒルダでも、この幽霊らしからぬ存在感を持つアードを、どうこうするのは無理だと両手を上げて降参のポーズを取る。
「だろな。此処まで能力高い霊体ってのも初めて見たぜ。手前の話からすると、」
【何をするにも魂一体じゃあどうにもならないんで、一緒に行ってもいいかい?】
「構いはしねえが……とりあえず、三人で大きな穴掘れ。白骨を全部埋める。あの石碑の前あたりに掘れ」
それだけ言うと、ドロテアはアードに “ついて来い” といった感じで人差し指を動かす。
「ああ、解った」
「はい!」
「ああ」
三人の返事を聞いているのか聞いていないのか、振り返らないで手を軽く振りかなり離れた、村はずれので立ち止まり、
「……アード、なんでテメエの母親の占い師は手前を “魂にしてまでして残したんだ?” 自分が残れば良い事だろう? 別にお前でなくても良いじゃねえか、事実を誰かに伝えるだけなら」
腕を組んだまま、面白くなさそうにアードを詰問する。
此処に来る前、レイの故郷へと向かう途中から何かドロテアは “気に食わなかった”
何が気に食わないのか? と問われれば、答えられないが胸の奥にある奇妙な感覚に苛立ちを感じていた。それは、エルセンで聞いたレクトリトアードの故郷にいる “幽霊” のあたりから。
ヒルダが見つけ、レイに幽霊が語った言葉の意味。
それがもたらす漠然とした、だが逃れられない何かを。
考えれば考える程、失った指の先の骨が軽く痛むような何か。ドロテアの心底不機嫌そうな問いにアードは真剣な表情を浮かべて、はぐらかさずに答える。
【さすがに聡いな……。実はな変わった言い伝えが他にもある。ドロテア、君は “転生” と言うのを聞いた事があるか?】
風で揺れる硬い葉の音と、ドロテアが最も嫌いな考え。
「魂が時間を超えて別の肉体に宿る、過去の記憶も過去の能力も全て持って。夢物語だと思ったが?」
特に何の感情も込めないでドロテアは返す。
アードはその通りだと言った表情で頷いた後、
【一般的にはそうかも知れないが、俺達は手順さえ踏めば可能だ。少し転生とは違うかもしれないな……この状態で身体を乗っ取ると言った方が正しいな】
「だが他の民族に、特に俺達のような人間に生まれ変わってもそれ程力は発揮出来ないだろう? 元来身体の造りが違う。あの回復力と魔法抵抗力がなければ……だから言わなかったのか」
レイとは違い、ほぼ全てを知っているアードはドロテアの言葉にそれ以上続けなかった。
【そうだ】
“捕らえらちゃいねえ聖火神の疑似体の村まで20年前近く前に襲われてるってことは”
「レイの村が襲われた原因は……手前の精神があの種類の体に入り込み、敵対するのを阻止だった訳か。聖火の身体なら自分本来ほどでなくとも動けるからな」
レイは女に庇われていた、その女が息絶えた時、敵は立ち去っていったと。
『重なっていた』生体パターンが潰えた事で死んだと思ったのだろう。そして問答無用で殺されかけたのは、レイは擬似精霊神として自我を崩壊させる方法がない為に、配下にできないと判断されて殺害されかけた。
三神は囚われていたが、レイが擬似精霊神になるにはシャフィニイが必要だ。
【少し言うのに気が引けた…… “やはり襲われたか” と】
そう、何よりもシャフィニイは捕らえられていない。アデライトは「シャフィニイ」を解析できなかった筈なのに、何故かレイが存在する。
「所で、何でレイが居るんだ? 勇者は三人、皇帝アデライドが精霊神のパターンを解析して作ったものだとしたらレイは存在しないはずだ。手前は理由を知ってるか?」
風のシュスラ=トルトリア、水のハルベルト=エルセン、地のアレクサンドロス=エド。レイの出発点になるべき勇者はいない。
アードは軽く頷き、
【精霊神のパターンは重なる部分が幾つか有る。そして俺達は高機能な複製を作り出せる。そして、精霊の流れは知っているだろう?】
「火は風に弱く、風は土に弱く、土は水に弱く、水は火に弱い。この流れだろうな、逆向きでも良いが」
【そうだ火の両側には風と水がある。風のパターンと水のパターンを解析して共通パターンを組み合わせれば、存在していなかった第四の勇者を作る事が可能だ。五百年かけてシュスラとハルベルトの子孫は第四の勇者を作り上げた。実際は二百年くらいで分離して、後は炎属性を高める事に専念したらしい。高めると言っても、俺達に何かあった場合の予備だったんだが、まさか勇者の域にまで高まっているとは思わなかった】
「お前は、ハルベルト=エルセンの子孫なのか?! ハルベルト=エルセンの子孫はエルセン王国に居るだけじゃないのか?」
こんな山奥の村で小さく暮らして滅ぼされた一族と、最古の王家として名高い一族の元が同じだとはドロテアも思いはしない。
「まさか……娘の子孫か!」
息子に国王の座を譲り、娘と共に国を出たハルベルト=エルセン。
娘は父の棺を故郷に持ち帰り、霊廟建設を弟国王に任せ、エド法国に文書を預けた後の行方は知れていない。
今までは、文書を守る為にそのまま聖職者になったのではないか? とされていたのだが
【その通り。俺はハルベルト=エルセンの娘の子孫、エルセン王国の王族は息子の子孫。彼女は棺と文書を届けた後、再びこの地に戻ってきて生涯を終えた。あの中央の石碑は彼女が作ったものさ。それらに関する記述は別の国に保管されている。書物などを保管するには村よりも国のほうが適しているからな】
その喋り方に、嫌なものを感じた。
先ほどから感じている生暖かい風が、この一瞬だけとても不快に感じるほど。
霊廟の意義について書かれていたとされる、焚書で失われたエルセン文書(霊廟も崩壊済み)わざわざ第三国に保管させていた文書の中に、別の土地に違う血統が存在するという事実が記されていたとしたら?
「もしかしなくても、エド法国の法王の間に保管されていたはずのエルセン文書の事か?」
【ああ、そうだ】
紛失決定にドロテアは表情を歪める。
法王に依頼されてあの中を調べた時、エルセン文書など存在していなかった事を、誰よりも良く知っている。今までは[霊廟建設の正当性とか、建国秘話とかを捏造して載せてたんだろう。権力者のヤルことだよな]程度にしか考えていなかったのだが、ここにきて意外に重要なものだと知る事になった。
「アード。七十三年前にエド法国で焚書が起こったせいで、そいつは焼けてなくなってる」
【まさか! それも全て焼かれたのか? 当時の法王はエルセンの王族だから難を逃れたかと思ってたんだが】
そんなに甘くねえぜ、アード……といった表情で、ドロテアが告げる。
「俺は法王の間に入って色々と目通したが、そんな物何処にも無かった。……それは追々考えるにしても、“勇者”ってのは一時代に一人って訳じゃあないんだな。そこだけは勇者王国エルセンは正しかったわけか」
【紛失していたのか……勇者についてだが、基本的に一時代に一人ではないらしい……無秩序に生まれている訳でもないらしいようだが。細かい事は皇帝しか解らない】
ドロテアは眉間に皺を寄せ「ふ〜ん」と聞き流した。
世界で一番聞きに行きたくない相手・皇帝。聞きに行きたくはなくても『最終的には聞きにいかなけりゃならねえんだろうな……』深いため息を付きつつ、
「それにしても村人全員の自決はやり過ぎだ」
【俺もそう思ったけどね。相手の方が能力的に強いから、魂返しされちゃうと元も子もないんで】
現状を知っているアードを残して、違う勇者に連絡をつけて、体も提供してもらう予定だったのだろうが、そうはいかなかった。
「木は森に隠せと言う、自殺したお前の存在を気取られないようにする為の集団自殺。長かっただろうが……話も出来ぬ嘗ての知り合い立ちの苦痛の叫びだけを歌に、何時解けるかも解らぬ結界が解けるのを待つってのは。実際結界が解ける確証は無かった筈だ。占い師でも己の力量を超える相手の事は正確には占えないって聞くぜ」
彼等は念には念を入れて、アードに秘術をかけて殺し、身代わりとなるエセルハーネが殺された後、万全を期す為に彼等は自殺した。
たった一人、レクトリトアードをこの地に残す為。
【俺、魂返し知らなくてな……母親は命と引き換えにそれを占った、あの時俺達を閉じ込めた結界が解ける日を。……五十年後に女が来る、その女から先はみえない、とも。年数は知らんが “女” は当たった、それで我慢するさ……長かったね……確かに。今が五十年後かどうかは知らないけどな】
自我の消えてゆく知り合い達の咆哮を聞きつつ、空も見えない結界の中で過ごした数十年。
霊体となったアードは眠る事も無く、黙って腐ってゆく村人達の遺体を見つめ続けた。
「ふん……五十年な……。ところで手前、此処は何国だ? 俺は勝手に呼ばれたから解らねえが、パーパピルス周辺か?」
【良く解るな。その通り、此処はパーパピルス国内だよ。領地がトルトリア王国に獲られてなければの話だけれどね】
アードの中では「エルセン王国」と並ぶ大国「トルトリア王国」
彼らの子孫の盟友の建てた国。
ドロテアは軽く目を閉じて、それが無くなっている事を告げる。
「トルトリアは滅んだ、二十二年間にな。此処より派手で立派な廃墟になってやがるぜ。最後の王はクトゥイルカス、知ってやがるか?」
アードの中では「滅亡」するなどとは思ってもいなかっただろう大国。“そんな時代もあったんだな……” ドロテアは最早誰もが滅びの王国としてその名を語る故郷の名を最後の王の名を、他人事のように告げた。
【聞き覚えはあるな。でも隣の国だから、はっきりとはわからないな】
「じゃあ、自分の村のある国の王くらいは覚えていたか? 手前が生きていた頃のパーパピルスの王は誰だ?」
ドロテアが身を乗り出し尋ねる。
アードは昔、それこそ意志もなにもなくなった友人達と共に即位式を見に行った事を思い出しながら語った。
【アルフォンス二世が即位して三年くらいで俺は死んだ筈だが】
即位式よりも、周囲に出ていた出店やら舞踏団が楽しくて夜通し騒いでいた事や、昔好きだった女の事を。そういった感傷はドロテアには解らない、解るのは現実だけ。
「大した母親、いや占い師だったようだな」
【どういう事だ?】
「アルフォンス二世在位二十八年、手前が死んでから二十五年在位していた事になる。その後カルロス二世在位十三年、カルロス三世在位一年、現国王フレデリック三世が今年で在位十一年になる。見事に五十年だ、命をかけただけの事はあったらしいぜ」
頬を軽く上げ、アードを真直ぐに見据えて、彼の奥にしか存在していない偉大なる “占い師” 敬意を表す。
【そうか……】
結界が解けてから暫くして、お前はその女を呼び寄せる事になる
解るよ、直ぐに解るよレクトリトアード
凄い女だよ
この厚い結界と五十年の時間を越えて、わたしには見えるんだよ
……いや、違ったね。その女がわたしに “見せている” のさ
まだ生まれてもいない筈の女が、強烈なまでにわたしの目の前に現れてる
トルトリア人だよ
左手が “ない” 女だ
肩の部分から “ない” のさ
怪我じゃないね、わたしには見えないだけだね
綺麗な女だよ、とても綺麗な……
そんな言葉が、本当かどうか? 疑った時もあったが……
ドルタの力を用いた結界が消えて暫くして、大陸に現れたその “力”
直ぐに解ると母が言った言葉通り、コレに違いないと呼び寄せた相手
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