ビルトニアの女
さよなら【4】
 翌日目覚めたのは、既に日が高くなり痛い程の日差しが降り注ぐ時間。
「すっかり寝坊したわね」
「そうですね。今日一日でリズムを取り戻さないと、食事の回数が減るので困ります。一日三食、おやつは二回、夜食は一回を崩すのは体調にも影響しますから」
 それ程食べて太らないのは、体質なのかそれとも人知れず運動しているのか? それとも意外と頭を使っていてカロリーを消費しているのか? 不思議な所である。
「……そう?」
 因みにマリアの食事回数は一日二食で、間食と昼食を合わせた程度を取るくらいのものだ。ここは、ヒルダとマリアの育った国の違いでもある、トルトリア人は日に三食と夜食、夜涼しくなってから活動していた名残。マシューナルは気候的にもそう疲労する酷暑はないので、日に二食と間食で普通に人々は働く。あくまでも大多数の基準であって、決まりではない。
「あぁ〜眠ぃ……最後の仕事したら出発するか。飯は馬車の中でいいだろう」
「はい! 出発前に水を汲んでおきますね」
「おはよう、ドロテア、エルスト」
「あまり早くはないが、おはようマリア」
「おはよう、マリア」
「そうそう、馬車は遠くにおいておいた方がいいですよね? グリフォードさん達が来ると興奮しますから」
 動物というのは魔法生成物が近寄ると、興奮して手の施しようがなくなる。
「軽く結界張っておけ」
 足となる馬が興奮してしまうと、帰り道苦労するので、下準備は万全にしておかなければならない。
「解かりました」
「さてと、やるか」
 水を一杯飲んだ後、ドロテアはグリフォード達を宝物庫の前から呼び寄せ、マリアにエドウィンの遺灰を準備させる。そして
「ゼファー。お前の心残りはなんだ? 何かなけりゃお前が此処に残ってるはずはないから」
【グリフォードさんと一緒に居たかっただけだから】
「そうか」
ドロテア達が最後の別れをしている時、部外者である盗賊達は離れて仕事をしていた。
「あのバケモノが居なくなりゃ、開けるだけですからね」
 ニルスもグレイもラビオーンもフェーズも宝物庫を開ける準備をしている。中に何か罠がないか? ニルスが調べる。その姿を見ながら
「ああ……」
 ビシュアの声はあまり晴れやかではなかった。宝が手に入るというのにも関わらず。
「どうしやした? 兄貴」
 グレイに問いに
「何か嫌な予感がする。アイツは何で此処にいた」
 フェーズやラビオーンが扉に手をかけている姿を見ながら、ビシュアには何かが芽生えてきた。不安だった、何故あの魔法生成物が此処に居たがったのか? 宝の番人とも思えない。少年の霊もこの奥に何があるかは知らない、入り込むのを阻止する建物だと。ドロテアに至っては『そんな事知るかよ』で終わりであった。
「……おい! 皆離れろ!」
「兄貴?」
「どうしたんですか?」
「どうしたの、ビシュア?」
「リド……ウィンドドラゴンはどうして他の国を攻めなかったんだろう」
いや、考えるな
いや、考えろ!
「え?」
「凄まじい力だったんだろう。あの城壁を壊して入って来る程の」
「え……」
「どこかに閉じ込めたんじゃないのか? 閉じ込めるとしたら、そこしかないんじゃないのか?」
「でも、此処までとても追い込めるとは思わないけど……」
「兄貴気にし過ぎですよ!」
「そうですよ。気にし過ぎですよ」
 それが気にし過ぎではない事を、彼らは理解する事はなかった。いや、理解する時間を与えられなかった。

**********

 祈りを力に替えるのは、代償などではなく真実が必要なのです
「吸血大公を倒してくださって、ありがとうございました」
「別に、構いはしねぇよ。聖騎士側には被害が出たようだが」
「無理を言って連れて行ってもらったのですから……仕方ないとは申しませんが」
「そうか」
「それで、お礼を差し上げたいのですが宜しいでしょうか?」
「別に必要ねぇぞ」
「そう言わずに、受け取ってください。あなた方になら、使えるでしょう」
「なんだ?」
「“法王の祈り”という魔法、我々は法力と言いますが」
「……そりゃ、セツ以外に教えちゃいけねえんじゃねえのか? 門外不出なんだろ、それは」
「そんな事はありません。難しいわけでもありません……普通は難しいかもしれませんが、あなた方なら大丈夫でしょう」
「魔力は殆どないぞ。見て解かってるだろうが」
「魔力も必要ありません。ただ、祈るだけなのです」
「どういう意味だ?」
「精神を集中し、頭の中で聖典の全ての文章を反芻してください、スペルも精確に頭に描きます。終わったと同時に、一つだけ呪文を唱えると発動します。簡単でしょう?」
「お前二分でセツが五分……な」
「ドロテアさんなら、セツより早く出来るのではないでしょうか?」
「同じくらいだと思うぞ。それで、最後の呪文ってのは?」
「人により違います」
「特殊な魔法だな、本当に」
「ええ。最後に唱えるのは貴方が最も信頼している人の名前です。そして、此処が難しいのですが、唱える相手も貴方の事を最も信頼していなくてはなりません」
「自分が信頼していても、相手が信頼していなければ発動しないのか」
「そうなります。誰でも使えるわけではありません。でもあなた方なら使えるはずです」
祈るということは、そういう事なのです。自らの為に祈るわけではなく、だからと言って誰も自分を信じてくれないような人間でも駄目なのです

**********

 扉を開けている盗賊の事など全く気にせずに、ドロテア達はグリフォードやエドウィン、ゼファー、そしてすっかりと姿が幼児化したアーサーを還す準備を整える。
「さてと、還してやるとするか」
 ドロテアとヒルダが手をかざし呪文を唱えようとした時、少し離れた、だが見える範囲で扉が開いた。
「開きましたぜ!」
 押し開いたフェーズが、喜びの声をあげてラビオーンが覗き込む
「飛べ! フェーズ! ラビオーン!」
「えっ?」
 その後にいた乗り気ではなかったビシュアは、逃げながら手を伸ばし引こうとしたが、それは空を仰いだ。一瞬にしてフェーズもラビオーンも消え去ったのだ。白い何かが二人を消し去った。
「きゃぁぁぁぁ!」
 リドは叫び声を上げる。普通ならば、唖然として声も出ないだろうが、彼女には白い光が人を消し去る事に遭遇するのは初めてではない。二度目の事。此処を逃げる途中、白い光が辺りを薙いで、気付けば自分一人だけだった。リドだけ運良くその光から逃れる事が出来た、ドラゴンの衝撃波。
「なっ!」
 ガチャガチャと内部で音がする、バキリバキリと乾いた物折れ、砕ける音が内側から聞こえる。生き延びたビシュア、リド、ニルス、グレイは駆け出した。扉の死角に隠れながら、その白い光を避けつつ走る。フェーズとラビオーンを消し去った光を見て、ドロテアは還す呪文をやめ、その光の方向に目をやる。ヒルダは背負っている盾を外す。
 黒い扉に、大きな爪を持った鱗に覆われた爬虫類に良く似た手がかかっているのが見える。ギィィという音と共に、姿を現したのは
「ドラゴン?」
 マリアも本の挿絵で見た事のあるドラゴン、そのものだ。緑がかった鱗と、燃え盛る炎のような橙の瞳、大きい口と鋭い牙、そして鋭い爪。
「あいつじゃねえか」
 今、目の前に現れたドラゴンこそ、二十二年前城壁を破り侵入して、一帯を薙いだウィンドドラゴン。だが、その動きは緩慢であった、ドロテアが覚えているのよりも。そして何より無尽蔵に繰り出していた白い光の衝撃波が出てこない。よくよく見れば、ドラゴンの口の周囲は白い紐でグルグル巻きにされているらしく、自在に口が開く事が出来ないようだった。最初の一撃は、僅かに開いた口の隙間から出ただけのものらしい。それで人が二人簡単に消し去られるのだからどれ程の力かわかるものだ。
「随分と派手なドラゴンだね……宝石を着てるよ」
 エルストが言うように、ドラゴンは宝物庫の宝石を着ていた。正確には
「白骨もだ」
 “宝石を纏っている白骨を纏っている”ドラゴンの口といい足といい、人の白骨が纏わりつき動きを制限している。
「ヒルダ、盾を貸してくれるかな」
 ドラゴンはそれらの白骨を引き千切り、口を開こうとしている。
「はいっ!」
 エルストはヒルダが外した盾を借りる。
「ヒルダ、馬車に強力な結界を張れ! マリアは結界の中に入ってろ! グリフォードも入ってろよ」
「私は嫌よ」
「あ……あれは……」
記憶が一瞬にして戻ったグリフォードの手をヒルダが引き結界に向かう。

**********

せめてウィンドドラゴンだけでも、倒せないまでも
我が宝物庫を使うか
そのような! 父上、勿体無いではありませんか!
何を言う!
クトゥイルカス陛下!
もうよい、この様な役立たずなど必要はない。さあ、あの宝物庫を使いドラゴンを封じ込めるぞ
そうだ、せめて一人残さねば
外側から封をする者を
守る者を
おお、そこの若いイシリアの神父よ。その役割を引き受けてはくれぬか?
頭だけになってしまった少年と共に此処を守ってくれ
そのうちお前も記憶がなくなってしまうだろう
何時しか殺されてしまうだろうが、引き受けてくれ

さあ、ゆくぞ。その飾るしかなかった宝石を呑め! 身を引き裂き埋め込め! そして死ぬがよい
我々は他の国の為に死ぬのではない
逃げた我々の同胞の為に

扉を閉じた時、あの王は笑っていた
とても満足しているようだった

他の国が助けに来る事などないだろう
だが何時か、逃がした民が此処に来るに違いない

**********

 ドロテアは手をあわせる。聖印を持たないドロテアが、宗教的な精神の統一をする方法は手を合わせるのが最も効率的であった。
「エルスト、四分だ。勘でわかるな」
 エルストはドラゴンとドロテアの間にはいり、盾を構える。
「ああ」
「一緒に持ってていいかしら? エルスト」
 左側でマリアも盾を持つ。
「勿論」
 ヒルダは結界を強めつつ、生き延びた盗賊達を呼ぶ。
「皆さん! 早くこっちに来てください! 結界に入ってください!」
「走れ! リド!」
「むっ! 無理!」
 ビシュアに手を引かれたリドは、血を吐きながらも結界の中に入ることが出来た時、辺りにドラゴンの咆吼が響き渡った。口を封じていた白骨の鎖が全て砕け散った。ギロリと生きている人間の居る場所を見つめる。轟音の元に動きだす。
 結界を強め終えたヒルダは、リドに魔法をかけて
「少しは楽になりましたか?」
「え……ええ」
「後は我慢してくださいね! 来ますよ!」
 再び結界に精神を集中させた。人の十倍以上、トルトリアを囲んでいた城壁よりも大きいドラゴンは、鎌首をもたげドロテア達を睨む。唸り声を上げると、ドラゴンの口元が白く輝き始める。キィィン、キィィンという音と共にドラゴンの口元に強い力が集中してくる。
 ワラワラとドラゴンの足を捕らえて倒そうとする白骨達を踏みつける、その乾いた音すら聞こえないほど口元に集まる力の音が高くなる。必死で首都から逃げた人々を、一瞬で消し去ったそれがエルストとマリアの持つ盾に向かって吐き出された。

あの三人の“勇者”は信頼しあっていたのだろう。だから、こんな面倒な術が残ったに違いない。

 ドロテアがアレクスから教えられた祈りを唱える、エルストとマリアが盾で防ぐ。防いだ力が流れてくる脇にいるヒルダはその都度、結界に力をこめる。防いだ事が意外だったのか、ドラゴンは再び力をこめてその盾に光をふし注ぐ。ガオォォン……音は響くが、盾を構えている二人が後ろに下がる気配はない。そして後に居るドロテアは、ドラゴンすら見ずに目を閉じて只管詠唱していた、心の裡で。この状況下の四分は長い、それはドロテア達以上にドラゴンにとって。
 簡単に消し飛ぶはずの人が、自慢の衝撃波で消え去らない、それどころか平気で耐えている。力をこめても消え去らないその盾と、盾を構えている人間。それを殺すべく、ドラゴンはその鋭い爪を振り下ろす為に近寄ろうとしたのだが、再び白骨達がその足を絡める。無数に絡みつく白骨達、そしてドラゴンの上に登ってこようとする、それにドラゴンが気を取られていた時、三分半が過ぎた。
「エルスト!」
 ドロテアの声がドラゴンの轟音を裂き、エルストの耳元に届く。エルストはマリアの手を引き、盾を構えたままドロテアの前を退いた。左手を前に、右手でその左手の肘を掴み手を開く。衝撃波がドロテアの目の前まで来た時、その身体がドラゴンと同じような白い光で包まれ、押し止めた。
「止めたぞ……ドラゴンの力を」
 ただ、ドロテアは自身の眼前で押し止めているだけで“押し戻す”事は出来ていない。力は圧倒的にドラゴンの方が上、だがドラゴンを見上げるドロテアには焦った様子ない。左手を先ほどよりも高く上げ、中指と小指の間から、そのドラゴンの目を睨みつける。ドラゴンですら始めてみる、不敵以外何物でもない人間の眼差し。その眼差しに怒りを覚えたのだろう、ドラゴンは衝撃波に力をこめた。恐らくドラゴンが出せる最大の力。ドロテアの力とドラゴンの力が接する面でキィィィン! という音が強くなる。
「お前の負けだ、ウィンドドラゴン!」
 言葉と共に、ドロテアの背後から鐘が鳴り響く。魔力が高まるといわれたそれ、そして盾を構えながらドロテアの側に寄ったエルストが、腰にさしていたレイピアを差し出す。ドロテアは右手でそれを掴む。

「ドロテア」

 人の二十倍どころではない大きさのドラゴンを支える足の爪に力が入る。石畳を壊し、その爪を食い込ませて耐えようとする。
 ドラゴンに纏わり付いていた白骨達はドラゴンの腕まで登り、その自由を奪う。ドラゴンの背後の建物が、次から次へと弾き飛ぶ。鐘が一つ鳴る度に、ドロテアの力が高まりそしてエルストがドロテアの手に触れた。それを待っていたかのように、ドロテアの力が膨れ上がる。
「何……何で?」
 座り込み、ただその力の応酬を見ているしかないリドが呟く。あの力に全てをかき消された少女が。その声に、ヒルダが静かに答えた
「エルストさんも同じ魔法を唱えたんですよ」

『そうなります。誰でも使えるわけではありません。でもあなた方なら使えるはずです』

 九回目の鐘が鳴り響いた時、ドラゴンはその身体を支えていた足がついに引き剥がされ、仰向けに倒れる。それと当時に口から出ていた光も消え去った。エルストは直ぐに駆け出し、ドロテアは力を握り締め、それを止めて駆け出す。ドラゴンを背にエルストが両手を合わせる、それに足を掛けてドラゴンの腹に飛びドロテアは飛び乗り、走る。ドロテアが首元に辿り付いた時、ドラゴンは本能的に理解したのか、叫び声を上げて起き上がろうとするが、再び白骨達に阻まれる。マリアも近寄り、槍を突き立てようとするが、ドラゴンの鱗に弾かれる。そんな中、喉元のドロテアが左手で一つだけ反対についている鱗の下に手刀を入れる、ビキビキと手に伝わる振動を感じながら、黒い手甲は入り込みそれの付け根に当たり切り離す。
 宙に跳んだその鱗を日差しが通り抜けると、美しい虹が現れた。それに目をくれる事などなく、露わになったドラゴンのその肉に
「じゃあな」
 レイピアの柄を右手で握り左手を柄頭に添えてその部分につき立てた。あたりをなぎ倒すかのような叫び声をドラゴンが上げる。人が恐怖を覚えるような叫び声。ドロテアはそれを無視し、立ったまま再び握り締めた左手を掲げ、勢いをつけて柄頭を叩く。釘をさすかのように、ドロテアは何度も繰り返す。その都度ドラゴンは叫びを上げる、三度目には弱った声が上がるのみ、四度目にはその身体からは想像も付かないようなか細い小さな声が上がっただけ。五度目にはついに身体を痙攣させて、動きが停止した。
 ドロテアはそのレイピア全身の力で引き抜くと、最後にその小さく開いた傷口に腕を突っ込み、魔の舌を唱えた。ドラゴンの身体のいたる所から黒い触手が飛び出す、目玉を飛び出させ爪を剥ぎ、口から血が吹き上がる。そして腕を抜き高らかに上げる。真昼の頂点にある太陽に捧げるかのような動き。
「死んだようだな」

鐘は既に鳴り終わっていた

 タンッ! とドラゴンの首から降りたドロテアに拍手などはないが
「そこまで完全にしなくても」
 いつも通りの声が掛かる。
「生き返れそうな余地もないわね」
「姉さん! 結界ほどいてもいいですか?」
「まだだ。ドラゴンを捕縛していた、白骨が今度は俺達に向かってくる。殺すぞ」
 ドロテアの言葉通り、白骨がドラゴンを離れ結界から外に出ているマリアやエルスト、ドロテアに近寄ってくる。言われてヒルダも結界を出てよくよく見る
「この人達って……もしかして」
「そう、ドラゴンを縛り付ける為に自らの身を呪いで落した奴等だ」
ドラゴンが居なくなったので、今度は生きているドロテア達に群がってくる。
「還して差し上げましょう」
 真の勇者がいるのなら、彼等、彼女等だろう。宝石に向けられる人々の怨念を自らに埋め込み、骨と宝石のみになってもドラゴンをあの宝物庫に押しとどめていたのだ。何時果てるともわからない、意志も知能も失ってドラゴンに纏わりつき、その動きを制限していた。外側で扉を開かせないように守るグリフォードを残し、人々はドラゴンの頚木となった。次々と襲い掛かってくる白骨達を、次々と崩してゆく。大変な作業ではないが、心躍るものでもない。彼らにとってそれは救われる行為であるのであったとしても。この作戦を指揮したのが誰かは知らないが、最後の王・クトゥイルカスもそれに賛同したに違いない。
「さよなら、勇敢な王様」
 呟きながらドロテアは、目の前に現れた覚えのある王冠を口に挟んだ、薄汚れ骨が細くなってしまっている白骨を還した。
 ヒルダが死人返しを唱え、マリアが聖なる槍で薙ぎ、エルストも死人を返す魔法を唱える。魔法によってその使命を終えた事を理解した者達は、次々と消え去ってゆく、その媒介となっていた美しくも人々を惑わす宝石たちと共に。次から次へと還されてゆく人と宝石、砕け散る音だけが空間を支配し、最後の一人が崩れ落ちた時、時計は一時間が経過した事を伝えた。たった一回の鐘が鳴り終わった後、エルストは骨を拾い上げる。形は大腿骨、長さもあるが
「随分と細いもんだな」
 一目でわかる程、やせ細っていた。
「豪華な宝石を飲み込んだり、身体に埋め込んだりする。それに向けられていた人々の執念のような負感情を最大限に引き出し、身体に宿し死ぬ。それにより、人は死に“生きている物”に対して執着し、生命を吸いだそうとする。相手の生命を吸えば吸うほどその身体は痩せ細ってゆくという。宝石に怨念を残す人々が使う術だ、自分の宝石を誰にも取られたくないという欲の。まさかそれを逆手に使うとは、俺でも考え付かない」
 ドロテアが指差した先にあったのは、細い骨と踏み潰された白い粉になってしまった骨。もっとも頑丈で、ドラゴンでも壊せないだろう建物の中に彼らは閉じ込める事に成功したのだ。
「もっと大勢いたんだろうな。限界まで頑張ってたんだろうよ……解き放っても誰も文句を言わないのにな」
 何処からも救援が来る事がないのに、それでも彼らは選んだ。銀の砂に白い骨の砕けた粉、風が吹くとあたりを舞う。
「それにしても竜をも討った女か。中々強そうな称号だ」
「中々って、これ以上強い称号を名乗って欲しいか? エルスト」
「……はは……」
 否定も肯定も出来ないエルストであった。
 ドロテアは、バラバラと拡がった骨を避けながら、ドラゴンに最後の一撃を食らわせる前に手甲で弾き飛ばした鱗を拾い上げた。ドラゴンの身についている時は小さく見えるが、ドロテアが持つと非常に大きい。ドロテアの上半身ほどもあるのだ。それ程重くはないらしく、ドロテアは両手で掴みトルトリアの強い日差しに透かし見る。虹の下にいるドロテアは、美しい。
「姉さん、その鱗何?」
「コイツは逆鱗。竜の喉の下には絶対一枚付いてるんだ、コイツが弱点でな。コイツを剥がして剣を突き立てると死ぬって伝説だ」
「誰がどうやって剥がしたんだ?」
 人間がドラゴンを倒した話など、聞いた事はない。いや、確かに今目の前でそれが起こったが、過去にもドロテアのような人間がいたとは到底思えない。存在していたら、確実に伝承か何かに残っているだろう。
「確実に剥がした人間は俺だけだろうな。だが逆鱗はどの鱗よりも強い、弱点を覆ってる訳だから当然だろう実際硬そうだし。持っているヤツを勇者と呼ぶそうだ……」
 所持品で人を判断するのは間違いだろう。散らばり、意志もなくドロテア達に襲い掛かってきた骨と宝石だけの人々こそ、数々の賞賛を受けるべきであった。
「そうだ、悪ぃマリア」
「何?」
「折角ドラゴンが出て来たのに、歩いている姿見せるの忘れた。宝物庫から飛び出してきた感じはあったがな」
「良いわよ、どう歩いても塵が飛んで目が痛くなるわ、あんなちょっと歩くだけでグォングォン騒ぐ生き物なんて。酔っ払いより迷惑」
 そういえばそんな事も言ったわね、と笑う。
「酸欠だったりして。あの建物、窓なさそうですし」
「自分の呼吸で苦しくて、意識失ったりしてたら仕方ないな」
「かもな。どうりで弱かったわけだ。はん! ヒルダ、これ馬車に積んでおけ。高値で売れるからな」
「売れるでしょうね、綺麗ですし」
 光に透かしながら、虹を作り遊ぶヒルダ。
「ドラゴンも二十二年前に殺しそびれた相手に殺されるようじゃ、どうしようもないわね」
「まさしく画竜点睛を欠く?」

それ、何処の言葉だ? ヒルダ。ついでに意味もおかしくないか?
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