さよなら。もう絶対に会う事のない貴方に、さよなら!
かつて三人の勇者が建てた国で、唯一滅亡してしまったのが、砂と水の国トルトリア王国。
「砂漠にある国」と人々は思っているが、実際は「砂漠のある国」
砂漠が少々大きく、首都が砂漠の中心部にある為に、そういわれている。ここ二十年以上、人が住むことがなくなったので大陸行路とよばれた銀色に似た石造りの道も、所々剥げて寂しさを醸し出す。そして街道の周囲には白骨が砂に埋もれながらも此方を目のない窪みで見つめている。崩壊後、回収される事なく放置されている逃げ延びる事のできなかった人々の遺骨だった。
「砂丘続きかと思ってましたよ。流砂にぐぉー! と飲み込まれて“蟻地獄!”とか言って遊べるのかと期待して来たんですけれど、残念です」
それは期待するという段階を既に逸脱しているだろう。むしろ、それを本気で期待しているのならば問題と言っても過言ではない。
「……お前、地理の成績悪かったか?」
「いいえ。でも、聖職者がいない地理ってか、聖職者の立ち入りを禁じている土地の地理って軽視されますから」
旧トルトリア領へ聖職者が立ち入るのはいかなる理由であっても禁止されている。そんな土地に、見るからに聖職者であるヒルダがいるのは何故か? 姉が姉で、管理している人が管理している人なのでヒルダに関しては、街道を管理している衛士達も無言のまま通したのだ。
「そうかもな。でも常識問題にあるだろ? 気候風土は」
「なんだけどさ、へえ……背の低い樹とか結構生えてるんですね」
「防砂林だ」
「防砂林って?」
「テメエ神学校で何習ってきたんだよ?」
「神学」
「ボケるんじゃねえよ、このボケッ!」
座ったままドロテアが足を上げ、座っているヒルダに踵落しを喰らわせる。それを「座ったまま」回避しようと、胡坐をかき腕を伸ばして掌に全体重を乗せて、身体を持ち上げて這い回るヒルダ。
「避けるんじゃねえよ!」
「避けなかったら、痛い!」
「避けなかったら荷台の底が割れる!」
「いやー!」
馬車の荷台では壮絶な姉妹喧嘩が勃発している中、
「所々剥げているとはいえ、きちんと石畳で整備された道が残っているのね」
御者台は穏やかであった。馬蹄や車輪が回る音がしているからと言って、荷台の騒ぎが聞こえない訳ではない。聞こえているのだが、綺麗サッパリ無視しているのだ、マリアもエルストも。
「丁度、パーパピルス王国とエルセン王国の間を結ぶ最短だからね。今は危険だから船での往来が主らしいけど、昔ほど国交は盛んじゃないらしいよ、そもそもパーパピルス王国とエルセン王国は仲悪いし」
手綱を握りながら、エルストが答える。
「何時でも戦争ばかりで困ったものね。それにしてもこの砂の中で道造った人達って、大したものよね。こんなに暑いのに」
トルトリアの日差しは、他の国より強い。まるで太陽に最も近い大地なのではないか? そう錯覚してしまう程。ただ、ドロテアに言わせれば、地面の高さは「ホレイル王国より高く、パーパピルス王国よりも低い。極平均的な高さだ」と言われて終わりだ。
「そうだね、マリ……」
「ぐぉあああああ! うわぁあがががが!」
エルストが“マリア”と言い切る前に、ドロテアの踵落しか、それとも違う“何か”がヒルダに炸裂したらしい。エルストの語尾にかかった叫び声、否、むしろ断末魔。その最後の叫びにも似た声が上がった後、荷台は痛すぎる静寂を取り戻していた。痛すぎる静寂といえば、今ドロテア達が進んでいる街道もまた恐怖を覚える程の静寂さに支配されている。
二十二年前、トルトリア王国が滅んだ。その原因は、魔物の襲来。圧倒的な力で、百万人に近い人口を誇っていた大都市が半日を待たずして壊滅させられた。壊滅までの時間は実質三時間程度と言われている。午前九時前に襲来し、正午前には都市は沈黙した。
首都に到達する前に、周囲の街や村を舐めるように魔物達は通った為、全土が死都と化した。トルトリアの首都は大きな国の中心部にあった為、取る物もとらずに身一つで逃げたものは途中街道で餓え、それ以上の渇きで息絶えた。もちろん、死者の数は魔物に殺害されたほうが圧倒的に多いが、そのような死に方をしたものも大勢いた。
なんとか逃げ延びた者達の言葉で、魔物の襲来を知った隣国は当然ながら自国も守りを固める。大都市であったトルトリアには大勢の兵士や魔道師がいたのにも関わらず、手のうちようがなかった。それを聞かされて、救出部隊を差し向ける余裕のある国は存在しなかった。
勇者を育成している……集めているといってもいいだろう、エルセンも表立った行動は控えた。その理由の一つとされるのが、当時エルセン王国に滞在していたトルトリア王族・ゲルトルート。トルトリアの国王が、王子が王女が、そして王族が死に絶えればエルセンの保護する王族の姫君をトルトリア女王に立て、支配しようと目論んでいたと。むろんエルセン国王は否定するが、魔王を、魔物を退治する勇者を認定しておきながら、何の手をも打たなかった国王に対して、そのような意見が出てもおかしくはない。
事実、トルトリア王国が崩壊した後エルセンのジョルジュ四世は国土の獲得に出た。それを良しとしない、むしろ欲にかられたと言った方が正しい、凡庸なパーパピルス国王アルフォンス二世もその土地を狙う。広大な国土に隣接していたのが仇となり、勝手な割譲の対称となり勝手に決めた自国の国境線が元で戦争の火種となった。
それらの愚かにして、永遠に変わる事のない諍いを収めたのがオーヴァート=フェールセン。
**********
半死者になっていたヒルダが回復した頃、馬車の足は止まった。ヒルダが荷台から顔を出すと、焼けるような日差しが目に飛び込んでくる。暗い荷台から顔を出したので、一瞬目の前が白くそして瞬間的に目蓋を閉じてしまう。額に手をあててゆっくりと目を開くとそこには、美しき廃墟が広がっていた。トルトリアの首都であった・エルランシェ。両親や先祖、ドロテアの故郷がそこに広がっている。
「はぁ……これが水の都の由来、ですか」
美しき廃墟、相反するような言葉だがそれがとても言い表している。強い陽光を浴びて金色に輝く砂の大地に大きな滝。ヒルダが今みているのは城壁であった薄い緑色の。それが砂と同じ光を強く浴びせかけられ、目もくらむほどの輝きを放っている。その城壁は薄い緑色の壁が光を反射しているせいなのか、滝が流れているかのように見えるが。
「あれって……イローヌ遺跡と同じような物ですよね」
ヒルダも少しは見慣れてきた、古代遺跡の外側を覆うもの。
「そうだ、流体金属城壁。城壁しなかった内部に街を作った、特例にも似た大都市だ」
「何で許可されたんですか?」
「あの城壁は珍しく、ただの城壁。稼動させる場所もなければ、特殊な動きもない。沈黙の遺跡とでも言うべきだろう、円形に土地を囲んだだけの金属壁」
「へぇ……でも、堅牢なんでしょ? 無類に堅牢な城壁を簡単に手に入れさせるとは思いませんけど」
「堅牢だ。多分地上でも類を見ないほどに堅牢だ、544代エロイーズが建てたものだからな……ただ、堅牢なのは内側なんだ」
544代エロイーズといえば、オーヴァートですら勝ち目のない力を保持していた祖先。
「はぁ?」
「外側からの衝撃には弱く、内側からの攻撃には強い。弱いといっても土塀やら石垣やらに比べりゃ格段の強度だが、人間の力でも外側から壊す事は不可能じゃない」
彼がオーヴァート並みに変わっていたのかどうかまではドロテアも知らないので、目的があったとも“趣味なんじゃねえの?”とも言い切れない。
「内側に何か問題でも抱えてたんですか?」
トルトリアの首都はすり鉢上になっている。城壁を作ってから数代下った選帝侯が内部をすり鉢上にして、宝物庫のような建物を造る。一体何がしたかったのか全く理解不能な行為だが、そのようにされているのだ。
「問題を抱えている箇所に都市作ると考え辛いと言いたい所だが、そうかも知れん」
「へ?」
「シュスラは元々国を造る気はなかったらしい。シュスラが此処に居たから、奴の人柄? とかいうのを慕って人が集まって何時しか国になった。ってのが建国の道筋だ、明確な意思を持って建国されたのはエド法国だけだからな」
「へ〜知りませんでした」
「エド正教徒の高僧だろが! お前!」
「でも本当に習ってないんですよ。どうしてでしょ、ごぅっ!」
ドロテアがかけた力任せの足払いにヒルダひっくり返り、そのまま熱い砂の上をコロコロと転がって……どうも楽しんでいるようだ。『砂熱い!』と叫びながら、まだ転がっている。
「酷い転がし方したけれど、大丈夫かしら」
転がっている高位聖職者を前に、マリアは穏やかに話し始める。
「平気だ、マリア」
「でも建国の歴史を内部のヒルダが知らないで、学者のアナタが知っているのも不思議ね」
ヒルダはまだ転がっている。その時エルストは馬達に水と砂糖と塩と与えつつ、防砂林の葉をむしり籠に集めていた。馬達に与えるのだ、その葉を。
防砂林はそのような役割をも果たしていた。最も嘗ては街道沿いのオアシスがあり、馬草に事欠く事はなかっただろう大陸行路。だが今はどこも無人、人はまだしも馬の餌の調達やら体調管理やらがとても大変だった。馬の食糧を大量に乗せて走るわけにも行かないので、途中途中で防砂林の葉を摘んで滅びたオアシスで水を汲んで……それらの仕事はエルストの管轄であるのは、言うまでもない。そんな馬車馬の体調管理に精を出しているエルストの脇で転がっているヒルダを無視し、話しは続いている。
「それはな、七十三年前の焚書で建国理由を書いた書物が消えうせたからだ。それまでは、高位の僧侶……恐らくは法王のみだろうが伝承はされていたらしい、法王の間っていう歴史書庫にな。ソイツが焼き払われたから詳細を知るものは誰もいない、当然俺も知らない。何でその本がそこにあったと知っているのか? アンセロウムがその存在を嗅ぎつけて手に入れようとしたが、背表紙だけしかみる事ができなかったそうだ」
「それって、法王庁の中にあったのよね?」
「勿論」
そこに知識が存在する限り、学者は何処へでも入り込む。
「……無茶する老人ね」
もちろん、犯罪だが。
「そりゃまぁ……俺もアレクスに通されて探してみたが影も形もなかった。アレクスも知らないと答えたから、永遠の謎になるんだろうさ」
「姉さん、私知らなくて当然じゃないですか」
「まあな」
“まあな”で済ませられるのならば、足払いをしなくても……。砂まみれの司祭と暗黒魔道師姉は、何事もなかったかのように話を交わす。
「でもさ、ドロテア」
未だ防砂林の葉を摘みながら
「何だ? エルスト」
「少しは法王の間に書物とか石版とか残ってた……言ってたよな」
エルストは話しかける。
「そうだ」
「焼かれたって事は、吸血鬼にとって残しておかれるとマズイ物だった、って事になる訳だよな」
最低限とはいえ酷暑の中を走った四頭分の馬車馬の食糧を確保するのは、途轍もなく大変である。
「そうだが?」
「建国の歴史って吸血鬼の事だけ書かれていたのか? それならアンセロウムが壁に書いてただろ? 詳細を記した歴史書は読めなかったんだから、中身は別の事が書かれている可能性もあるよな」
「……確かにそうだが、吸血鬼の背後となりゃ残ってるのは選帝侯かフェールセンだ。フェールセンが命じたんだったら、オーヴァートは知っている筈だが……聞いてみるか」
「興味がないならいいけど。それと、俺達の前に先客いるな」
「知らなかったら背後に“いた”のが誰なのかは解かるけど……先客?」
「葉の量が減ってる。警備のいる街道入り口じゃなくて、別の場所から入り込んできたんだろうな。半日違い程度だ」
先客に葉がむしられているので、エルストは食糧の確保に苦労していた。
「そうか、誰がいようが構いはしないが。馬草はなくても大丈夫だ、首都には畑の残骸も残っているだろう。それじゃあ俺の故郷を紹介しよう“聖異郷”の意味を持つ名前を抱いたトルトリアの首都・エルランシェだ。そしてあの崩れている城壁こそ、ウィンドドラゴンが体当たりをして首都に入ってきた場所だ」
ドロテアが言った通り、外側からの衝撃に弱かったのであろうその城壁は、無残な痕をそこにさらしている。その痕に、ボロボロの服を着た白骨化した死体が、散らばっている。そこから逃げようとして死んでしまったのだろう。
「どんな状況だったんですか?」
白骨化しているので、凄惨や無残というよりは物悲しさが漂うその壁の黄色いオブジェにヒルダが尋ねるが
「……後で教えてやる。此処に来るまでに立てた作戦通りに決行するぞ」
ドロテアは、そう言って馬を引き正門の方へと回った。
「はいはい」
「解かりました」
「ええ」
作戦とは長らくエルランシェを支配している魔物達を掃討する事
**********
邪術はドロテアが使う高位なものもあれば、一般的に呪術と言われる範囲のものもある
それらはどちらかと言えば低級だ
術を使う事自体が簡単な事もあるが、術そのものが下等なのだ
だが下等であればある程、人の生活に感情に密接してくる
こんな術がある
女が気に入った男がいた
その男は女を好いてくれない、むしろ嫌う。そして別の女と共に暮らしている
だが女はどうしても男を手に入れたい
だから女は、男に自分の一部を食べさせる
そして術をかける
男はどうしてもその女を手に入れたくなり訪れる
そして男は女を手に入れる
その喜びを噛締めながら女は死んでいく
究極に手に入れる為に、女は男に殺される
そして男は罪に問われ裁かれる
最後の下りは逆もある。現れた時点で女に殺されるとも
何にせよ、相手の感情を捻じ曲げた果てにあるのは
良くてどちらかの死
悪ければ双方の死
使った方は双方の死を望むのかも知れないが
ドロテアは特別に魔術や邪術に優れている人間ではない。下級の基礎をほぼ抑えないで上級を使えるような人間ではない
よって、ドロテアもそれを使う事ができる
むしろ「それ」がある事を知って、ドロテアは邪術に興味を持った
男ではない別の殺したいほどの相手を
**********
巨大な門は朽ちてはいなかったが、開かれていた。混乱の際に、城門を全て開き市民を逃がそうとしたのだろう。城門を開くレバーを持ったままの姿勢で白骨化している、安い鎧を纏った遺体があった。エルランシェは何度も言うように、すり鉢上になっている。東側上部が王宮で中ほどから下に城下町が広がっている。南側の上部が上流階級の家で下が一般市民。西側上部が聖職者の居住区で、中から下が貧しい人々の生活区域となっていた。そして北側が広大な段々畑になっている。この場所は砂漠の中でありながら、水が豊富なため、土を運び込み農作業が出来るようになっていたのだ。
百万人の食糧を完全に賄っていたとは言い切れないが、かなりの生産量を誇っていた。因みに何故北側に畑があるのか? 日差しが強すぎるためできるだけ弱い場所を求めて北側に畑を作ったようだ。それらを見上げるようにある、中心の広場は露天などが軒を連ねていた。
そして広場の中心の中心、そこにシュスラ=トルトリアと言われる六面体の棺が垂直に立っている。この棺『時を刻む棺』として有名で、時間通りに鐘を打つ、原理は誰も解明できなかったのだが、毎時間鐘の音が人々に時間を知らせていた。ただ、夜半だろうが深夜だろうが「ぼぉーん」と打つので、初めてエルランシェを訪れ宿泊したものは慣れないで、眠れないらしく翌朝寝不足の姿がよくみられた。
「これが“時を刻む棺”か」
時計屋の名を持つエルストは、それに近寄って耳を寄せた。エルストも幼い頃に聞かされた『トルトリアの永久時計』どのような仕組みかわからないが、永遠に狂わずに人々に時間を教えるその時計の存在は、時間を売ることを生業にしている家では、必ず子に聞かせる物語であった。
「何か解かるか?」
「うんにゃ、言い伝えとか物語通りで歯車の軋みも、動力の振動も感じない。ついでに言えば音がでそうな雰囲気もない、ただの金属の箱にしか思えないんだが」
「やっぱりそうか。周りのモノを片付けたら好きなだけ、耳付けてろ」
「別に、謎を解明したいとかそういう気持ちはないからさ」
探究心旺盛なエルストなど、エルストではない。
「それじゃ準備に取り掛かるか」
ドロテア達がエルランシェに蔓延る魔物を退治する下準備をしていると、遠くから叫び声が聞こえてきた。エルストが言った通り先客がいるらしい。歓喜の叫びではなく、焦りの濃い叫び声、そして風に乗って僅かながらに届く金属が何かを打つ音。切れているような音ではない、叩くような音。
ヒルダが音のするほうに目を凝らすが、広場は大きくそして瓦礫があちらこちら落ちているので、とても見えるものではない
「やっぱり、他にも人がいるようですね」
馬車を保護する結界を張り終えたヒルダはそう呟いて、視線を外し今度は治癒用の魔法陣を描く。
「立ち入り禁止区域だってのに……大方盗賊だろう」
ドロテアは巨大な魔法陣を書きつけていく。暫く無言の後
「避難するように言ってきますね」
治癒魔法陣を描き終えたヒルダは、まだ声のする方へと進もうとした。
「ほっといても構わねえだろ。立ち入り禁止区域にいるんだから、殺されても文句は言えねぇから」
ドロテアは相変らず無視して、再び違う魔法陣を描き始める。まだまだ描き終わらなさそうな状況を見て
「俺が適当に言ってくる。顔見知りの盗賊だったら嫌だし」
ヒルダはドロテアを手伝ってて! と言いエルストが歩き出した。
「お前の知り合いの盗賊に、此処まで来る甲斐性と行動力があるヤツがいるとは思えないが」
「俺もそう思うけれどね。ちょっと行ってくる」
盗賊にも種類がある。街中で留守宅に忍び込み小金を盗むものもあれば、大金持ちの家に入り込み美術品を狙うものもある。犯罪は大きければ偉大という訳ではないが、前者は泥棒で後者は怪盗と呼ばれる。当然怪盗となれば、同業者でもその正体を知るものは稀だ。
エルストのように街の近辺で盗みを働いていた男と、この遠い危険な立ち入り禁止区域にまできて盗もうとしている気合の入った盗賊では、知り合う可能性など皆無といっても良いだろう。テクテクと歩いて行ったエルストが、暫くして戻ってきた時には既にドロテアの魔法陣は完成していた。
後は敵を呼び出すだけである。だが、
「ドロテア。魔法生成物と戦ってるぞ、いたのは多分盗賊。盗賊団って言うべきだろうな五人程いた、あと女性が一人」
エルストはそう告げた。
「あぁ?」
ここは魔物が攻めて来たので、魔物は大勢いるのだが魔法生成物は殆ど人が作るものである。だが首都に魔法生成物がいるのはおかしい、誰もそんなものを首都に置きはしない
「魔法生成物が此処まで流れてくるとは考え辛いから、元々いたもんか?」
「いねえだろ……多分。っとに、何だよそりゃ」
ドロテアはその報告に、マリアとヒルダを連れて『一生懸命に魔法生成物と戦う盗賊団』を見に向かった。大小の瓦礫を越え、気をつけているのだが転がっていた白骨死体を間違ってパキパキ踏みながら、噴水の音を聞きつつ向かうと、そこには短剣を持った盗賊達が扉の確りとしまった堅牢な建物の前で魔法生成物と戦っていた。
「“アレ”も昔攻めて来た魔物の一つ?」
「いや、違う。それも……」
魔法生成物の姿形から素になったのは人間だと、簡単に見て取れる。だが、前に小さな村で遭遇した簡単な魔法生成物とは違い、高等なそして長いことその姿で過ごしているようであった。下半身は蛇となっており、背中から四本の腕と二本の足が生えている。
額にも目があり、口は耳元まで裂けており、長い舌が武器となり相手に切りつける。そして
「何であの魔法生成物、頭蓋骨を持ってるんでしょうね?」
「頭蓋骨? 何処?」
マリアが問う
「生成物の胸の辺りから出ている手が確り持ってる、白い小さいものです」
「随分小さいけど、あれが頭蓋骨だってよく解かったわね、ヒルダ」
胸元から小さな手が出ていた。恐らく小さいのではない、素体本来の腕なのだろう、その両手が大事に抱えている掌に入ってしまいそうな小さな小さな白い球体
「まさか……な」
身を覆うほど伸びている茶色に焼けた波打つ髪と、赤い目。
小さな頭蓋骨を抱きしめて。忘れてきた頭蓋骨、一瞬にして光を失った瞳だけ記憶している。
“おねえちゃん!!”
危ないと叫んで突き飛ばしたが為に、自分が食いちぎられた。嘘だと思った程あっけなく死んでしまった。
いや嘘だと思う暇もなかったあの日の出来事。
「……世の中、意外と良く出来ているな」
「どうしたドロテア?」
「いや……無理だと解かって引き上げてきたようだな、盗賊共」
敵わないと判断して引き上げてきた盗賊達が、ドロテア達を視界に捕らえた。一瞬構えたのは、盗賊として当然のことだろう。リーダー格とおぼしき男が、
「アンタ等もお宝を狙いにきたのか?」
声をかけてきた。短く刈り込んだ黒髪と、日焼けした赤銅色の肌。ガッシリとした体つきは、盗賊というよりは確りと力仕事をしている人にも見える。
「てめえ等小泥棒と一緒にするな。あんなチンケな魔法生成物にすら対抗できない程度で、何でこんな所に来たんだ」
「初対面に向かって言うセリフか……アンタ等、吸血鬼を倒した勇者様達か? 一人少々口が悪い美女がいるって聞いた」
それは噂を流す人が好意的に流してくれたんだな、少々所ではないドロテアの口の悪さは。
「そりゃ光栄だな。口が悪いのにそう伝わっていなきゃ、解らねえからな」
人の好意を無にしてしまうようなドロテアの口調は変わらずだ。
「口は悪いが他者を圧倒する強さと賢さなんだってな。アンタならあの魔法生成物とやら倒せるか?」
「瞬殺だ。ところでテメエの後ろにいる女、俺に何か用か? 大した美女でもねえのに、藪睨みか? 荒んだ顔つきでソイツはただ、品性落とすだけだぜ」
引き上げてきた五人と、その後を歩いてきたリーダー格の情婦か内縁の妻だろうその女。男と話しているとその手の視線をよく向けられている事に慣れているドロテアだが、その女の視線はそれとは違った。
「コイツはこの首都出身なんだよ」
「はーん。だから何だ?」
「私の事覚えてない?」
「知らねえな。この首都にいた頃の話か? そんな荒れた目をした子供と遊んだ記憶はない」
「ここが襲われてから私がどれ程苦労したと思っているのよ!」
「うるせぇ! ソレは俺に言うセリフか? 何かテメエが死ぬ程苦労したのに、俺がテメエ程苦労してねえのが腹立たしいのか? 知った事かよ。はいはい、アンタは苦労して苦労して、俺は楽して生きて来た。そう言えば気が済むんだろう? 男、その女を殺されたくなかったら仕舞っとけ。頭悪いヤツは嫌いだ、特に国が滅んだ事を全ての元凶にするようなヤツはな」
「下がってろ、リド」
「何よ!!」
「因みにテメエ等盗賊団さんたちも下がってな、アンタボスだろう? 死にたくなかったら、な」
「名前は一応言わせてくれ、ビシュアだ」
赤銅色の肌を持つ盗賊は、リドと呼んだ女の肩を抑えながら簡単すぎる自己紹介を済ませた。
「そうか、勝手にしろ。俺は今ココで過去を殺す」
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.