ビルトニアの女
カタカタと語られる夜【5】
 建物を壊す音が響き渡る廊下を走り、轟音の元にたどり着いたとき
「おいっ! 何してるんだっ!!」
 室内を見渡すと、壁に穴を開けているマリアとそれを必死に羽交い絞めにしているエルストと、しゃがみ込んでいるザイツとイリーナ、そしてマリアがあけた壁の穴を指差しているヒルダの姿がそこにあった。
 ドロテアの声で全員が顔の向きを変えると、ドサッという音がした
「キャステロ……じゃないか」
「エ……エルスト……か?」
 マリアを押さえながら、血だらけで倒れた男に声をかける。男はエルストの知り合いでキャステロというようだ。
「何があったんだ? マリア、槍で薙ぎ払ったぼろ雑巾のような男がどうかしたのか?」
「あれ? 生きてる人?」
 驚きでその聖槍で敵をなぎ払おうとしていたらしい。確かに聖槍なので当たれば幽霊も四散するが、目の前にいるのはどうにも人間だ。
「ヒルダ治してやれ……この骸骨は」
 ヒルダが指差していた壁から半分出ていたのは頭蓋骨である。それを“むんず”と手で引き出して裏表、そして中まで見つめているドロテアに
「ガガガガガガイコツ!!!」
 ザイツとイリーナは驚きの声を上げる。突然出てきた頭蓋骨に驚きの声を上げるのは当たり前だが、ドロテアは驚きもせずに手の上でポンポンと投げてしゃがみこんでいる二人に向き直った
「骸骨が喋る訳でも……喋るのか?」
 いった直後、掌に感じた妙な感触に頭蓋骨を見つめると、カクカクと顎が動き出し
「ええ」
 ドロテアの問いに答え始めた。
「うわあああああ!! ゆうれいだああああ!!!」
 ザイツが普通の人らしい驚きを上げた瞬間、ドロテアは拳で殴り倒し
「喧しい!! 黙れ! 一皮剥いて肉を剥げば誰でも骸骨だ! 解ったか小僧!」
 幽霊も骸骨も人間も即座に黙り、後は外の雷鳴だけが室内に響いていた。エルストは一人『そういう問題じゃないよ、ドロテア』と思ったが、やはり何時もの如く何も言わずに黙って、腰を抜かして怪我をせずに済んだもう一人の昔馴染みをひきおこしてやった。
「アイラン、大丈夫か?」
「エ、エルスト。あ、あの御仁は?」
「俺の妻」
「そ……そう……そりゃまあ、美人で……凄い人だな……」
 まあ、それ以外言いようがないだろうな。エルストは思ったがやはり何も言わなかった……

**********

 ヒルダがエルストの昔馴染み、要するに盗賊のかなりの怪我を治してやっている間に、マリアとエルストとザイツと無傷だったアイランは壁を叩き壊し中から埋め込まれていた人達の白骨を引き出していた。イリーナはドロテアとともに、応接室からこの部屋へと食料などを移動さたり、カンテラの場所を聞き持ち込んだりと動き回っていた。
 一通りの作業が終わったのは、夜も更け始めて頃であった。壁から救出された白骨は全部で七体、これで全部だと頭蓋骨は言う。
「全部の頭蓋骨が語ると、カタカタとウルセエから喋るのはアンタ一人にしろ、女」
 最初に発見された頭蓋骨を指差し、ドロテアが指示すると、頭蓋骨はそれこそカタカタと言いながら素直に頷いた。
「へえ、姉さん。あの頭蓋骨が女性だってわかるんですか?」
「骨で解る仕組みなんだよ。目の上の窪みとか歯列とかでな」
「へぇ〜」
 ドロテアが一人椅子に座り、肘掛に肘を置き頭蓋骨を掌に持ち、もう片方の手にはワイングラスを持ち、それこそ恐怖の夜話の開催となった。幸いカンテラが多くて、室内は明るいのだが、美女が足を組んで椅子に座って、片手に頭蓋骨片手にワイン、それも喋る髑髏と赤ワインに雷鳴という付属品付きとくれば普通の恐怖話などというレベルではない。
 そんな事は全く気にせず、恐怖夜話が始まった。
「で、詳しく聞こう。先ず始めに。エルスト、この二人から聞いた話を要約してみろ」
「この邸で十年前に一夜で召使など全員が皆殺しの惨劇があって、その後幽霊邸となってしまい、滅多に邸は見る事ができなくなった。って話だ」
 本当はもっと“きゃー”とか“うぅぅ”とか“やめてぇー”とか“たすけて”とか“血の海”とか、恐怖心を煽るディティールがあったのだが、そんなモノは除外するのが常だ。
「バカか、皆殺しだったら殺された事をどうやって外部の人間に伝えるんだ? それに十年前にそんな事件は何処でも報告されてないぞ」
「確かに、そうですよね……皆殺しされたら……」
 ザイツとイリーナとキャステロとアイランは全員顔を見合わせつつ、そう言葉を交わしたのだが
「だが、ここで皆殺しはあったのは事実のようだな。因みに噂になった皆殺しは、エルストが言った三十年近く昔の話は確実だが……見えていた邸が忽然と姿を消したのと重ねたんだろう。噂話は得てして、断片だけ聞いた確証の無い話と、想像力と口伝の間違いにより作成されるからな」
 怖話から最も遠くにいるドロテアは、話を纏めていく。
「皆殺ししたあとに、その遺体をこの壁に埋め込んだって事?」
 マリアは壁から取り出した白骨をまじまじと見て、ドロテアに尋ねる。
「ああ、それも魔法で幽霊が歩き回らないようにな。幽霊という存在は霊体だから魔法に直接関与する場合もある。歩き回られたりすると、折角張った結界が緩む可能性もあるからな。多分この家に掛かっていた魔法は立ち入れないようにするための魔法だ。なんつーか簡単に言えばこの一体だけ微妙に異次元に落としたようなもんだろう、かなりの術者と見て良いな。そして室内にかかっていたのは幽霊を封印する魔法だ。両方とも封印で同じ術者が行ったとみていいだろう。カーテンがここだけ掛かっていたのは、念のためだろうな。外からこの壁の魔方陣が見えないようにする為の」
 かなり大きな術なので、念入りに作法通りに行っているので誰が行ったかまではパッと見た目わからないが、調べれば解るはずだ。もっとも調べても無意味だろうとドロテアは思っている。
「でも、どうしてその結界が消え去ったの?」
「術者が死んだに違いない。正式には結界は消えていないから、本当は永遠に見えないようにする気だったんだろうがそこまでは出来なかったらしいな。ところで骸骨さんよ、アンタ取りあえず名前は?」
 死者を捕まえても仕方ないだろう、と。一々墓を掘り返して罪状を暴いてやるほどドロテアは暇ではなかった。
 出だしの『一皮剥いて肉を剥げば誰でも骸骨だ!』が効いたのか、骸骨達は黙って話を聞いていた。神妙に並ぶ頭蓋骨七つと正座して首をすくめている慣れない四人に何時もの四人。ドロテアに話を振られた骸骨はゆっくりと喋り始めた。
「妾、フォレンティーヌと申します」
 ヒルダはかねてから不思議だったのだが、何故幽霊は骸骨に取り付いてその口を動かして喋るのだろう? 幽霊でしかない場合、例えば墓の下に遺体があって霊魂だけであれば霊魂で喋るのに、骸骨があると途端に骸骨の口で喋りたがるのだろうか? カタカタして聞きづらいのに、何故だろう? そんな、若干ドロテアっぽい疑問を抱きつつ恐怖の欠片もなく骸骨の話に耳を傾けていた。
「で、フォレンティーヌさんよ。アンタを殺した相手の名前は?」
「憎き男の名前はクレッタンですわ。かえすがえすも憎たらしい!! 未亡人の私に魅了の魔法で言い寄って来て!! 財産目当てだったのよ!! オマケに偽名だったわ!! 死んで解ったけれどコルネリッツオと言うなの男よ!!」
「マリア、長年の疑問が解けた。コルネリッツオが何処で金を調達したのか、この未亡人を殺害して手に入れたらしい」
 コルネリッツオの大腿骨と骨盤くらいは粉砕しておくべきだったとドロテアは後悔した。
「……そうみたいね」
 私もヒルダの勢いに負けないで槍五回くらい刺しておくんだった、とマリアは心底思った。
「フォレンティーヌさんよ、コルネリッツオならこのエルストって男が殺したぜ。だから結界が解けて俺たちが此処まで来れたんだ」
 死者を捕まえても仕方ないと思っていたが、心の中で前言撤回したドロテアは急遽書類を提出する事に決めた。墓を暴きに暴いて、死体に鞭の二千はくれてやろうと。
「まあああ!! アナタが、有り難う!!」
 骸骨なのだが表情が“ぱぁ!”と明るくなったような……骸骨に骸骨のまま感謝されてもあまり嬉しくないような、エルストの表情も曖昧であった。
「死んだから結界が解けたんだ」
 コルネリッツオを勇者も怯む最も非道な手法で殴ったヒルダは、殴ってよかったと頷きながら口を開いた。……それで良いのか? 聖職者。
「で、キャステロとアイランか? エルストと顔馴染で、こんな所に入り込んでるって事は盗賊だな?」
 亭主の顔馴染みが盗賊というのも問題のようだが、事実なのだから仕方ない。
「ええ、そうです。最近になって邸がずっと見えているから、入り込もうって」
「金目の物は何もないだろうな、ヤツが学費に使っただろうから」
 ドロテアが不思議に感じた事の一つに厩にあった老馬の骨だった。骨はつながれたままの状態で、餓死させられた事を奇妙に思ったのだが、売り物にならない老馬などにコルネリッツオは目もくれなかったのだろう。

 綱も解かれず餓死するがままになった老馬達。若しかしたら餓死させられた老馬達がイリーナやザイツを助け、ドロテア達をこの場に引き寄せたのかもしれない。

「その通りで。金目の物が無いから帰ろうとするんですが、帰れなくなりやして」
「殺す際に、この部屋に集め、誰一人逃がさないようにする為に邸に迷路の魔法をかけたんだろう。正確には此処に集めるから迷路とは違うが。俺たちが来なかったら、餓死してるぞテメエら。それこそ今度、屋敷の中が餓死死体だらけで幽霊の巣窟になるところだったな」
 そして一通り謎が解けると、緊張はとけ
「幽霊の正体見たり……」
 エルストが笑い
「幽霊だった訳だな」
 ドロテアも笑った。他の人もつられて笑ったが、ヒルダ以外は骸骨を前にちょっと笑いが強張っているのは致し方ないことだろう。
「ま、明日にでも役所にコルネリッツオの調べをギュレネイスに送らせるように手続きを取る。それで良いか?」
「有り難う、本当に有り難う。ああ、良かったらこの邸貰ってくれても構わないわよ」
 骸骨は気前がよいらしいが
「いや、こんな不便な所にある邸はいい……」
 センスも今一つ、ドロテアには理解できない。書庫の本が全て純愛小説なのはドロテアにとっては、ある意味幽霊より怖く感じる。
「所で、俺たちは今夜一晩幽霊さん達と過ごすんですか?」
「……俺たちでよけりゃ祈りの言葉を捧げてもいいが? 隠し扉から経典を見つけたし、俺は一応喋れるぜ」
 ドロテアが話しかけたのだが久しぶりに喋りだした女主と女召使達は
カタカタカタカタ
「ああ、運命ね。こうやって私達は救われて、神の国へと導かれるのね」
カタカタカタカタカタカタ
「奥様!」
カタカタカタカタ
「耐えれば人は救われるのですね」

 頭蓋骨たちが、感動の嵐を一斉に語り始め室内は“カタカタ”の嵐に包まれた。
 怖い怖くないで分ければ怖いの部類だ、特に骸骨達があまりに陽気に喋るので

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
「これでやっとあの人の下へいけるのね。嗚呼あの人は許してくれるかしら? 魔法を使われたとは言えあの人を裏切ってしまって」
カタカタカタ
「奥様、お気を確かに!」
カタカタカタカタカタカタ
「お館様は立派な方でいらっしゃいましたもの!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
「信じましょう」

 さすがのドロテアも苦笑いを浮かべて、骸骨達の話を見ているしかなかった。

「あ〜、感動しているところ悪いが俺たちは一晩泊まりたいんだが、いいか?」

**********

 幽霊主の許しを得て、部屋を別々に貰うこととなった。
 ドロテアとエルストが一室、ヒルダとマリアとイリーナが一室、そして無害とエルストに太鼓判を押されたキャステロとアイランとザイツが一室という部屋割りになった。
 勿論幽霊が入ってこられないように結界を張って。
「まあ、家主にゃ悪いが怖がりが多くてよ」
 あまりにも落ち着いているドロテアと
「構わないわ」
 気前の良いフォレンティーヌ(ただし骸骨)
 幽霊が入られない結界を張り各々が部屋へと入った。
 ヒルダ達とザイツ達の部屋は普通の客間だったのだが、ドロテアとエルストが通されたのは主の心づくしの部屋であった、家主の趣味がそのまま現れている
「新婚さん?」
 エルストが眼前に広がるピンクとレースで装飾されたベッドと浴室、立派な賓客用の部屋だが内装がピンクを通り越して紫になっていた。
「知るかよ……腹痛くなってきた……」
 別にドロテアの腹が痛いのは笑い過ぎてではなく、出血するからである。
「派手に使ったからな」
「そうでもネエけどよ」
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