ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【9】
 良くある話で、当人が望もうと望まないと騒動の渦中に放り込まれる者はいる。それがレクトリトアードである。

 ドロテアの長広舌と、エルストの合いの手にすっかり飲まれた大公は
「“恐ろしきはその女”と最高枢機卿が漏らした程の女だ」
 何処から聞いたのか解らないが、そんなセリフを漏らした。言った相手を問い詰めるようなマネはドロテアはしなかった、大体誰だかわかるので。大公のその言葉は無視し続ける。
「正し、王太子の身の安全は保証できかねます、既に殺害されている可能性もありますので。それはご了承ください」
 それは遠まわしに『必要とあらば、見殺しにするからな!』と言っているんですよ、陛下。と誰もが思ったが……みんな黙っていた。ドロテアが怖いから
「わ、わかった、遺跡の暴走だけは止めてくれ。全ての権限はそなたに、男爵従え」
 陛下はドロテアの性格を知らないから、額面通りに受け取ってしまったらしい。やはり、平和な国なのだろう。勿論ドロテアは、面倒ならば殺す気でいるが此処では何事もなかったような表情のままだった。
「畏まりました」
 人の目を真直ぐ見据え嘘をつくドロテア。嘘というよりホラ吹きかもしれないが。ドロテアと大公の話が終わった所で、絶妙なタイミングで口を挟むバダッシュ。伊達に机を並べて学んだ仲ではない。
「俺達も付いて行っていいか?」
「ああ。精々こき使ってやるからついて来い」
 短い上着を着なおすようにして、裾を弾くとドロテアは玉座の前を立ち去った。その姿に思わず兵士は敬礼してしまったという。

「相変わらず偉そうです」
ヒルダの感想は、これに尽きる
「そうだな、偉そうだなあ」
本来ならドロテアよりずっと偉いバダッシュも、ヒルダの隣で呟いた。

 王宮で大公と王弟と大臣が、争いを続ける前に今後の身の処し方を話し合いはじめた。国の危機とは、意外と重要なのかもしれない。もう、手の施しようもない程に遅いのだが。
 大急ぎで役所に足を運び、首都にいる学者を全て集めるように命じる。
 学者が集まるまでの間、ドロテアとバダッシュは大急ぎで作戦を練る事にした。最も作戦を練るのはドロテアらしいが
「で具体的にどうするんだ?」
 バダッシュの問いに、ドロテアは低く力強い声で簡潔に
「遺跡を一時的に壊す」
 なんだか、力技である。
「……そう」
 としか他の者は言いようがない。
「姉さん! 私シャーリーと一緒に食糧の調達とかしてきますね」
「任せた」

短時間で戻ってきたヒルダと、貸馬車とシャーリー。
その荷台には、溢れんばかりの菓子が積まれていた。
「何だ? その菓子は」
「安売りしてました。栄養的にもいいでしょう。疲れた時には甘いものが一番です」
「良くねえよ……。あ〜手間掛けさせるがシャーリー、今俺が書くリストの物を城壁外に買ってきてくれ、大至急」
脇で思いっきりドロテアに拳骨を落されて、ヒルダは沈没した。

**********

「始めまして。代表者のルーク=アルトです」
 首都の学者達全員集め終えたと言われ、ドロテアは人数を数える。
「全員で二十四人。これで外側を固めるか、ドロテア」
 首都に学者が二十四人。少な過ぎるのだが、このくらいしか集まらない事はドロテアも承知の上だったので特に何も言わずに、指示を始める。
「そうだな。内部の方は任せてもらおう。手段としては、主砲を起動させてそれを叩く。お前達は起動が始まったら結界を張るように。結界の種類は問わない、ただ、内部を破壊するから破片等が外に飛んでいかないようにする為に張ってくれ。それだけでどうにかできる」
「解りました」
 何故かドロテアに対して敬語を使っているルーク。ドロテアより年齢で下の為そんな言葉使いであるらしい。多分年上でも敬語だっただろうと、後にルークは語った。それは当然だろう、あの性格だ。
 ドロテアは壊すと言ったが、基本的の壊す事が出来ないのが古代遺跡である。こんな危険極まりない物だ、壊せるのなら壊した方が良いに決まっているが、人間にはどうやっても破壊できない物なのだ。
「どうやって?」
「レイの力を持ってすれば、一時的な破壊は可能だ。レイの純粋破壊能力はヤロスラフを凌ぐんだそうだ、オーヴァートが言ってたぜ」
 怪訝そうなバダッシュの問いに、事も無げ答えるドロテア。
「それなら壊せるだろうな」
 全員が大急ぎで馬車に乗り込み、国境付近にあるイローヌ遺跡に向かった。
 他の馬車はどうかは知らないが、ドロテア以下何時もの面々は、緊張など全くない面持ちでイローヌに向かっている。
「勝手に遺跡の暴走を止めていいんですか?」
 素朴な疑問を口にするヒルダの問いに
「操ってるのがコルネリッツオだからね」
「どうしてですか? エルスト義理兄さん」
 エルストが答えている。何時も質問に答えるドロテアは、今一人なんらかの計算をしているらしく、指を顎に当て何かをブツブツといいながらもう片方の指で、宙に色々な図形を描き計算を詰めて自分の世界に入っていた。
「バダッシュはコルネリッツオ捜索の責任者だから。コルネリッツオが逃げ込んだ場所なら、殆ど問答無用で捜査できるんだよ」
 それを良いことに、バダッシュは人妻と密会できたりもするのだ。普通の会話なら、そんな遊びも入れるのだがヒルダにそれを言った所で見当違いな答えが返ってくるのは解っているので、エルストはその部分はカットした。バダッシュはそういうヤツだ、相手がなびくのはバダッシュが魅力的なせいもあるのだが。
「遺跡でも?」
「一応そうなんだってさ。今、報告書を送ったそうだから、事後承諾で何とかなるはず」
「へえ〜。教会より数段融通が利きますね」
「まあ、後手に回ると大変だからさ、この場合は」
「ってことはバダッシュが今の作戦の総責任者なわけね? 見てるとドロテアが一番みたいにみえるけれどね」
 マリアの一言に、エルストもヒルダも笑った。そして少しばかりずり落ちた眼鏡を上げて
「バダッシュは多分慣れてるんだよ。学生時分からああだった訳だし、顎で使われてただろうしバダッシュ」

 エルストのフォローはやはりフォローにならない。

 そんな楽しげな会話がふと耳に入り、ドロテアは軽く笑う。そして心の中で呟いた
『全く、遺跡を権力の座に就くために使うのは止めて欲しいもんだ』

**********

 ベルンチィアの首都とマシューナルの国境は、馬車を休みなく走らせれば二日で届く距離にある。国の成り立ちからいって、国境付近に首都があるのだ。今となっては色々な問題になりそうだが。
 全員馬車を降り、荷物を降ろすと御者達に遠くに離れているように命じ、その威容を誇る古代の破壊兵器に向かい歩き出す。
「遺跡は皇暦8749年に構築され、構築者は時のバルキフェン選帝侯。東西に九万ルティスルス」
 選帝侯は現存するエールフェン・ゴールフェンの他にバルキフェン・ドルトキアフェン・ジブアーシアフェンという選帝侯が存在していた。
「このパイ美味しいですよね」
 因みに今ヒルダが口にしているパイは、アップルパイ。それを最初に作った者はわかっていない。
「地中にラトーヤを配備している」
 ラトーヤとは、兵器の名前である
「このドーナツも美味しいですよ」
 因みにドーナツは、砂糖をまぶしてはいない。
「材質は主にバルキフェン流体金属……ヒルダ」
 選帝侯達が作り上げる金属は、その選帝侯の血筋によって異なる。選帝侯である以上、他の選帝侯の作る金属を作る事も可能だが、大量に作ることは難しい。金属は己の血を媒介にして作るといわれているので、己の血ではない金属を作るのは非常に労力が必要となるのだ。
 そして皇帝であれば、全ての選帝侯の金属を作り上げる事が可能ではあり、自分だけしか創る事が出来ない金属を持っている。
 古代遺跡は骨格に主に水を使い、その周りを流体金属で覆うのが一般的である。
「何でふか?」
 口にドーナツをくわえたまま、ドロテアに呼ばれたので答えるヒルダ。とても偉そうには見えない司祭。というかこんな威厳も何も無い、庶民派を司祭なんぞにしていいのだろうか?
「聞いてて解るか」
「全然解らないですよ、姉さん」
 あ、はいドーナツと差し出されたソレを手にとって、ワイルドにそして優雅に食いちぎり
「お前らも、か?」
 嚥下した後、尋ねる。学者以外で同行しているのは両国の王太子を捜索していた面々と、いつもの三人である。
「解らないな、全く。最初の方は理解出来たが……皇歴だけはなんとか」
 現在は存在しない『歴』の存在だけは、誰もが習うことである。帝国が解体してから『歴』は消失した。全ての人が共通の認識にして良いという『歴』の名が無い為である。
 その為、現在は「今から何年前」と表現するのが常識であるのだが、学者だけは『年代』を調べる為に、未だに『皇歴』を用いる。
 因みに現在は皇歴で表せば26882年となる。帝国が解体してからは1102年経過している。
「全然覚えられないわよ。精々選帝侯が建築した物ってくらいかしら」
 マリアも途中で直に諦め、ヒルダの持っているバスケットに手を入れ、マドレーヌを取り出して食べている。
「ま、そんなトコでいいだろよ。“指示に従え”だ」
「何時もと同じじゃないか、ドロテア」
「そうとも言うな、エルスト。まあ、イザとなったら焼き払うから気楽にしていろ。まあ気楽ついでに失敗したら、お前らも焼き払われるかもしれんがな」

 この女はやるよ……誰もがそう心で呟いた。

**********

 かなり近くに見えたのだが、実際は相当遠かったらしく中々到着しない。その建物の大きさに驚いている時に、ドロテアが話し始めた
「生贄の話は嘘だ」
「はあ? どういう事!」
 イザボーがドロテアに叫ぶ。頷きながら
「今教えてやるよ」
 とレクトリトアードを指差す。指差された当人も不思議そうな顔をして首を傾げる。
「そう言えば古代人の血を色濃く引いてると、強力な生贄になるって言ってたな」
「コイツ一人いれば装置は動く」
「ドロテア、ずっと不思議だったんだけど」
「なんだ? マリア」
「古代遺跡は絶対生贄が必要なの? そうだとしたら大変よね」
 ドロテアは手を振りながら
「違う。遺跡を動かすのには大まかに三種類ある。一つ目はオーヴァートとかヤロスラフ、そしてレイあたりが動力炉に力を注ぎ込む、これは簡単だが出来るヤツが限られている。で、二番目が学者連中も使う手法で魔力や自然力を貯めた水晶を準備する」
「自然力って何か聞いてもいいかしら?」
 イザボーが口を開く。
「ああ、自然力ってのは太陽の光や嵐だ、魔力を貯める水晶を外に出しておくだけで貯める事ができる。自然の力の方が圧倒的に効率よく水晶に力を貯める事ができる、解ったかメルミス・イザボー」
 メルミスとは、貴族の子女の呼び名である。
「それ嫌味かしら」
「ああ、そうだ。で、話を続けると、三番目が一番有名な生贄で、禁止されている。そしてこれは一番効率が悪い、何せ遺跡が大きくなればなる程、必要な生贄は多くなるしそうなれば直に足がつく」
「水晶に力を貯めて準備しておけば良かったんじゃないんですか?」
 そうしていたなら、悠々と国にその脅威を向けられたハズだ。だが
「水晶を自力で作るのも大変だし、売ってる所もそうそうないし、オマケに高値だ。大臣が加担してるから金には困らないだろうがいきなり『級一号を100個寄越せ』とかいったら、疑われるの間違いなしだしな。イローヌ級の遺跡だったら級一号……一番でかい水晶の事だが、それが40個は必要だ。多分、部分的に動かせる分は準備しているはずだ、生成物の製造ラインあたりは動かしているだろう、それだったら級三号が5つもあれば動くよな、バダッシュ」
「確かに動く。それにね、ヒルダ。40個あっても一週間程度しか動かないんだよ、半永久的に動かそうとしたらドロテアが一番目に言った方法を取るのが一番確実だ」
「へえ〜」
 非常に使い辛く、それほど脅威ではないような説明だが、実際はもっと複雑だ。そしてその端的な説明を聞いてレイが足を止め、
「では、何故俺を連れてきた」
 疑問を口にする
「あの遺跡の中は魔法が使えない、完全に使えないわけじゃないが、恐らく使えないようになっている。そうなればお前の出番だ、レイ。内部には恐らく生成物、イローヌの中で作られた魔物が放たれているはずだしな、倒すのにはお前の力が絶対に必要だ」
 結局はそこに行き着く。
 あまり大勢をつれてきても意味がない、レイ一人連れてくればどうとでもなるが、イローヌの暴走をも引き起こされる。レイが望むと望まないと。
「さーて、質問の時間は終わりだ。戦闘準備はいいか! エルスト、手甲」
 左手をエルストの前に出し、ドロテアは手甲をつけさせる。その姿を見て、ナーシャもイザボーも驚いた
「あの人の手……」
 イザボーは貴族的にいわなくても行儀悪くドロテアを指さした。ドロテアは驚いて口を開いているイザボーに一瞥をくれ、そして笑った。みてはいけないようなものをみてしまった気がして、イザボーは顔を伏せる。その後頭部にレイの抑揚のない声が降ってくる
「今頃気付いたのか、隠す事はしていない。だから誰も気付かないだから恥じる事もない」


ドロテア=ランシェの左手は皇帝金属で覆われている
皇帝が最も愛した左手だと

結婚指輪は左手の薬指

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.