ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【1】
風の守護を受け
炎の剣を持ち
大地の精霊と共に
人々に海の如き癒しを与える勇者よ
勇者よ何処に

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「探しに行けばいいだろうが。最も探したところで、見つかるとは思えんが」
女は煙草に火をつけず、端を噛み切った。
女の言葉は真実であり、真実とは残酷であると同時に優しい。



誰も彼が勇者である事を教えなければ、彼は苦しい思いをする事もない
例え全てが滅んでも、全てが平等に苦しい思いをすればいいだけ
勇者にも勇者の時間が、幸せが、一時があるのだと
勇者が勇者であると知ったならば、誰よりも別の勇者の登場を願い祈るだろう



 白銀の長髪に黒と赤を基調とした服を着て、栗毛色の馬に乗っている男が草原で
「この街道沿いに進めば良い筈だ、聖職者専用の宿も多数ある。ただ、体力に劣る聖職者狙いの追いはぎもいるから気をつけろ」
 頼まれて連れてきたシスターと別れを告げる白銀の髪の男。
 深くお辞儀をするシスターに軽く頷いた。
『シスターは自らなったものもあれば、家も親戚もなく行き場を失った子供が預けられてなったものもいるという。もしかしたら、自分自身もこのシスターと同じ道を歩んでいたかも知れない』
 そんな事を思いながら指差した方角を見る。シスターに指差した方角を進み、ある場所で道を逸れ山に入れば白銀の髪の男の故郷だ。
 いや、誰も待ち人はいない、死に絶えた村。戻るべき故郷ではない、なにより恐ろしくて戻る事ができない。
 白銀の髪の男に言われた赤毛のシスターは、恐れ一つ浮かべずに、穏やかな笑顔で
「有り難うございます。大丈夫です、イザボー様が一緒ですし」
 再び礼をして、隣に立つ自国で騎士階級を持つ女に笑顔を向けた。
「そんなに信頼されても困るけれど」
 青みを帯びた黒髪を、短く切りそろえたキツイ顔立ちの女は、馬二頭に己の全ての荷物を積んでいた。
 故郷を捨てて、エド法国で聖騎士になるのだと。
「随分と最初の勢いが無いな、イザボー=オルンティア」
 彼女をからかう男は、特徴的なマシューナル人の顔立ち、切れ長の瞳に黒い髪、黒い目、日焼けの似合う顔立ち。ここはマシューナル王国の外れ、エルセン王国に程近い。
「なっ! ……世間を知ったと言って欲しいわバダッシュ殿」
「ま、無事に着けるだろう。中々の腕だ、アンタも」
 彼女等の進む方角に視線を向ける白銀の髪の男。

多分一人では行けないから、あの少女に……いや少女ではないか

「あの……」
シスターが男に声を掛けた
「何だ?」
「レクトリトアード殿にお聞きしたいのですが」
「何をだ?」

「ヒルダは立派に司祭補の仕事をしていましたか?」
どこか姉に比べて少女の面差しが強く残っているような、司祭。

−あれ程強い女はいない

別れた二人の女達が小さくなるまで見送った。
また、いつか会えるだろう。

「そうか、あの子の初仕事は結婚式だったのか」
レクトリトアードにバダッシュが言った。
「ああは言ったが……」
レクトリトアードはシスターの問いに『立派にしていた』と答えたが
「見て無かったんだろ、レイ」
実の所、記憶には無かった。その時の司祭補など、記憶の片隅にも無い
「まるで、な」
見ていたのは、花嫁だった。
「そんなもんだろ。さ、戻るか。また逃げられたりでもしたら大変だ」
「そうだな」

そう言えばバダッシュは、結婚式に参列していたな。同期だから呼ばれたのか?

来たければく来るがいい。来たくなければ来なくていい

美しい女が見える。同じ場所から同じ女を見ている。
『貴方も此処から見ているのですか? オーヴァート卿』
『ああ』
離れた場所から小さく見える花嫁を
美しい花嫁だった
遠くから見た女
初めて抱いた女ではないが、初めて愛した女
絡まるかと思いながら、その癖の強い髪に指を通す
サラリと抜けて、またフワリと風を含んだ
綺麗な女だと
女が綺麗だと初めて思った

ドロテア=ゼルセッド。今はドロテア=ヴィル=ランシェと

『私の隣にいるより、貴方の隣にいる方がずっと似合っていた』
『私の隣にいるより、エルストを隣に従えている方がずっと似合っているさ』
『貴方はドロテアを従えていたのですか?』
『いや、私がドロテアに従っていたのさ』
俺に皇帝の考えなどわからない
だが、皇帝はあの女を愛していた
あれ程美しい女を見た事はない
そして俺も愛していた

俺を俺以上に知っていた女。俺は女以上に女を知ることは出来なかった
それが別れの理由だったんだと今なら解る


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