ビルトニアの女
真実を望み滅びるならそれでも構いはしない【4】
「さてと、ヒルダ。仕事だ」
「はい!」
「お手間を」
 妻を殺され、殺害犯を殺して茫然自失となっていた男はやっと非我の世界から戻って来て、世話をかけてしまった四人の一番偉そうな女性ことドロテアに頭を下げるが、手をヒラヒラとさせて興味なさそうに言葉を打ち切る。
「一々言ってる暇はねえ。あ〜ブラミレース。テメエの望みの処刑はどれだ? そのくらいは選んでやる」
 机を指でタンタンと音を立てて叩きながら、ブラミレースに"死に方"を問うドロテア。
「何それ、ドロテア?」
 驚いたようにマリアが聞き返すと、
「処刑方法には色々あってな、最高極刑が火刑だ。これにも細かい分類があるが、いくらなんでもブラミレースをコレに持っていくのは無理だ。次がギュレネイスだとフェールセン風の斬首でそしてその次が絞首刑。どれにする? まあ望めば一番楽な毒刑、所謂"毒盃をあおいで死ぬ"くらいまでなら持って行ってもかまわねえが」
 死刑書類提出に慣れているドロテアが軽く言う。
 実際国により、死刑の種類も多種多様だ。宗教国家は大体が火刑であり、その火刑にも色々とある。そんなに火刑を細分化してどうする? とドロテアは火刑用の油の調合をしながら、文句を言ったりもしたものだ。
「あ、ドロテア。出来れば見世物にはしたくないから、ソッチに重点おいてくれるか?」
「そう言えばギュレネイスは公開処刑が一般的だったな」
「姉さん、公開処刑ってなに?」
 必死に書類を書きながら、ヒルダは不思議そうに会話に割って入って来た。
「言葉通り、皆の見ている前で処刑される。ギュレネイスでは男だけの楽しみらしいんだが、別に楽しみたくもねえよな。ベルンチィアは秘密裏に殺害だが、マシューナルじゃあ景気付けに死刑執行だからな」
「景気付けってなんですか?」
 インク壷にペン先を入れ、少し馴染ませる為にペン立てに置き、インク吸い取り紙を船が揺れるようにして、さも不思議そうにヒルダが聞く。ドロテアが当たり前だろう?と言った顔で
「言葉通りだって。マシューナルには他国にない独自の文化・円形闘技場での殺し合いがあるだろう。その殺し合いの前に死刑囚を斬首で殺して、会場を盛り上げる。そうだなじゃあ見世物にしないように……毒盃でいくか。毒は俺が準備するしな」
 どれにするかな? と言っているドロテアの脇で、教会内を殆ど片付け終わったマリアがしみじみ
「意外と死刑に至るまでって大変なのね、ドロテア」
 まだ書類を書き続けているヒルダを眺め、口にした。マリアは死刑は意外に簡単なのでは無いのか? と思っていたらしいが、実際はそうでも無い。
「申し訳御座いません」
「まあ、それで気が済むんだろうからな。さて毒盃にするにはヒルダ、嘆願書書け」
「うわああ!! マダ書くんですか?」
「ウルセエな、俺はこれから毒盃用の毒の書類作製しなきゃならん! あとは各自勝手にしろ」
「はい!」
 夜更けまで礼拝堂の明りが消える事は無く、ヒルダの叫び声とドロテアの怒声が響いていた。
 ―― どうして辞められたんですか?
 ―― 向きじゃなくてね
 ―― はあ。そうですか
 ―― それに俺は今の生活の方が向いてる。向いているというより、これ以上いい生活は無いな
 長めのレイピアを手入れするエルストの脇で、死刑が確定した男が不思議そうに尋ね

「人にはそれぞれ、ね。それに俺、犯罪者の方が好きだ。人間らしいよな、と思った瞬間逮捕するのが嫌になった。若かったんだろうな、俺」

 何とも言い返す事の出来ぬ答えに、黙って横になった。

 翌朝、人気の無いとは言わぬ村の出口まで四人は二人を見送りに出た。隠れて見送るというか、見張っている村人が何人かいるが気にも留めずに。
「雨が上がって良かったですね」
 書類の束と、一応エド正教教会での宿泊が可能になる書類を二、三付け足したそれをヒルダが手渡し
「そうね。これ、保存食よ。持っていきなさい」
 マリアが、自分達の馬車の中から余剰分の保存食を手渡した。
 小さな馬車に、一頭の馬。これで首都まで辿り着くとなると、相当な時間を要するだろう。隠れている村人を情け容赦無い目線で威嚇した後、
「……ブラミレース、クルーゼ。金だ」
 くたびれたような麻袋を投げつけた。受け取った重さにクルーゼが驚き、中を確認して
「こ……これは! ですが昨日」
 ブラミレースが言おうとした時
「黙ってもらっておけよ、二人共」
 エルストが、手をひらひらと振って片目を閉じ、ドロテアの肩を抱いた。
「あ、はい……」
 その仕草に、ドロテアがエルストが前日に金を渡した事を知っていると、何故か二人は理解することができた。
 袋の中には、最も通貨価値の高いエド金貨が詰まっていた。困った様に袋の口を閉めた二人に
「此処からはテメエ等二人で決めろ」
 ドロテアは表情もなく淡々と語る。
「え?」
「逃げたければ、逃げな」


 ―― 逃げたければ逃げろ、それでも俺達は良いと思う


「親友を死刑場に届ける為に握る手綱って、重いでしょうね」
「親友に死刑場に届けてもらうのも、辛いでしょうね」

 逃げたければ逃げろ、それでも俺達は良いと思う、それでも

 彼らは一度馬車を止め、馬車から降りて深い礼をした。
 間違い無く彼らは首都へ行き、死刑を自ら選ぶのだろう
 再び馬車に乗り込み、彼らは小さく小さくなっていった。

「会いに行くか」
「死んだら会いにいってみるか」

 愚かだと思うか?
 多分それが彼らの信仰であり、友情だったのだろう

「行くか、こんな村長居しても碌な事はない」
 興味も無さそうに、隠れていた村人達に投げつけるように言い捨てドロテア達はその場を後にした。
 ガラガラと車軸の回る音を聞きながら、それ以外の音は聞こえない馬車の上で……エルストが握っていた手綱が引かれて、突如馬が嘶き暴れ出した。それと当時に村の方角から爆音が轟く。御者台に乗っていたドロテアが立ち上がり、半身をずらし後ろを見る。
 爆風が届き、空まで届こうかと言う程の火柱が其処には上がっていた。場所は、あの村があった
「ドロテア!!」
 荷台から身を乗り出しマリアとヒルダもオレンジ色に輝く村を見据える。次々と轟く爆音に馬が暴れるので馬車から一度降り、宥めながら四人は夕日のように染められた空と大地を見つめていた。
「火を掛けやがった!」
「誰が?」
「メルの兄だろうよ。あのまま黙っていれば殺されるだろうからな」
 殺される前に、村人もろとも殺してしまえと言う行動に出たのだろう。神父の息子であったなら、簡単な魔法くらいは使えてもおかしくは無い。
 火をぶつける程度出来たら、それで皆殺しだ。
「消しに戻るか?」
 馬を宥めながらエルストがドロテアに問うが、ドロテアは黙って頭を振り
「無駄だ。いい油だよ、あれは」
 正直この爆発では村人は全員即死だろうと。助かっている人がいるようには見えない。ヒルダも黙って頭を振った。熱波がこの距離にいるドロテア達にも襲い掛かってきている、それをドロテアが結界で防いでいるのだ。魔術の心得でもない限り熔けて死んでいるのはその場にいかなくても解る程に。
「逃げ切れるかしらね? 村人」
「一人でも逃げおおせればヤツは破滅だろう。いつか何処かでそんな話を聞くかも知れないな」
 恐らくは誰も逃げ延びてはいない。せめてクルーゼがこの事を知らないで首都に辿り着けばいいだろう。馬の首を軽く叩きながらエルストは再び御者台に乗る
「そう、ね」
 止まる事を知らないかのような爆音が響き続ける中、ドロテア達は背を向け馬車を走らせた。

 ―― この事は内密に頼みます
 それが村人全員の願いだった。それが何を意味するか?

「これで秘密は守られたじゃねえか」

 口封じだったのだろう。誰が誰に口封じされたのやら

 真実を望み滅びるならそれでも構いはしない

 瞼を閉じ、砂利道を走る馬車の蹄の音を聞きながら、形の良い唇に2本の指を置き静かに笑う
 残酷か? と誰かに聞きながら
 走る馬車の背を見たような気がする
 何時か止むだろう炎に背を向けて走り続ける馬車は罪深いのだろうか
 罪深いのは彼等だろう

「近道とかあればいいのにな」
「本当にな。早めにエド法国に辿り着きたいもんだ」
「所で、どうやって渡す?」
「さあな。着くまでにはどうにかしておくさ」
「頼りにしてる」
 煙草を咥えて二人、荒れた道の立て看板の"エド法国へ"の方へ走らせる。神の住まう国へ
 彼等は向かった、かつて皇帝の住まった国へ


第四章 完
【真実を望み滅びるならそれでも構いはしない】

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.