ビルトニアの女
地の果てを望むのは私ではない【4】

女は非力だ
女は弱い

 警戒を怠ったのだろう。牢獄の中にいるのは所詮女二人。
 片方は武器を持って戦う女だが、今は武器を取り上げている。もう一人は魔法使いで学者風、牢獄の中は通路も魔術の効きが悪いとなれば、食事を運ぶ程度で警戒などしないかもしれない。
 それが運のつきだった。相手を普通の女だと思い込んでしまっているのが、そして相手がそう思い込んでいる事、尚且つ秘密警察が直接身分を照会できないので、推測だけでドロテア達の職業を決めている事も計画をしていることも。
 ガチャリと扉を開けた男に飛んでくる透明な鞭、弾き飛ばされた男は背後にいた食事を運んでいた男にぶつかる。何が起こったのか分からないトレイを握ったままの男は黒いブーツの底を見たのが最後だった。
 そのまま頭は破裂した。
 マリアの鞭にはじかれた男が体勢を立て直そうとするも、膝が言う事をきかない。
「鞭じゃ上手く……」
「大丈夫、今剣に変えてやるよ。通路は少しは結界が弱いようだ」
 ドロテアの手が微かに光り、マリアの手にしていた水の鞭は中程度の長さの剣となる。マリアもドロテアも見た目は華奢だった、間違い無く男はそれに油断していたのだろう。
 もう一人の男も助けてと叫ぶ前にマリアの剣で絶命させられた。
「……さてと行きますか」
 マリアとドロテアは死体を一体づつ引っ張りながら牢屋の出口を目指した。出口にいた番兵もドロテアの"急所蹴り"で息絶える。ドロテアの闘技場での名前、それは『破壊のゴルゴギアス』ドコを破壊していたのかは、ご想像にお任せるすが。
「さすがに牢屋からでると魔法は使えるな」
 それだけ言うとドロテアは呪文を唱える、その呪文にすぐさま反応が返って来た、目の前の死体達に。死体が立ち上がり歩き出す。
「何時見ても気味悪いわね。特にアナタが頭潰した人間なんて、頭ないのに何で人を見つけて襲えるのかしら?」
 頭を潰されたアンデットは、フラフラしながらも壁にぶつからずに廊下を歩いて獲物を探している。
「魔法生成物ですから」
 ドロテアはにこやかに笑う。魔術の……邪法の奥深さを思い知らされたマリアだった。
「……でもこれって見つかると、死刑になるんでしょう?」
 本当は死刑というか、極刑。ただ殺されるだけではすまないのだが、バレなければ平気なので、
「全員ぶっ殺せばいいだろう。もとよりそのつもりだしな」
 見たからには全員殺す。それがドロテアのドロテアたるところである。
 そしてドロテアの指示に従い歩き出した死体は新たな犠牲者を求め突き進む。その歩みを後ろからみながらドロテアはその死体が流した血を刃に変え、
「ほら、マリア。コッチの方が切れ味いいぜ、血の大剣。本当は槍の方が良いだろうが、建物の構造がわからない以上、小回りのきく剣で我慢しておけ」
 薄笑みを浮かべる。間違い無くヘレンなど足元にも及ばない恐さであるが、そこは付き合いの長いマリア。
「ありがたく頂いておくわ」
「そうそう、マリア。これをしておかないとマリアもアンデットに襲われるからな」
 ドロテアはそう言ってマリアの額に何かを書く仕草をした。アンデットからは見えなくなる呪印を書き込む、これは二十四時間しか持たないものだが、この状態だと二十四時間もしないうちにこの施設は死体で溢れかえる事となるし、こんな極刑上等な行動を取っているのだから短時間でカタをつけなくてはならない。
「……本当に危険行為よね」
 呪印を書き込まれた額を形も艶も良い爪で軽く引っかいて、溜息まじりに親友に言う。
「まあな」
 魔法が使えるようになったドロテアは血の大剣を振り回すマリアと共に、一路ヒルダとエルストのいる場所を目す為に死体から記憶を引き出し始めた。
 アンデットを操るのは極刑、そして死者から記憶を引き出すのも極刑であり、表面的には禁止されているものの、あちらこちらの獄吏や監察官などが用いているのが実情。生きている人間かけると死んでしまい記憶が霧散してしまうという代物で、これで記憶を引き出す場合はまず殺してから、という準備段階が必要となる。
「ロイン! 毒を受けているヤツラを全員殺せ!」
 多数の人の壁を前にドロテアは叫んだ。

「大変です! 食事を運んだ際二人が逃げ出しました!」
「何ですって! 早く捕まえなさい!」
「そ……それが人手が足りないのと……魔法使いがアンデットを量産しているらしく、こちらは手が出せません。中毒で死んだ者達も次々とアンデットに……」
 アンデットの大軍を間近でみた男は顔が青ざめるを通り越して、土気色に変色していた。この世のモノとは思えない無残な死体の大軍。それも知った仲間ばかり。穴の開いた腹を引き擦りながら歩く同僚や、目玉がぶら下がったまま歩く部下。最早地獄と言っても言い足りないくらいであろう。
「一体どう言う事?」
 ヘレンは上ずった声のまま問い質す。
 まさか捕らえていた魔法使いが"暗黒邪術師"だったとは思いもしなかったのだろう。それも勇者一行の魔法使いが。
 第一報がもたらされてから次々と悲鳴に近い報告がヘレンの元に届く。
 ヘレンは半ば狂乱状態で、報告に来た部下を殴りつけながら支離滅裂な指示を出す。既にこの施設内の七割はドロテアの支配下なのだが。
 "始りましたね、義理兄さん"
 "そうだな、ヒルダ"
 殆ど忘れられかけた二人は小声で話す。作戦はどうやらドロテアの思った通りに進んでいる。そんな二人の存在を思い出したかのように、ヘレンは振り返り叫んだ。
「ええい!コチラには人質がいるわ、それを伝えなさい!」
人質と言われた二人は軽く溜め息をつく。

**********

 血の大剣を弄びながらマリアは手持ち無沙汰に歩いていた、周りは恐ろしい程静寂で、マリアが相手をするような"生きた人間"はもう殆どいないので、ゆっくりと建物の中をドロテアと歩いている。
 急いで向かうのに何故ゆっくりと歩いているかと言うと、魔法を行使しながら歩いているせいで歩くのが遅くなるからだ。当人にとってはそれ程大変な魔法ではないようだが、それでもいつもよりかは遅くなる。それなのでマリアはドロテアの歩調に合わせていた。
 マリアは背が高く足が長いせいもあり、歩調は男の人と大差ないので少しゆっくりと女性が歩いているだけで、相当ゆっくりと歩いているように感じるらしい。
「突然だけど、空中に現れたあの四角いのは何?」
 マリアは自分たちに付いてくる、四角い平らな窓ガラスのようなものに興味を引かれていた。
「ああ、あれね。あれは古代遺跡なんかで見られる空鏡」
ドロテアは知っていたが無視していた。
「それは何?」
 興味深そうにマリアが尋ねる。ドロテア少しだけ困った様に考える、一応分かりやすいように答えようとしているらしい。魔法は知らない人に説明するのが一番難しいのだ。特にドロテアのように知識だけは”超弩級”の”歩く図書館”と言われる人間にとって。
「あ〜とな……さっき俺が水瓶にエルストの視聴覚を写し取っていただろう、それと同じような原理で、あの四角いのに映像が映し出される。因みにこれは双方向性があるんで向こうの状況が此方に見え、向こうは此方の状況が見える。当然音声付で動画だ」
 因みに先ほどは水瓶に映していたので"水鏡"。
「ふ〜ん、便利ね。そら……かが…み? とか言うそれ」
 聞き慣れない魔法の道具を興味深く見つめる。こう言うのが一家に一台あると連絡を取るのにとっても便利なんじゃ無いのかしら?とマリアは思うのだが。
「確かにな。だが現代では使えるが作れるヤツはいない」
 ドロテアはそう言って立ち止まる。マリアもつられて立ち止まる。
「??」
「この施設、間違い無く古代遺跡を改造して造ったものだ。古代の超文明といわれるモノの一つなんだよあの空鏡は。それにだ、大体の街は大きな古代の文明の上に建っているんだ。その方が色々と便利なんでな」
「へえ、そうなんだ」
 そんな無駄口を叩きながら突っ立っていると、ようやく空鏡に映像が映った。この空鏡実は双方向性があるとはいえ、片方が移動しているとその横を付いて移動するだけで通じない。
 本当はもっと使い勝手はいいらしいのだが、現代では殆どこの程度の使い手しか残ってはいない。もっと上手に使える人は、もっと良い場所で働いているだろう。
『そこの女達! この人質がどうなってもいいの!』
 開口一番このセリフ。彼女は威嚇すれば何でも人は話を聞くとでも思っているのだろうか? 威嚇が通用するのは、彼女の背後の権力に恐れる"支配下"のものくらいである。
「そんな事の為に態々術者をつかって空鏡か? ご苦労なこってテメエが何といっていても構いはしない、この施設を皆殺しにして逃げるまで!」
 ヘレンは一歩後ずさりした。部下達も心臓が恐怖で早鐘の様に打つのを感じた。大体役者が違う。ヘレンは権力が及ぶ範囲では強いが、ドロテアは自身が強い。それでも弱みを見せまいと、ヘレンはヒルダに剣を突きつけさせて叫ぶ。
『だから、人質が!』
「知るか、ボケ。何でテメエの思い通りに動かなきゃならんのだ。人質? ハン! テメエが勝手にそう思っているだけだろうが。下半身で役職とったヒスババアが! 死体はみんなそう思っているぜ!」
 死体から引き出した情報である、ただ言い方は多分……死者の為に断っておくが、ドロテアのアレンジだ、多分。
『………アンデットを使役したと知れたら極刑は逃れられな……』
「牢獄にいたって殺されるんだろうが、ばーか。考えてモノを言えよ。それにオレは皆殺しにするつもりだぜ? 部下達さんよ、そこの二人に懇願したなら助けてやっても構いはしないが?」
 部下達は唾を飲む。どっちに付いたら助かるか?それを考えはじめる。アンデットを使役して此方に向かって来る魔道師など、恐ろしくてたまったものではない。
『女ぁ!』
 ヘレンが叫ぶが、せせら笑いながらドロテアが四角い箱の中に映っている、額に青筋を立てている皺の深い女に向かって叫ぶ。
「人質とるとか誘拐するとかしか、脳の無いヒスババアに尽くすのもソロソロ終わりにしたらどうだ? 大統領がなんと言うかな? 証拠も無しに勇者証を持っているヤツを拉致監禁したって知れたら? 大統領だってテメエなんて清算したくてうずうずしてるんじゃねえの? 醜い愛人なんて飼う必要性はないからな、俺くらい美しかったら別だがな!」
 ヘレンの部下達は空鏡に映るドロテアの、鳶色の瞳が微かに輝いたように見えたのは、決して見間違いではない。
『……覚えてなさいよ!』
「テメエなんて恐かねえよ、死ね……いや、殺してやる!」
そう叫ぶとドロテアは空鏡を破壊した。
「……ヘレン様。あの魔法使いはかなりの使い手ですぞ……」
 その目に魔力を宿して、空鏡をぶち破った。破られると言う事はドロテアより術者は格下と言う訳だ。
「大した術者じゃねえようだな。これだったら簡単にいくだろう。」


Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.