ビルトニアの女
地の果てを望むのは私ではない【2】
 

薄暗い牢獄の中、黙っていても死である
自ら悪行しても諦めがつかないのが人間の本性なのに
何もしていないのに処分されるのは真平御免だ
誰であっても

「行方不明で殺される趣味もねえしな」
 ドロテアは立ち上がり部屋の隅に向かう。
「やっぱ、こう言った秘密警察に捕まると"行方不明"で処分されちゃうの?」
 物語ではよくあるが、まさかソレが自らの身の上に降りかかるとは思っていなかっただろう。特に十数年ぶりに世俗に戻ってきたヒルダなどは、夢見心地のように言葉を呟く。
「ま、そうならないようにするさ。……出てこいロイン」
 黒い手袋をしたまま何かの"印"のようなモノを何回か結んでドロテアがそう言うと、掌の間から何かが現れた。
 何かとは"ロイン"であるのだろうが。紫色の髪の毛? のようなモノに覆い隠された小さなどす黒い肌色の生物。人間社会では見かけない"コレ"は魔術に疎いマリアでも召還されたものだと分かる。
「……ねえ? 魔法は使えないんじゃなかったの、ドロテア?」
「召還は大丈夫みたいだった。逃げられなきゃいい訳だし、コレを阻止する程の牢屋になると離宮の一つも建つ程だからな。で、ロインお前にちょっと仕事をしてもらう、イヤとは言わせないからな」
 そう言われたロインは、首根っこを掴まれイヤイヤしているのだ。色彩は不気味だが動きはそれなりに可愛らしい。それを掴んでいる人間の方が数段怖いと言ってはなんだが。
「何かしただろう、ドロテア」
 エルストが不憫そうにロインを見つめる。ただし助けようなどとは思わないようだ。何せ妻が恐い。
「気にすんなよ。コイツ毒の神なんだよ、だから結構毒物を融通してもらったんだ。なあ、それだけだよなロイン?」
「うっうっ……人間には与えちゃいけない毒物までこの人……うっうっ……」
 ドロテアは魔法使いとしてより"学者"としての方が有名だ、昔は違う方面でも有名だったが、それは過去の事なので今は関係ない。
 特に古代魔法と薬草学は大陸屈指なのだが、その実この人ただの”暗黒邪法”好きの"毒好き"だったりする。当然のことながら三人は知っているので、ロインに哀れみの眼差しを向ける。黒い手でつままれたロインは泣きながら三人に訴えるが……そのロインにエルストは向き直り、
「勘弁してくれ、ロインとやら。そいつは……」
「そう言うヤツなんだ」
「そう言うヤツなんですよ」
「そう言うヤツなのよ」
 三人は見事に声が揃った、語尾が違うくらいで。
「そのくらいでいいだろう、ロイン。で、本題だ。この施設にいる奴等に毒を盛れ。即効性が有り死に至るヤツを水に流し込め、触れても平気だが飲食すると効果がある毒を、以上だ。私の号令で毒に侵された奴は殺せ」
 短く的確に述べるが、作戦指示が短くてもその内容はチョット……といいたくなるようなものである
「……はい……」
 呼び出された召還神はシブシブながら壁の中に消えていった。
「ちょっと可哀想な気もするけど?」
 マリアがロインの消えたあたりの壁をコンコンと叩く。どうやって消えたのか不思議なようだ、最もソレを言うなら何故印を結んだだけで"あんな物"が出てくるかの方が余程不思議だが。
「それにしても姉さんは色々な召還神持ってるんですね。後何体くらい召還できるの?」
 召喚自体難しいものだ。一応神聖魔法を操るヒルダなら、その難しさは良く解る。実際の所、聖霊魔法も精霊魔法と言い換える事ができ、尚且つ精霊魔法は召喚魔法の亜流である、契約を結びその神の力を一時的に借りているわけだから。
 ただ人間が使えるのにはある程度制約もある(前回使ったシャフィニイは別)が、本体を呼び出せるとなればその召喚体の力をフルに使える。
 ただしコレは相当な実力が必要だ。並外れた魔力を必要とする。そしてそれほどの魔力を持っていれば、魔法に造詣のない者でも雰囲気を感じ取れる。ドロテアはそれほど魔力がないが、反則を用いて召喚を行っている。
 そんな反則級の召喚のできるドロテアはヒルダに聞かれて目線を天井に向けて口の中で数を呟く。そして、
「多分四百七十二体な筈だ。シャフィニィの属神なら全て呼び出し可能なんでな」
 一日一体呼び出しても一年で終わらない……。
「凄いなあ」
「凄いの? ヒルダ」
「人間が生涯で契約を結べる神は多くて七体と言われています。歴史に残る大魔道師でも十一体ですよ」
「ピラフの神様万歳だな、本当に」
 エルストは溜息交じりに苦笑した。エルストとしては大して美味しくも無いピラフをお気に召した神様の大盤振る舞いに助けられる事おおし。一つ断っておけばドロテアが料理下手なのではなく育った国が全く違うので、この二人料理や味覚に大差がある。でもエルストは我慢して食べているのは言うまでもないし、自分が作るときは極力ドロテアが好みそうな味付けを模索している。
 そんな事はどうあれ、エルストは人じゃなくても助けるはするもんだなと考えていた。
 そんな当人も昔ドロテアに助けられて、そのまま現在に至っている。
「確かに。さてと、そんな事よりココを脱出する作戦を授ける! 一気にぶっ殺すぞ!」
「任せてよ!!」
 マリアが威勢良く答える。さすがは闘技場で共に戦った仲。阿吽の呼吸だ。
 エルストとヒルダは力なく
「おお……」
 と言うに留まったが。

 一言断っておくと、ドロテアの"殺す"は本当に殺してしまうのである。

**********

 報告を受けたヘレンは
「どう言う事? 原因は!」
 ヒステリックに叫ぶが、答えが出るわけではない。医師が汗を拭きながら必死に言葉を探す。
「どうも毒物の中毒のようでして……見たことも無い毒ですので……」
 ある筈も無い。ロイン特製の毒で人間社会には決して存在しない毒なのだ、どんな人物がみたって理解はできない。
「こう言った原因不明の毒の対処でしたら僧侶の方がよろしいかと」
 毒が特定されていれば医者の出番もあるが、そうでなければ"薬学者"か"治癒魔法の使い手"の方が役に立つ。
 握りこぶしを震わせてヘレンは声を絞り出した。
「た……確か……捕らえた勇者一行に、僧侶と薬学者がいたわね……」
 部下達は顔を見合わせ頷く。そして身元を表面上調べた部下が小さく進み出て意見をする。
「薬学者は魔法使いでもありますから、僧侶だけを連れてきた方がいいのではないでしょうか?」
 ドロテア達は一応『勇者』なので不当に捕らえた為、他の国にあまりおおっぴらに照会できない。その為、着衣や持ち物でその身分を推し量らなくてはならなかった。
 その為、ドロテアが『どこのドロテア』なのかなどは解からないが、持ち物に薬学者の証明印があり、ヒルダの着衣がエド正教の司祭補だったことなどから推察しているだけだった。
 ドロテアの詳細を知れば、誰もが捕らえた事を後悔するであろうが。そんな事は知らないヘレンは
「じゃあ早く連れてきなさい!」
 金切り声を上げて部下を怒鳴りつける、その顔に先程、自分より弱い立場の相手と対面していた時の余裕は当然ながらない。
 怒鳴られて部下が二人走り出した、地下の牢獄へ。だが、ヘレンが焦るのも無理ないだろう、肌が"群青色"になり穴と言う穴から血を流している姿を見てそうそう平気ではいられない。それが原因不明の病なら尚更だ。

**********

 大きな施設の片隅でロインは一人浮いていた。
『バカだよな、コイツら。よりによって"あの"ドロテアを閉じ込めて敵に回すなんてさ……』
 ロインは黙ってドロテアの合図を待つ事にした。
 どんな主人でも一応は絶対である。そしてロインは初めて知った。魔力がたいしてなくても恐ろしい程、使役の上手い人間がいると言う事を。
 ドロテアが言った通りロインは毒の神ではあるのだがそれ程悪い事をする神様ではない。そして本来ならばドロテアが召還契約を結ぶ事が出来ない程"高位"の神である。何せ聖火神・シャフィニィ直属の上位五神の一体であり、到底普通の人間は契約を結べない。自分の上位神が契約したので従っている。
 前はドロテアに従わなかったが、ある事件以来恐ろしくて無条件で従うようになった。神をも恐れさせる女・ドロテア。

 勝負は最初から決まっているも同じである


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