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 初めて見るヴァルカ総督は、素敵な男性ですわ。周囲にこのような年齢の方……多分、メセアとそう変わらないでしょうけど、随分と雰囲気が違うものですわね。
「会えて嬉しいですわ、ヴァルカ総督」
『私もでございます、皇后陛下』
 声はアーロンにもっと深みがあるような雰囲気です。やはり伯父と甥ですから、似ているのでしょうね。
 ダンドローバー公がヴァルカ総督を説得している脇で、私はヴァルカ総督を見上げながら、陛下の事を考えておりました。
 何故怒ったのかなどは、後で聞きます。考えた所で解かりませんので……。思えばこの方が、陛下と共になければ今の治世はなかったのですよね。この二人の接点を私は知りませぬが……何があったのでしょう?
「皇后陛下。何か総督とお話をしてはいかがですか?」
「ヴァルカ総督」
 何でも、総督が国境に展開している軍機動力の半数を、帝星側に向けたのだそうで。それもダンドローバー公の説得で収まりそうです。
「はい、皇后陛下」
 何故この方が、前の皇帝を裏切ったのか? そしてそれに関して誰もこの方を裏切り者と言わず、陛下を簒奪者というのか? ……全て私が関係しているのでしょうけれども……
「何時も守ってくださってありがとう。でも、それ程までに私を甘やかさなくても良いですわ」
 名前すら記憶にないこの方に守られて、安穏と八年間生きてきた私。そろそろ、少しは楽にして差し上げないと総督も皇帝も。
「皇后陛下?」
「遠く離れた場所から、何時も私の事を気遣ってくださって感謝の言葉もありません。ですがもう少し気楽に構えても良いですよ。生意気かも知れませんし、忘恩の徒と感じるかもしれませんけれども、私は大丈夫ですよヴァルカ・デ・ヒュイ」
 アーロンが言っていました、総督はずっと自責の念にかられているのだそうです、父であるエバーハルトに逃がされて生き延びた事に対して。
 私は思うのです、父はそれ程までに総督が自責の念にかられるとは思ってはいなかったのではないかと。私自身に対して総督が何か感情を持っているのではなく、守れなかったエバーハルトの代わりである事は解かります。それでも良いのですが、それが原因となって争い事が起きるのは本意ではありません。
『皇后陛下……本当に貴方様は甘えてくださらぬお方だ。似ておられる、皇子に』
 二三会話して終わりました。
 総督はどれ程言っても私に対する忠誠心を軽くする事はないでしょう。そうであるならば、私が陛下と共にあり心配を掛けないようにする事が最善の策だと思います。
「ダンドローバー公。昨日、陛下に聞かれなくて困ってしまいましたわ。まだ、不測の事態に対しては上手く対処できないようです」
「いえ、充分かと。良く陛下を押し留められましたね」
「黙って拝見していましたら、止めて下さいましたわ」
「黙って……ですか?」
「ええ、黙って。私、陛下のお顔を近くで拝見した事がないので、良い機会だと見てましたの。身体も動かせませんし。そしたら陛下から怒気が抜けて、そのまま」
「偉大でございますな、皇后陛下。では皇帝陛下の元にダンドローバーが案内させていただきます」
 偉大って……ただ、陛下のお顔を拝見してただけですのに。
 陛下の眉間の皺は怒気が抜けても深さが変わることがありませんから、あれはもう顔の一部なのでしょうね。たるんでいると言えば失礼かも知れませんけど、口の辺りや頬の辺りはそれなりに。歳相応……とは少し違う気がします。なんと言うのでしょうか……疲れてる?
 驚いたのは口元です、下唇に噛んでいる後が残ってました、古い傷だと思いますが唇に横の線が幾つも刻まれていました。……あれは……
「それでは皇帝陛下、私は退出しても宜しいでしょうか」
「もう二日ほど待機していろ。次はハーフポート伯の説得を命ずる。ヴァルカが伯爵の説得に応じなかったのでな。必要となれば二時間前に通達を出す、好きなように遊んでいるがいい」
「かしこまりました。それでは先に失礼させていただきます。扉の外のハーフポート伯と交代いたします。陛下、お気をつけくださいませ。そして皇后陛下、もしも時間がありましたら私の居る部屋までどうぞ。ファドルも参っておりますので」
「解かりましたわ」
 あら? ついにファドルにダンドローバー公だという事を教えたのですか。何時までも騙すわけには行きませんものねえ。
 ダンドローバー公が退出すると同時に、銃を携えたアーロンが入室してきました。挨拶一つしません……大丈夫なのかしら? 大丈夫じゃないですわよね。二人が仲良く、とまでは行かないでも協力し合ってくれれば私としては嬉しいのですが、二人が協力するためには私が何とかしなくては。
 でも、先ずは
「陛下。お話しても宜しいでしょうか?」
「好きに話すが良い」
「はい。先ずは前髪ですが、陛下のご親族であるメセア・ラケに渡したのは私自身ですので、私が取りに向かいたいと思います。その為に外出許可を頂けませんでしょうか?」
「他は?」
「私が陛下に無断で外出していた際に接触した者達の見張りを解除して、身の安全を明言していただきたいのです」
「他はないか」
「はい、ございます。陛下、お体の調子は大丈夫ですか? ハーフポート伯も私を心配して少し過ぎたようですので、寛大なご処置をお願いいたします」
 後は忘れている事はないですよね。
「他には」
「えっ……」
 他に何かいい忘れた事ありましたでしょうか? アーロンの処置を寛大にしていただく事と、外で接した人達の身の安全、そしてメセアに渡した前髪を自分で取りに行く事……他は別に何もありませんわよね? でもまるで何かあるような言い方ですけど……。
「あっ! そうです!」
 陛下の表情は変化いたしませんけれども、頷かれました。そうです!
「ダンドローバー公とファドルの仲、認めては下さいませんでしょうか?」
 これが一番大事でしょうね。二年近く前から良くして頂いているのですから。

……どうしたのでしょうか? 二人とも?

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