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 世間知らずだった皇后陛下が立派になってよかったと言うべきか? まさか皇帝に直談判してラニエの子に継承権を与えてくるとは……それもパロマ伯爵を継がせない為に。
「ですから、いつか公爵が足元をすくわれると」
 リガルドは苦笑いする。俺だってそう思ってはいる。大体、皇后の顔は今まで見えはしなかった。皇帝が皇后を隠す理由はいくつかある。
 一つ目はその人気。皇后の亡くなった父上が国民に人気のあった皇子であった事。皇后を全面に押し出せば、何故皇帝が皇位についているのか? という不満の声が上がる恐れがある。帝国は女性でも立派に皇帝になれるのだ……因みに女帝とは違うぞ。
 二つ目は血筋。皇帝程度の血筋ならどこにでもいると言ってもいい、実際俺も似たようなモノだ。だがあの人は苦労に苦労を重ねて此処まで来た、俺はそれは尊敬するが、尊敬と同時に嫌われもする事がある。そしてあの皇帝をその座から引きずり降ろすのは意外と簡単だ、掌中に皇后を収めればよいのだから。よって人目に晒さないで誘拐などを回避しているらしい……それはリガルドが参事官のリドリーから聞いてきた話だが。
 三つ目は軍部と連絡を取り合うのを防ぐ事。大体、皇帝がこの座を奪った際に協力した将軍がいる。現在のヴァルカ総督だ。この方は軍の重鎮だし、四人の辺境伯を従えてい、自身も帝領伯でもいらっしゃる。この方が皇后の身の安全を条件に陛下の軍門に下ったが故にこの政権を奪取できたわけだ。
 それでまあ、軍内部には二番目に語った通り皇帝くらいの血筋の人は多数いるから、再び軍事クーデターを起こしたい、その際の正統な理由として皇后の許可が下りれば……って訳で出来るだけ人と接しないようにさせてきたらしい。
 その考え自体は否定はしないが、その反動で今や立派に街中を歩き、料理を覚え始め、勉強している。あまり鬱屈させない方が良かったんだろう……エバーハルト皇子もガートルード母妃も闊達な方だったのだから。
「陛下に直談判するとは思いもよりませんでした。皇后陛下は本気ですよ」
「まあ、ねぇ……だが陛下が皇后を構わないのにも原因があると俺は思うが」
 もう少し皇帝が皇后に気を配れば、この状態は防げたはずだ。正直、苦労した十九歳も年上の男だ。少しは父親代わりとなって皇后に接しても良いんじゃないだろうかな? 大体エバーハルト皇子の二十二歳の時の姫君……父親と三歳しか違わないんだから、それらを求められた時に応えて差し上げればよかったのに。もっともソレが出来ないから別の女を側に置いているんだろうし、そんな事を言っても、もう遅いような気もするけどな。
「そうですが……それと、リドリーが皇后陛下のお痩せした姿に衝撃を受けておりました。リドリーは皇后陛下の身辺も任されておりますから」
「あのな、リガルド」
「はい」
「年頃の娘に太れっていって聞くとおもうか?」
 皇后は自分は結構太め……男からみれば“ふっくら”としたってヤツで、太いわけじゃなかったんだが、周囲を見て細くなろうと決めたらしい。
「確かにそうですが……」
「大丈夫だ、別に絶食して痩せたわけじゃない。少しは食事量を減らしたようだが運動して痩せただけだから」
俺はそれに関してもご意見差し上げた、それに素直に従ってくださったから健康には何ら問題はない。
「ですが言い様がありませんし」
「気にしないようにしておけ。それより明日から皇后陛下が市民大学だ。何も騒ぎが起きない事を祈れよ」

 皇帝の目論見はどうかは知らないが、皇后はそれなりに頑張って生きている……少しは応援してみよう。

「リガルド、リドリーに皇后の3サイズ聞いて来い」
「はい?」
「ダンドローバー公として皇后陛下に贈物をしておく。宮中でも楽に会えるようになっておけば結構楽だろ。その足がかりとして、宝石類やドレスを贈らせてもらおう」
「畏まりました」

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