プレートとバルーン【11】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 子爵は棚からある試作品を取り出し、メディオンに最後の協力を依頼することにした。
「ハロウィンの……なんじゃ?」
「チキンライス……いやトマトご飯と言った方が正しいか?」
 子爵の持っている白い皿に乗っているのはハロウィンかぼちゃ型のチキンライス。
 目や口、そして
「その黒いのは海苔か」
「ああ。これも海苔で作ったんだ」
「ん?」
「帽子だ」
 シルクハットは海苔で作られている。
 メディオンは海苔シルクハットを受け取り、帽子部分がしっかりと”帽子”要するに空洞になっているのを確認して、
「相変わらず器用じゃなあ」
 知っているのだが、言わずにはいられなかった。
「海苔を細工していると楽しくて、ついつい」
 物を作っていると血が騒ぐのが子爵である。ちなみに子爵、人殺しをしていてもあまり血は騒がない。
「それは良かったな、エディルキュレセ」
「それでメディオンにちょっと頼みがあるんだが」
「なんじゃ?」
「この皿の部分に絵を描くんだが……調味料はこの五種類で、どんな絵が良いと思う? ちなみにこの料理を見せ食べる相手はルリエ・オベラだから、あまり難しい絵は避けてくれ」
 明日の早い昼食を子爵が作ることになっていた。
「なんでエディルキュレセが?」
「おにぎり作って食べさせてたら、気が付いたらハロウィンランチを作る流れになっていた」
「そうなのか」

 結局皿にはデフォルメされた城と、その周囲を飛ぶ記号に近いほどに簡素化された蝙蝠、そして満月が描かれることになった。
 
「うん。これなら解り易いだろう。ありがとう、メディオン」
 グラディウスが住んでいた村ではよく蝙蝠が飛んでいたので、馴染みはある。
「力になれて良かったわい」
 子爵は絵を描き終えたハロウィンチキンライスが乗っている皿を下げようとする。
「それ、どうするのじゃ?」
「後で我が食べようかと」
「それ、儂、食べてみたいのじゃ」
 お子様用のランチは見ていると胸が躍るもの。
 ましてメディオンは子爵の腕と味を知り、好意も未だに持っているので食べたいと思って当然。
「これはメディオンの口に合わないと思うが」
「どうしてじゃ?」
「これは庶民向けの味付けだ。ルリエ・オベラは偶に懐かしい味を欲することがあって、小間使いが料理を作って食べさせているのだ。だから今回のこのランチも、そっち方面の味付けにしてみた」
 チキンライスや皿に絵を描いたソースなどの味は、既にリニアに味見してもらい、整っている状態。
「この形がいいのなら、今から作るが」
「いや! 手伝いにきておきながら、仕事を増やすつもりはない……それに、なんか食べてみたいのじゃ。エディルキュレセが作る庶民の味というものに興味があるのじゃ」
「そこまで言ってくれるのならば」
 子爵はスプーンを取り出してメディオンに皿ごと勧める。
 表現として後頭部に当たる側からチキンライスを食べ出したメディオンは、
「中々に美味いではないか!」
 もちろん一口食べて大絶賛。
「そうか?」
 実際チキンライスはメディオンの好意を差し引いても美味しく、海苔とも合う味付けになっている。
「美味いぞ。ルグリラド様にも教えるから、レシピくれぬか?」
「それは構わないが、セヒュローマドニク公爵殿下がいつ作る?」
「エディルキュレセが協力してくれたお陰で、ルグリラド様とルリエ・オベラの外泊が確定したのじゃ。ルグリラド様、それはそれはお喜びでな。料理も”儂が直々に作ってやろう”と……じゃが、メニューが決まらんで困っていたのじゃ。ルグリラド様に作れぬ料理はなく、なんでもお上手ゆえに儂等も助言できなくてな」

『殿下のお料理は、どれも美味しいのじゃあ』
『儂等には選べぬのじゃあ』
『どれも美味しいのですのじゃあ!』
―― ジータ公爵家三姉妹(長女・皇王族の婿を募集中)

「我は協力というほどのことはしていないが……確定して良かったな。セヒュローマドニク公爵殿下は本当にお上手だから……そうだ、このレシピの他にリニア、先程話題にした小間使いのことだが、そのリニアと一緒に作っている料理のレシピも用意しておこう。そっちの簡単レシピでルリエ・オベラと一緒に料理を作るのも楽しいと思うぞ」

―― 外泊については本編で ――

「おお! それは良い案じゃ! このハロウィンライス、食べ終わったら手伝うからちょっと待ってくれな、エディルキュレセ」
「ゆっくりと食べてくれ。その間に我はレシピと……」
 子爵はテーブルにメディオンが見た事もない調味料を並べ、小分けボトルに名称を書き、次々と移してゆく。
「それはなんじゃ?」
「そのハロウィンライスを作る際に使用した調味料だ。下働き区画で売っている調味料なんだが、ルリエ・オベラが好きな”かあちゃんの味に似てるよ”は、これらの調味料でなくては出ないらしい」
「なるほど。それは良いことを聞いた」

 そんな楽しげな夜食の部屋に、激突する影が一つ――

**********


「これで外灯ランタン付け替え終了です、ヴァレン」
「そうか!」
 ヨルハ公爵が星をばらまく魔法☆ほうきに跨り、ジベルボート伯爵からランタンを受け取り付け替えて……を繰り返し、無事に作業は終了した。
 作業工程をこっそりと見ていた召使いたちは、かなり楽しくあった。
 ほうきもそうだが、乗っているのが所属と過去を気にしなければ、夜の雰囲気に非常に合うゾンビで、一緒に作業しているのが天使の如き(一般人は存在を知らないが)紅顔の美少年。
 星が降り注ぐ中でかぼちゃランタンを持ち、笑いながら楽しげに作業する対照的な容姿の二人。祭りは準備段階が楽しい……の、少しばかり変則的な楽しみとも言えよう。
 作業が終わったので召し使いたちは”気付かれてはいるが”気付かれないようにと部屋へと戻る。
 二人はというと”終わった!”とすぐに部屋に戻っても良かったし、下手に気を使いすぎて部屋に戻らないとメディオンと子爵が気にすることも分かっていたのだが、
「ヴァレン」
「どうした? クレウ」
「僕もそのほうきに乗ってみたいです!」
 ジベルボート伯爵二十歳。魔法☆ほうきに大いに興味を持つ。
「いいよ! でも難しいらしいから、我と一緒に乗るかい? それとも一人がいい?」
「感触を知りたいので、最初は乗せてもらいたいです」
 ヨルハ公爵はジベルボート伯爵を後ろに乗せて、軽く館の周囲を飛び回った。ヨルハ公爵は見事に乗りこなし、ジベルボート伯爵は初めて乗る魔法☆ほうきを楽しむ。
「じゃあ替わるね」
「ありがとうございます」
 感覚を掴んだとジベルボート伯爵が言ったので着地し、ヨルハ公爵はほうきから降りる。
「最初は難しいかも知れないけど、体の重心の置き方のコツさえ掴めば簡単だよ」
「はい」

『帝国上級士官学校卒業生の中でもで身体能力上位しか乗りこなせない”ほうき”です』(作成者一同)

―― 暴れ馬を乗りこなす……という言葉の意味を、身をもって知りました

 ”きゅるり”と暴走し、子爵とメディオンのいる部屋の窓に激突。それほどの速さではなかったのでヨルハ公爵の”危険なら助ける”気持ちが働くこともなく、窓が壊れることもなくヒビが入ることもなく、ちょっとコミカルな映画のようなぶつかり具合で、
「クレウ!」
「クレウ!」
 重力に従いずるずると地上へと落ちていった。

 ぶつかった窓には、頬紋がべったりとと言うほどではないが、しっかりと残っている。

「怪我しなくて良かったのじゃ」
 スプーンを置いて部屋から飛び出しジベルボート伯爵を助けに向かったメディオンは、倒れたジベルボート伯爵を急いで室内に運び込んだ。
「ご心配をおかけしました」
 メディオンは体を心配したというよりは『フェルガーデが来て逃げようとして失敗したのか!』とジベルボート伯爵の精神のほうを心配して大急ぎで外へと出たのだ。
 なにせここは寵妃の館が並ぶ区画。近くにはフェルガーデやその他性格の悪いケシュマリスタ貴族女性が多数いる。
 マルティルディお気に入りの館の主が居る場合や、侍女頭がヴェールの下から高笑いしている時ならば安全だが、今は二人とも不在。
「フェルガーデに追われたのかと思った……」
 その隙をついてカロラティアン伯爵の元妻で復縁確定のフェルガーデが、ジベルボート伯爵をからかいにやって来る可能性は皆無ではない。
「いやあああ! フェルガーデ様、いやあああああ!」
 メディオンの心配を聞き、ジベルボート伯爵はいつも通り頭を抱えて床に崩れ落ち、相変わらずの不協和音悲鳴を上げる。

 王国に帰ればオヅレチーヴァ、帝星にいればフェルガーデ。幸せになれない布陣に挑む紅顔の美少年の図は今も健在である。

「ただいま。あ? メディオン! 久しぶり」
 そんな騒がしい中、ジュラスがザイオンレヴィを連れて館に帰ってきた。
「おう、ジュラス。久しぶりじゃな!」
 マルティルディの宮でお菓子を配る役を受け持ち、ガルベージュス公爵に愛を囁かれ、大雑把に後片付けをして、後をクライネルロテアに任せて。
 グラディウスがルグリラドの所に泊まるという知らせは、マルティルディのところにも届いていた。マルティルディは当然面白くはなかったのだが、
「仕方ないわよね」
「理由があの兄弟ではなあ」
 理由が理由なので、マルティルディは聞かなかったことにした。

**********


「さあ! 陛下」
「私たちかぼちゃぱんつ風船の精が見守りますので、安心してお休み下さい!」
 先程までサウダライトが履いていたかぼちゃパンツ風・風船と同じ物に履き替えた兄弟が、超ヘリウムガスの力でサウダライトのベッドの回りを漂いながら、白鳥の湖を踊っている。
「……」
「ちゃっちゃっちゃららら、ちゃっちゃっちゃららら、ら〜ら〜らららぁ〜ららら」
「ちゃーちゃららららーらーららぁーららららららー。ららららー、らららららーららーららーらぁらららららー」
 兄弟”幕”が違う音楽を口ずさみながら。その声は見事なので、ジベルボート伯爵の悲鳴と違い雑音にならない。
 足が地に着いていないのに踊りも見事。
 全てが完璧なのだが、まったく救いにならないのがこの兄弟である。
「君達……私はいいから、巴旦杏の塔を見張ってくれないかね。君達なら塔と家の間にいても、私を守れるだろう」
 もしも夜半にリュバリエリュシュスが目を覚まし、これを見たらどう思うか? ―― おそらく意味が分からない。リュバリエリュシュスだけではなく大抵の人は見ても意味が分からない。幸いなのは恐怖を感じないこと。彼ら兄弟が並外れて美形なので、それだけは人に与えないのだ。
 存在は理解したら恐怖以上のもの、すなわち脱力を与えるであろうが、理解できる人はそれ程存在しない。
「畏まりました!」
「畏まりました!」
 二人は漂いながら迅速に邸から出て行き、巴旦杏の塔に向かって叫んだ。
「あなたの兄弟である」
「ライフラタイプが来ましたよ!」
「ライフラ! あなたの弟さんにあたるジーディヴィフォ大公ですよ!」
「ライフラ! あなたと兄さんの弟さんであるゾフィアーネ大公ですよ!」

「返事をしてください! ライフラ! そしてプログラム内で一緒にかぼちゃぱんつ履きましょう! 兄弟の証として!」

 この時ライフラは《危険》を感じるかなにかして、一時機能停止したと思われる節がある。


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