少佐と中尉【10】
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「帰宅予定時間になったが」
「ま、時間が過ぎても気にするなと言われているから、のんびり待つとしようぜ」
 ケルディナ中尉とガラード中尉は館外側の警備詰め所で、そんな話をしながらグラディウスの帰宅を待っていた。
 特殊夜間勤務のため、特別料理が振る舞われ、舌鼓を打ちながら、館の主であるグラディウスも、通うサウダライトもいないので気楽に待機している。
「陛下はどこで参加していらっしゃるのかね」
 サウダライトが参加していることは知っている二人だが、具体的に何処に居るのかまでは当然ながら教えられてはいない。元々は参加していること自体知らなかったのだが、

―― おっさんのところに、お菓子もらいにいくの!

 警備を警備と認識できず、いつも二人の所まで来て話かけてくるグラディウスが、そのように話しかけてきたので『皇帝陛下もご参加か』と知り「それは楽しみですね」「陛下とお楽しみくださいませ」とグラディウスに当たり障りのない返事をしていた。
 二人とも最初の頃は、寵妃が雑巾を持って走り回る姿に「これは演出?」と懐疑的というか、演技しているのか? と若干疑いを持った。
 ”仕事熱心な私”や”皆が嫌う仕事を率先してやる私”という演出は、割と良くあること。皇帝の寵妃になるくらいの少女だから、それなりに……と警戒した中尉二人だったのだが、その警戒は一週間も経たずして解除された。
 窓拭きをさせながら苦悩する子爵の姿を見れば、演出ではないことはすぐに解る。解らなかったら、帝国で軍人などやってはいられない。

「玉座で待ってたりしてな」
「ありそうだな。寵妃様は玉座の間には行ったことないはずだし」
「陛下、寵妃様喜ばせるの楽しんでらっしゃるからな」

 そんな話をしながら、二人は館の外灯を、ハロウィンランタンに取り替えている子爵とジベルボート伯爵を眺めた。
「シク。よく作りましたね」
「ついつい調子に乗って作ってしまった」

**********


 中尉二名が『玉座で待ておいでかも』と言っていた皇帝サウダライトことおっさんは、
「……」
 巴旦杏の塔前に建てられた秘密の邸内で、一人宙に浮いていた。
 超ヘリウムガス入りかぼちゃ風船をはかされて、室内を漂っている状態。ただのヘリウムガスによるかぼちゃパンツ風・風船ではサウダライトを浮かせることはできないが、特殊配合の超ヘリウムガスならば、ジーディヴィフォ、ゾフィアーネ大公が履いてきた生巨大かぼちゃと同じサイズ程度でサウダライトを浮かせることができる。
 だが『超』がついてもヘリウムガスなので漂うことしかできない。だが! 『超』がついているので、決して落ちることはない。
 それで漂っているサウダライトの眼下というか、すぐ下で繰り広げられているのが、かぼちゃ兄弟……ではなく大公兄弟による寸劇。
 腰布一枚のゾフィアーネ大公と、生かぼちゃを履いて、頭に紫色のネクタイを巻いて、
「ごほっごほっ。いつも済まないねえ」
 と、血色が良いとか顔色が良いとか、そういう問題ではない”病人”を演じるジーディヴィフォ大公。病人には見えないのに病人なのは『病人です!』と高らかに前もって宣言したからである。
「それは言わないお約束ですよ、お兄さん」
 それは台詞なのか? 何時もの会話なのか? 判断が付かない台詞を続ける腰布の達人。
 彼ら兄弟の訳の解らない寸劇を見ながら、サウダライトは漂っていた。
 割れば降りられるが、風船の素材が頑丈で手間暇がかかる。だが割れないわけではないのだが……漂っているのが皇帝としての仕事とも言えよう。

**********


「ごほっ、ごほっ! いつも済まないなあ、ちび」
「それは言わない約束だぞ、イルギ」
 キルティレスディオ大公の前で突然寸劇を始める、オチビチャン(改名適わず)とイルギ公爵。
 覚えがありすぎる劇だが、キルティレスディオ大公は聞いてみた。
「お前等、それどこで覚えた?」
「ケシュマリスタ・ライフラ兄弟大公のところで」
 返ってきた答えは”当然”

―― お前等、仲良すぎだろがよ、鬼畜(アシュ=アリラシュ)の直系子孫の……直系子孫同士だから仲良いのか? まあ、どうでもいい

**********


 中尉二名は蠣ときのこのホワイトソースパスタに、十三種類の野菜の素揚げ、魚介類のムニエル。一応職務中なのでアルコール類は口にしてはいないが、ノンアルコールのシャンパンが出ている。ノンアルコールのシャンパンは、炭酸葡萄ジュースと表現しても良さそうだが、やはりノンアルコールのシャンパンと炭酸葡萄ジュースはなにかが違う。
「この料理も美味いが、夜食との子爵閣下が用意してくださった”おにぎり”も美味いな」
「本当に美味いな。冷えても美味いし、食べやすいし。そうそう、ケルディナ」
「なんだ? ガラード」
「聞いたところによると、子爵閣下は上級士官学校卒業間近に、大宮殿の調理長官から直々に”皇帝陛下の料理人にならないか?”と声をかけられた程の腕前だったそうだ」
「帝国エリート軍人街道まっしぐらな御方に料理人にならないかって? そりゃ凄いな」

 中尉二名は最近子爵と一緒にいるために若干勘違いしている。
 子爵の料理の腕は、皇帝の料理人クラスには及ばない。ではその彼が何故皇帝の料理人にスカウトされたのか?
 皇帝が『エヴェドリット出身の正配偶者と故国の料理を共に取る』為にスカウトされたのだ。そう、エヴェドリット料理的な意味で。
 料理がある程度できて”人を上手に捌ける”という理由から。
 子爵は”やれ”と命じられればどんな調理でもできるが、それが”いや”でわざわざ帝国上級士官学校に入学したのだから……「ありがたいことですが」と言いながら、断固拒否した。
 子爵の人となりに接していると、人を殺しそうには感じられないので、中尉二名は素直に料理の腕だけだと信じている。

「シク。おにぎり美味しいですよ」
 ガス塔をハロウィンランタンに換える作業をしながら、用意されていたおにぎりを頬張るジベルボート伯爵。
「そうか、クレウ」
「でもシクはなんで部下たちに、焼き肉を渡さないんですか? いや、僕大好きだから独占できるのは嬉しいんですが」
「クレウ……我から焼き肉入りおにぎりもらった、それだけで人間は泣きたくなるだろう。それにもらった以上、食わんわけにはいかんだろうしな」
「ああ……主にエヴェドリット食材的な意味で?」
「そういうことだ」

 子爵の半分は優しさでできている。残り半分は不憫で出来ているのかも知れない。エヴェドリット貴族にはあるまじきことではあるが。

 中尉二名が部下たちと料理を楽しんでいると、訪問者の知らせが入った。
「誰だろな」
 彼らは警備なので出迎えたりはしない。中尉二名は帝国貴族ではあるが館周辺の警備担当である時点で、身分など知れたもの。
「……」
「ごはっ! ローグのお姫様だ!」
 全ての貴族の「紋章」を覚えるのは通常は不可能なため、重要な紋章だけを選んで覚える。
 所属する国や職業によりその人によって重要な相手は様々だが、基本にして絶対に押さえておかなくてはならない貴族の紋章というものはある。
 その一つが、大貴族ローグ公爵家。
「セヒュロィラマラドリルアアア!」
 ケルディナは”セヒュローマドニク公爵殿下のところで何かあったのか?”と言いたかったのだが、舌がやたらと巻いてしまい酷い有様に。
 そんな館の外周を見守っている中尉二名とその他大勢の部下達の驚きなど知らぬメディオンは、堂々と門を抜けて館へとつき進む。
「……まずいよな」
「やばいだろ」
 ケルディナとガラードは顔を見合わせて、部下達に無言で号令をかけて詰め所から飛び出した。

「あ、メディオンが来ましたよ」

―― でもシクの肉料理の味付けは絶妙ですよね。このぴりりと辛くそれでいて甘くて、焼き加減も絶妙で、わざとつけてくれる少しの焦げがまた……シクの焼き肉名人! ところで、この肉なんでしょうね? 味付けが美味すぎて、偶に訳解らなくなるんですよね

 焼き肉入りのおにぎりを食べながら、ジベルボート伯爵が元気よく、他者が見たら偉そうに見える歩き方で近付いてくるメディオンの存在を知らせる。
 メディオンは生まれ育ちから、普通に歩いていても堂々としているので、やたらと偉そうに見える。実際偉いので、偉そうに見えたところで問題はないのだが、表現として「偉そう」に見えるのだ。
「エディルキュレセ! クレウ!」
 軽く手をあげて二人に声をかけて近付こう……とした所、
「ケーリッヒリラ子爵閣下!」
「ケーリッヒリラ子爵閣下!」
「少佐!」
「少佐あぁ!」
 外周の部下たちが次々と飛びかかってきた。
 殺意はなく、彼らにぶつかられた程度で倒れるような子爵ではないのだが、直立不動のまま彼らの激突を許すと「彼らが」怪我をするので、受け止めて軽く流すように投げる。
「どうした? お前達」
 投げられたガラードやケルディナたちが、持って来た物を差し出しながら叫ぶ。
「閣下!」
「その格好は」
「失礼にあたります!」
「少佐! マントを」
「少佐! 剣を!」
「リュティト伯爵閣下。ケーリッヒリラ子爵閣下はただいま作業中故に、作業着でして、作業着というのはこんな感じでして!」
 部下達が必死に叫んだ声を聞きいて、子爵は改めて自分の姿を見る。
 黒のズボンに作業用の踵のない靴。白いシャツは肘の上までまくり、作業用ベルトでとめており、腰には剣帯の代わりに工具帯。装備はこれだけ。
 貴族階級としては全裸で歩いているのと何ら代わりのない状態。
「……あ」
 一般人に近い中尉達ですら”今の閣下の格好は、ローグ一族の前に出してはならない姿だ!”と解り過ぎる格好。

「シク、愛されてますねー」

 ジベルボート伯爵がそう言ったとしても、不思議はない。
 そんな部下達の愛ではなく誠意を受け取った子爵は、彼らが持って来てくれたマントを羽織り、工具帯を外して剣帯を装備して訪問理由を尋ねる。
「で、どうした? メディオン」
「あのな、この館のもぎ……ではなくてルリエ・オベラ、本日ルグリラド様のところに泊まることになったのじゃ。ヴァレンがガルベージュスに報告しに行ったから、そろそろ正式な通達が届いているころではないか?」
「そうか」
 子爵は連絡確認をして、部下達に本日の警備終了を通達して、
「さっきは驚かせたな。これでも飲んで、ぐっすりと眠ってくれ。今夜は心配するな。我は寝ないで作業するからな」
 部屋に用意してある酒を六本ほど持たせて帰した。

 子爵は部屋にメディオンを通し、
「僕、さっきまでおにぎり食べてばかりだったので作業してきます」
 クレウは外へと出て行った。
「わざわざ報告に来てくれてありがたいが、メディオンが来る程のことじゃないだろ」
 茶を差し出し向かいに子爵が座る。
「まあ、そうなんじゃが、ヴァレンに言われて手伝いにきたのじゃ」
「手伝い?」
「飾り付けの手伝いじゃよ」
「わざわざ済まないな」
「いいや。ルグリラド様も楽しみにしておるから、儂ももっと携わりたいのじゃ」
「そうか」

 室内が和やかな雰囲気になっている頃、
「クレウ」
「ヴァレン! ほうきから星が溢れ出してますけど? どうしたんですか?」
「ロヴィニア王からもらった」
「そうですか」
「メディオンは来た?」
「来ましたよ」
「それじゃあ、ちょっと時間を潰してから入るか」
「そうですね。では手伝ってください」
 男二名、外の飾りに勤しむことに。

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