我が名は皇帝の勝利


― 69 ―


「皇后」
 控え室にいる皇后に僕は尋ねに来た。
「何でしょう、テクスタード王子」
 武器は細身の普通の長さの剣。
 着衣はこの国の紋章が入った腰までのマントで、軍服の形は少佐のもの。これが一番動きやすいからってんで、そのデザインに刺繍を一晩かけて施させた。
 階級証は参事官? 参事官とかいう人が選んだ「皇后の地位に与えられる階級」を渡されて、それも動き辛くないように取り付けた。
 うん、中々に似合ってる。
「あのさ、僕がハーフポート伯殺すと思うんだけど」
「何故ですか?」
 何故と言われましてもねえ、
「あの伯は皇后が死んだら絶対に総帥にかかって行くよ。死ぬと解かっていながら、死ぬ為にかかっていくよ。その際、僕は伯と一緒にいるから攻撃するんだけど」
 どうやって殺せばいい? って聞こうと思ったら
「助ける方法はありませんでしょうか? 王子」
 助けてくださいって言われちゃった。この場合、決闘に向かう人の意見が上だから……でもなぁ、ああいうの助けるのって難しいんだよなあ。
「僕頭悪いからそういうの解からない……もう総帥は完全に決闘モードだし、大元帥に聞きに行くわけにも行かないし……」
 でも澄んだ瞳ってやつ? で見つめられるとさ。こんな僕でも一応は騎士だし、敵国の皇后ってか女性にこう……なあ……あの男は皇后の騎士なんだろ? それを助けるとなると
「姫……姫に聞いてみよう!」
 僕は画面を開いて通信ボタンを押した。姫なら絶対何か良い案をくれるはずだ!
「姫? ですか」
「姫、クロナージュ皇太子。姫は頭良いから、なんか良い事教えてくれると思うよ」
 皇后と二人で画面を覗き込んでいたら、姫が現れた。
 相変らず隙なく綺麗に飾ってる、綺麗な姫だよ。顔つきは総帥そっくりだけどね。
「姫! 大急ぎで教えて欲しい事があるんだけど!」
 僕は姫に言われた通り、レフィアを連れて空母に蒲公英を取りに向かった。やっぱり姫に聞いて良かったな。
 レフィアと二人で大急ぎでプランタに蒲公英を植え替えて、それを持ってラベラント国立競技場の姫の控え室に戻った。レフィアには伯を連れてきてもらう。
 テーブルの上に置いたプランタに頬を綻ばせながら、皇后は俺に感謝の言葉を言った。別にいらないんだけどなあ……
「テクスタード王子、クロナージュ皇太子殿下と末永くお幸せに」
 何時結婚するかわからないけどね。うん、幸せにするよ。なんか僕の方が幸せにしてもらっちゃいそうだけど。
「ありがと、皇后!」

*


「ハーフポート伯爵閣下」
 金髪の軍人を呼びに行った。このピリピリしてる感じ……
「レフィア少佐。何か用か」
「皇后陛下がお呼びですので。ご案内させていただきます」
 なんかもう、明らかに死にそうな顔しているお方だよなあ。死相が出てますよ、この人。この人よりなら皇后陛下の方がよほど、生き生きしてるってか……。
 いや、ジルニオン王の決闘前の生き生きとは違うけど。あの方は艶々? まあね、艶々も生き生きも今朝方迄。今はもう厳戒態勢、大元帥殿下にも『決闘前のジルニオンには近寄らないように』と念を押された。まあ、あの方だからなあ。
 クロナージュ殿下は先ず始めに、ハーフポート伯爵閣下は「知的か?」と。
 皇后陛下は「はい」とお答えになられて、その後「大帝国の決まりに詳しいか?」と尋ねられた。
 それも詳しいらしいと返されると、
『ならば蒲公英を。かつて大帝国の騎士オーランドリスが、愛する伯爵夫人より与えられた花を。皇后陛下自らのお手で手折り、その伯爵の頭に挿されなさい。それで解からぬような男ならば、処刑されても文句はありますまい』
 騎士オーランドリス、伯爵夫人に恋をして伯爵夫人も愛したと。
 結果はまあ、ご存知の通りだけどさ。確かに伯爵夫人は彼を逃がす際に蒲公英二本、その頭(正確には帽子だけどさ)に挿したってのは有名。多分、誰でも知ってる。
 主君の妻、その騎士が愛していた伯爵夫人が騎士に「生きなさい」と命じた時にそうしたってのが元になってて……騎士だったら守らなきゃならないね、って所らしい。
 当然知っているハーフポート伯爵閣下は、皇后陛下からそれを渡された時、困ったような顔をしたけど
「其処まで私に御心を砕いてくださいますか」
 受け取った。だから伯爵閣下は死なないと。伯爵閣下は簡単には死ななくなった。
 
 次の進軍の際、俺はこの地区に残されて色々と雑務を命じられた。

 この地区で軍人を集めて次の会戦までに来い……大雑把な命令。人を集めるのに苦労するなあって思ったら、人は多数集まった。軍隊の方は伯爵閣下が再編成して渡してくれた。
「ありがとうございます」
 有能な方だ。実務も実戦も有能で、もう少しして落ち着いたらこの方もジルニオン陛下の軍隊に組み込まれるだろうな。その際は、是非ともご一緒させていただきたいモンだ。俺は礼を述べて、伯爵閣下に頭を下げた。
「頼みがあるのだが」
「何でございますか? 伯爵閣下」
「この国で編成した軍隊の者達に、一度でいいから直接拝見する機会を与えてくれるように申し出てくれないか? 皆それを頼りにして、それを望んで従軍するので」
 最初何の事かと思ったけど、少し考えて思いついた『拝見』。直接拝見……多分それが気持ちなんだ。
「ジルニオン王にお頼み申し上げてみます。伯爵閣下もご一緒にいかがですか?」
 伯爵閣下は目を閉じて頭を振った。
「私はまだ……とてもではないが……」
 解かり辛い言い方をしたのは、まだこの伯爵閣下はそれを口にする事が出来ないから。落ち着かれたらお目通りできるように、余計なお世話かもしれないけど伝えておこう、ジルニオン陛下に。


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