我が名は皇帝の勝利


― 68 ―


「あ〜行きたくない。行きたくない……行きたくねえよぉ……」
 はぁ……決闘が行われるラベラント国立競技場にもう向かわなきゃならないんだけどさ……誰が好きで行くかよ……
 軍服を着て、階級証も間違わないでつけた。
「ああ……もう……」
 ……はぁ……
「アグスティン! 早く行かないと! あんたが遅刻したらカミラが恥かくんだから!」
「キサァ? 何て格好してんだよ?」
 裸だとか夜会の格好してんじゃなくて、少尉の格好してる。
「アーロンから貰ったのよ! だって今ラベラント国立競技場に入れるのって軍人だけでしょ! ほら! あたしがあんたの従者よ! どうせ一人じゃ行けないでしょ!」
 キサに手引かれて、向こうのレフィア少佐が運転してくれる移動艇に二人で乗った。
「アーロンはもう行ってんだよね」
「はい、ハーフポート伯爵閣下は午前中にラベラント国立競技場に入られました」
 今は午後三時……宵の明星が出るのは帝星時間午後六時十七分四十二秒。既に気象制御が行われていて空には雲一つない、だからこの時間が遅れることはない。
 宇宙嵐……恒星の磁場嵐がどうのこうのってやつもエヴェドリット艦隊によって制御されてるから、間違いなく空にあの星は現れる。
 大昔、シュスター・ベルレーが金星に立ち寄って出会った永遠の美神エターナ・ケシュマリスタ。そこから銀河大帝国の歴史が始まるから……そして終わりを飾るのも“金星”。
 地球上で夜最初に見える「宵の明星」、地球上で朝最後まで見える「明けの明星」
 俺達にはそんな習慣はないけど、大帝国の末裔の葬式ってのは「宵の明星」に向かって祈りを捧げるんだってな。……はぁ……到着しちまった。
「ご案内いたします」
 俺の仕事は皇后側の立会人。
 陛下と俺だけ……兄上の血縁だから。それとコッチが可笑しい動きしないようにと敵側が一人こちら側から後方の援護にあたる。その役目を請け負ったのがベルライハ大元帥。……いや、あんた達級の人同士が決闘するなら解かるけど、俺達はどうやったてあの王様を倒す事はできないよ。
 顔の右半分に恒星射撃照準スコープつけて、左手側に七つのビットを浮かせた恒星間弾道ライフルを持った正装した大元帥。
 本気だよなあ……ホントに本気だよ。
 ああ……キサはメセアとリタと一緒に控え室で待ってる。この場には来れない……本当はメセアが此処に来るべきなんだろうけど、それを公表するわけにもいかないし。
 『俺の代わりに宜しく頼む』
 って言われちゃったしさあ……。人死ぬ所なんて見たくもないよ……因みに俺達側の援護は当然アーロン。う〜皇后陛下が亡くなられたら、即座に後追いそうで怖いなあ。でもダンドローバー公と約束した手前なんとしても止めないと。
 ああ、そういえばさファドルはどうしてるんだろ。……こ、この騒ぎが終わったら確認しに行こう。ま、まさか自殺とかしてないよな……頼むからしてないでくれ。
「アグスティン」
「はっ! はい? 兄上なんでしょうか?」
「怖ろしいのならば立ち会わなくても良い」
「ち、違います。その……ファドルの事を、ファドル・クバートの事を考えていて」
「そうか。あれならば、リドリーに命じて昨晩のうちに病院に移したから安心しろ」
 え……病院?
「だが覚えて置け。あの男は長くは無い……あの伊達男が生きる全ての気力を奪っていたようだ」
「は……はい」
 日が傾き始める……ラベラント国立競技場の周囲を囲んでいた機動装甲七体が立ち上がり、武器を構えはじめた。
 『宵の明星』が見えた瞬間、あの武器でその方角を一斉に指し示す。それを受けて地上にいる審判、さっき俺を乗せてきてくれた少佐が号令をかける。

いやだ、いやだ……人殺される所なんて見たくない、知り合いが殺される所なんて見たくない! 帰りたいよ、いや戻りたい! 一年前につい半年前に! ……皇后陛下!

*


 あ〜……まあね、それは仕方ないさ。
 リドリーもほったらかしのリガルドの遺体、埋葬したいだろうからね。
 ファドルが死んだって連絡を受けた。リドリーはどうしてもその遺体をパロマ領に埋葬したいと、それも自分の手で。
 リガルドはもう大分前に死んでる。一人パロマ領で、ダンドローバー公を埋葬して自害した。解かってはいるんだが忙しくて放置してた。今回、ファドルが死んだ事でリドリーはどうしても休暇を取って、パロマ領に行きたいと言って来た。
 だから、休暇じゃなくて仕事って事で。この地区の巡回? 見回り? そんな役割で行って来いって送り出したんだけどさ……
「俺が代理で責任者ってのも……なあ」
 仕事どうしよう。はあ……その前に、キサに教えに行こう。泣かれるよなあ、泣くよなあ……でもさ、隠しておくわけにいかないしさ。
「キサ。これ読んで」
 キサに連絡を渡した。暫くそれを凝視して、目を大きく開いて……
「そっか……死んじゃったか。お見舞いに行っておいて良かったね!」
 涙浮かべながら笑った。ちょっと前に二人で、ファドルが入院してる病院に見舞いに行った。ファドルは俺達のこと『カミラ』と『デイヴィット』にしか見えなかったみたいだけど、それで良かった。
「さてと、あたしは食糧の配布に行ってくるよ!」
 食糧難なんじゃなくて、貧困層に食事を配ってる。長期的にはこう手に職をつけさせて……何かするらしいよ。エヴェドリットの第二副宰相が全部こっちに指示を寄越してる。
「あ、俺も行く」
 でまあ、何故かキサがそれに混ざってる。……大公妃になったんだけど、昔より大変な仕事してる。不思議なヤツだ……いや、そういうところ好きだけどね。だから妃になったんだけど。
 妃ってカンジじゃないからさ、キサは。妻とか女房とか、そっちの方がピンとくる。あ『かみさん』もいいね。
「あんたが来るってなると、警備も増やさなきゃ。レバンテスト軍曹! ちょっと警備増やしてくんない?」
 言いながらキサはレバンテスト軍曹を拝むようにする。
 レバンテスト軍曹って女は市民大学時代の知り合い。軍役終わって市民大学に行って普通の仕事に就こうとしたらしいけど、軍に戻ってきたんだってさ。
「もう……バッハ大尉に頼んでくるから待ってて」
 宮殿の警備担当してるそのバッハって大尉も市民大学の知り合い。
 昔、上官とそりがあわなくて辞めた軍人。彼もまた戻ってきちゃったらしい……結構な人が志願したよな、あの徴兵に。うん、エヴェドリットはここでも徴兵して次の征服国に向かった。あの二人、別々の国を同時に攻略開始して速さを競うなんて事をしてた。
 その際に軍を二分したもんだから、結構この国……じゃないや、この地区で人員を補給して行った。
 なんかスゲェ皆徴兵に集まって、あのレフィア少佐吃驚してた。『アスカータじゃあ全然で、無理矢理徴発したんですけど』苦笑して。
 あんまり皆が来たんで余っちゃったみたいだよ。その余った中に居た二人がキサのことを見つけて、軍に復帰できるように依頼してきたから、キサも気心が知れた相手が警備してくれた方が楽だってんで、警備を任せることにした。
 後で聞いた話だけど、バッハ大尉はカミラが皇后だって知ってたそうだ。あの人、宮殿を攻めた際に内部に入った一人だったんだってさ。それで兄上の虐殺を見て軍を辞めたんだけど、その侵攻の際に隠された奥の間にいた皇后を見つけたのが彼だったんだってさ。
 チラリとみた皇后の事、忘れなかったって……まあ忘れようは無いよな、あの赤い髪は。
 食糧配りながら、明日からどうやって書類上げようかなあ……期日に間に合わせられるかなあ。
「お兄さん」
「ん? 何だ」
「お兄さん、ちょっと前まで食事捨ててなかった?」
 何の事だ?
「人違いだろ」
「そっか……似てるんだけどなあ。ま、お兄さんに似た伊達男に会ったら、食事どうも! って。老い先短かったジイさん、柔かい肉食って大往生したからさ!」
 食糧の配給を貰って走っていった子供の後姿を見ながら、何の事だろ? と俺は首をかしげた。俺に似た男?
 誰だそれ? 俺、血が繋がってない兄なら二人いるけど、血が繋がった人なんて殆どいないぞ。生きてるならアーロンくらいじゃないか? それもかなり遠縁で。あいつがそんな事する訳ないし……ダンドローバー公ならしてたかもしれないけど……ま、良いか。
 食糧配布後の帰り道、夜空に現れた宵の明星を見ながら
「キサ、書類整理とか出来る?」
「協力はするけどさ、解かんないのはあんたの兄さんに聞いたほうが良いんじゃない? あの人が一番この地区の事知ってるでしょ」
 そうなんだけどさ。デキの悪い弟は、別の仕事抱えている兄さんにここでもまた宿題をやってもらうのかぁ……
「ま、先に晩御飯にしよ! 母さんが作って待ってるから」
「なぁ、キサ」
「なによ、まだあるの?」
 結局離れ離れになちゃった、リタさんとメセア……また一緒に住まわせてあげたいなあ、って。
 多分俺とキサは他の人から見たら凄い頼りなくて子供なんだろ、俺なんかもう直ぐ三十歳にもなるのに……。だからさ、みんな限りなく出来るサポートしてくれる、でも、みんなに甘えてるのも悪くてさ。
 宵の明星を見ながら、俺はそれに背を押される気持ちになる。俺、頑張るから、インバルトボルグ。

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