我が名は皇帝の勝利


― 26  ―


「私がですか?」
「そうだ」
 突然の配置換え。伯父上に呼ばれて、移動を命じられた。移動時期などあってなしのようなものだから良いのだが、何故私が帝星に召喚されるのであろう?
「何か失態でもおかしましたでしょうか?」
「そうではない。ダンドローバー公たっての願いでな。インバルトボルグ陛下の事で協力を要請されたのだ。皇帝陛下には今の所秘密で」
 そう言われて、帝星に配置換えをされた。
 皇后陛下のためならば何の異存もない。それほどの力もないが、皇帝陛下が皇后陛下を蔑ろにしないよう監視するつもりでもある。
 皇帝陛下とは睨み合いつつ、ダンドローバー公の元へと。
「御用がおありと」
「ああ。物凄い大変で重要な仕事だ。まずは俺の館に来てくれ」
 招かれた屋敷には先客がいた、モジャルト大公アグスティンだ。
「ダンドローバー公、これで何を仕出かす気なんだ?」
「実はな、皇統復縁計画を敢行しようと思ってんだ」
 ダンドローバー公は奇妙な事を言い出した、何だ? その復縁計画って?
「皇統の復縁って……兄上と皇后陛下の事か?」
「それ以外あるわけないだろ、アグスティン」
 確かに皇帝と皇后陛下の仲は悪い。悪いが立場とそれ以上に支配関係上、離婚などはない。
 別れる事が出来ないとなれば……確かに仲良くなってくれた方が良いとは思うのだが。

 だがあの男は皇后陛下の一族をほとんど抹殺した男だ。

 全てではない、皇后と私、いや伯父上の一族、そして自分の身内だけは生かしておいた。
「ですが、どうやって? 何かいい案があるのですか? ダンドローバー公」
 この使命のために帝星警備に回されたのだとしたら……途轍もなく責任が重大だ。
 私の血縁でもある皇族を殺害した皇帝は好きではないが、皇帝自体は有能なのだ。
 多分この国の誰よりも皇帝は内政の才がある、そうでなければ政治的な攻撃で、あのリーダを三度も退けたりはしないだろう。
「いい案ってか……実はな、結構皇后陛下、皇帝陛下の事が好みっぽい」
「その言い方、可笑しくありませんか?」
「それじゃあまあ、後はリドリーに聞いてくれ。ある場所で落ち合おう」
 そう言ってダンドローバー公は出て行ってしまった。才能もあって度量もあるのに、まず出世に絡んでこない『あれはあれで良い生き方だ』と伯父上は褒めていらしたが……。
「まずは着替えていただけますか? 着替えをしながら説明申し上げます」
 アグスティンと顔を見合わせた後、ちょっと仕立てのよい平民服を着た。その間に言われた事はというと、皇帝の兄が開いている店に行くのだと。
「おられるのは知っていたが」
「陛下よりは取っ付きやすいらしいぜ」
 長めの巻き毛を無造作に縛ったアグスティンは言う。殆ど聞いた事はないが、爵位を返上して町へと戻っていった方だとは聞いている。
「そこのお店に……驚かないでくださいね」
「なんだよ? グリーブス」
「そこのお店に皇后陛下がいらっしゃいます」

どっ! どういう事だ?

*


「えーと……それは何だ?」
 あまりにも驚いて口をパクパクさせている、真面目軍人アーロンよりも先に俺は尋ねた。気になるだろう? どうして兄上の兄の所に皇后陛下が……。普通はこういう場合、皇后陛下のこと義姉上っていうのか……微妙だな、そりゃ。
「時間がありませんので詳しくは説明している時間はありませんが、まず驚かないでください」
「無茶いうな、グリーブス」
「あのですね……」
 どうも皇后は一年も前から宮殿の外を出歩いているらしい。
 宮殿からの通路があるようで、あの兄上でも見つけられなかった秘密通路を皇后陛下が見つけて、そして外へと行ってしまった……そんな事あるんだなあ。
 グリーブスに運転してもらった車で目的地の側まで来た、俺は全く血がつながってない兄が此処にいる事は知っている。真面目で品行方正なアーロンは、キョロキョロして……皇后陛下も最初外に出た時はこうだったんじゃないか?
「それでは。何かありましたら……できれば、あまり無きようにお願いいたします」
 グリーブスは去っていった。
「さて、行こうぜアーロン」
「所で、偽名でなくていいものなのだろうか? アグスティン」
「いや、皇后陛下みたいな特徴ある名前なら偽名も必要だが、俺達の名前なら精々貴族? 程度で済むさ。気になるなら何か偽名でも?」
「大丈夫ならばいい。確かにアーロンはそれ程珍しい名前でもないからな」
「そいじゃま、下級貴族同士って事で」
 俺は、立て付けの悪い扉を開いた。
 その先に居たのはデイヴィットの奴とメセアっていう暫定兄ってか、血のつながらない兄ってか……まあ赤の他人っぽい人、そして皇后陛下その人。
「仲間を連れてまいりました」
 デイヴィットが俺達を皇后陛下の前に出す、小首をかしげた皇后陛下は当たり前の質問を。
「……誰?」
 そりゃそうだ! 俺達会った事ないもんな。
「アグスティンって言います。えっとそのメセアの弟の弟になるのかな」
 兄上の名前も出し辛いよな、誰も周囲にはいないけどさ。
「似てないわね。メセアの弟の弟でしょ? 直ぐ上のお兄さんに似てないわね」
 もしかしたらアーロンよりも如才ないかも。一年以上も出歩いてるんだから、そりゃまあ当然か。そして、

やっぱり俺と兄上って似てねえよな……

 偶にさ、噂があるんだよな。兄上は俺のオヤジの子じゃないって……。そんな噂のある兄上が何で伯爵家に留め置かれたかって? 簡単な事だよ、兄上賢かったから。兄上俺達みたいにバカだったら、メセアの所に送りつけられてたんじゃないか? って噂まである。
 死んだ俺のバカ兄や、俺、そしてオヤジなんかとは全く違う思考回路ってのか、脳内ってのか。バカ伯爵家に賢い庶子、出来すぎだよな。
 ちなみにバカ兄と俺は母親が違うんだ、三人兄弟全員母親が違うのさ。ちなみに言っておくが、俺はまだ二十代半ばだからな! 兄上は三十代半ばだけど。年が離れてる兄弟なんだよ。 
 バカ兄の母親が死んで、兄上の母親が愛人として家に来て、その後に後妻として入ったのが俺の母親。俺とバカ兄は似てるんだオヤジに似てるって事もあるんだが、でも陛下になった兄上は……。
 俺は個人的に好きだけどな、兄上。
 才能一本で皇帝まで上り詰めたんだぜ? その踏み台として伯爵家が使われるのは別にいいんじゃない? まあ……皇族の皆殺しはちょっと……だが。


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