PASTORAL −174
 ランチャーニとカルミニュアルとトコヤマ、そして無理矢理キャセリアを連れて辺境から皇帝の挙式のために帝星へと向かったデルドライダハネ王女とルライデ大公。
 途中、エバカインからの要請を受けてルライデが情報操作をしたり、エバカインから連絡を受けた時に呼びに来なかった事に怒ったデルドライダハネ王女が
 “お話したかったのにぃ!”
 そう言ってルライデを吹っ飛ばしたりと奴隷の度肝を抜く日常を繰り広げつつ、エバカインからの仕事を終えて予定よりかなり遅れて帝星へと到着……する予定だった。
「一体! 二人とも何しているのよ!」
「景気付けか何かでしょうね」
 帝星の近くまで来たのだが、緊急事態発生の知らせを受けて、その映像を見ると帝星付近で機動装甲に乗り暴れているシャタイアスとクロトハウセ。
 デルドライダハネの “何しているのよ!” は彼女だけではなく、周囲で足止めされている者達も思ったのだが口には出来なかった。相手が相手、それにこの二人完全な[敵同士]でもある。皇帝の挙式を前に遂にゼンガルセンが牙を剥いたか? そう考える者もあった。
「帝星に着陸できないじゃないのよ! もうっ!」
 皇帝陛下大好きなデルドライダハネは、この大暴れを見て直ぐに艦隊主砲をシャタイアスに照準を定めるように命じていた。
 いざとなったら陛下をお守りするのは私! と固い決意の元。
 その脇で、なんとも危機感の無い大公が、
「そうですね。どれどれ、ポチッとな」
 両者の機動装甲搭乗部の音を拾うべくコードを入力して、掛け声と共にボタンを押した。

『うぉあぁぁぁぁ!』
『きぇぇぇぇぇ!』
『るあぁぁぁぁ!』
『ぐぉぉぉあ!!』

 艦橋に怒号とも奇声とも咆哮とも取れ、また違うようにも感じられる声が響き渡る。
 あまりの声に急いで耳を手でふさぐものもいたが[ポチッとな]した張本人は、特に驚くわけでもなく、
「この声聞いている分には、本気一歩手前って所でしょうか。切欠さえあれば、止まりそうですけれど。何、こんなに必死になって戦ってるんでしょうね。二人とも、いい年した大人だってのに。もう、陛下の挙式だからってハシャギ過ぎですよ」
 兄と大公の声を聞きながら手を組んで笑う。その姿を見て周囲の人は “さすが弟君” それ以外、言いようの無い尊敬を少しだけ含んだ眼差しで見つめた。
 ちなみに、艦橋にはランチャーニもカルミニュアルもキャセリアも連れて来られている。トコヤマはルライデ命名の「快適ボックス」に姿を隠している。
 目の前で繰り広げられる、直視できないような光の乱舞と聞こえもしない機動装甲同士の破壊音を前に、三人は呆然とするしかなかった。だが、
「何時まで経っても埒があかないわ! 私が止めてくる!」
 デルドライダハネ王女は呆然とすることもなく、走って艦橋から出ようとしていた。
「姫! 危険ですよ。あの二人は、これに関しては姫より上ですから」
 後ろから声はかけるが “行かない方がいい” とは言わないルライデ。
 デルドライダハネ王女の性格は良く知っているので、制止しても無意味な事は解っていた。ちなみに、そんな彼が良く殴られるのは “何となく殴られたいから” 要するにマゾ。帝国屈指の力を持つデルドライダハネに進んで殴られたい……本人が良いのだからそれで良いのだろう。
「知ってるわよ! でも止めないと誰も着陸できないでしょう。だから、貴方が補佐しなさいよ。良いわね! 私がミサイル撃ち込んで、殴れるくらいの隙を作るのよ!」
 笑いながら殴られているルライデに、一抹の不安を覚えているデルドライダハネだが、それでも能力は高く買っていた。
 脇で聞いていた軍人達にしてみれば、あの二人にそれ程の隙を作らせるのは不可能に近い事だと解っている。だが、ルライデは笑顔で、
「かしこまりましたぁ。行ってらっしゃいませ、姫。私、知力の限りを尽くして舌先三寸であの二人を一瞬止めてみせます」
 確かに誓う。
 周りはその言葉に不安を感じたが、デルドライダハネ王女は全く気にせずに出撃準備へと向かった。
 王女が出撃するまでの間ルライデは、
『ぎぃぃぃあああああぁぁぁ!』
「この声を上げている人が、私の実兄。そして貴方がその身を差し出す相手ですよ、キャセリア」
 可哀想なキャセリアの主となるクロトハウセの絶叫を聞かせ、
「……」
「クロトハウセ兄さんはこの通りの人ですが、ベッドの上でも “やっぱりこの通り” ですから」
 必要のない説明を始める。それ言わない方が良いのでは? 室内の空気がそう語ったが、ルライデには届かなかったのは当然の事。
「あの……お聞きしたら、クロトハウセ親王大公殿下は年下趣味だって……」
 首輪に鎖という、スタンダード捕獲・献上オプションを装備させられたキャセリアは、艦内で集めた情報と過去帝星にいた頃の記憶から、四十も近い自分はお好みではない筈ですよ……遠まわしに言うのだが、
「大丈夫。真に愛しているのは八歳年上ですから、問題ありません。なんていうの? その人以外なら年上だろうが、年下だろうが、どうでも良いんですよ」
 ルライデは全く気にしない。
『ぐるあぁぁぁぁぁ』
「は、はい……」
 そして実弟が言うとおり、クロトハウセも気にはしない。
 本人は絶対に認めないが、年上というかカウタマロリオオレトさえ居れば、本人はそれで満足なのだ。
 (なら、何故俺は此処に……いや、何も無くてもいいんだが……居なくていいなら……)
 鎖と首輪も慣れてきたキャセリアだが、ルライデのその言葉に表現出来ない “どうにもならない感情” を抱きつつ、眼前の戦闘を眺めるしかなかった。
『しゃぁぁぁぁぁ!』
「ゾフィアーネ大公本気っぽいなあ。っていうか? 兄さんのこと殺すつもり? 確かにいいチャンスですよねえ。やだなぁ、もう」
 “やだなぁ、もう” 所で済まないのでは?
 周囲の者は思ったが、口にしなかった。身分とかそういったものもあるのだが、何よりも口にした所で此処からでは援護のしようなどない。戦艦の主砲など機動装甲には止まっているも同然。下手にそれに関して意見を言って “じゃ、援護に行ってください” などと言われたら、命令拒否できない上に確実に死ぬ。
 階級社会のため下が意見を言うことが困難、それが偶に逃げ道となることもあるということだ。
− ルライデ! ルライデ!
「はいはい、姫」
 出撃したデルドライダハネ王女が場所を決め、攻撃準備を整えてルライデに連絡を入れる。
『ぐぁぁぁぁぁ!』
『るぁぁぁぁぁ!』
− この二人動き止めてよ!
「ご準備は完了ですか?」
− ええ
「では、僭越ながら、このルライデ、全知力を持ち、荒ぶる兄と狂える従兄を止めてみせましょう。チャンチャンチャララン、デンデケデン!」
 突然マイクを持ち、暴れているような踊りと自分で効果音を入れるルライデ。
− 効果音は程々にしなさいよ! 
「はーい、姫。気分を盛り上げていきますね!」
(上げて、どうするのですか)
 首を伝う冷や汗と、生唾を飲むキャセリア。
 目の前の赤が多い機動装甲の主が「帝国最強騎士」であることは、キャセリアは知ってる。これが[桁違い]の強さを誇る人間にだけ与えられるという事も。自分達を連れてきた王女がどれほど強かろうが、この男を超えていないのは確実。
 才能だけが支配する世界、マイクを持って踊っている親王大公がどうやってその世界に揺らぎを齎すのか?
「それでは姫、行きますよ……」
 動きを止めたルライデが「すうっ」と息を吸い込み、通信の開かれている三人の搭乗部へ向けて叫んだ!


「ああ! あの小惑星でカウタマロリオオレト殿下が一人メンコしてる!」
『なにぃぃ! 宇宙服は着ているのか?!』
『カウタァァ!』
− 今ね!


 目の前で繰り広げられたわけの解らない世界を前に、キャセリアは自分の常識を捨てる覚悟をしなくてはならないのだろうか? そんな事まで考えてしまった。
 その後、デルドライダハネ王女の攻撃に反射的に軽く交戦したシャタイアスと “カウタ? カウタ?” 言いながら小惑星の方へ行き居るはずもないカウタマロリオオレトを探すクロトハウセの姿が見ることが出来た。
 カウタの一人メンコで帝国の危機は回避された。尤も帝国を危機に陥れた戦闘原因はカウタだが。
「姫、大丈夫ですか?」
−平気よ。背骨が折れただけだから
「全く平気ではありません! 王太子殿下!」
− 大丈夫よ、キャセリア。私は先に着陸して治療しておくから。キャセリア、貴方はランチャーニとカルミニュアルと一緒にエミリファルネ宮中伯妃の家に向かって、トコヤマ卿のことを依頼してきなさい。解った。それと、ルライデ
「何で御座いましょうか?」
− これからもこうやって私の期待に堪えなさいよね! じゃあ、私背骨直してくるから。四つくらい折れちゃったみたいだから
「お褒めに預かり幸いです。これからも愛する姫の補佐とか雑務とかパシリとか、誠心誠意務めさせていただきますよ」
− 何時私が貴方をパシリにしたのよ! ルライデのバカァ!
 何よ! と言った声で、ローガリハット弾(対異星人攻撃用/何故それを装備して二人を”制止”しにいったのかは不明)を戦艦に向けて撃つデルドライダハネ王女。
「当たったら死にますね」
「ちょ! 親王大公殿下!」

『待て、デルドライダハネ王女! そいつを戦艦に向けたら! クロトハウセ!』
『解っている! この兄が守ってやるぞ! ルライデ!』

 デルドライダハネ王女が出撃する原因となった二人が迎撃し、何とか生き延びる事が出来た。まだ暴れそうなデルドライダハネ王女をシャタイアスが羽交い絞めにする。
「ありがとう、クロトハウセ兄さん。でも、兄さんが暴れてなければこんな事にならなかったんですが」
『言うな。お前の兄もそんな気はしたんだが、過去の事だ、忘れてくれ』
「いいですよ、ただ今すっかり忘れました。あ、そーそー、兄さん。贈り物持ってきましたよ。はい、愛人」
『ありがとうルライデ。それなりに大事に扱うよ』
(それなり?)
『……戻るか、クロトハウセ』
『ああ、シャタイアス。で、カウタは小惑星には居ないんだな? ルライデ』
「居ませんよ」
『本当に居ないのだな?』
「はいはい。オーランドリス伯爵も心配性過ぎですよ」
(……心配性? 違うだろ)
『カウタは心配し過ぎて丁度いいくらいだ。なあ、クロトハウセ?』
『貴様の言葉を認めるのは癪だが、カウタは一日500回くらい目視しないと安心出来んのは事実』
「兄さん、それじゃあ皇君に対する陛下のようですよ。それ程までに大事なんですねぇ」
『ち、違う! 違うぞ! 私は治療に戻るからな!』
「はい、早くそのはみ出してる腸を戻しておいてくださいね。伯爵もその拉げた腕、適当に治しておいてくださいね」
(て、適当……)
 暴れていた元凶二人は、止めてくれた後に暴れだした王女を連れて帝星へと降りていった。
「さぁ! 着陸しましょうか!」

現皇帝の実弟三人の中では最もあくが強くないと言われるルライデ。だが、比べる相手が相手なだけであって、単体ではかなりのものである。

 デルドライダハネ王女をテルロバールノル側の着陸場所に叩き落して、シャタイアスはエヴェドリットの着陸場所へと戻ってきた。
 バラーザダル液を抜きもせず、搭乗口を開き血が混じった液を床に落としながら本人が降りてきた。
「殺せなかったようだな」
 出迎えに来たのは、いつも通りゼンガルセン一人。
「はん、仕方なかろうが。相手が相手だ」
「だが、相当やったようだな」
「クロトハウセ相手の一戦、リザベルタリスカを握りつぶした時よりも余程面白かった。拾った内音からクロトハウセの腹が裂けて臓器が飛び出す音が聞こえて中々だった」
「それは良かったな、気狂い」
「ああ、食人狂。腕がつぶれた、これから復元に行くが、食うか?」
「当然、そのために出迎えてやったんだ」

 ただその拉げた腕に噛み付く時、ゼンガルセンが少しだけ視線をそらし笑ったのをシャタイアスは見逃さなかった。

 その視線の先の扉を見ると、パシュッという自動ドア特有の音と共に一人子供が飛び込んできた。
「オーランドリス伯爵! げっ!」
「お前も食うか? シャタイアスの息子」
「い……」
 息子が来たのを知っていたのか……そう思いながら引きつった顔で此方を見る息子の “理由” を探し、
「勝手に勧めるな、ゼンガルセン」
 “これだろうな” 心当たりをつけて、潰れていない方の腕でそれを引いた。
「子供の教育に悪そうだから、これで止めておくか。ではな」
「お前は存在自体が、子供の情操教育に悪いだろうが、ゼンガルセン」
「気狂いが言うな、シャタイアス」
 今日は後は治療に専念しろと言い残し、ゼンガルセンはザデュイアルの隣をすり抜けて去ってゆく。
 また自動ドア特有の音が響き、その向こう側にゼンガルセンが消えた後、ポタッ……ポタッ……とカーサーから滴り落ちるバラーザダル液の音だけが木霊す。どちらが先に口を開こうか? と互いが見つめあい、
「……で、どうしたザデュイアル。帝国騎士が降りた所に来るなんぞ、殺してくださいといっているようなものだ。お前だって知っているだろう」
 先にシャタイアスが口を開く。
「いや……俺は、そこまでなったことないし……それよりも! 腕治しに行こう!」
「ああ……で、何をしに来たんだ?」
「……普通の出迎えだって気付けよ」
「悪かった」
「謝るな……」
 そこまで言った所で、ザデュイアルの腹の音が大きく鳴った。
「昼、食べていないのか?」
「ま、まあ……あんたとクロトハウセ親王大公の戦闘見てて食べる機会を失ったんだよ」
 早く行こうとシャタイアスの腕を引く。
「腹、減ったのか?」
「減ってるけれど、その拉げた腕は食わないぞ」
「食わせはしないから安心しろ。だが腹が減ってるなら片手でも作れるから、先に作ってから……」
 シャタイアスは外傷に対し異常なまでの強さを誇るので、実は腕が拉げたくらいはなんという事も無い。軽くハンカチで縛っておけば、料理くらい作るは簡単な事だった。
「いいから先に腕治せよ! その状態で作ったら、血生臭くなるだろうが!」
 生血を啜ったり、生肉を食べたりするシャタイアスには血生臭いのは特に気にならないのだが、息子の方はそれが気になるタイプ。
 息子のような人間の方が多い事を、エヴェドリットに長く居るシャタイアスは失念していた。
「そうか。ただな、ザデュイアル……出迎えは嬉しいが、二度と来るな。今回は偶々暴れなかったが、私は殆どの場合、降りた瞬間に人殺しに向かう性質だ。何時もの事だが何もわからない状態になる……だから、二度と来るなよ」
「……今は言うこと聞いておく。でも、俺は強くなる。帝国騎士としてはあんたに敵わなくても、白兵戦はあんたに追いつく可能性はある。昔のエヴェドリットの力を、本来のエヴェドリットを受け継いだのは俺の方だ。何時か強くなったら、降りたあんたを止めてみせる」
「期待している。ただ、私もバーローズの血を引いている、それほど弱くはないぞ」
「ああ。でも、その日は必ずくるさ……そりゃ良いから、治療しに行くか!」
「ところで、ザデュイアル。私のこと、なんと呼んでも良いんだが……何故 “あんた” なのだ?」
「今、模索中なんだから待ってろよ。あんたにどう呼びかけるのが最も相応しいかさ。お父様って感じじゃねえのだけは確かだ」
「……それもまあ、適当に任せる」

************

 サンティリアスは結局トコヤマを引き取る事にした。
「別れがたいけど、さよならトコヤマさん!」
 心の底から別れを悲しむランチャーニ。
「お前も元気でな、ラウデ」
 これからの自分の人生を儚むキャセリア。
「トコヤマのこと宜しくお願いしますね」
 カルミニュアルが “使ってください” と貯めていたお金を差し出すが、四人とも要らないとそれを返して別れを告げる。
「もしも! もしも! 機会があったら、寄ってくださいね! トコヤマさん! トコヤマさん!」
 カルミニュアルとキャセリアに引っ張られ、ランチャーニは最後まで “トコヤマさーん” そう叫んでいた。
「用心棒も出来て、良かったね」
 そういうサイル。
「それは俺も嬉しいが、医者……」
 親王大公の愛人にされる事が決定してる医者の、ランチャーニを引っ張りつつ肩が落ちて世を儚んでいるその後姿に、サンティリアスは何も言えなかった。
「人生っていろんなことがあるもんだ」
 あいつとはもう二度と会うことはないんだろうな……奴隷になったラウデは、宮殿に住む事になるだろう知り合いが元気で過ごせることを願い、
『宮中伯妃様から皇君に……ちょっとだけ頼んでいこう……』
 自分が出来る精一杯の事をして去っていこうと決めた。


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