剣の皇子と偽りの側室【12】

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[妃と側室、王女と下女]

 エドゥアルドの部下たちは、テオドラの与えた剣の輝きに感動し、エドゥアルドの側室を貰いうけ、父である皇帝と、母である皇后、そして兄であるバルトロの前でヨアキムと怒鳴りあい、遅れてやってきたベニートを足蹴にして ――

「エドゥアルド! リザが良いと言っていないのに、勝手に先走るな!」
「彼女はこれから説得する!」
「首を縦に振らなかったらどうするつもりだ!」
「それは……」
「それにリザは私の中では、皇后候補の一人だ」
 ヨアキムは全身の力を抜き、拘束している腕を解かせてマティアスの側へと近付き、
「リザはブリリオートの娘が爆ぜた時にいた一人です」
 以前言われた通りに候補を絞っていると小声で伝えた。

 次期皇帝が皇后候補に数えている側室 ―― この発言で一応騒ぎは収まった。その後、エドゥアルドには公職についていてもらわないと困るということで、急いで側室が用立てられた。
 彼の側室に選ばれたのは、ヨアキムの所に来た神に仕えることを望んでいる三人の内の一人、地方領主の娘である。
 彼女はせんだってエドゥアルドが下賜した側室たちとは違い、本当に妃や側室にはなりたくはなく、神に仕えたいと思っていたので、快諾し一人エドゥアルドの後宮に入ってくれた。

 不本意ではあるが、
「エドゥアルド殿下がお妃を迎えるまで、後宮の端に住まわせていただきます」
「迷惑をかけたな」
「私はさほど」
 寄越された側室エリカが思いの他、知的な女性であったので、恋の熱に浮かされていたエドゥアルドは落ち着きを取り戻すことができた。

**********

 ヨアキムはと言えば、エリカをエドゥアルドの側室とし、ユスティカ王国が送り込んできた【闇】とかいう存在の侍女側室五名を迎えてから、今度は王女エスメラルダを迎え、
「昨日もやってきたよ。もちろん生垣を越えて」
「あれほど正面から入ってこいと」
 ベニートから側室リザの元へエドゥアルドがやって来たことを聞かされ、オルテンシアの様子をたまにうかがい、妃にレイチェルをそえるために、彼女の父親である侯爵をどのように説得するべきか? を悩んでいるところに、

「私の名は地上に舞い降りた血濡れた片翼の堕天使の末裔が集う闇の組織最後の一人ノベラ」

 ノベラの登場に謹慎中のクリスチャンからの事情説明と、心休まる暇のない毎日であった。

「呪解師テオドラに会ってくる」
 謹慎が解けてテオドラに会える算段がついたので、かねてから気になっていたカタリナを連れ旅立った。
「行ってらっしゃい、ヨアキム」 
 今回はユスティカ王国の関係で後宮を任せられなかったベニートは、気楽にヨアキムを送り出した。

**********

 主不在のヨアキムの後宮を任されたエドゥアルドは、
「ベニート」
「なに? エドゥアルド」
「ヨアキムの側室で、問題がある者や注意するべきものはいるか?」
 頻繁にヨアキムの後宮に出入りしているベニートに尋ねた。
「ヨアキムからは?」
「この側室たちがエスメラルダ殿の護衛であることくらいだ。他は”知らん”とのこと」
「あーなる程ね。私も特には……精々、オルテンシアくらいかな」
「ホロストープの、まだ生きているのか?」
「生きてるよ。大人しいと言えば大人しいようだが、なんかね」
「分かった。注意しておく」

 リザに会えるという喜びはあるが、これはれっきとした仕事であることを弁えているので、この期間、エドゥアルドは正式な出入り口を使用した。

 ヨアキムの後宮に入ると、まずエドゥアルドはエスメラルダの元へと形式に則った挨拶をしにゆく。
「なにか不自由はないか? ユスティカの王女よ」
「わざわざありがとうございます、ラージュの皇子。不自由はありません」
 五人(内一名はノベラであり、爆ぜたとして処理された)の側室が侍女として仕えている大国の王女に、不自由などあるはずもないが、これも形式の一環である。
 もしも不自由があると言われれば、それを聞き、皇帝と話合い、与えるか否かを決める。
 この時の話合いには、絶対に女性を入れない。
 たしかに女性の気持ちは女性がよく分かるというが、間に自分以外の女性を入れて話合ったと聞かされると気分を害する者もいる。
 エスメラルダの部屋を出ると、廊下に側室たちが並んでいる。
 容姿の特徴が書かれた紙を見ながら照らし会わせ点呼をする。そして彼女たちの前を通り過ぎ、
「リザ、なにか不自由はないか?」
「お気にかけて下さり、まことにありがとございます」 
 休憩する。
 休憩時の相手は側室でなくとも良いのだが、今回はエドゥアルドなので、ヨアキムの指示でリザが相手をすることになった。
 リザは紅茶を淹れたポットを持ち、エドゥアルドの前に置いた細密画で飾られたカップに、澄んだ紅茶を注ぐ。
「ブレンダに買ってきてもらいました」
 茶菓子を勧める。
 エドゥアルドは腰を下ろしているが、側室であるリザは立ったまま。
「リザも座るといい」
「ではお言葉に甘えて」
 頑なに【側室なので座りません】と言ってもいいのだが、そこは中身はベニート。ドレスを上手にさばき向かい側に座る。
 恋をしているエドゥアルドは剣をふるっている時とは違い、相手に鋭く切り込むことなく、当たり障りのない天気の話をしてみたり、食べているのだがリザに気を取られて味が分からない菓子の味を語ったり、ドレスを褒めつつ顔を褒めたりと ―― 皇帝の前で”リザを寄越せ!”と異母兄と殴り蹴り合いをしたとは思えない態度である。

ベニートはあの時”邪魔だ”と蹴られたのだが

 エドゥアルドは充実した毎日を、ベニートも前者とは違う意味で充実した毎日を過ごし ―― ヨアキムが小国の王女を連れて帰ってくる日を待っていた。

 そしてヨアキムがロブドダンの王女ではなく、下女と結婚した。早馬が持って来た知らせ、その知らせを補強する結婚証明書の写し。
 あのヨアキムが皇帝の許可も得ずに、隣国の下女と結婚した経緯を早馬の乗り手に聞いた彼らは、益々分からなくなった。
 王女クローディアが自国の騎士サイアスと駆け落ちし、怒り狂ったヨアキムが下女を妃にすると宣言したと。
 それ以上のことは、今は分からなかった。
「ベニート」
「はい、陛下」
 ベニートが「ヨアキムの妃」の身辺調査を命じられることとなり、大至急部隊を編成して国から出た。少数で出向かないのは、もしも厄介なことがあった場合は、武力で沈黙させるために、ある程度の部隊が必要となる。
 隠れてひっそりと消すのも重要だが、全部を裏側で消すよりも、後々のことを考え、ある程度は見せた方がよい場合もある。

「それにしても……いつものヨアキムなら、メアリー姫を差し出されたらそれで溜飲下げるだろうに」

 ヨアキムらしからぬ怒りの結果を本人から直接聞くことを楽しみに、

”早く帰国しろ。エドゥアルドが煩くて敵わん”

「……よし! 大丈夫だな」
 ヨアキムが帰国してエドゥアルドとやり合っていることを知ると、ベニートは”あとは任せた”とばかりに、半分ロブドダン王国観光しながら妃のことを調べた。
「悪い人ではないようだが、良い人とも……なんだろう、この輝かしいばかりの平凡さ」
 妃となった下女の過去は見事なほど平凡で、人々が語るのも平凡であった。
「母親は確実に亡くなっている。父親は不明……父親のほうをもう少し調べてみてくれるか? 両親の親族は無視できる程度だな。あとは……母親の墓に見張りを。それと……」
 ロブドダンのホテルで、名物料理を食べながら指示を出し、裕福な未亡人と楽しんだりと、ベニートはどこに居てもベニートであった。


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