剣の皇子と偽りの側室【06】

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  [隠された血縁]  

 ヨアキムはヘルミーナをオリアーナ皇后の墓の片隅に埋葬した。
 オリアーナは皇帝に顧みられないどころか冷遇された貴族出の皇后で、ヨアキムの曾祖母に該当する。なぜ彼女が皇帝に嫌われたのか? 誰も解らないが、その冷遇ぶりは徹底しており、死後も墓地の外れに貧相な墓石が建てられているだけ。手入れもされておらず、周囲を取り囲む木々は伸び放題で墓は何時も湿っている。
 手入れをする必要はないとオリアーナの夫である皇帝が命じ、皇帝となった息子も同様の指示を出しそれはもはや王城の常識となり、誰もが疑わずに放置している。

 オリアーナ皇后の実家は、彼女が皇后となってから凋落し、死後の彼女の不当な扱いに文句を唱えられるような力は残っていなかった。
 ヨアキムはオリアーナ皇后の曾孫であると同時に、彼女の遠縁でもある。母アイシャは彼女の家系に連なる没落貴族の出。
「私が皇帝になったら、明るい墓を作るから、それまで【縁もゆかりもない相手】に間借りしている状態だが、我慢してくれ。ヘルミーナ」
 遺体を埋葬したばかりの、掘り返された後も露わな地面に触れてヨアキムはそのように呟いた。

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 エドゥアルドはかぼちゃが嫌いであった――
 だが側室リザがパンプキンパイが好きだと聞いて以来、軽くかぼちゃ嫌いを克服し、乾燥した種まで貪るほどに好きになった。
 乾燥かぼちゃ種は軍の携帯食の一つである。
 部下たちは「何ごとか?」と思い、エドゥアルドに尋ねて「思い人が好きなのだ」と聞かされて、彼らは俄然応援することにした。
 いままで浮いた噂一つもなかったエドゥアルド。
「てっきり女性に興味がないとばかり」
「お前失礼だぞ。俺もそう思っていたが」
 同性愛者とまではいかなかったが、女性にあまり興味がないのだろうとは思われていた。
「でもよりによって、ヨアキム殿下の側室か。最初からエドゥアルド殿下の側室だったら」
「いやあ。ヨアキム殿下の側室だから惹かれたのかもしれないぞ。障害があると燃えると言うだろう」
 部下たちはどうしたら側室リザに近づけるか? 頭を悩ませているエドゥアルドを見守った。

 見守ると言えば、皇帝夫妻もエドゥアルドを見守っていた。

 二人ともエドゥアルドのことは可愛く思っており、愛した相手と結婚させてやりたいとは思うが、相手がヨアキムの側室。それも側室として迎えた当日、一番に訪ねたと聞けばヨアキムに打診し辛い。
 実の兄弟ならばまだしも異母兄弟で、欲しいと言っている方が皇后の息子。皇帝が側室の息子から皇后の息子に側室を渡すよう命じると口さがない者たちに話題を提供することになり、それは皇帝夫妻としては避けたかった。
 皇帝が訪れることも稀な側室のアイシャの気分も害することとなる。
 なので皇帝夫妻は息子の気持ちは理解しているが、積極的に協力はできなかった。だが完全に一人にして追い詰めるわけにも行かない。
 暴走を抑えつつ牽制する――
「……畏まりました」
 その役割を仰せつかったのは、他の誰でもないベニート「本人」である。
「本当はどのような方なのかお会いしてみたいのですけれども」
 息子が初めて「欲しい」と、外聞も憚らず、子供のように両親に頼みに来た相手「リザ」に皇后は皇后としてではなく、母親として会ってみたいとは思うが「リザ」の立場を考えると、簡単に会えるものでもない。
「ヨアキムは妃以外は会わせるつもりはないようです」

 ここまで事態が大きくなってしまえば、普通は大なり小なり恐怖を覚えるものだが、ベニートはそんなことはなかった。
 彼が考えているのはこの面白さをどこまで楽しみ、どの辺りで去ろうか? ということだけ。この頃のベニートは上手くエドゥアルドをあしらい、証拠を残さずに消えることができる自信があった。

「まあ……というわけだ、ヨアキム」
「……」
 水面下で話が大きくなってしまい、ヨアキムは誰を恨めばいいのか……と悩み、早い段階で”自分が悪い”ことに辿り着いて眉間に皺を寄せた。
「悩んでいるヨアキムはいい男だよ」
 いま二人はヨアキムの後宮にヨアキム皇子とベニート公子として居る。
「どうするつもりだ? ベニート」
 二人はいまだ女主のいない妃の間で話をしていた。
「そうだなあ……適当にどうにかなるんじゃないかな」
「……」
 あまりの適当さにヨアキムはベニートを睨みつける。その冷たい眼差しはまだ日が高く、明るく温かい陽射しが差し込んでいる部屋の温度を僅かだが確実に下げた。
「そんな顔しないでくれよ。まあエドゥアルドの好みがはっきりとしたわけだから、好みの女を見つけてきてぶつけてみるよ」
「年上で背が高くて美人で、過去が謎めいている女だぞ」
 過去を謎めかせるつもりはなかったのだが出身地や家族構成をばらすわけにはいかないので、必然的に側室リザは「謎めいた女」になってしまう。
「過去は適当に嘘をつかせるとして、やっぱり身長だよね」
「まあ……身長だろうな。自分よりも背が高い女が好みだったとはな。あんなに気にしているのに」


 エドゥアルドが身長を気にしていることにヨアキムが気付いたのはつい最近のこと。ある日、話をしていて、余所見をしたまま、
「これが書類だ」
 ヨアキムはエドゥアルドに書類を渡した――つもりであった。ヨアキムの中ではそこは腕がある位置だったのだが、エドゥアルドにとってそこは頭上であった。
 ”ばこん”という皇子たちは滅多に聞くことない、頭を物で叩かれる音が響き、木材で作られた書類挟みから伝わる振動に振り返ると、頭上に書類が叩き乗せられているエドゥアルドの姿があった。
 顔を怒りと羞恥とその他により赤くし、
「ふざけるな!」
 と言いながら書類を奪い取り、エドゥアルドは部屋を足早に出ていこうとした。
「頭は大丈夫か? エドゥアル……」
 脇で見ていた者たちは”ひぃ……声などかけないでください!”と声にならない声で叫んでいたが、残念ながらヨアキムはそれらに気付くことなく、自分の失態を詫びる前に怪我の有無を尋ねるというごく普通の行動を取った。
「同情は要らん!」
「同情などしていない」
 無駄に足音を立てて部屋を出て行ったエドゥアルドに、
「詫びそびれたな」
 ヨアキムはそれ以上言うことができなかった。
 当人が怒りまくっているので、仕方ないと――バルトロに代わりに謝り、伝えておいてくれと頼んだ際、
「エドゥアルドは身長が低いことを気にしているから、過剰に反応してしまったのだろう。済まない、ヨアキム」
 初めて身長を気にしていることを知った。


「人は恋人には自分にないものを求めるって言うし」
 元凶はにこにこしながら、まるっきり悪びれずに答えた。
「……背が高い女などいるのか?」
 あまりに適当で他人ごとのようにしているので、思わず首を絞めて殺したくなったが、ヨアキムはぐっと堪えた。
「エドゥアルドよりも背が高い女性なら捜せば見つかるさ。ヨアキム以上の身長の女性を捜せと言われたら困るけれども」
 ラージュ皇国でヨアキムよりも背が高い人と言われれば、さすがにベニートでも思い当たらない。精々ベニートの弟のグラーノくらいのもの。それだって背が高いほどではなく、どう見積もっても同程度。
「そうか……存在するのなら」
「でもグラーノなみに厳つい可能性もあるからなあ」
「エドゥアルドはグラーノのような女は好みではないだろう」
「母上ですら子供の頃に女装させるのを諦めたくらいだから……貴族の娘にはいなかったような気がする。ま、捜してみるよ」

 結局のところ、ベニートのように背が高く美しい年上女性は見つからず――エドゥアルドは素揚げされたかぼちゃスライスを貪り食い、後宮の境でもある生垣を越えて愛しい側室リザに会いに来て、侍女に殴られて、また自らの後宮へと戻りかぼちゃの種を貪り食いを繰り返すことになった。

「側室リザが好きだって言ったのに、どうしてエドゥアルドが貪るのかなあ」
「知るか。そろそろかぼちゃの季節が終わるから、どうにかしろリザ」
 大国の皇子なので国内で季節が終わろうとも備蓄倉庫から出すことも、輸入することも容易いが、かぼちゃばかり食べるようになった息子を皇帝夫妻と実兄が心配しているので、ヨアキムはそれらを取り上げることにした。
「それこそ私も知らないといいますか……」
 意見はあったが側室リザは張本人なので不満はなく、皇帝夫妻から暴走しないように見張って欲しいと言われたので、側室リザの格好で話しかけてかぼちゃから離すことに成功した。

「リザは優しいな」
 かぼちゃばかり食べているエドゥアルドの体調を気遣うよう声をかたリザに、
「いいえ、そんなこと御座いません」
 椅子に座っていたエドゥアルドは悶えるようにして喜び、かぼちゃを食べることを一時停止した。

―― 同じことをベニートの格好で言っても、絶対聞き入れないだろうな……面白いからいいんだけど


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