PASTORAL −69

「お役に立てましたでしょうか?」
「可もなく不可もなく、と言った所であろうな」
 レハ公爵だった奥様は、この度、ゾフィアーネ大公と離婚して皇帝陛下の正妃となられる事が決まった。
 決まったのは、この親征出兵案が成立した後なのでこうして……陛下の親征に従っている。かつての夫、ゾフィアーネ大公こと、オーランドリス伯爵閣下と共に。
「これからは、陛下のお傍で努力させていただきます」
「構える必要はない」
 奥様は陛下より三歳年上で、正妃の中では唯一出産歴もあるけれども、帝国では珍しい事でもないし、
「陛下の正妃となれること、夢のようでございますわ」
「夢にならぬよう、身辺には注意を払っておくがよい」
 陛下はそれらを気にするような方ではないので、奥様は普通に正妃として扱われる筈。
「勿論でございますわ」
 でも……奥様は楽しそうだけれど、陛下の御表情は……。髪で殆ど覆われていて見えないけれど、絶対楽しそうな顔していないと思います。何せ奥様、色っぽいドレスで太股などを露わになされていらっしゃるけれど、陛下は微動だになさらない。

 凄い苦労したんですけれどね、私達。奥様を飾るのに。

 戦勝後、急いで肌のきめから整えて、持ってこられたドレスなどを選んで、髪型も朝から。何よりも陛下にお越しいただくよう、何度もお願いを出したりと。……お願いを出したのは奥様ご本人なので、私達は関係ないのですが。中々陛下が「肯」なるお返事を返してくださらなかったので……八つ当たりはされましたが。
 陛下には陛下のお考えがあるので……陛下と奥様は仲の良い夫婦は当然無理として、良いパートナーともなれないような気がします。下々が言うことではありませんが。
 奥様が必死に陛下にお越し願いたがった理由はただ一つ、同衾したい為。
 陛下は開戦前誰にも触れられないので、戦勝後は……と奥様は踏んだのですが。
 二十五歳の若い皇帝陛下でいらっしゃいますが、さすが名君、自ら奥様との結婚を早めるような真似はする事はないようです。
 正妃内定者が、成婚予定より前に陛下の子を身篭ると予定より前に結婚できるので。こういうのは先に宮殿に入った方が「勝ち」のようですよ。陛下の母君であらせられた、リーネッシュボウワ皇后の事もありますから、それは嘘ではないと思います。
 それともう一つ、皇君の存在。
 正妃達より先に迎えられたと噂されている、皇帝陛下の異母弟殿下。
 奥様よりお綺麗で、吃驚した。奥様はその情報を伝えられた後、荒れてました。綺麗な上に大人しそうで、尚且つ強くて皇君(正配偶者最高位)ですからね。
 それに、何となく女性の恨み買いそうな顔してらっしゃいます。
 私達のように、何の関係もない者は『お綺麗です』で済むのですが、奥様から観ればライバル。それもかなり手強い。
 『氷の美貌』と謳われるそのお姿は、一言で言えば奥様とは正反対。奥様が大人の女性の妖艶な色気に対して、皇君はその謳われる形容の如く、冷たい空気のような美しさ。寒い日の空がとても綺麗なのに似ていらっしゃいます。
 陛下のお好みは今まで明らかになっていなかった、らしいのですが今一番傍に置かれている大公殿下……皇君、皇君言ってましたが、まだ正式な事は解りませんので。
 なんにしても傍に置かれている大公殿下のお姿が『お好みなのではないか?』しめやかに噂されている次第です。

 それに奥様は、今まで男性の気を引いたり、下手に出るなどした事ないから……絶対に、苦労して育った大公殿下には勝てないと思います。

 下手に出るのが正しいとは言いませんが、ほら大公殿下のお名前にもある、三十七代皇帝陛下の妃「ロガ皇后」は、奴隷あがりで小まめで気が利いたその態度が気に入られたって。勿論、美貌は当然ですけれど(前提条件が美形ですからね)そういうのが新鮮に映るんだと思うのですよ。
 大公殿下はご苦労なされたお育ちで、やっぱり気が利くようですし。
 奥様のように生まれながら王女様育ちで、結婚相手よりも自分のほうが身分が上で、高圧的に出ていた方は“それ”を出さないようにするのが精一杯のようです。
 最高の位の御方の正妃になる以上、その方より下なので……旦那様ともう少し仲良くなさっていらっしゃれば、少しはどうにかなったかとおもうのですが。尤も旦那様も、それ程奥様に気後れしていたわけでもなければ、好いていたようでもありませんでしたし……。
「陛下」
「何だ。用件を申してみよ」
「私、不安でございますの」
「何が不安なのだ」
 ここで普通は相手の男性に腕でも回して、口でも寄せるんでしょうけれど、相手が陛下では奥様から動くわけにもまいりませんしね。
 陛下は相変らず、白ワインを飲まれながら奥様の方向きもしませんし。あ、奥様は陛下の足元にしな垂れ掛かってますよ。陛下と同じ椅子に、横に座るわけには行きませんから。
 上から見れば、胸元とか露わになってて誘うはずなんですが。
「私、一人だけ初婚ではありませんでしょう」
 大公殿下は破婚になったので、陛下と結婚しても初婚ですものね。……皇帝陛下が同性と結婚できるかどうかは詳しく知りませんけれど。
「そのような事、皇帝の正配偶者に関係はない。話はそれだけか」
「あ、あの! 陛下」
 どうなるのかなあ。私が考えた程度では、どうにもなりませんけれど。それにしても……

 陛下は大公殿下にもこのような態度を? 下々の私には”お優しい陛下”は想像もつきませんが。

Second season:第二幕「群集の大変な毎日」 終
Second season:第三幕「喧嘩皇子と反逆王子」に続く

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