PASTORAL −55

「カザバイハルア大将閣下!」
「知り合い?」
 アダルクレウスが唾と明らかに“恐怖”の二つを飲み込みつつ、名前を口にした。ちなみにアダルクレウスは少将。
 大将か……俺、大将の名前覚えてなきゃ駄目だろがっ!
「ゼンガルセン王子の従姉ナディラナーアリア大将閣下、カザバイハルア子爵でもある。握力でいけば近衛兵団内トップ。宇宙全体でもサフォント陛下に次いで二位、利き腕の腕力279を誇る超人だよ」
 宇宙一位は兄上? ……あ、兄上の握力って? 一体お幾つ? そ、それよりも呼ばれた訳だから、
「何用でしょうか? 大将閣下」
 アダルクレウスが一緒に居てよかった。
 知らないでリスカートーフォンの人を“会戦中”に爵位とかで呼んだら殺されかねないからな……ま、子爵だって事自体解らなかったが。
 俺が近寄ると、大将閣下は腕を切られて失血で意識を失いかけている男性……襟元の階級章からみて少佐みたいだな? 大将閣下は”それ”を揺すぶって、
「さあ、申し上げなさい」
 こ、怖いよ……泣き出して逃走したいくらいには怖い。
 揺すぶられた青くなってる男性は、口とか鼻とか耳から血流しつつ俺に虚ろな視線を合わせて……こっちも怖い……
「申し訳ございません、我が主の失態により大公殿下に最終軍議の出席を……」
 其処まで言って、白目剥いて体から力が抜けた。
 という事は……それ以前に、
「大将閣下、この者を医務室へ運んでも宜しいでしょうか」
「断ります。陛下はこの愚か者の死をお望みですから」

いやーー! 俺に軍議の日時伝達しなかっただけで『部下』まで殺されるなんて、嫌だっ!

 この際、彼の上官は仕方ないだろう。むしろもう、処刑されていると見て間違いない。 
 でもな、陛下が……お望み? ってことは“ご命令”ではないんだな?
「陛下は“死”を明確に口になされましたか」
 はっきりと口になさったわけではないんだな? 確かに陛下は厳格な方だから、本当に“殺して”もいいんだろうが。だが助ける事ができる『可能性』はある。
「いいえ。ですが私は運びません。私の命令はこの階級を軽んじる愚か者の部下を連れ、殿下に詫びさせ殿下を軍議の席にお連れする事ですから。これは陛下からの勅命でございます」
 う……俺が運んでいる暇はなさそうだ。でもな、彼の上官が『連絡しなくて良い』と判断して、それに従っただけだと思うんだよな。部下が上官の命令に叛くわけにいかないだろうし……
「大公殿下、本官でよろしければ」
 アダルクレウスが名乗り出てくれたけれど、
「少将。陛下がそれの死をお望みの場合、貴方もただでは済みませんよ」
 こーわーいーよー。実際、アダルクレウスも引いた。
 本当に怖い! 待て、頑張れ俺! この人よりも怖い“お方”を知っているじゃないか! そうだよ! 兄上に比べたら可愛い……可愛い? いや、可愛いものじゃないか! 
「サベルス男爵、私が全責任をとる、彼を大至急運んでくれ。それと、皆の者驚かせて悪かったな。私の奢りで一般兵たちに嗜好品を振舞ってやってくれ」
 アダルクレウスにカードを渡して、俺は大将閣下に向き直ると、彼女は腕を廊下に放り投げた。弾力無く勢いだけで転がる腕を横目に、
「それでは参りましょうか、閣下」
 冷静を装って大将閣下に声をかけた。
「急いでも平気でございますか? 殿下」
 近衛兵団で俺より背が高い……間違いなく俺より足速いだろうけれども!
「無論、陛下をお待たせしたくはありませんので、全力疾走で」
 ああ! 走るさ! 走ってみせるさ! 兄上の行軍(散策)にも従った俺だ!
「それでは」
 俺はアダルクレウスに指で合図を送って、走り出した。

は、速ぇぇ……さすが近衛兵団……

 頭の奥がヒューヒュー言いつつ、12km先の会議室に到着した。俺の息は上がってるが、彼女の息は当然、
「ナディラナーアリア! ゼルデガラテア大公殿下をお連れいたしました」
 普通。咳をかみ殺しつつ、開かれた扉の向こうをみると、やっぱり血の匂い……で転がってる首……あああ……此処で落ち込んでる場合じゃない!
 兄上に先ほどの兵士の助命嘆願をせねば!
「参ったか、ゼルデガラテア」
 高い位置の椅子に座れている兄上の前で、お願いするんだから額を叩きつけるのが礼儀だったよな! よし、此処は一つ思いっきり!
 勢い良く膝を折って、頭を下げる。

ベチッ! ……ぽた、ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた……だぁぁぁぁぁ……コロコロコロ……

 額叩きつけたら鼻血がっ! 何て弱い額だ! 弱いのだけは脳みそだけにしてくれ、俺! そして落ち着け、俺! おまけに帽子まで転がるし! 天中殺か! 殺虫剤か!
「はにふへ」
 兄上じゃないよ! 陛下だよ! 血が出てまともに喋られない……が、早く言わないと医務室に運んでも治療してもらえないかも知れないし、失礼だが手で鼻をつまんで!
「陛下、腕を切られた兵士の助命をお願いしたく」
 物凄い鼻声、そして喉に逆流してくる“鼻血”……最悪。
「お前の望み通りにするがいい。通達してやれ」
 よし、これで医務室に連絡が入るな、良かった……と一息ついていると、陛下が椅子から立たれて帽子を拾ってくださ……
「立てるかゼルデガラテアよ」
 腕を掴んで立たせてくださり、帽子を被せてくださった。
「少しそこに座って休んでおれ」

 そこ? って陛下のお席ではありませんか!

backnovels' indexnext