PASTORAL −54

「ない?」
 食堂行って食べたいって告げたら「準備できていません」と返された。いや、普通の食堂ならそれもあるが、皇帝陛下のお食事なさる場所でこの返答は珍しい。何時でも準備できてるのが基本だから。
「今日の陛下のご予定は、軍議の後に将校方と立食となっておりますので、其方の方に準備をいたしましたが……大公殿下、本日の最終軍議の席に並ぶよう命ぜられませんでしたか? 連絡が届かれていませんでしたか?」
 俺は首を振る。俺専用の通信機の連絡ボックスには何一つ……進軍開始してから届いた連絡なんて一つだけ。それも外から着たもので内部連絡は皆無。
「お、おかしいですね。我々は立食の準備だけを命ぜられましたが、大公殿下のお食事を別に作るようには命じられておりませんでしたので。ただ今作りますので、お待ちください」
 相当焦ってる……でもな、彼等は兄上のお食事を作る栄誉ある“皇帝陛下の料理人”であって、俺の食事を作る料理人ではない。
「いらない、違う所で食べてくるから。悪かった」
 そういって俺は皇帝陛下の居住区画から出た。
 最終軍議かぁ……って事はその席で各々の指揮官が兄上から配置場所を貰うんだな。正式には「我に○○を」って言いながら左膝をついて、右手を体の前を横に動かす。その後に兄上が使者なりを立てて、それらの指揮官に配置場所を与える……はず。又聞きの又聞きくらいだから、詳しく知らないけどな。
 それでフラフラと上級将校の食堂に向かったら其処も……そうだよな、上級将校“が”兄上と共に立食の席に並ぶわけだから、彼等の食事はこの食堂で賄われいるから当然此処も調理中。
 惑星とかに居るわけじゃないから、別の料理人をかき集めるわけにもいかないしな。
「一般兵士の食堂なら開いてるだろ」
 なんか食べなくても良い様な気がしてきたけど、折角だから一般兵士の食堂まで行こう。
 上級士官区画から出ようとしたら、
「エバカイン!」
「アダルクレウス! 久しぶりだな」
 声をかけて近寄ってきたのはサベルス男爵、陛下の警備主任の一人。歴とした家柄の男爵だ、ケシュマリスタの家名を持つ男爵家の当主。俺が帝星警備の仕事いや勉強している時に、軍隊の動かし方とかを一緒に学んだのがサベルス男爵アダルクレウス。
 近寄ってきたアダルクレウスは、
「何処行く気だよ」
 部下引き連れて近付いてきた。
「食事しに。一般兵士の食堂に行ってみようかな」
「……俺も一緒に行くわ。お前ら帰ってていいぞ」
 部下達が全員礼をして去ったのを見送りつつ
「それにしても、なんでまた一般兵士の食堂なんかに」
「深い意味はないんだけど」
 いや、食い逸れましたってのが正式な言い分だが。
「もう少し待てば上級士官食堂なら開くぞ」
 上級士官食堂って「エリート士官さん達」が、小難しい軍略とかブランデー片手に礼儀正しい言葉で語ってそうで、俺には場違いな気がする(かなりの偏見)足運んだ事ないけどさ。
「いや、一般兵士の食堂がいいかな」
「残念。奢ってもらおうと思ったのにな、大公殿下に。良かったな大公になれて」

……あ、あんまり……良い事ないような……

 そこら辺はしっかりと歯食いしばって、声を呑んで、
「今度奢るよ。どうせ帰り道も長いわけだし、それまで楽しみに取っておいてくれ」
 違う事を言いました。
 あ……何か自分がとても大人になった気分だ。実際、もういい大人だけどさ。
 一般兵士の食堂に入ったら、一斉に振り返られたけど、皆すぐに興味を失ったらしくコッチを観ないので、トレイを持って列に並ぶ。子供の頃は普通の学校だったから、慣れてるんだよ、こっちの方が。
 肉と魚を省いてもらって席に。
「陛下に倣って?」
 アダルクレウスに言われた。
「一応」
 有名なんだな、兄上の潔斎。……知らなかった間抜けな弟をお許しください………謝罪中………よし! この位謝ったんで許していただこう!
「じゃあ、これでも食えば。卵くらいは平気だろ?」
 アダルクレウスにハート型のプリン渡された……シュールな図だな、ハート型のプリン持つ俺って。……別に良いけど。
「変な気はねえからな」
「知ってるよ」

変な気って、どんな気だ?

 それなりの味の食事。一般兵士の食事が兄上の食事並に美味しかったら困るんだが。
 俺は今日のメニューのメイン、チキンシチューとシーフードスパゲティは外して、野菜サラダとコーンポタージュ、それに野菜ジュースだけを盛り付けた。あとオプションでカマンベールチーズ一塊。
 ハート型のプリンもオプションな。食事自体は当然無料だけど、嗜好品は金払って追加する。
「何でこんなフザケタ形してるんだ、プリン」
 スプーンで掬って口に運ぶ。味は……結構美味しいな、嗜好品で金取る以上、それなりに食べれる味なんだな。カマンベールチーズも美味しかったし。
「型の問題だろ。今日は嗜好品、ババロアとも重なったからじゃないか?」
 メニューを見たら苺のババロア。確かに苺のババロアだとピンクだろうから、ピンクでハート型だと余計始末が悪いな、そりゃ。
 アダルクレウスと向かい合いながら話して食べる。ああ、人と向かい合った食事で気を抜くなんて、久しぶりじゃないか? 兄上と向かい合いながら食事してると、どうしても緊張してしまう。
 自分で志願して同じ席につかせていただいているのにもかかわらず、緊張。
 “食事”と“同席”で緊張と言えば、辺境相になったルライデ弟大公を見送る際の食事会。
 陛下ご主催で、ルライデ弟大公とその妻のデルドライダハネ大公妃……じゃないや、王女を囲んでの送別会? のようなモノを。その時は緊張した。俺、四大公爵の当主級の人とお食事した事なかったから。
 王女様はやっぱりマナーも良くて、それで……随分と悔しそうだったな、皇后になれなかった事。
 それにしてもあの時はまだ大公妃じゃなかったんだよな。そりゃまあ、あの王女様は一人っ子な訳だから、陛下の正妃でなければ婿を迎えるのが当然だ。
 ただ皇族側にも色々と理由があるらしく、中々ルライデ弟大公を婿に出さないでいるらしい。カルミラーゼン兄大公がアルカルターヴァ公爵夫妻と言い争っているのを何度か聞いた。
 その婿に出すか出さないかの関係上なのか、あの食事会の時も王女は髪を結い上げてなかった。
 女性貴族が髪を結い上げるのは「結婚した証」……だからあの時点でまだルライデ弟大公と王女の結婚は成立していなかったみたいだ。ちなみに男が髪を結い上げると「独身主義」の表明、銀河帝国には珍しい、男性と女性の違いだ。
 ちなみに髪が短い俺みたいなのは、帽子に「生花」を挿すことで「独身主義」を表すことができる。挿す花は蒲公英が正式で、シナシナしないように一日二度は取り替える。
 そういえば進軍途中で来た一つだけの連絡。ルライデ弟大公がわざわざ自分で775星に物資を運んでくれたらしい。その詳細報告を貰った時は、王女髪を結われてた。ルライデ弟大公良かったな……と思いつつもあの「婿か! 嫁か!」騒ぎが終決したとは聞かないので、問題は悪化するんじゃないのかな? とも思ったり。
 俺には何もしてあげられないけれど、声援だけは送らせてもらう“頑張れ、ルライデ弟大公”……口には出せないけどな、複雑な問題だから。
 俺如きが王女とお話できたのは、なんでもカルミニュアルとランチャーニを陛下の結婚式の際に連れてくる事にしたから、それを「教えてあげるわよ!」だそうで。
 可愛いよね、お姫様っぽくって(実際お姫様だけどさ)頬を真赤にして膨らませて……なんか良いなあ、って思った。そうは思ったものの、あの王女殿下お強い方でいらっしゃるからな……
「どうした? エバカイン」
「いや、ちょっとな。ルライデ弟大公の行く末を」
 シーフードスパゲッティを頬張りながらアダルクレウスは頷いた。
「大問題だよな。ルライデ大公殿下はケシュマリスタ王になるって評判だったのに、よりによってデルドライダハネ王女殿下と御成婚だ。困ったもんだ」
 そんなに困ってるのか? 確かに王殿下同士は婚姻結べないからな。
「イネスには腹が立……悪い」
「別に構わないが。でも若いケスヴァーンターン公爵がおいでではないか」
 居るじゃないか、一応……
「ウチの大将……なあ」
 この場合大将は『カウタマロリオオレト殿下』の事を指す。
 その、あの……俺如きが言うのも何だが、あの人四大公爵の中で一番駄目な人なんだ。詳しくは知らなかったけど、宮殿で生活し始めたら彼が『三歩歩くと半年戻る』って揶揄されている意味が解った。
 陛下への挨拶の時候「夏」でも平気で「冬」を使う。どうも入り口で聞いた時候を、陛下の前まで歩いてくると忘れて過去の記憶が蘇って来るらしい。その他色々あるんだけどさ、家名持ち貴族にとって家名の主こと「王殿下」がこれだと、非常に肩身が狭い。
 王の勢力が家名貴族の勢力ともなるわけだから、幸いカウタマロリオオレト殿下は陛下の従兄だからケシュマリスタ勢はまだ勢力を保てているが……次の皇帝はザーデリア皇太子、この方ロヴィニア勢。
 陛下の勢力がある今のうちに確りとした当主になってもらわないと困るわけだ、ケシュマリスタは。
 それにエヴェドリットには……
「デルドライダハネ王女が別の方とご結婚……っても相手はゼンガルセン王子だけか」
 大体「王」になられる方の配偶者は、他家の王の正式な子か皇帝の実弟(実妹)が主流だ。現段階で皇帝の実弟を除けば残っているのは「あの」ゼンガルセン王子のみ。年の頃は似合いだし、強さも似合いで、王女の父上はゼンガルセン王子の叔父に当る人なのだが……
「そうだな。だからアルカルターヴァ公爵夫妻も王女が皇后になるのを許可したんだろうよ。あの王子が来たらテルロバールノル王家丸ごと奪っていくからな」
 二人の結婚話なんて出た事もない。
 あの人もその……あれ程までにあからさまな簒奪の意思、いや野望を露わにしてる人もそう居ないと思う。
 ゼンガルセン王子の覇気は見事だ、あれ程の覇気とそれに見合った、いや、それ以上の才能があるんだ“王”くらいにならないと、その才能は使いきれないだろう……なんであの人が次男なんだろうな、次男というか第三子。
 俺と同い年で同じ第三子、正直に凄いと感心してる。
「結婚といえば、エバカイン」
「何?」
「噂ってか、ガセネタなのか何なのか、お前が実は……」

「キャァァァァ!」

 話の途中で絹を切り裂くような……男の叫び声……女性の方が胆力あるからな。
 血の匂いに立ち上がると、あの強い女性が立ってた。模擬戦で腕の関節外してくれた方、その女性は片腕を切り落とした男性の首根っこを掴んで、切り落とした腕はもう片方の手に持って。
「ゼルデガラテア大公殿下」
 うわ! 呼ばれた! お、俺悪い事したか?

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