PASTORAL −29

− カルミラーゼン大公・クリミトリアルト大公妃 −

「これからはカルミラーゼン大公妃と名乗っていただきます」
「解っております」
 カルミラーゼン大公が妻として与えられたのはヴェッテンスィアーン公爵家のクリミトリアルト王女。
 年齢は二十四歳で、カルミラーゼンと同い年。
 彼女の姉が皇太子の母親にあたる人物だ。知性的で取り乱すことの殆どない、サフォント帝には似合いと言われた彼女。
「暫くの間は周囲の目も気になりますでしょうが」
「お言葉を遮るようですが、そのようなご心配は無用です大公殿下。私は身命に誓って陛下に対して不義を働いてはおりませんから。誰よりも自分自身が知っております」
 褐色の瑞々しい肌を持ち、白銀の髪を美しく結い上げた(女性は結婚後結い上げるのが慣例)王女は、しっかりと夫となったカルミラーゼンの目を見て答えた。
「そうですか。私も貴女が潔白である事は存じております」
「エヴェドリットの王女でございましょ」
 王女は口の端を上げて、カルミラーゼンに問う。カルミラーゼンが答える事は当然ないが、彼女は独り言のように理由を述べた。
「私ではない事は私が一番良く知っております。そしてテルロバールノルの王女は論外ですもの。そうだとすれば、残りはあのエリザベラ=ラベラのみ、この時期に彼女が上げられた理由は、彼女の覇気の強すぎる弟が関係しているのでしょう。世間は私か彼女を疑うでしょうね、構いはいたしませんけれど」
 カルミラーゼンは深く礼をし、彼女の手を取った。


− クロトハウセ大公・エリザベラ=ラベラ大公妃 −

「他の二大公妃にばれぬように、上手に振舞ってください。最もそれができないので、このような事態に陥ったのでしょうが」
 クロトハウセが見下しながら、彼女の対し口を開いた。
「わっ! 私はっ!」
 女は美しい顔に焦りを浮かべながら、皇家軍閥を率いる男を見返した。
「陛下の最大級のご温情です。世間の目を誤魔化す為に、わざわざ貴女を私の妻としたのですよ。人々は噂するでしょう、そして犯人を無責任な噂の中に見出そうとするでしょう。女性と情を交わさない私の所に嫁いだ貴女が罪人であると考え、そして裏を読みます。そう思われるように仕向けたのか? ともね。人々の疑念の中心にありながら、誰も確かめる術はない。……私は貴女の下半身には興味はありません、どのような男を招きいれてもかまいませんので」
 クロトハウセはそれだけ言うと、彼女を黙って見下した。
「私は本当にあの人を愛していたの……貴方にはわからないでしょうが!」
 夫となった男に、実兄との愛を語り始めた彼女の行為。それに対して夫となった男は含み笑いをして返すのみ。それ以外の方法は無いのかもしれないが。
「本当は私は皇妃などにはなりたくありませんでした。ですが……できれば妹には、好きな人と……だから私は! 敢えて皇妃になろうと決めたのです」
「だ、そうですよロザリウラ=ロザリア王女」
 クロトハウセの宮に、これ程までに女性がいたのはこの時だけ。リスカートーフォンの姉妹が二人。
「貴女の為になりたくもない皇妃になってくださったそうですよ」
 二十歳のロザリウラは、二十六歳の姉エリザベラに向けて足音高く近寄り、平手打ちを喰らわせる。
「誰がそんな事を頼みました!? 恥ずかしい女ですこと! 何を考えていらっしゃるの? 皇妃になりたくは無いですって! どの口で。何か勘違いしているようですけれども、私はルライデ大公妃になるよりかでしたら、皇妃になりたいですわ! 当然でしょう? 四大公爵家に生まれて“陛下の妃になりたくない”ですって? そんな人間、リスカートーフォン家に必要ありません! 二度と領域には帰ってこないで頂戴!」
 まくし立てて、今にも倒れそうなほど呼吸が荒くなっているロザリウラ。その肩に手を置いたクロトハウセが彼女をなだめる。
「落ち着いてください、ロザリウラ。この人のお陰で貴女は正妃となられる事が決定したのですから。正妃の階級となれば又別ですが……誰か、信頼の置ける兄弟と相談なさってはいかがですか?」

リスカートーフォン公爵家劇の第二幕、幕開け。


− ルライデ大公・デルドライダハネ『王女』 −

「絶対結婚なんてしないからぁぁ!」
 泣き叫ぶ十六歳のテルロバールノルの王女を前に、ルライデ大公は苦笑いをするのみであった。
「ええ、まあ……それは構いませんが。ですが皇后となられないのですから、その夫として私が選ばれる可能性も」
「陛下じゃなきゃ嫌なのっ! 酷いっ! 私は絶対違うのにぃぃぃ!」
 アルカルターヴァ公爵の一人娘、デルドライダハネ王女。
 現アルカルターヴァの当主であり、彼女の母であるサリエラサロは妊娠には向かない体質で、やっとの思いでこの一人娘を儲けた。よって、このデルドライダハネ王女以外の子はおらず、夫妻はこの一人娘をそれは可愛がって育てていた。
 通常であれば、当主の一人娘であるデルドライダハネ王女は皇帝の妃に選ばれる事はない。分家の娘をアルカルターヴァの後押しで正妃に出すのが普通なのだが、このデルドライダハネ王女は「どうしても皇帝陛下のお妃になりたいの! 陛下のお側にいきたいの!」と駄々をこねた。
 四大公爵家の跡取娘、テルロバールノル王の後継者である彼女の「駄々」は通常とはケタが違うものだが、彼女に甘い両親は折れ、それは通った。そしてサフォント帝に「陛下と娘の第一子をテルロバールノルの後継者としたい」と申し出た。サフォント帝はそれを受け、彼女は晴れて正妃候補と認定されたのだ。その後「皇后じゃなきゃイヤ!」と大騒ぎしたのも有名な話である。
 カルミラーゼンの妻となったクリミトリアルト王女が『テルロバールノルの王女は論外』と言ったのは、この事があまりにも知られているからだ。
「陛下のお妃じゃなきゃヤダぁぁぁ!」
 泣いて物を投げつける彼女を前に、ルライデは苦笑いした表情を貼り付けてなだめるしか手段はない。
 ただ、ルライデにしてみれば少し困っているが、楽しくないわけでもない。
 彼の母親であった皇后の嫉妬とヒステリーは、こんな可愛らしいものではなかった。なのでコップやソーサー、一輪挿しを壁に向かって投げつけるくらいの修羅場など怖くは無い。怖くはないが、説得のしようがなくて困っているのだ。
「ですが皇后にはなれませんので、私が婿に行きますから」
 テルロバールノル王の王婿に現皇帝の実弟大公、それは良くある事だ。……が、
「いやぁぁ! ウソツキ! 貴方はケシュマリスタ王になるんでしょ! ケシュマリスタ王妃なんていやぁぁぁ!」
 シュスターの次に格調高い四大公爵家のケシュマリスタ王の妃の座なのだが、彼女にとってみれば何の魅力もないようだ。
「まだ決まったわけではありませんし。三十歳までにケスヴァーンターンのカウタマロリオオレト殿下が子を儲ければ、私はケシュマリスタ王を継ぎはいたしませんから」
 カルミラーゼン、クロトハウセ、ルライデの三名が、サフォント帝が持っていないもので持っているものがあるとすれば、このケシュマリスタ王位継承権が上げられる。
 母親が現公爵の叔母にあたるため、彼等はその継承権を持っている。サフォント帝も皇太子時代には持っていたが、即位式典の際にそれを放棄した。よって実子である現皇太子にはその権利はない。彼女が持っているのは生母から継いだロヴィニア王位継承権のみ。
 銀河帝国では「二国を一人の王が治める」や「皇帝が王を兼任する」または「皇帝の配偶者が王となる」それに「一王の配偶者が別国の王を兼ねる」などは固く禁じられている。継承権の重複は許されているが、即位式典の際に他の継承権は放棄される。
「もうあの人! 二十九歳になったじゃない! 無理に決まってるじゃないのよぉぉぉ!」
 それで問題のカウタマロリオオレトは、二十九歳なのだがいまだ妻すらいない。正式には妻はいたのだが、一人の子もないまま戦死してしまったため後妻を貰わなくてはならない。だが、自分で選べないという状態なのだ。最初の妻は前の当主であった母親が決めておいてくれた女性で、頼りない彼にはうってつけの厳しく雄雄しく美しい女性だったのだ。
 彼女が戦死した頃には既にカウタマロリオオレトの両親はなく、誰を選べば良いのか全く判断が付かず、カウタマロリオオレトはサフォント帝に助けを求めた。
 早い話が、シュスターヌ(皇族)の姫を下さい! と言う申し出。どうしようもない従兄に妻をくれてやろうかとサフォント帝は女性の大公達を見渡したが(傍系大公の娘や傍系大公位を持つ女性)、どれもこれも結婚後に夫婦二人で仲悪く「陛下、どうしたらよろしいでしょうか?」と伺いに来るようなのしかいなかった。
 結果、ケシュマリスタ王位継承権のある実弟の一人に継がせることを決めた。それと最後の慈悲で「カウタマロリオオレトが三十歳までに子を作らなかったら」という条件を提示した。これに焦って、自分で妻くらいはみつけられるのでは? 何処からか押し付けられるも妻をもらうのではないか? と。
 だがサフォント帝の考えと、カウタマロリオオレトの考えは球体角度にして241度ほども差があったようで彼は「自分が三十歳まで独身であれば、後継者問題が解決する」と考えてしまったらしく、その条件提示以来一切女性を側によらせなくなった。
 よってルライデがケシュマリスタ王になる可能性は非常に高い。
「えー、いや、そうなりましたら私が陛下にお願いを申し出まして、王ではなく王婿にと……」
「いやぁぁぁ! 陛下のご決定を覆すような事を仕出かすのはイヤなのぉぉ!」
「その心には賛同いたします」
「貴方に賛同されても嫌なのぉぉ!」
 泣くだけ泣いて、疲れ果てて寝てしまった彼女を、御付の女官達がゆっくりと運ぶ。その様を黙ってみていたルライデに、デルドライダハネ王女が連れてきた女官長が頭を下げる。
「大公殿下。我らが王女殿下は、根は優しくてとても良い方なのです。今は気が立ってしまって失礼な事を殿下に申し上げてしまうかも知れませんが、お許しくださいませ」
「全く気にしてはいない、彼女の反応は当然だ。元々は皇帝陛下の皇后となられる方だったのだ……それがこの末弟ルライデではね。暫くの間、彼女の事を頼む、テルロバールノルの者達よ。私も彼女の事は暫く“大公妃”とは呼ばないよう指示をだしておく」



「ルライデ大公・デルドライダハネ王女特別編」
−王か王妃か王婿か−に続く

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