PASTORAL −25

 サフォント帝と三大公の間で、妃候補達の処遇を決める事となった。
 皇帝の正妃となる予定だった王女達の処遇。通常であれば実家に戻すのだろうが、今回は『誰かが犯罪者』という事で、皇室側で勝手に結婚を決めて有無言わせずに嫁がせる事にした。
 この方がサフォント帝の怒りが大きいと知らしめる意味もある。
 だが、一応は正妃候補にまでなった王女達、尚且つ罪があったのはたった一人。罪人を紛らわす為にも、全員それ相応の相手と結婚させる事が必要でもあった。
 よって全員を弟大公の妻とする事にサフォント帝は決定した。
「カルミラーゼンはクリミトリアルトだ。お前の妻である王族バタニアルハスと競わせよ。王族後宮の支配者を目指させるように仕向けるが良い」
 クリミトリアルト王女は現皇太子ザーデリア皇女の親戚にあたり、次期皇帝候補の親戚筋となれば、宮殿に一勢力を築ける可能性もある。
「御意」
「クロトハウセはエリザベラ=ラベラだ。あれはまだ踊る必要がある。弟であるガーナイムが使うであろう。ガーナイムは踊らせるが、お前は舞台を造ってやれ」
 クロトハウセ大公は性的嗜好が同性にしか向かないため、結婚させられる事はない筈だったのだが、今回はそれとは違う理由で結婚する事が決まった。
「御意」
 当然それを拒否する事はない。
「最後にルライデ。デルドライダハネとマイルテルーザだ」
 最年少の大公は、二人の妻を娶る事になった。クロトハウセの嗜好からも、兄であるカルミラーゼンが既に一人妻がいることから考えてもこの配置は当然。
「御意」
 こうして三人は、正妃候補を貰い受ける事が確定。あとはその発表をするのに最適な時期をうかがっていたのだが、そこに不可解な情報が届く。

「ガラテア宮中公爵が、邸内の侍女を孕ませ殺害。逃亡したとの報告が」

 凡そ聞き返す事などない、一を聞けば十を知ること容易いと言われたサフォント帝をして
「何処のガラテア宮中公爵だ? どのような意味なのか説明してみせよ」
 と言う程の報。誤報にしては性質悪く、本当だとは到底思えないそれを受けてサフォント帝は声を出して笑った。
 サフォント帝には三人の実弟の他にもう一人の弟がいる、異母弟・ガラテア宮中公爵エバカイン。
 父親であるクロトロリア帝がアレステレーゼ・デイラト・マクセーヌ・ラリウという侍女に手をつけて産ませたものだ。
 サフォント帝の生母であるリーネッシュボウワ皇后の嫉妬により、彼女は宮中伯妃という妾妃の身分を与えられ宮殿から追い出されたのが二十三年前。翌年彼女は男児を無事出産し、館で息子と二人で生活していった。その男児がエバカインである。
 皇后はこの時に『私のレーザンファルティアーヌ(サフォント帝の本名)を立太なさらねば、あの娘を子供もろとも殺す!』と叫び、手が付けられなくなった為、サフォント帝は通常八歳前後で立太子する所を、三歳で立太子した。
そして父帝は皇女が欲しかったようで、皇子と判明した時点で興味を失い、貴族街に住んでいた親子を訪ねる事は一度もなかった。親子はそれに不服を言うでもなく、宮中伯爵資金で慎ましやかに生活していたという。その後サフォント帝は十八歳で即位したおりに異母弟を宮中に呼び寄せた。

十五歳の弟は薄い金色の短髪に濃い琥珀色の瞳が美しい、八代前の皇后によく似た可憐な姿。

*************

「言い分はそれで全てですね。下がりなさい、イネス公」
「カルミラーゼン大公殿下! 本当の事で」
「下がりなさいと命じたのが理解できないのですか?」
「も、申し訳ございません」
 ガラテア宮中公爵が婿として入った家、それがイネス公爵家である。
 イネス公爵家からは正妃の一人、マイルテルーザが皇帝の妃として選ばれているのだが……
「通常は揉み消しますけどね。騒ぎを大きくする事に何の意味があるのでしょうか」
「主もガラテアが侍女を身篭らせた末に殺害したという申し出、信じておらぬようだな」
 サフォント帝の問いに、カルミラーゼン大公は頭を振りながら
「クロトハウセが侍女を身篭らせたと言われた方が、まだ信憑性があります」
 同性にしか興味を持たない弟大公の名を上げ、苦笑する。
 サフォント帝にしても、カルミラーゼンの例えに同意する。ガラテア宮中公爵という弟は、その手の事に全くと言っていいほど淡白であった。
 皇帝にプライバシーがないのは当然だが、その弟達もプライバシーがないに等しい。特に宮廷外で生活を送らせていたガラテア宮中公爵は、サフォント帝即位後過去を詳細に調べ上げられた報告書と、日々の微細な報告が届けられていた。
 その報告書の中に艶はなく、ただ必死に仕事をして怪我をしたり、部下の修羅場に巻き込まれたり、実母と共に年に一度旅行をしているなどばかり。
 女婿としてイネス公爵家へと出向いた時にそれらの報告は打ち切られたが、十五歳から二十歳で結婚するまでの五年間、人に言わせれば面白味のない、サフォント帝に言わせれば隙なく皇室に相応しい日々をガラテア宮中公爵は送っていた。
 その面白味のない報告書の原因の一つともいえる、女性の気配のなさ。これは最早当人にはどうにもならない事であるのは、当人以上にサフォント帝が理解していた。
 サフォント帝ですら初めてガラテア宮中公爵を見た際に『ああ……』と感じたものがあった程である。
 ガラテア宮中公爵は「女性が興味を示さない男性特有の色気」というものを持ち合わせている。女性が興味を示す男性特有の色気とは違い、女性に感知されないその色気は、同性である男の腹の奥をくすぐる。要するに劣情を抱かせてしまうのだ。逆にそれは女を遠ざけもしてしまう。
 これでその色気を持っているだけならまだ救い様もあるが、運が悪くガラテア宮中公爵は顔立ちといい姿形といい儚げな雰囲気が漂う。
 顔自体は確かにロガ皇后によく似ているが、確かに男のものである。
 ガラテア宮中公爵以上に繊細で嫋やかな顔立ちの男は幾らでもいるだろう。体格も十五の頃にもすでに、すらりと伸びた足には綺麗に筋肉がついており、後の五年は軍務で鍛えられた体となった。それは、近衛兵団に配属されても良い程まで。……にも関わらず、その儚げな雰囲気は消えなかった。
 当人の性格は、厳しいとは言わないがそれ相応に雄雄しさがあり、逃げる事なく処断も下せた。サフォント帝からみれば柔弱な処断ではあるが、決して甘いというような判断は下さない。

そして何よりも、兄を頼る事がなかった。

 イネス公の言い分では、イネス公の処分を恐れて逃走し、サフォント帝の元へと逃げ込んで事なきを得ようとしているというのだが。
「軍警察に赴任させても文句の一つも言わずに勤め上げた男が、余の元に逃げてくる筈なかろうが……ガラテアは既に殺害されておるのかも知れぬ。その方向で調査せよ」
「御意」

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