PASTORAL −24

 銀河帝国第四十五代皇帝サフォント
 深い紅蓮の髪と皇帝眼(右:蒼、左:緑)を持ち合わせた男

 その日サフォント帝の前に出された書類は心躍るものではなかった。それらに目を通した後、届けた弟に彼は問う。
「密告者の氏名は」
「ナディレミシア公爵」
「教唆したものは」
「ガーナイム公爵」
「ガーナイムか。真偽の程はどうあれ、あの男の好きにさせてやるか」
 ガーナイム公爵ゼンガルセン=ゼガルセア。
 リスカートーフォン公爵家の第三子にあたる青年は、この家の血を強く引いているせいか、途方もなく覇気が強い。第二王子である彼が、帝国四大公爵の当主におさまれる可能性は……高い。
 彼の打倒すべき兄、第一王子アウセミアセン=アウセミアウスは全てにおいて第二王子に劣っている。銀河帝国は長子相続が原則であるが、その長子を討てば良いだけのこと。第二王子の気質は、リスカートーフォンそのもの『戦って勝つ』
「好きにさせてはやるが、余の手の内でという条件つきだ。クロトハウセ、余の二人を呼べ」
 余の二人とは実弟の残り二人の事を指す。
「御意」
 サフォント帝にもたらされた密告書。それはリスカートーフォン家から正妃として迎えいれる第一王女(第二子)エリザベラ=ラベラに関する事であった。彼女は男と恋仲であり、その男と『君を奪い去りたい』などと会話しているのを聞いた、というものだった。
 密告者は男の妻・ナディレミシア公爵。彼女の夫の名はアウセミアセン=アウセミアウス。エリザベラの実兄。
 これが男がただの貴族程度であれば何の問題もないのだが、軍事に重点を置くリスカートーフォンの後継者が発した言葉であるところが問題なのだ。
 シュスターの次に軍事力を誇るリスカートーフォン、その後継者であれば発言は重い。
「四大公爵の当主が凡庸なのは喜ばしい事ではあるが、愚者なのは捨て置けぬな。ただでさえ、一人手に余る愚者がおるというのに」
 シュスターと四大公爵家は互いに牽制しあっている、そして四大公爵家同士も。
 公爵家の連帯が強くなれば、皇帝は政治がしにくい。だが公爵家の力が弱まりすぎても困る。そしてもっと困る事は、勢力のある四大公爵家の当主に考えなしが就く事であった。
『君を奪い去りたい』
 それ即ち、皇帝に叛旗を翻すと取られる。この発言の真偽を問いただせば、アウセミアセンは廃嫡まで追い込まれる。
 言った当人は軽い気持ちで言ったのかも知れないが、それが皇帝の耳に入る事を考えられない部分に、すでに彼が当主として不適であることが如実に物語られている。
 そして言われる方も言われる方である。既に妃として迎えられるのは一年を切っているのにも関わらず、今だ別れられていない。
 情が深いといえば聞こえはいいが、優柔不断と言えばそれまで。
「調査に不備がありまして、申し訳ございませんでした」
 ルライデ大公が頭を床につける。彼はサフォント帝の命により、妃達の身辺調査を指揮した。
 その際に「どの妃候補も身辺に問題なし」と報告していたのだ。それが問題なしどころか実兄と恋仲だと、義姉から報告が来たとなれば責任問題だ。
「実の兄と恋仲では、調査で中々判明いたしませんね。それについ最近の事である可能性も捨てられません。そして何より調査中に報告してくださればよかったものを、ナディレミシア公爵も」
 宮廷内部を取り仕切るカルミラーゼン大公が弟を取り成す。
「よい、ルライデ」
 ルライデ大公は頭を上げて、列に戻る。
「陛下、でしたらエリザベラ=ラベラとロザリウラ=ロザリアを取り替えましょう。構わないだろう? ルライデ」
 ロザリウラ=ロザリアはエリザベラの妹で、ルライデ大公の妃として迎えられる事が決まっていた。
「むろん構いませぬ」
 そう答えたのだが
「ロザリウラ=ロザリアは妃としよう。だが、手段は違う」
「どうなされるおつもりで?」
「今回は全ての妃を見送る。一年後に新たな妃を迎える事にする」
「特に罪のないクリミトリアルトとデルドライダハネとマイルテルーザも?」
「罪状だけ告げるが犯人は告げぬ。その事によって四大公爵は互いを疑うであろう“どの妃候補が男と情を交し合っていたのか?”とな。どの家も自分の王女だとは考えまい。もしも知ったとしても、それは必死に隠されるであろう。さすればあのガーナイムの事だ、次の手を打ってくる。あの男の次の手が余の思惑と一致すれば、あの男は望みの物が手に入ろう。その際に協力を求められたならば、手伝ってやるが良いクロトハウセ」
「御意」
「あの男の事です。勝手にさせれば、父であるリスカートーフォン公爵くらいは殺害するでしょう」
「好きにさせろ。無能なリスカートーフォン公爵にも飽きていた所だ。凡庸な四大公爵の当主は皇帝として御しやすいが、有事の際に使い辛い。一人くらいは有能なのが欲しい。諸刃の刃ではあるが、それも一興」

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