PASTORAL −187

 そんなこんなで当日だ!
 覚悟は決めた! スケジュールも暗記した! 今日の夜、俺は皆の前でお兄様と……頑張って、いってみせるもん! そうさ、此処でいけなかったら、お兄様が下手だと思われてしまう! だから絶対にいってみせる! 例えカルミラーゼン兄上や、クロトハウセやルライデやゼンガルセン王子やカウタマロリオオレト殿下に見られてたって! 頑張れるさ!
 で、俺が今いるのは神殿前。
 銀河帝国に、たった一つしか存在しない[神殿] 皇族や王族は此処に入ることも必要なのだそうだ。……正確には「入らなくても成立するが、入ったほうがいい」と言うものらしい。よく解らないが。
 市井にあれば、一生知らないだろう単語だな “神殿” 
 神殿とは何でも[神々を祀る場所]なのだそうだ。
 帝国において神は皇帝で、即位している方が最も偉い。でも此処はお兄様とは「違う神々」がいるのだという。
 何か……よく解らないなあ。
 昨日説明をお兄様から受けた後、余程バカな顔してたらしくお兄様を苦笑させてしまった。その後[詳しく知る必要はない。むしろ知る権利はそなたにはない。全てを知って良いのは皇帝だけ。よって、そのような “ホケ? 解りません” というような表情せんでもよい]と心強いお言葉を頂いたから、大丈夫なんだろう。
 この神殿、起動させられるのは皇帝陛下だけだそうで、皇太子は「予備登録」って形になってるんだそうだ。
 皇太子の部分を書きなおせるのは、当然皇帝陛下だけ。
 ただ今お兄様はお一人で神殿に入られて、俺や正妃様方が神殿に入れるように調整されている。これは他人には出来ない作業で、一人でやらなければならないのだそうだ。何もお手伝いできなくて……
「邪魔なのでどいてくださいません」
「あ、失礼しましたロザリウラ様」
 何で傍にいて、邪魔って? ここ凄く広いのにねえ。帝后様から離れたら、いつの間にか傍にいた皇妃様に声をかけられた。
「陛下の気を引く為には嘘まで付かれたそうで、中々やりますわね」
「え? ……」
 まあ、嘘ついたと思われても仕方ないかぁ……一年間一緒にいたのに気付かなかったなんて、普通の人は信じてくれないだろうし。
 結果的にお兄様の気を引いたことになるしね。そのくらいは黙って言われておこうと思っていたら、
「皇妃らしい物言いだこと」
 一分の隙もない軍人の正装をしている、子爵閣下が現れた。
「カザバイハルア子爵、何故こんな所に」
「言わずと知れた警備でしょうが。書類に目を通して覚えておく事くらいしたらいかがですか? それともお顔を磨くのに必死で書類に目を通す暇がなかったのですか? 警備と言っても、貴方を最重要で警備するわけではないので、精々自分で注意なさいよクラサンジェルハイジ」
 なんか……戦役の時やダーク=ダーマにいた時と雰囲気が違うなあ……本来はお優しいかたなのだろうが、
「くっ! 皇妃に対して」
「貴方から皇妃の座を奪う事くらい、私は一人でできましてよ。“おうち” が無ければ何も出来ない王女あがりの皇妃程度が、我が一門にその実力で迎えられた皇君に楯突くとはいい度胸だな!」
 厳しさもあるんだろうね。
 それにしても……大丈夫なのかな、皇妃様相手にそんなに強く出て。
「……」
 顔真っ赤にして、唇震わせているよ皇妃様。
 お、落ち着いてください皇妃様! 御式は始まったばかりですよ……。
「そう教えてあげたのですよ。忠告を聞かない場合は、私はやりますわよ。ロザリウラも、ゼンガルセンの意思を汲めねばもう一人エヴェドリットがいる以上、捨てられますよ。あの男は、簡単に捨てますよ。貴方と私、どちらがゼンガルセンの事を良く知っているか、解っていますね」
「貴方に言われないでもよく解ってますわ」
「では、先ほどの態度は如何なものかしら? 口だけではなく態度で示せと、私は口で教えてあげたのですよ、ロザリウラ」
 何て言うのかなあ……皇帝陛下の正妃って、昔は凄い強いイメージがあったんだけど、実際自分が皇君になって、その場に居てみると……そんな事もないみたいだねえ……いや、そんなことないか? やはり正妃の方が? そう思っていたら、もう一つ力強い足音が。
「ほっほっほっ! 皇妃、もっとゾフィアーネに言っていたようなことを皇君に言いなさい!」
「カッシャーニ大公!」
 おお! クロトハウセの幕僚のレズ大公様! なんでも……俺とは従姉弟なんだそうで。カッシャーニ大公のお父様はクロトロリアの実弟にあたるのだそうだ。
 知らなかった、従姉弟だったなんて。それにしても……
「貴方のその軽率かつ、人を見下すような言葉を皇君に投げつければ宜しい。それでカザバイハルアが貴方から皇妃の座を奪えば良い! なれば私の妹はサベルス男爵を手に入れることが出来る! さあ! 我が旧知、ゾフィアーネに投げつけていた言葉、思う存分吐け!」
 なんか、俺……凄い所にいるような気がしてきた。
 むしろ、場違い? いや、場違いなのは解ってたはずだ! でも……でも……やっぱり後宮ってこういう世界なんだろう……なあ。
「あら、ではロザリウラが自分の立場をわきまえない時は、カッシャーニが奪ってくれるのかしら!」
「望みとあらば奪ってやろう! このカッシャーニ忠義を持って陛下と同衾し、御子を産もうではないか! ロザリウラ! クラサンジェルハイジ! そしてケテレラナ! 後宮がいかなる所かこれから特と知るがいい! 王女など珍しくも無いこの後宮で、血筋以外のものを持たぬ者は生き残れぬ事、骨の髄まで知るが良い!」
 俺は血筋も才能もないです……カッシャーニ大公殿下……。
 まさに “ただ” 居るだけと申しますか……お兄様が居てくれと言ってくれたことだけが頼りの、なんかもう……従姉弟だから許してください。ちょっと血筋に縋ってみた……ああ! それだけじゃダメなんだな!
「貴方だって血筋と後宮の権力者に阿ているだけでしょうが」
「多数の人を操れる後宮の権力者に重用されるということ、それは実力だと理解できぬのかな? ロザリウラ。お前の寝首をかくのは簡単そうだな」
「貴方の場合、寝首をかくまえに襲うのでしょう」
「誰がこんな小娘を。私にも好みというものがある。この女に王女で陛下の御子を産ませていただくという価値以外に何がある? 顔や身体も一級品ではない。私は才能も身体もすばらしい貴方の方が好みよ、カザバイハルア。そもそも、陛下の公式の愛人を選ぶ際に候補にもならなかった程度の顔と身体、どこに魅力があると言うのだ!」
 じゅ、十分綺麗だと思うけれどなあロザリウラ様も。
 そりゃまあ……カザバイハルア子爵閣下の方がお綺麗ってか迫力あるけれど……
「それでいけば、クラサンジェルハイジは魅力的となりますわね」
 皇妃様は公式の愛人候補だったなあ。比べたら悪いんだろうけれど確かにお顔や体つきは、好みの差はあれど皇妃様のほうがお綺麗のような気がします。
 何と言いますか、大人の女性が醸し出せる雰囲気っての? 妖艶っての? 多分妖艶なんだよ、よく解らないけれど。
「この女から顔と身体と血筋を取ったら、何が残る」
「骨と肉と脂肪かしらね」
 ひぃぃ。
 カッシャーニ大公もお綺麗ですしねえ……あれ?


“はじめまして、殿下。そんなに緊張なさらないで”


 何だろう、一瞬……若い頃のカッシャーニ大公のような人が脳裏を……? 若いっても! もちろん今でもカッシャーニ大公殿下はお若いですよ! 自分で自分に言い聞かせ中!
「カッシャーニ、貴方とは敵同士ですけれども、話が合いますわね」
「そのようですね。そうそう、近いうちに再びアジェ伯爵にお会いしにいく予定ですので、その際は盛大なお出迎えを期待しておりますわ」
 えっと、それはもしかしてアダルクレウスの事でしょうか?
「あら、ゼンガルセンの即位式に参列してくださるのですか」
「ええ、内側から攻撃するのも良いかと思いましてね」
「サベルス男爵を諦める気は無いのですか? カッシャーニ大公」
「当たり前でしょう、カザバイハルア子爵」
 アダルクレウス頑張れ! 俺はこの後宮からお前を見守る事しかできないけれど! 出来ないけれど……頑張れ! ってか、決着が付いたらアダルクレウスも諦めるだろうなあ。

 トサ……

 何かが倒れる音がして振り返ると、帝妃様が!
「ちょっ! どうしました! 帝妃様! 帝妃様!!」
 駆け寄って抱き起こしてみると、意識を失ったようだ。緊張で倒れたのかな? 何処かで休ませたほうが良いかと抱きかかえようとしたんだが、
「皇君、お退き下さい」
「あ、デルドライダハネ王女! は、はい」
 デルドダイダハネ王女がご登場。王女に帝妃様を預けると、この事態を予測していたのか、胸元から気付け薬を取り出して、匂いを嗅がせてた。
「ケテレラナ! なに気失ってるのよ!」
「お、王女殿下」
 目を覚ました帝妃様は、泣きそうな顔でデルドダイダハネ王女にしがみついてる。気持ち……解らないでもないけれど。
「確りしなさい! 貴方はテルロバールノルを背負ってここにいるのよ! この程度で気失ってたら、御式が終わった頃には死んでるわよ!」
 その声に、少し離れたところから
「その通りですわね」
「そうね」
 カッシャーニ大公とカザバイハルア子爵と睨み合っている帝后様と皇妃様が追い討ちをかけた。その声は帝妃様の耳にも入って、
「王女殿下ぁ……儂には無理で……」
 また気を失いそうになってる。
「儂言わないの! 帝国標準発音で “私” にしなさいってあれ程言ったでしょう!」
「はいぃ……でも、でも……こあいです」
 よくわかります……怖いです。噂通りの[後宮]です。
「怖い? 何が怖いのよ! 相手はたかが王女よ!」
 デルドライダハネ王女は王太子だから一段上ですものね……王女は本当に珍しくないようだね、此処では。
 帝妃様を抱きかかえたデルドダイダハネ王女は振り返って帝后様と皇妃様の方を睨みつけ、
「帝后も皇妃も、帝妃に喧嘩売る時は、この帝国騎士にしてテルロバールノル国軍総帥デルドライダハネに喧嘩を売っていると言うことだけは理解しておくのだぞ!」
 牽制なさりました。見事なまでの牽制です、何せお二人とも黙ってデルドライダハネ王女から視線外しましたから。
 さすが一国の王となられるお方です。本気になられたその迫力、ゼンガルセン王子に匹敵するくらい……さ、さすがだなあ……。
「まあ、本当に皇后なられなかったのが残念な方ですわ」
 カザバイハルア子爵が言うと、
「エリザベラを潰す代わりにデルドライダハネ “王” を誕生させたわけですね。あの女、当人には価値はありませんが、ゼンガルセンの足を引っ張る事に関しては役に立ちました」
 カッシャーニ大公が笑われる。
「本当に。皇后なら王にならないので楽だったものを」
 えーと何が楽だったのでしょうか? カザバイハルア子爵。やはり簒奪でしょうか? でも、デルドライダハネ王女が皇后でしたら、帝国を落とすのは大変だと思いますよ。

 何にしても、母さん……俺、此処で頑張ってみるよ……頑張ってみるさ……

「皇君殿下。お体の調子は宜しくて? サベルス男爵は我が愚弟が仕えておりますので、不自由はないと思いますのでご安心ください
「あ、そうですか……ども……」
 ダーヌクレーシュ男爵と一緒か……そのまま捕獲されるかもしれないが、
「皇君殿下。誠に申し訳ございませんね、カウタマロリオオレト殿下の失態。殿下に代わって謝罪させていただきますわ」
「いやいや、そんな」
 このカッシャーニ大公殿下に再び奪取されるかも知れないな。まあ、お前が逃げてきたら俺の居る皇君宮に隠してやるけれど、それも何時まで持つ事やら……
「皇君殿下! ルライデの仕事ぶりはいかがでしたか?」
「デルドライダハネ王女、その節はどうも。ルライデは異母兄が褒めるも可笑しいとは思いますが、見事な処理でした。この後は私が全責任を負い決着をつけますので」
 本当にありがとうございました。
 そして、ルライデに全てを預けた方が余程……いや! そんな事考えちゃ駄目だ! これから自分の力でやるんだ!
 頼む! 付いてきてくれ……ってもアダルクレウスだけだけどさ。
「はい。お好きなように追い詰めてくださいな。私も、皇君のこれからの手腕を楽しみにしておりますわ!」
 デルドライダハネ王女ににっこりと笑われてしまった。
「あ、はい……これから、頑張り……」
「私と皇君に対して、随分と口の利き方が違いますこと」
 何か、北風のような声が聞こえてきました。
 いや、その……
「当たり前でしょう。陛下のお気に入りとそうではない者、同じように扱うと思いまして?」
 カザバイハルア子爵は薄く……言葉にすると声を出さない嘲笑のような表情を作って、皇妃様に言い返し、カッシャーニ大公が続かれる。
「それが後宮というものだぞ、妃達。陛下の御寵愛が少しでも多い者に皆、跪く。そうでなければ世の中に、寵妃、寵室(寵妃の男性版)なる言葉が存在する事はなかろうが。精々その性格の悪さを補えぬ美貌で陛下の気を引くが良い」
 凄いなあ……これがガトリング砲のような言い争いってヤツか。
「すごい勘違い帝后と皇妃ね。スタートラインが全然違うのに、理解できてないのかしら? ケテレラナはそんな事ないわよね! ちゃんと理解してるでしょ! ルライデから貰った、皇君に接する心得とマニュアルは暗記したわね!」
 え? ルライデ? それは何?
 俺に接するマニュアルと心得? どんな事書いてんだろ? 今度……見せてもらおうかなあ。帝妃様とは仲良くなれそうってか、
「読みましたけど、まだ暗記は出来ておらんのです。儂は……」
 俺より頼りなさそうな。
 あまり気を回すのは得意じゃないけれど、少しは気を配った方がいいのかなあ? でも、お兄様がいらっしゃるから……大丈夫かな? で、でも……絡まれてるのは俺のような気がするので、俺はあまり仲良くしないほうが良いのかも知れない。それに、俺は男だから女性であるお妃に無闇に近寄らない方がいいだろうな。男としては見られなくたって……あ、言ってて何か……。
「テルロバールノル訛り直しなさい!」
「はい! 王女殿下!」
 テルロバールノル訛りは独特だからなあ。そのままでも良い様な気もするけれど、
「貴方の為を思って言ってるんだからね! 配偶者は帝国語の発音が確りしてないと公式の場で発言する際に困るから!」
 皇帝の配偶者は帝国語の “正しい” 帝国語発音
 王は自国の訛り交じりで話すのが伝統だからな。……そうかぁ、デルドダイラハネ王女は即位したらテルロバールノル語を使って公式の場では「儂」って言うんだ……
「はい、解っとりますがぁ……中々ぬけませんがな……」
 でもまあ、可愛らしいからどう仰られても似合いそうだな。
「気付けなさいよ! どうしても駄目なら私に言いなさい。その時は宇宙の果てからでも、直ぐに来てあげるから」
「王女殿下のお世話にならないように、頑張りたいと思います……儂、じゃなくて私、頑張ります」
「泣かないの! 折角のお化粧が崩れちゃうでしょ! もうっ! そこの、ケテレラナの化粧を直して!」
 それにお優しいし……ルライデ、幸せにな!

「皇君殿下、お入り下さい」

 おっ! 式が始まったみたいだ! 良かった!! この場から、一時期だけでも逃れたい……式典終わったら頑張るから、今は許して!

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