PASTORAL −18

「げほっ、ごほっ……ぐっ……」
 兄上の二億分の一くらいは確りとしようと思ったのだが、速攻で挫折した。
 ただ今俺はセーフティ・スペースでしゃがみ込んで酸素吸ってる。
 兄上のお相手はやはり務まりませんでした、これなら夜伽の方がまだマシかも知れない。不定重力下模擬集団戦闘で兄上の相手側、要するに敵側に配置された。
 軍人では無い方に不定重力下集団戦闘をご説明しよう、ってか脳内で何か語ってないと意識が遠のく。酸素タブレット口に入れながら、酸素吸入してるってのに……。
 それで、ゲホッ! ゴホッ! あれだよ、重力がランダムに変更される訓練室で、二隊に兵士を別けて……ゴッ! ……接近戦をするんだ。大分落ち着いてきた……重力は0.3G〜5.8Gまでが、期間も順番も全くランダムに変更する。
 だから0.5Gくらいのとき、床から飛び上がっていたら直後5.5Gになって急降下! 骨折……というようなやつ。
 5.8Gまでは平気で戦闘できないと、近衛兵には入れない。俺? 俺は当然入隊してなかった訳だから、言う必要もないだろう。出来ないわけじゃないんだけどさ。
 筋肉の質が悪いのか「あたり負け」し易いんだよな。後10kgくらい筋肉付けりゃいいんだろうけど、そうすると動きが遅くなる可能性もあるから悩むところだ。これはもう、生まれ持った筋肉の質だからどうにもならないんだけど。
「大公殿下、出られますか?」
「おぅ……4.4酸素タブレット寄越せ」
 ガラ悪くてすみません。素がこうなんだって、俺は。寄越されたタブレットを一つ無理矢理飲み込み、もう一つを寄越すように手を出す。
 酸素吸入で呼吸を落ち着けて、酸素タブレットを舌下にしまい込んで、新しい通信可能マウスピース噛んで獲物を持ち替え、俺はセーフティ・スペースから出た。
「大公! 47と44を狙え」
「サー」(簡単な発音は可能)
 俺が組み込まれた、隊の指揮官は最大軍閥・リスカートーフォン公爵の第二王子ゼンガルセン=ゼガルセア。ただ今、兄上と剣戟を交えてる。
「くたばれぇぇ! 皇帝!」(彼は指揮官なのでマウスピースを着用していない)
 よく言えるよな……あんな事。大家を継がないから、気楽なのかも知れないが……それ所じゃない、重力変更がまた来た!
 俺は俺で弱っていた47番の肋骨を四本折る。骨折三本までは戦闘可能だが、それを越えるとナビゲーション・システムが『脱落』の報告を出す。それが出たら、例え戦えたとしても自主撤退(実際三本くらいなら皆平気で戦える)自分で撤退できない程の大怪我だと、仲間が撤退させる。
 勿論仲間が撤退させている最中であろうが、敵は攻撃を仕掛けるのを止めない。終了時間までに『脱落者』が戦闘スペースに残っている場合、それは指揮官のマイナス点となる。
 そういう訓練さ。
「47脱落」
「よくやった! 大公。いくぞ! 皇帝! ごらぁ!」
 名家の貴公子が……まあ良いや、とにかく次は44番を。
 俺は開始直後、何故か兄上と戦う事となって速攻死にかけた。兄上が使ってらっしゃった武器って、陸戦最強兵器で総重量が32kgもあるんだ……。いや、普通の一定重力下なら大した事ないんだが、1Gで32kg。5.8Gになるっ!
「んっ!」
 となっ! お、重いんだ! 暇な人は計算してくれ! 
 俺は今、目の前を落ちてきた斧の次の攻撃をかわすので精一杯だ!
「避けられたか!」
「ちっ!」
 下品極まりなくて申し訳ありません。
 剣を大きく振り回し、軌跡を止める。体中の骨が軋む音がする。それと同時に
 それで追い回されていた、開始直後俺が持ってた獲物は、粉々になって吹っ飛んだけど逃げ回って武器補充して。
 その間に今兄上と戦ってるゼンガルセン王子が、兄上配属側の兵士を吹き飛ばしてた。……近衛兵此処まで怪我して、大丈夫なのかなあ?
「やろぅ!」
 マウスピースを吐き出しながら気合を入れた……俺の掛け声です、下品で申し訳ありません。
 そして、相手は野郎ではありません、女性です。メチャクチャ強くて殺されそう……ってか、肩の関節外れてるよ、俺。それも利き腕の。
 さっき、真正面から剣止めたのが効いたな。一応両手使えるように訓練するから、もう片方でもそれなりに戦えるが。
「これで決着だぁ! 死ねぇ! 皇帝!」
 本当に、逮捕されてしまうんじゃないのか? リスフォの王子様(これも逮捕される言葉ではあるが)。でもまあ、近衛兵団の団長を勤めているわけだから、陛下のご信任は厚……
「来るが良い! フォボス!」
 うわぁ……兄上。本当に信頼厚いんでしょうか?
 リスカートーフォン公爵の別称は火星公。フォボスは火星の周りを回っていた衛星の一つ。
 要するに“リスカートーフォン公爵家に生まれながら、リスカートーフォン公爵になれないで、人生終える王子!”と言われた訳です、兄上。
 宮中の隠語だよ、結構他にもあるらしい詳しくはない……なんて、解説してる場合じゃないだろ! 俺。
 利き手の関節外す相手と、利き腕よりも反射速度が遅い腕で戦える訳がない! ああ! もう此処で、剣やら拳やら蹴りを避けるのが精一杯!
「はぁ……はあ……はあ……ぁ……」
 無事脱落しないで、戦闘訓練終えました。
「私の勝ちですな、陛下」
「そのようだな」
 何で一番運動量があったあの二人が、普段と全く変わらない状態なんだろ。
 脱落者総数が二人程少なかったゼンガルセン王子が率いていた隊が、兄上の率いていた隊に勝ちました。こういうの、勝っていいんだね……普通は接待ってか、その……皇帝に勝ち、譲るもんじゃない?
「それではまた相手せよ、ガーナイム(ゼンガルセン王子の爵位、当たり前ながら公爵)。行くぞ、ゼルデガラテア」
「ごっ……げほっ……ぎょ、ぎょ、御、い」

 い、一日が……長い。

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