PASTORAL −13

 ……無事到着した、皆汗だくだ。俺もだが……
「ゼルデガラテア、湯浴みだ」
「はぃ……」
 兄上はお見事なまで平気そうでした。無論汗をかかれてはいるのですが、その汗絶対冷たいに違いない! と思わせるような。大体、息上がってないし……そして、湯浴みと言われたのに……
「水風呂は苦手か?」
「あ、あまり嗜みがなく」
 水風呂が『嗜み』なのかどうかは別として、水というか氷風呂なんですが!? これ! 無意味ながら両手で湯浴み用ガウンを着ている身体を抱きしめ、歯を鳴らさないように噛締めていた。その脇で兄上は、氷の入った炭酸水を飲んでいられる、全く平気そうに。
 やはり、凡人とは違う。一気に飲み終えた兄上は、震える俺を眺めながら
「正午には床に入るぞ」

え?……

「あの?」
 昼間から……ですか?
「本日は16:00に食事を取って、18:00からオペラを観賞する。騎士オーランドリスの一生を第二幕まで、鑑賞中に軽い食事を準備はさせておく。22:30には就寝、翌日は5:00起床で7:30には鍛錬所に向かうから相手をするように。今は都合三時間半しか相手してやれぬが、我慢せよ。時間の取り分が文官系妃用だからな、軍人のゼルデガラテアには物足りなかろうが」
 三時間半なんて長すぎです! 今朝は一時間半も我慢できなかったのに。何の根拠で? 軍人など! そ、その! 二年も前に退役しておりますので、体力など……など……
「充分で御座います……準備してまいります。お待たせする事をお許しください」
 寒さに震えつつ、俺は氷風呂を脱出した。
 薬を飲んで、お湯に浸からされつつ、部位の緊張を再び取り除きながら、明日朝までの日程を思い返す。
 早い夕食、この感じでいけば今日はロヴィニア料理だ(帝后になるはずだった人の生家)それを一時間半かけて食して、その後帝国で最も有名で、女性が好む代表的なオペラ「騎士オーランドリスの生涯」を宮中劇場で観る。
 観ながらの食事か……俺オペラ苦手なんだよな。過去何度、途中寝かけた事か。
 身体は疲労しているだろうから、苦い水とかアイスコーヒーを頼もう。食事は厳禁だ、満腹になれば眠気も増す。酒もあきらめよう。
 眠らないように薬を貰っていくか? だが二幕が終わった時点で部屋に戻って寝るのだから……俺はまた、陛下と一緒に寝るのだろうか?
 失礼ながら、俺にとって最悪の事態を想定して、本日も兄上と共寝すると考えると、眠れなかったら睡眠薬を渡されるであろうし……二幕までなんだよな、今日は。
 あれは確か第八幕まであるはず。最後に感想とか述べなきゃならないと困るし、覚悟を決めて寝ないようにして観よう。学生時代、寝たら単位をもらえない授業を頑張って起きていたじゃないか! 寝たら単位を貰えない授業って、どうしてあれ程眠いのか? 少々教授を問いただしたいものだ。
 翌朝は7:30から鍛錬か、格闘訓練に参加なさるのだろう。兄上お強いというか“化け物”だと聞いた事が、伽の相手以上に俺に務まるものか?
 兄上を“化け物”だなど言っているのを憲兵あたりに聞かれれば不敬罪で逮捕だが、こうやって影で呼ばれる人は本当に強いのだ。
「殿下、準備整いました」
「ああ。世話をかけるな、今朝はすまなかった」
 医師長らしいのに声をかけると、うやうやしく返された。
「いいえ、お気になさらずに」

いや、気になるから普通は。幾ら、うやうやしく言われても。

 既に兄上はベッドの上にスタンバってなさってらっしゃって(混乱している俺)……さすがに昼から酒を飲むようなマネはなさらない。俺は平伏して今度は忘れないように言った。
「陛下にお願いがございます」
「申してみよ」
「尊貴に許可なく触れてしまうことお許し下さいませ。忘我故に尊貴の肌理に傷付けるかも知れぬことをお許しくださいませ」
「気にしておったのか。許可しよう、そしてゼルデガラテアの望みどおり、忘我の淵へと落とし込んでやろう」
 要りません! 本気で! 兄上とご一緒に忘我の淵を覗くなど。ああ、でもこれで少しは安心して……
「仰臥せよ」
 あお向けで寝ろと仰るのですか? そしたら、兄上のお顔が……し、仕方ないよな。仰向けに寝て腕は胸の辺りを覆うように、恥らう娘がするように。
 全く恥ずかしくはないのだが(当たり前だ)腕の置き場が一番困る、シーツに穴を開けるわけにもいかないし、触れる許可も肌に爪などを立てる許可も貰ったが、貰ったけれどもしてはいけない事だ。
 取り敢えず、胸の前で腕を交錯させて顔を横向きにする。これが出来る精一杯。
 圧し掛かってきた兄上の重みを感じつつ、耳元で囁かれる言葉
「初々しい。あのような挨拶をしたのは、お前が始めてだ、エバカイン」
 言って耳を舐めてきた。その都度、俺の周囲は赤い天蓋……かこまれて逃げられないような、本当に逃げられないんだが。
 陛下は丹念に耳の傍から首、そして鎖骨に降りて腕に手をかけて、軽く引かれる。腕が邪魔なのだと、腕を開いていると……何かを見ていらっしゃるような気がする、動きが止まってらっしゃるし。恐々と俺は目を開いてみると、兄上は乳首の辺りを凝視していた。そして……
「っ! ……」
 俺、薄い金髪なんだよな体毛も……それで、召使とかに手入れさせてなかったから、その……無駄毛とか生えてるんだ。金髪で、象牙とか月色とかいう肌色なんで、目立たないから気にしてなかったんだが。
 凄いのがはえてる訳じゃなくて、産毛がちょっと成長したくらい……だとおもう。誰が自分の乳首周辺を丹念に見るか! 女性は丹念に見るかもしれないけれどさ。
 兄上、それを噛んで引張って抜いてる。乳首を舐めてみたり、抜いてみたりと……楽しそうで。
「申し訳ございませっ!」
 お相手するには失礼な身体でした。
「面白いな。お前は色が目立たないから」
 ? そういえば兄上の体毛って……真紅?

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