PASTORAL −170

“えーと、息子の記録映像来てたけど、見てなかったなあ”
 楽しそうに自らケーキを切り分ける皇太子の脇で、約六年ぶりの再会を果たした親子は、明らかに他人であった。
「でかくなったな小僧」
 シャタイアスの記憶では息子は「全長50cm 重量3110g」のままであって、目の前の「身長155cm 体重37kg」の少年ではなかった。急いで記憶の中のデータを書き換えつつ、黙って息子を眺める。
「まあな……本当にリスカートーフォン公爵とそっくりなんだな、あんた」
 息子は “父親と公爵殿下、見分けられるかなあ……間違えば殺しかねないよな、あの公爵だったら” それだけが心配だった。
 その後、シャタイアスとザデュイアルはケーキを食べつつ皇太子のお話し相手をさせていただき、
「それでは仲良く戻りなさい」
 ありがたいお言葉をいただいて、二人で皇太子の宮を後にした。
 皇太子がいる場では会話は続いたのだが、二人っきりになると当然何の会話もない。何もないが親子なので、取り敢えず共に戻ることにした。
 シャタイアスが後宮で与えられている宮は、外れた場所にある。
「まさかお前が来るとはな」
 心底困った……といった声で宮の入り口で息子を認識させて、立ち入れるようにシャタイアスがする。
「用事でもあったのか?」
 本当に困っている父親の声に、まずい場所にでも来たか? 実は後宮に女でも囲ってたか? むしろ囲ってたほうが普通? などと思いつつ後ろに従い廊下を歩く。
「いや、別に。ただ、宮に連れて行きたくないだけだ」
「……別の所でもいいんだけど」
 飾り気のまるでない廊下を歩き、部屋へと足を踏み入れた時、思わずザデュイアルは声を上げた。
「此処って……巴旦杏の塔?」
 巴旦杏の塔、すなわち[両性具有隔離棟]
 部屋の中が中庭作りになっているのは珍しくはないのだが、そこにある植物が全て食用なのだ。無論宮殿や王宮には身の生る木を多数植えているが、それらは観賞用なので形は美しいが味は悪い。
 だが、シャタイアスの宮にある植物はどちらかと言えば形が悪い。宮殿の一角に形が悪い果実があるだけでかなり奇異なこと。ザデュイアルは木に生っている桃を手にとって、口に運ぶと味は極上品だった。
 味が良い植物を、木などからもぎ取り食べる。それは[食事すら与えられない“献上品”]が巴旦杏の塔の中から手を伸ばし、食べる行為。
「だから連れてきたくなかったんだよ。此処は巴旦杏の塔じゃない、私が住んでいた宮だ」
 よって、味の良い果実や野菜がある庭など皇王族は作らない。
 両性具有を飼育するために作られている庭と同じようなものなど、汚らわしい……といって作らないのだ。だが、シャタイアスの庭はほぼそれらで埋め尽くされていた。
 ザディイアルは一瞬 “自分の父親は両性具有だったのか?” と上から下まで何度も見直したが、よくよく考えれば両性具有は結婚できないので、母親と結婚している筈がないことに思い当たり、これは父親の変わった趣味なのだと結論付けた。
 勝手に帝国最大禁忌の両性具有とまでまで疑われた事を知っているのか知らないのか、シャタイアスは篭を持ち “晩飯の材料持ってくる” と言い、庭の中に入って行こうとした。
「待て! ついていく!」
そう叫び、ザデュイアルは後に続き、庭の中を歩き周る。
シャタイアスよりは普通の王宮育ちであったザデュイアルは立ち止まっては “これは何だ!” と叫び、シャタイアスは足を止めて振り返っては息子の叫びに答えていた。
 簡単な夕食が出来る分の食材を得て、調理室側へと向かったシャタイアスとザデュイアル。
 ふと目に留まった緑を指差し、今日何度目かの疑問を口にした。
「その草、食べるんだよな」
 その問いに、苦笑いを浮かべて、
「草言うな。これはミントだ」
 言いながら近寄り、その葉を摘む。
「そうそう、菓子の飾り。……色んな物があるな……なんで?」
「深い深い理由があるんだよ。子供にゃわからんで良い」
 シャタイアスは思い出す。
 この庭が出来上がった経緯を。当時皇太子だったサフォントが「クロトハウセの為にケーキを焼いてくれまいか?」と依頼されたシャタイアス。
 基本的な材料はサフォントが用意し、調理室まで整えたが、細かいものまでは手が回らなかった。
 そんなある日、シャタイアスはコーヒーゼリーを作った。
 正確には[砂糖大量投入コーヒーを寒天で固めたもの+生クリーム]だったのだが、とにかく作った。だが、クロトハウセは「生クリームにはミントの葉が乗ってないと、嫌でございます!」と言って大泣きした。
 それを受けて、いちいちミントやら何やら保存の利かないものを用意するよりかなら、自分の庭を改良した方が早くはないか? そう考えたシャタイアスは庭を自分で作り変えていった。
 ここで後宮の決まりを知っている親がいれば止めただろうが、残念ながらシャタイアスにはそれを指摘してくれる親はいなかった。サフォントが説明したものの、若干すねているというか、どうせ自分など……という考えがあったシャタイアスは無視して庭を改良し、結果、見事な食料庫たる庭が出来上がった。
「今日の夕食は……作るんだよね? あんたが」
 全く人気のない宮で、帝国最強騎士が麺棒を持ち生地をのばす。
「そうだ。ピザと鹿肉のクランベリーソース風味にオリーブのマリネを添える。パンはさっき焼いておいた、それと簡単なサラダくらいのものだが。デザート何か食いたいか?」
「うううん……あ、いやデザートはトリュフ使ったヤツが何か食いたいな」
「ミルフィーユでいいか。それとお前は甘党か?」
「普通だと思うよ」
「じゃあ、あっちで待ってろ」
「ここで料理しているの見てたら駄目か?」
「構わんが……まあ、見てればいいぞ」
 ザデュイアルにとって「帝国最強騎士」と「ゼンガルセンの腹心」としかイメージのなかった実父に「料理上手な人」のイメージが加わった。非常に相反するイメージだが、悪い印象ではない。
 先ほど摘んだミントの葉を掴みながらシャタイアスの料理している姿を見ている息子をチラリと見て、懐かしい言葉を思い出した。

− クロトハウセ親王大公は、皇太子殿下に比べて少々我侭ですが……よろしいのですか?
− あれで良い。子供というのは我侭なものだ。いや、我侭が許される時代が子供なのであろう。そう考えれば、私はもう子供ではないな
− 殿下……
− お前も、もう少し我侭になってもよいのではないか、シャタイアスよ

「我侭……な」
 言う相手は元からいなかったシャタイアスだが、言われる事はできるだろうと、
「何?」
「ザデュイアル、何か欲しいものとかあるか。何でも言ってみろ」
 息子に尋ねた。
 突然の言葉にザデュイアルは目を大きく開いて、シャタイアスを凝視する。
「……物はないけど」
「何だ」
「ベルカイザンの濃度を上げたい」
 ベルカイザンとはバラーザダル液に入れる薬の一種で「興奮剤」
 精神伝達が向上するので、騎士は大体がバラーザダル液にそれを使用するのだが、未成年者は使用に制限がある。許可を出せるのは帝国騎士を統括する、帝国最強騎士だけ。
「却下」
「言えってあんたが言ったんだろうが!」
「駄目なものは駄目だ! 喧しい! あまりしつこく言うとお前が成人してもベルカイザンの濃度を上げる許可を出さんぞ!」
 息子は羽因子の数がシャタイアスより劣るの為、帝国最強騎士の座に成り代われる事はないので、
「横暴だ!」
 そう叫ぶしかない。
「やっかましいわ! 横暴は親の特権だ」
「最低……なあ……なんで……」
「何だ」
「なんで、あんた “未成年のベルカイザン使用” を帝国最強騎士の許可制にしたんだよ。余計な仕事が増えるだけだろ? それに、あんただって昔は、未成年の頃から大量に使ってたんだろ? ベルカイザン」
「使ってたな……そうだな……」

 私には何もないから

− シャタイアス
− 皇太子妃殿下。何か御用でも?
− 皇太子殿下が機動装甲を見せてくれると言われたの。殿下はまだいらしてない?
− まだお見えではありません
− そう……シャタイアス
− 何でございましょうか?
− 貴方は帝国最強騎士になる人よね
− そのようです
− 帝国最強騎士は、全ての帝国騎士を統括するのよね
− はい、そういった事を習っております
− お願いがあるの
− 私に出来る事でしたら
− あのね。貴方が帝国最強騎士になったら、未成年者のベルカイザン、興奮剤の使用を制限してくれないかしら。あれは成人でも精神に変調を来たす危険なもの。未成年者は管理して当然だと私は考えるのだけれど
− ……ですが、あれを使った方が動きが良くなりますから
− 動きが良くなっても、精神に変調を来たしては無意味でしょう?
− そう言われましても……元々精神に変調を来たしている私には……
− 貴方は普通よ。そして未成年だから、この先は使っては駄目よ、成人するまでは
− 皇太子妃殿下に命じられましても、それは聞けません
− どうして?
− 戦果を上げねば私の居場所はありませんし……上げてもないに等しいですが……何より、私の精神の箍が外れたとしても母子揃って発狂しただけで……誰も悲しまないかと
− シャタイス、私を悲しませないで頂戴
− 皇太子妃殿下?
− 私は貴方が死んで悲しみたくはないの。解る? 「悲しむわ」と言える程、私は強くはないの。私は弱いから、貴方が死んだら悲しくないふりをするわ。悲しんだら、もう立ち直れないかもしれない
− 皇太子妃殿下が、ただの家臣にそのような事を言われるのは……不適切かと
− まだ未成年の貴方が、悲しむ悲しまないを語る方が余程不適切ね
− 皇太子妃殿下……
− 負い目があるのも解るし、今の貴方は誰が死んでも悲しくは無いのでしょうけれども……何時か解ると思うのよ、貴方は絶対にわかると……そうだ! 言い方変えましょう! 私と殿下の第一子が機動装甲に乗れたとするわ
− お二人の御子でしたら搭乗できる可能性が高いですね
− 後から生まれた子の親は、私と陛下の第一子を殺そうとするでしょう
− 第一子に生まれたからには避けて通れぬ道でしょうね
− その手段の一つにベルカイザンが使われる恐れがあるから、危険を一つでも少なくする為に、貴方が定めて頂戴
− そ、そういう事でしたら
− それを推し進めるには、貴方が未成年時から大量にベルカイザンを使っていては説得力が無いから、成人してから使いなさい。シャタイアス

優しかった貴方に手向けられる唯一の花……それがこれだった

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