PASTORAL −152

「折角皇帝陛下の旗艦に乗ったんだから、案内するよ」
 エバカインはそう言って、サンティリアスとサラサラを連れて艦内散策へと向かった。
 シャウセスと、サベルスとナディアは残って[デファイノス領から先のルート]をどうするかを調べる為に、司令室に残り作業を続けている。
 ナディアはエヴェドリットを預かる程の軍人、仕事中は決して私情を挟まず、当然の如く有能。余計な事など一切口にせず、ひたすらデータ照会や進行ルートのシミュレーションや、情報操作などを行っている。
 仕事が終わった時はどうなるかは知らないが、とにかく有能な[かなり一方的な未来の花嫁]と共にサベルスはエバカインの初仕事を成功させるべく持てる能力の全てを駆使し、仕事にあたっていた。
 その真摯な姿勢が、益々ナディアの恋心というか狩猟本能というか、エヴェドリット捕獲中枢というか、なんか語るも恐ろしい凄いものに火をつけて油を注いでいるのだが、それは仕方のない事だろう。
 サベルスが、貴族に疎いエバカインの為にレオロ侯爵の大まかな家系や、歴史などを纏めたものを作っていると、散策していた三人が戻って来た。
 まだ先は長いので、徐々に観て回るのと、
「そろそろワープ開始します。念のために座っていてください」
 この移動があるためだ。
「二人とも大画面で見たいっていうから」
 エバカインはワープ移動は体験済みだ。婿に行く際にも先だっての進軍でもそれで移動していた。
 サベルスも帝星と領地の行き来はワープ装置を使用している。ナディアに至っては計算すれば、既に銀河帝国五周以上の距離を移動している程。そんな彼女なので、ワープなど日常行為にも等しい。
 ただこのワープ装置、目的である “移動” の為に使うエネルギー量が大量で、未だに100%制御できるとは言いがたい。
「ま、運次第ってやつですな」
「怖いこと言わないでくれよ、シャウセス。俺運悪いし」
 別に声に出さないでも誰もが知っている、エバカインの運のなさ。全体的にみれば強運の持ち主だろうが、どこかで失敗する可能性も高い……要するに、
「エバカイン、お前の場合は運の良し悪しじゃなくて、おまえ自身の天然さが問題だ」
 それ以外ない。
「天然と運は関係ないだろ? アダルクレウス」
「いいや、お前の場合はこの美しき漆黒の女神ダーク=ダーマすら天然にしかねん。しっかりと目的地を念じろ。雑念を払え、そして天然を封じ込めろ」
 何か科学と正反対の精神論さながらの事を言い出すサベルス。
「天然……どうやって? 封じ込めんの」
 オペレータ席に付いていた二人は、指揮官席とその両脇に用意された補助椅子に座り、何か訳のわからない会話を続けているエバカインとサベルスに苦笑しながらモニターを凝視していた。
 通常の船の移動は、星の光が自分達に向かってくるようなイメージだが、ワープで移動する場合は光が横に流れる。
「移動地点と進行速度の関係から……だったけ? 元はエネルギー理論の構築から派生した理論」
 モニターに映し出される横に流れる光を見ながら、サラサラがついつい声をあげる。勿論、誰に対しても返事を期待してはいないのだが、
「そうね。ワープの空間移動原理は “彷徨える帝王” から始まったものだから軍事エネルギー理論の副産物ね」
 ナディアが答えを返す。
 “彷徨える帝王” とは、三十二代皇帝ザロナティオンが放った“弾道”
 彼の使っていた銃は彼以外撃つ事ができなかった、その反動の強さから。
 驚異的な貫通性エネルギーを撃ちだすその銃は、外部からの制御は不可。
 ザロナティオンは元々[全てのエネルギーを敵に向けろ]とい命令で武器を作らせた。利便性やら操作性は全く無視し、ただ敵を遠くから撃てる銃を作らせた。
 そのため、銃を発射した際の反動を制御する装置などは付けられていなかった。ただ銃内部に攻撃に使うエネルギーを圧縮する、それのみに重点が置かれ極限までシンプルな構造にそぎ落とされた銃。
 それに制御装置などつける場所はなかった。
 そもそも制御装置や安全装置をつけても、内部エネルギーの “質量” を前にどんなコーティングを施した制御回路でも破壊されてしまい取り付けようがなかった。
 最も原始的でありながら、歴史上最高の射程距離を誇る銃を制御する装置は現在でも開発されていない。
 直系50cmの銃口から発射された貫通性エネルギーは十三星系を貫いたと記録にあるが、これ以上の距離を移動したエネルギーも確認されている。それが “彷徨える帝王” 十三の星系を貫くよりも前、未完成だった銃でイゼルケルト鉱光分解により作られた “エネルギー” を放ったのだが、それは目的を射抜く前に消え去った。その放たれた軌跡が確認されるのは、それから五年後の事。
 貫通性の「直線型」エネルギーがありえない方向で確認された、それは放った方向の後ろ側から、再び放った方向へと向かっていった。エネルギー流波の形状と、組成分子からザロナティオンが撃ったものだと言う事が判明する。
 当然ながらザロナティオンは[それ]を追跡させたが、再び消え去る。
 そして三年後、再びザロナティオンが銃を放った後方42000Mからそれは “現れた”
 エネルギーが無限の回廊に囚われたような状況。これを調査し、そこからワープの基本原理が作られる。ちなみにそのワープ原理の元となった “彷徨える帝王” は彼の死後も彷徨い続け、それを撃ちだした時から118年後、遂に帝星を捉える。
 有名な[真珠よ祝砲と虹になれ]と呼ばれる事件だ。その後も “彷徨える帝王” は現在も何処かの空間を引き裂き、既に存在しなくなった “彷徨” が射抜くべき相手を求めて移動し続けている。
 そんなザロナティオンが使った[最後の銃]は宮殿に飾られ、凱旋門広場から見ることが可能。皇帝は異星人戦役の後、そこで式典を行うのが通例となっている。

その銃の八割ほどの性能を持った銃は、七十二存在している。
 
 そう、皇帝の旗艦全てに備え付けられているのだ。
 「十三の星系を貫いた銃」こと[キーサミナー] 通称 [ザロナティオンの腕]皇帝の旗艦にあるエネルギー炉だけではその銃を動かすのには全く足りない。
 そのように言ってしまえばただの飾りのように感じられるが、緊急時には皇帝の旗艦に他の空母からエネルギーを吸い上げ使用する事が可能だ。過去に一人、敵の攻勢を防ぎきれなくなり “撃った” 皇帝が存在する。

 ワープ装置の話から、皇帝の旗艦には必ず装備されている[キーサミナー]を見に、全員で向かった。
 仕事のあるサベルスやナディアだが、皇帝専用銃を見せてやるとなるとエバカイン一人の立会いでは不十分。何せこのキーサミナー、皇帝以外の人間が撃つ事も、所有することも禁止されている帝国の財宝の一つ。

 “七十二あってもとにかく財宝の一つ”……そんな言葉にエバカインは引っかかりつつも、二人に銃を見せた。
「これが……あのキーサミナー」
「でっかい……」
 全長120m、非エネルギー装填時重量1.5tの銃を前にその言葉以外は中々出ては来ないだろう。
「大砲っていうか……これが、あれを撃退したヤツか……これって、今の陛下も撃たれたよなあ……こんなもん撃てるんだ」
 これ程特殊な銃、撃てる皇帝の方が珍しい。
 サフォントが初めてこれを撃ったのは、即位後初会戦に勝利した時。敗走する敵に向かい止めを刺すかのように銃を放った。
「13の星系を貫いた銃か……」
 エバカインもこれを傍で見るのは二度目。前回の進軍時に “構えてみるが良い” と皇帝に言われ、抱えて固定器具を外された時の重さを思い出し、軽く手が痺れてきた。
 “いや、凡人の持ってよい銃じゃないって。ザロナティオンこれよりも反動の強い、重いの使ってたって……さすが兄上の祖先だよなあ”
 エバカイン自身もザロナティオンの子孫なのだが、それはすっかり脇においていた。
「その呼び名は変わらないでしょうけれども、実際は7.2星系ですね」
 精神的な手の痺れを感じているエバカインに、ナディアはそう告げた。
「え?」
「星系の基準は曖昧なものです。 “此処から此処までが我等の領地” と言い張り適当です。適当ではありますが各王はそれで満足していましたので代々皇帝はそれに関して何も言いませんでしたわ、従わせるのに楽なので。ですが陛下は違います。陛下は “一星系の明確な基準” を定められ発布なさるおつもりです。今は各王が各々二十一星系所持していますが、明確な基準に合わせられれば、どの国も星系数は二つから多いところで七つ減るでしょう。王としては[王家の沽券]に関わる大問題ですので、反対する姿勢を既に表していますが……幾ら反対したところで、陛下は推し進められるでしょう」
「星系が七つ減る王家って?」
「テルロバールノル王家。ですけれど陛下は次の王・デルドライダハネに辺境相のルライデ大公を贈られましたから。辺境に拠点を置く大公は婚家のためにも開拓を推し進めテルロバールノル星域を増やすでしょうし、陛下はそれが目的かと。陛下は婚姻一つも無駄にはいたしませんし、ルライデ大公にはその能力がおありですから」
 ナディアの言葉に、エバカインは驚きを隠せなかった。その脳裏にはにこやかなルライデ(お顔は陛下によく似ている)
「そうか……やはり全ての王家が反対しているのか」
「ええ。この時点まで明確に意思表示なされなかったのは、ケシュマリスタ王の絡みがあるのでしょう。ですが遂に現ケシュマリスタ王の退位が発表され、新ケシュマリスタ王の名が発表されましたから、此処からが陛下の本領発揮でしょうね」
「……兄上……じゃなくて陛下の本気はまだ?」
 ナディアは当然という表情で、
「ゼンガルセンと次期ケシュマリスタ王ハウファータアウテヌスの両者を敵に回して、自分の望まれる帝国を作られるのですから。これからが本領でございましょう」
 続けた。
「ハウファータアウテヌス……ああ、カルミラーゼン大公も敵に回るの……か?」
「正確に言うならば、カルミラーゼン大公をケリュマリスタとして認めさせる為に、この時期に “星系基準” の制定を出したのですよ。新たなケシュマリスタ王は、皇帝陛下に異議を唱えるでしょう。それこそが、その姿勢こそがケシュマリスタ貴族にとって欲しいものなのです。自分達の国の利益を守る為に異議を唱える国王、ケシュマリスタが求めていた王を演出もするのです。ですが最終的には “星系基準” は陛下の御意志に沿ったものに定められるでしょうね。ハウファータアウテヌス次期王は敵対しつつ協力するでしょうし、ゼンガルセンはこれを好機と領域を広げる算段をもっておりますので。委細はお教えできませんが」

 食事の時間になり、エバカイン以外の人がその場を後にする。巨大な銃の前で
「皆いろいろな役割を担ってるんだなあ……」
 一人、そう呟いた。

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