PASTORAL −141

 ゼンガルセンの叙爵式を終えた。
 まあ、望むならば来るが良い、それを止めはせぬ。エヴェドリットはシュスターに永遠の戦いを求めて下ったのだ。
 余の元におれば、永遠に戦えるのであらば、戦い続けよ。その枯れることなき破壊衝動を身に抱いたまま。
「二時間後にパーティーを開きますので、是非陛下もご出席ください」
 叙爵式終了後、余はまだ玉座に座っておる。
 次の会場には此処から向かう予定だ。パーティーがある事も、当然出席する事も決まっておる。誘ったり、誘われたりするのは儀礼である。
「無論出席する安心しろ」
「陛下、お尋ねしたい事がございます」
 玉座の前で頭を下げていたゼンガルセン、そしてかなり離れた所におるシャタイアス。
 この場にはこの三人しか居らぬ。
「何だ」
「陛下、あのゼルデガラテア大公殿下が皇君であると聞いたのですが、本当でございましょうか」
「そうだ」
 余の即答にゼンガルセンは下げていた頭を上げ、口笛を吹いた。
「本気ですかい!」
 心底驚いたようだ。
「知らなかったのか。半年以上前に儀式は執り行われた。父親であったタナサイドから聞いてなかったか」
 むしろ余のほうが驚いておる。
 情報収集に心血を注ぐゼンガルセンですら知らぬとは。少々異常ではないか?
「あの人とは殆ど話はしませんでしたからな……皇君でしたか、貴方も色々なさるお方だ。皇君と聞いたからには、我も黙っておれません。これから、皇君の宮へご機嫌伺いに向かい、我の戴冠式に陛下と共にお出で下さるようにお願い申し上げたい」
 恐らくゼンガルセンが情報を掴んだのは、この二三日の事であろう。
 遂にデバランの宮にもゼンガルセンの手が伸びたという報告は入った。枕の中に、ゼンガルセンを殺害しようと放った者の “手” が入っていた。ねじ切られた腕には、しっかりとゼンガルセンの指と解る形が残っておった。三十名ほど差し向けたようだが、二百以上のパーツとなってデバランの宮にばら撒かれた。
 だからあれ程気をつけろと言ったのだ。命令を下す其方は良いが、殺される方は可哀想であろうが。
 人口増を第一に政策を練っておる裏側で無謀な作戦に人間を投入し殺されて、全く困ったものだ。戸籍があろうがなかろうが、存在させておけばそこから裾野が広がるというのに。
 皇家や王家の私生児の扱いについての法律も改正せねばなるまい。血統を外に出さぬよう、それでいて立場をもたせるように。一歩間違えばエバカインもあれに巻き込まれていたかと思うと背筋が凍る。
 大体、ゼンガルセンを暗殺するというのは無理であろう、居る惑星に向けて惑星破壊弾を打ち込むならば殺せるだろうが、ゼンガルセンは惑星に下りる時は必ず機動装甲で降り移動手段を確保し、ほぼシャタイアスが機動装甲に搭乗し待機しておる。
 傍には尻の可愛いダーヌクレーシュ、尻ではなく顔だ、顔。そう、顔の可愛いダーヌクレーシュやナディア、その他が付いて歩く状態。
 あれを暗殺しようなど余は考えた事もない。思う存分戦争をさせておいた方が、余程効率よく殺せるというものだ。
「何故ゼルデガラテアを伴って行く必要がある。ロザリウラで良かろうが」
 哀れにして無理な命令を下され、結果デバランの枕の中に入れられた腕。それがゼンガルセンの示威行為である事は解るが、それとエバカインが皇君である事を余に尋ねる事と何の関係がある。
 確かにデバランからの祝福の言葉は受け取ったが、それに対しての意見とは少々違う。秘密を掴んだかのような喋り方。
「皇君の方が格が高いですし、それに今から伺い皇君にエヴェドリット家名を受けていただきます。他家が半年以上経っても与えておりませんので、我がエヴェドリットを与えましょう」
 因みに、腕に関しての報告を受けた時、余は不謹慎ながら想像してしまった。
 腕をねじ切った後、防臭剤入りの枕に腕を詰めて針仕事するゼンガルセンを。それを小脇に抱えデバランの部屋に侵入を試みるシャタイアスを。
 無論枕に詰めて縫い合わせたのは別人であろうし、小脇に抱えて走ってはおらないだろうが、余にとってゼンガルセンもシャタイアスも可愛い臣民であるので、そんな想像までできてしまう。
「余が、ゼルデガラテアを伴って主の戴冠式に向かうかどうかは、ゼルデガラテアの判断に一任する。説得するが良い。家名も同じ事、受け取られなければ引き下がれ」
「御意」
 それだけ言って、ゼンガルセンとシャタイアスは退出した。シャタイアスも相当驚いておったようだ。
 誰も居なくなった玉座で、ゼンガルセンですらエバカインが皇君であると知らなかった事について、少々考えを巡らせた。
 そしてこちら側の情報をゼンガルセンに流しているシャタイアスも本当に知らなかったようだ。シャタイアスの驚いた表情は、幼少期から見慣れておるので解る。
 余は三大公に告げた。三大公のうち、本当に結婚しておったカルミラーゼンとルライデは各々の妻に告げた。クロトハウセはエリザベラとは話などしておらなかった。あれの事だ、余を裏切った女に『そのお名前を口にするだけで幸せになれる』と言って憚らぬクロトハウセが、エバカインの事を語る事は先ずなかろう。
 クリミトリアルトの元には定期的にクラサンジェルハイジから連絡が入っておったそうだ。
 自分が皇妃になったので、宮殿の状況を調べる為にクリミトリアルトを使ったらしい。その際に告げた筈だが、クラサンジェルハイジからシャタイアスには伝わらなかったのか。離婚前後で会話をする暇もなかったか? 元々会話など一切無い夫婦であったから、おかしくもないか。
 テルロバールノル王と王婿は問題なかろう、カウタから伝わっておるはずだ。ロヴィニア王と王婿も然り。
 タナサイドとゼンガルセンに会話が無いのは何時ものことであったが。
 カッシャーニ、ゼマド、ルビータナ、ザルガマイデイアは知っておる。そして後宮最高権力者デバラン侯爵にも知らせてはおる。尤もデバランは他人の吉事を話題にするような性格ではない故、あれの口からは広まりはしないが。

 ……カウタ?

 カルミラーゼンはカウタに問いただし『首尾は万全です』と確かに聞いたと報告を持ってきたが。
 最近は強姦もされておらぬし、誰とも行為は行っておらぬ。二日前にクロトハウセと肌を重ねたが、それは半年以上前の結婚の代理には何の関係もなかろう。
 だがカウタ。
 何もせんでも脳が劣化したかも知れぬ。やはりクロトハウセが首を絞めたのが効いたか?
 そしてカウタ。
 我が永遠の友は一眠りしただけで、全て忘れるくらいの事はやってのけそうだ。
 やはりカウタか。
 だが今更カウタに、エバカインの結婚話云々を問いただした所で覚えておらぬであろう。正確には覚えておっても、口には出せぬ。
 侮れぬなカウタ。
 だが、最近は記憶するのも苦手になっているような気がする。直接問いただした訳ではないが。測定寿命が百歳であるし、あれは脳が破壊する特質を持つ以上、突然変異体となって死亡する可能性も低い故、もう少し脳と記憶をどうにかしてやらねばな。まだ三十になったばかりだというのに。
 さて、エバカインが皇君となった事の伝達、何処かで途切れたのだとしよう。何処で途切れそうだ?
 まさか “まだ” エバカインに伝えておらぬ、などと言う事はないだろうな。

だがカウタ! あれに常識は通用せぬ! お前は伝説となりえるか? 我が永遠の友、カウタマロリオオレト・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリマティアスタラーザよ

 先ずはエバカインに問いただしてみるか。
 そう考思った所で、余の私室の扉が開き、ゼンガルセンが現れた。四大公爵の当主であれば、余の私室を抜けて玉座まで来る事は許可されておる。
「どうした、リスカートーフォン公爵よ」
「陛下。弟君、いいえ皇君が陛下にお話があるそうです。急ぎの用ですので、こうやって公爵めが伝令を務めさせていただきました」
「エミリファルネ宮中伯妃と話をしておるのではないのか」
「その宮中伯妃が伴ってきた者達が」

 余は玉座から立ち上がり、エバカインの元へと向かった。

Third season 第三幕 − 終 −


Fourth season 第一幕に続く

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