PASTORAL −113

 お願いだよ、レーザンファルティアーヌ!
 エリザベラを殺さないでよ!
 彼女はレーザンファルティアーヌを裏切ったけれども、今はケセリーテファウナーフの妻なんだ!
 お願いだよ、殺さないで! 助けてあげて!
 必死に私は願ったけれど、レーザンファルティアーヌは首を振った。
 泣いたら、泣いたら何時も解ってくれたのに……
「解っておる。お前の大事なクロトハウセの妻だから処刑して欲しくないことを。だが、あの女は処刑する。お前が腕を切り落としてもクロトハウセは嫌いはせぬ。処刑が終ったならばクロトハウセの元に行くがよい。余が直接連絡をつけておく」
 レーザンファルティアーヌだけは解ってくれる。


『言葉に出来ぬのならば泣け』


 でも助けて欲しかった。ケセリーテファウナーフの妻を助けて欲しかった。


**************


 ケセリーテファウナーフが大怪我をしたと聞いた。
 誰に怪我をさせられたのか? どうしてそんな怪我を負ったのか? ワタシハ尋ねたが、誰も答えなかった。
「カウタマロリオオレト、今度からは護衛は傍につかない事になった。よいかえ? 護衛はなくなったから、お前の傍に王族や皇王族、そして従弟皇族以外の者が近寄ったら “おかしい” 事なのだから、直ぐに皇太子殿下の所に行くのだぞ」
 母はそう言った。
 ああ、ワタシガ傍に仕えていた者達に強姦されたのだ。
 言葉だけは解るけれども、それがどんな物なのかはワタシハ解らない。強姦されたという ”言葉” だけを知っている。
 ケセリーテファウナーフの元に見舞いに行きたいと母に言っても聞き入れてもらえない。
 ワタシハ、ケセリーテファウナーフが好きだ。
 弟として、友人として、従兄弟としてではなく、彼の事が好きなのだ。前にそれを口にして以来、ワタシハ彼に自由に会えなくなった。
 ワタシト母は、レーザンファルティアーヌにケセリーテファウナーフの負傷に対する謝罪と、助けてくれた事に対し感謝を述べた。
 ワタシガ護衛の者達に強姦されている所にケセリーテファウナーフが通りかかり、そこから争いになったそうだ。
 ケセリーテファウナーフはレーザンファルティアーヌによく似ていて、とても強い。今の皇帝”誰か”は強くない。
 ワタシノ警備に当たっていた者達も強い。
 八歳のケセリーテファウナーフは、近衛兵団に次ぐ能力を持つ成人を複数名と争って怪我をした。
 ワタシヲ助けてくれたのだ。
 思い出してきた! ワタシは立ち上がる事が出来ず、何をして良いのか解らないで居た時、ケセリーテファウナーフは言った。
『大切な蟻をかばっていろ』
 ワタシハ言われた通り、蟻を掌で覆い隠していた。
 そのうち、ケセリーテファウナーフの護衛も駆けつけ混戦になった。誰か一人が棒のようなものを持って、ワタシニ振り下ろした時、ケセリーテファウナーフが腕をだした。ワタシノ頭上で凄い音がした。
 ケセリーテファウナーフの手の骨が砕けた音。
 レーザンファルティアーヌに頼んで、ケセリーテファウナーフの所に連れて行ってもらった。
 お礼に持ってきた飴を渡して、怪我は大丈夫? と聞こうとしたのだけれど、
「ラス、蟻あげる」
 凄い嫌そうな顔をした。
 ワタシハ思っている事を言葉に出来ない。とっても心配しているんだ、助けてくれてありがとう! って言いたいんだ!
 でもね、何故か言えな……
『助けてくれてありがとう』
 言えたよ! 言えたよ!


ワタシノ頭を庇う為にケセリーテファウナーフが腕を伸ばし、骨を砕かれた。


 それはとても残酷という事を教えてくれた。ケセリーテファウナーフがワタシヲ庇って怪我をした、それが嬉しいと思う不思議な感情。これが残酷というものなんだとワタシハ思った。
 誰に庇われても嬉しくは無いけれど、ケセリーテファウナーフに庇われたと聞かされて、とても嬉しかった。
 でも、それと同時に怪我をして欲しくないとも思った。この相反する感情を、どう表現すれば良いのか解らないし、自分がこう考えていることを誰かに告げる事もできない。
 ただ一人、レーザンファルティアーヌだけが微笑んで言ってくれた。
「時間はかかるが、私が即位し準備を整えクロトハウセと共に生活させてやるから、それまでは王としての責務を果たせ、良いな? カウタマロリオオレト」
 ワタシハ頷いた。
 ワタシハ頷くことと泣くことでしか意思表示ができない。


**************


 今でも泣くことと頷くことでしか意思表示ができない。こんな王は退位した方がいい。誰も私に期待などしていない。
 ケセリーテファウナーフが抱いてくれた。
 とても心地が良かった。信じられない程よく覚えている、私は何時も直ぐ忘れてしまうのに。
 あ……でもケセリーテファウナーフの妃の名は忘れてしまった……。もう一度抱かれれば、ケセリーテファウナーフに妃が居たことも忘れてしまうに違いない。
 ケセリーテファウナーフは私に背を向けて、端末で何かをみている。叙爵式の警備関連だろうな、私はみても解らないけれど。
 ベライタイトルアス伯がエヴェドリット王になるのか。私が初めて貴族として、王の子としてした仕事だったね、ゼンガルセンに『ベライタイトルアス伯爵位』を贈った事が。
 レーザンファルティアーヌは類稀な名君となり、ゾフィアーネ大公は帝国最強騎士となり、ベライタイトルアス伯はエヴェドリット王になり、カルミラーゼン大公はケシュマリスタ王になり、ケセリーテファウナーフは帝国軍元帥となり……みんな立派になっていくな……


 私は一人駄目になってゆくけれども。
 記憶の剥落が怖くて怖くて、一人で寝られない。目を覚ましたら自分が壊れてしまっているような気がして。


「起きたのか。声を掛けろバカが」
 振り返ったケセリーテファウナーフに声をかけられた。
「それでお前は昨日処刑した人間が誰か思い出せるか?」
 昨日……処刑した? のか……誰を? 私は首を振る。
「本当に覚えていないのだな」
 のしかかってきたケセリーテファウナーフが私を見下ろす。
「知らないよ」
 私はケセリーテファウナーフに抱きついた。怒るかな?
「チッ! 完全に忘れていない可能性もある……か。私は忙しいのだ、お前に構っている暇などそれ程ない」


 私は再び抱かれた。
 目を覚ますと何故ケセリーテファウナーフが抱いてくれたのかもう覚えていなかった、でもとても幸せだ。隣で眠っているケセリーテファウナーフの顔を見ながら、とても幸せになった。
 綺麗な黒髪だね。でもそろそろ独身主義を表明しなければならないね。弟が結婚して兄が結婚していないと帝国では問題になるから。
 この綺麗な黒髪結い上げてしまうのか。
 一度結婚していれば、離婚したとしても結わなくていいんだけれど。でもケセリーテファウナーフは女の人が嫌いだから無理だろうね。
 偶には解いている黒髪を見せてね、ケセリーテファウナーフ。
 そうだ……
 レーザンファルティアーヌ、君の ”幸せの子” はどうしたのかな?
 私はもうあの子を守ってはあげられないけれど、もう君一人で平気だよね。レーザンファルティアーヌなら大丈夫だよね。



君雪




Third season 第二幕 正史編 − 終 −

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