PASTORAL −111

「ゼンガルセンは死んだか」
 終生、皇帝の座を『狙い続けた男』と、皇帝の座を『守り抜いた男』の争いは、狙い続けた男の散華により幕が下りる。
 その報告を受けた時も、サフォント帝は何時もと変わらなかった。サフォント帝はどれ程近しい人間が死のうが、生涯一度たりとも取り乱す事はなかった。
「陛下、オーランドリス伯爵が謁見を申し出ております」
「通せ」
 完全なる勝利を収めた上に、皇帝に仇なす男が戦死し、その戦死した男は “戦死が最高の死に方” と豪語する一族の頂点に立っていた男であるのだから、周囲は沈痛な面持ちをする必要はない。だが、勝った雰囲気は一切なく、ただ静けさだけが全艦隊を支配した。
「オーランドリス伯爵、シャタイアス=ゼガルセア」
 リスカートーフォンの名を持つものは、生涯一度だけ名を交換する。
 死ぬと解っている戦闘に出てゆく時、下の名を交換するのだ。交換した片方は離脱を告げ、生きて帰ってくる事はない。もう一方は、その名を交換した相手が戦死するまで戦場に立つ事はできない。
 ゼンガルセンは離脱する際に、シャタイアスと名を交換した。
 ゼンガルセン=ゼガルセアはゼンガルセン=シェバイアスとなり戦死した。本人は満足した生き方であった。残される者の悲しみなど考えない、残された者も悲しまない。それが彼等。
 頭を下げている伯爵に、サフォント帝は声をかけた。
「シャタイアス=ゼガルセアか。何時かはそうなるであろうと思っておった。して、要件は」
「陛下、オーランドリスを返上しに参りました」
「もう要らぬか」
「はい」
「良かろう。今を持ってオーランドリスは返還された」
 あっさりとそれを受け取ったサフォント帝。
 シャタイアスはサフォント帝と同い年。身体能力のピークが通常の人間よりもはるかに遅く、低下が異様な程に緩やかである彼等にとって六十歳前は、二十代より身体の動きは良く体力的にも衰えなど一切ない。それを考え、シャタイアスは伯爵位の返上を受けてもらえるかどうか不安であった。
「ありがたく……」
 それをあっさりと受けられ、伯爵は安堵した。
 ただ、安堵したが続く言葉に伯爵は後悔する。彼の日記に『あと十年オーランドリスであれば良かったのかもしれない』と残されているほど、伯爵は後悔した。
「シャタイアス、主がオーランドリスを受けたのが何時か覚えておるか」
「十八の時でございます。陛下が即位なされた折に、大公位を嫌う臣に授けてくださったものです」
「余は決めておったのだ」
「何をお決めに?」
「オーランドリスが皇室に返還された時、余は退位すると」
「陛下!」
「よくぞ此処まで生き抜いたな、シャタイアス。四十年以上前にゼンガルセンに与えたそなた、正直此処まで生き延びるとは思わなかった」
 サフォント帝は即位すると同時に、自分が退位する時も決めていた。
 何時もと変わらないサフォント帝の表情を見上げながら、伯爵は苦笑いをして首を振る。自分がこの場で幾ら言った所で、皇帝の決断は変えられないと。彼は皇帝の湛える雰囲気と同じモノをつい先日も見たのだ。
 戦死しにゆくゼンガルセンの物と何らかわりのない雰囲気。
「あの日、私は驚きました。皇太子であった貴方に、ゼンガルセン=ゼガルセアの元に付けと命じられた時。それが貴方のご命令であるのならばと、私は従いました。十二の春……母を殺害した次の日の事です」
「主は良くやった。全ての皇族と皇王族に背を向け余の命を完遂した、褒めて取らそうではないか。もっとも、主は本心からあの男に従っておったのであろうが。あの男にかけた最後の言葉、あれが主の本心であろう」

− ゼンガルセン! 戻ってこい! 今戻ってきたら! 従う! お前が皇帝の座を取りに行く事に従う! だから戻って来い! ゼンガルセン!!

 どんな言葉も皇帝の元に届けられると知りながら、伯爵は公衆の面前で叫んだ。
「……いいえ。あのように言えば、あの男の事です……必ずや散華すると知っての事でございますよ」
「主がそう言うのであらば、それが真実としておこうではないか」
 その言葉に関して、サフォント帝は伯爵を罪に問うことはなかった。伯爵が付いた嘘を、そのまま受け入れて、微笑んだ。
「陛下……ありがとうございました……」
「余は主から感謝されることなどしておらぬ」
「陛下」
「あの日捨てた大公位を名乗れるか」
「……はい」
「ならば、ゾフィアーネ大公として余について来るが良い。大皇となる余に尽くせ。今まで以上の戦闘に、遅れずについて来るが良い」
「何処までも従わせていただきます」

オーランドリス伯爵シャタイアス=シェバイアスはゼンガルセン大王に仕え、ゾフィアーネ大公シャタイアス=ゼガルセアは大皇サフォントに仕えた。

*************

お前知ってたんだろ、私がサフォント帝の間諜だってこと

『さらばだ! 我が異母兄よ!』

 何時までお前の名は語られるのだろうか。永遠に語られればいいなと、私は思う。
「ゼンガルセン=シェバイアス……か。派手に戦死したお前の名前は、銀河帝国が続く限り残るだろうな。それに連れられるように、私の名前も残るか」
 リスカートーフォンの間では、お前の名は挙って使われるだろう。
 戦死した奴の名前は、好んで付けられるからな。
 それにしても……
「まさか、サフォント帝がオーランドリスの返上を退位の切欠に考えていたなど。あの人の事だから、退位する時期も考えているとは思っていたが……知らなかったんだよ。知っていたら、死んでやっても良かったのに」
 でもな、お前も解っていただろう?
 お前、エヴェドリット王は良いが皇帝は向きじゃない。
 皇帝としても確りと仕事が出来るから……もしも皇帝になって、今回と同じ場面に遭遇したらお前はどうする? 間違いなく、私に行けと命じるだろうな。
 私はそれで良いが、お前は残念で仕方がないだろう。最高の場面で望んだように死んでも叱られないのがエヴェドリット王だ。皇帝はそうは行かない。
「俺達は “人殺し” する為に生きているだけだが、皇帝は “人類” を導く為に生きている。お前は導けただろうが、向きじゃないよ」
 お前があと少し皇帝の素質がなかったら、私は喜んでとまではいかないが、お前の簒奪に協力したよ。お前が皇帝になってもエヴェドリット王の気質のまま、死にたい時に死んでくれるような男だったら。
 お前の死に方を奪いたくなくて反対したのだが、今この瞬間になって賛成していれば良かったと……お前が一番良く死ねる舞台を作っておきながら、死なないようにしておけば良かったと後悔している自分が滑稽だ。ついでに言えば、お前の死を悼むようじゃあ、私は真のリスカートーフォンとはいえないな。
 だから戻るよ、あれ程嫌いだった母親の大公位で皇王族として。
「楽しかったよゼンガルセン=シェバイアス。欲を言うなら、お前より先に死にたかった……が……お前にしては長生きしたとも思う。お前、色々言ったが妃の事、気に入っていたんだな」
 お前の性格からいけば、四十半ばで死ぬのではないだろうかと思ったが。
 先年亡くなった妃を追って逝ったと言えば、お前怒るだろうな……でもなゼンガルセン、先年亡くなった妃、怒ると思うぞ。お前が直ぐ後に来て、鬱陶しいって叫ぶんじゃないか? その際は自分で努力しろよ。もう私が間に入って仲直りさせる事も出来ない……ま、少しの間はあの人がやってくれるか……。

「じゃあな、ゼンガルセン。最後に一言……さよなら、私の異母弟よ」

兄弟だと呼び合った事は生涯一度もなかったが、それでも弟だと思っていた。お前も私の事、兄だと思っていてくれて嬉しかったさ……

*************

 サフォント帝は帝星の皇太子に退位を告げ、それに伴う準備をするよう指示を出した後、一面の壁を透過させ宇宙を映し出させた。それを観ながら一人赤ワインの入ったグラスを掲げ、その男に最後の言葉を告げた。

− 我は人類の未来なんぞ興味はない。欲しいのは戦争だ! 争わせろ! その為に貴様に従ってやるんだ、わかるか? シュスター
− はんっ! 皇帝の位だと? そんな物は必要ない。そんな人類に甘ったるい夢を見させるような立場なんぞ、この我が欲しがるとでも思ったのか?
− 我のこの手を、この身を血塗れの戦場に送ってくれるというのなら、我は、このアシュ=アリラシュは従ってやろう
− 永遠に争いを寄越せ! 戦争をさせろ! 殺させろ! それが出来なくなった時、我等は貴様等に刃向かう。覚えておけ

「ゼンガルセン、古来よりのシュスターとエヴェドリットの盟約は果たしたぞ。余は主には飽く事なき戦争を与えた。心配せずともよい、主のシャタイアスにも永遠の争いを授けてやる。戦争を求め、殺す事を求めシュスターに下った男の末裔よ。主の人生を血の極彩色で染めるのは余としても中々に苦労し、そして楽しくもあった。さらばだ、ゼンガルセン=シェバイアス」
 サフォント帝はそう言い掲げたグラスから手を離す。
 落ちて割れたグラスの破片と服に跳ね返った赤いワインの飛沫。
 その高く掲げた手は暫くそのままの状態であった。
 しばしの空白の後、サフォント帝は椅子に腰掛け、新たな酒を持ってこさせた。無言で酒を注がせ、そのグラスに手を掛け置いたまま暫く何かを考えていた。
「陛下。帝妃より通信が」
「繋げ」
 膝を付き映像端末をうやうやしく掲げた召使と、脇に立ちそれを告げる側近。
 グラスから手を離し、腕を組みサフォント帝は画面を観た。
『陛下』
 画面の向こう側で傅いている女性に、挨拶も抜きに声をかける。
「ケテレラナ。余の退位についての連絡はいったな」
『はい』
「故郷に戻るもよし、余に従うもよし。好きにせよ」
『あの、陛下』
「どうした?」
『今年も数々の誕生祝い、ありがたく存じます』
「そうか」
『陛下、これからもこのケテレラナの事、よろしくお願いいたします』
 その後、ケテレラナは異星人との戦いの勝利を祝した言葉を送った後、直ぐに通信を切った。
 帝妃は気が強いわけでも賢いわけでもなかったが、少なくとも空気が読めないような女ではなかった。帝妃にとって “今日” は、最も皇帝サフォントと会話をしたくは無い日であったのだが、退位の報告を受けた以上、どうしても……と重苦しい気持ちで連絡を取ったのだ。
 その際、今日が誕生日であり、皇帝から数々の贈物を貰ったことに関しても触れないわけにはいかなかった。
 帝妃との会話が終わった後、グラスに注がれていた酒を一気に飲み干し、少しだけサフォント帝は笑い、呟いた。
「今日は標準歴で帝妃の誕生日であったか……ゼンガルセンよ、主は皇帝として生きるよりも軍王として生きた方が似合いだ。主は皇帝となれば、それが足枷となったであろう。主には賢さと責任感がある以上、戦争で死ぬ事ができなくなる。戦争をして好きな時に死ぬ、それがエヴェドリットの生き様。そして主に最も適した生き様よ。その生き方、このサフォントにとって羨ましくもある」

backnovels' indexnext