PASTORAL −105

 攻めて来たゼンガルセンが本城に降り立った時、本城の多くの者達は全く慌てはしなかった。何時か来ると誰もが予想していた為か、城の中はいつも通りであった。
「つまらんな」
 何の苦もなく軍を率い本城を攻め落としてしまったゼンガルセンの愚痴を隣に立って聞いているのは、ナディラナーアリア。
「勝てない戦争はしないのが信条ですからね」
 何時も隣にいるシャタイアスは、自身の力を最も発揮できる機体に搭乗し、敵の増援部隊を待っていた。機動装甲に搭乗したシャタイアスと正面を切って戦う増援部隊、哀れであるが『ある一人』が死ねば、確実に後は降伏する。その一人を殺害する為にシャタイアスは待機している。『お前の女関係の後始末までつけなきゃならんのか』笑って言いながら。
 その為、今ゼンガルセンの傍にいるのはナディラナーアリア。二人は多数の部下を連れ、玉座へと向かっていた。
 回廊を抜け、途中飾られているサフォントの肖像画に口元を歪ませた笑いを向けた後、玉座の間の前に立った。既に開かれている扉の向こうには、タナサイド王。
 帝国の最大軍閥の長はゼンガルセンに下った者達の手により、玉座から引き摺り下ろされ肢体を切り落とされ、無様に転がされていた。
 ゼンガルセンは膝を付き、まだ息のあるタナサイド王の耳元に呟く。
「シュスターに手の届く血を持って誕生させてくれた事には感謝しますが、アウセミアセンを生かしておいたのは少々ねえ。それと狂妾妃ですが、いくら狂妾妃に力が及ばないからといって、屈強な兵士に手足を抑えさせて事に及び、後日それ達と共に猥談のネタにして語り合っているのは如何かと。それを知った息子がどう思うかまでは、想像できなかったようで。そのおかげで我は帝国最強騎士を手に入れる事が出来たのだが。何にせよ、言葉に出来ない沢山の感謝をこめて貴方の首を落とさせていただきます。タナサイド=タナサイム」
 叫び声すら上げる力の残っていなかった王は、最後に息子に向かって投げつける恨み言すらなかった。
 切り落とされた首、それと同時に大きな拍手と大歓声が起こる。その終らないような喝采の中、
「おめでとうございます」
 ナディラナーアリアはそう言い、ゼンガルセンの前で膝をつき頭を下げた。それを合図に他の者達も続々と傅く。
「まだ早いんじゃないか。最大の敵が残っているだろう」
 最大の敵とは、兄であるアウセミアセンではなく姉であるエリザベラ。
「では、遠くの敵の前に近くの敵を倒しに行く前に、此処の敵を排除していきましょう。後方の憂いを断つのは基本ですので」
 後方の憂い事、兄を討つのはゼンガルセン。
 本城全てに声を届ける。
「アウセミアセン、聞こえてるか? 聞こえてるなら返事をしろとは言わんが。弟が攻めて来たってのに、お兄様はお隠れか。お兄様らしいっちゃあ、らしいな。そこで、リスカートーフォンの当主らしからぬ “かくれんぼ” をしているお兄様にチャンスを与えましょう。今から五時間、我から隠れきれれば殺さずに生涯幽閉して差し上げましょう。さあ、行きますよ!」
 馬鹿にした様な言い草で、兄にこれから殺しに向かう事を告げるとマイクを投げて、剣を握り用意させておいた移動艇に脚をかけ振りかえった。
「隅っこで小さくなって震えてるだろうよ」
 彼は兄が何処に隠れているのか知っている。
 調べるまでもなく、何処に逃げ隠れたかを知っていた。兄が助けを求める相手が何処にいるか。
「どうぞ、兄弟仲良く最後の遊戯を楽しまれてください。あの人を宥める以外は私で代理がききますので」
 惑星一個全てが本城である為、それ相応の準備さえしていれば一年以上逃げ隠れる事は可能だが、追う者がゼンガルセンで、追われるものがアウセミアセンである以上、それも無理な事。
「任せたぞ、ナディラナーアリア」

***************

 先ず嫌いなのは自分の髪が銀髪であるということ。
 リスカートーフォンの長子でありながら、銀髪など!
 有り得ないのは、眼球色が皇帝色ではないこと。
 あの弟は正配置で、左眼球など等級『1』滅多に現れないそれを持っている。妾妃の産んだ、帝国最強騎士も正配置で右眼球が等級『1』。
 私は等級20だというのに、何故狂妾妃の子が第一級のモノを持って産まれてくるんだ? おかしいだろう。
 父はバカだ。何度もゼンガルセンを殺せと言ってやったのに! アイツは絶対に簒奪を仕掛けると教えてやったというのに、全く無視しやがって。
 サ、サフォントに連絡をして! 救助を! ……い、いや今サフォントは離宮に……。なんでこんな大事な時に限って離宮なんぞに行っているんだ! 妾児の頼みだとか! 何を考えてるんだ! 今、私が身の危険の晒されているというのに! 後で覚えていろ、皇帝の伽しか能のない妾腹の大公め!
 だが、帝星の連絡を! 帝星の誰に連絡をつける……カルミラーゼンは苦手だ、クロトハウセはもっと苦手だ! あの天才軍人め……あの二人に比べればサフォントの方がまだ……そ、そうだ! エリザベラだ!
 深い仲にまでなった兄を見捨てる事はないだろう! リザベルタリスカは信用できない、あの女は直ぐにゼンガルセンに乗り換えるに決まっている。
「エリザベラ! 助けてくれ! ゼンガルセンが!」
『……兄上、お聞きしたい事があるのですが』
「そんな事よりも、クロトハウセに私の救出命令しろ!」
『兄上』
「エリザベラ! 早くしろと言っているのが解らないのか!」
『ケシュマリスタ王ってアナタの事を覚えてないんですけれど、強姦でもなさったのかしら』
「エリザベラ、何を……」
『それでね、退位した国王は大公が後見人になられる事に決定したんですって。意味解る? アナタが強姦して記憶障害を引き起こさせた『最も美しき男』が『最も美しき男を愛する男』に引き取られるの』
「私は強姦などしていない! カウタマロオレトには触れてはいない!」
 アイツは強姦されれば前後、最中の事を忘れるだけで、それ以外で会っていれば相手自体を忘れる事はない! 事実、アレの事は覚えている! アイツを強姦したあの男の事だって……だが……私の事を覚えていないのか?! 何故だ? 何故私の事を覚えていない?
『カウタマロリオオレトですわ……馬鹿みたい、国王の名前間違って。なんにしても私はアナタなんかに構っている暇はないの。これから大公の寝所にはいるのだから。どうにかして、私自身の身の安全を図らないといけないからね』
「誰の、寝所に?」
『夫以外の誰の元に行くというのかしら。それと、ケシュマリスタ王がアナタの事を覚えてない理由について説明できるなら、クロトハウセ大公に直接依頼してみればどう?』
「本当に……アイツは私の事を知らないと?」
『全く記憶にないようだったわ。クロトハウセ大公はアナタが強姦したと考えている筈よ。そんな男の元に援軍に駆けつけるとはとても思えないけれど。アナタと国王を天秤にかければ、確実に国王の方に傾くでしょうからね。私は忙しいから切るわ』
 カウタ? 私はアイツには触れていない。それは綺麗な男だから、犯してみたいと考えた事はあるが……私も馬鹿じゃない。特に “あの一件” が露呈した後、サフォントの目は厳しくなった。
 サフォントが居ない時はあの狂妾妃の子が付いて歩いていた。だから、私はあの男には触れていない。
 アイツに話しかけたことも殆ど無いが、まさか……覚えてすらいないのか? 嘘だろう。あれだけ長い期間一緒にいて覚えていないだと? 狂妾妃の子のことは覚えているだろうが……わ、私はあの男以下だというのか?
 そ、それは……確かに私はエリザベラに……だからか? だが、深い意味があるわけではなく……ただ……女の部分に触れたら、サフォントに……サフォントに殺されるから……怖かったから……隠れよう! サフォントが戻ってくれば、私を救うために軍を寄越すはずだ! 私は……
「我も自分が天才である事が、これ程不自由だと思わなかった。全く痛みがなさそうだな、もっと下手に斬らねば痛みが出てこぬようだ」
「うぁぁぁぁ!」
 ゼンガルセン!? そして右手が無い!
「な? 右手ないだろ? だが、痛まぬだろう? 我の斬り方はなぶり甲斐がないなぁ」
 私は、この何でも努力せずに出来る弟が大嫌いだ。
 何をしたってこの弟に勝てるはずがない。だから努力なんてするものか。勝てない事を知っていながら、そんな努力をするなど無駄だ。私は努力せずとも、国王になる……国王になれる生まれなんだ!
「どうして此処が解った!」
 ここの通信システムは独立している。それに調べたとしても、此処まで来るには時間が必要だ。本城の玉座の間の正反対にある。どれ程急いでも……隠れる時間はあるはずなのに。
「叔母君の別宅に隠れている事ですか? お兄様此処で密会してたじゃないですか。実の妹と楽しく性交、違いました?」
「……」
 叔母が私を売ったのか?
 そんなはずは無いだろう? 彼女が私とエリザベラの間を……
「あの大天才サフォントに劣等感を抱いていたのは解ってたんで、お兄様の歪み間違った矜持を満たしてやろうと思って、エリザベラに股開かせるように仕向けてやった弟の優しさは如何でしたかな? 皇帝の正妃候補を寝取ったくらいで満足できる矜持なら、最初から持っていない方がマシというものですが。そこが解らないのが貴方らしいですね、お兄様」
「きさ……ま……!!!」
 いいながら弟は左足の太股に刃をあて、引く。止めろという声を上げる隙さえ与えてくれない。
 血は出ているが、噴出しているほどじゃない。この出血に対する強さはリスカートーフォンだ……切られた足は弟に蹴られた。ゴロゴロと転がってゆく。そして、
「左足も切ったよ。ねえねえお兄様、不思議だと思いませんでしたか?」
「……な、何が、だ……」
「お兄様の妃リザベルタリスカも、シャタイアスの妻であったクラサンジェルハイジも、テルロバールノルの王太子デルドライダハネも、今回帝后に内定した妹のロザリウラも、皆、歴代最高の名君と誉れ高い皇帝の正妃になりたがってたのに、何であのエリザベラだけお兄様のような、愚鈍で矮小で才能もなく失敗は全て他人のせいにして、自分より立場の弱い相手を裏側でいたぶるような屑に抱かれる事を選んだんでしょうね。お兄様、あなた “あの名君サフォント” に勝てる物なんてありましたっけ? 無いですよね? それなのに何故だと思いますか? もちろん性格だってサフォント帝のほうが遙かに良いでしょうに。おっと、そろそろ右足でも切るか」
「やめっ! ゼンガルセン!!」
 エ、エリザベラが……抱いて欲しいと私に、だから抱いてやったんだ。
 サフォントの妻になる女だから、ああいい気味だと……。エリザベラはサフォントより私を選ん……だ……
「種明かしをしますと、エリザベラに皇帝の妃になると “怖い” という事を吹き込んでもらったんですね、そうですね洗脳に近いレベルでしょうか? その流れで貴方と情を交わしたわけですよ。エリザベラは皇帝の妃になりたくは無かった、だから貴方に抱かれたわけですねお兄様。それを吹き込んだ人が誰か解りますか? 王が正妃の教育係りとしてエリザベラに付けた先生、元正妃経験者ですね。そりゃまあ怖い思いをしたそうですね、ねえ? ラータリア=ラリア前帝后」
 コイツは手段を選びはしない。
 いや、手段は選んでいるんだろう、最上級の方法を。
 コイツの声に応じるように、叔母が現れた。私を無視してゼンガルセンの隣に立つ。
「お、叔母……う、え……」
 私とエリザベラの間を取り持った叔母は、ゼンガルセンの首の手を回し抱きついた。それは叔母と甥の親愛の情によるものでなく、男女の物だった。
 こういう事か……
「皇后リーネッシュボウワの恐怖をエリザベラに吹き込んでもらった訳だ。あの皇后の息子である以上、皇帝もそうであるかも知れないと思わせる程に。エリザベラは思い込みが激しいからな、一度そう思うと中々持論を変えようとしない」
 ああ、そうだ。
 あまり賢い女じゃなかったさ……。皇帝の正妃用に育てられた、面倒な事は直ぐ人に押し付ける、そういう女だった。
 だから楽でもあった。
 抱いていても自己主張が強くなくて。行為の最中あれをしろ、もっとああしろと命令する妻よりは楽だった。
 私より才能があるものだから強く出てくる上に、文句も言えない。だから才能も何も無い女が良かった、実の妹だろうがなんだろうが。
「ごめんなさいね、アウセミアセン。私、貴方のような無能な人は大嫌いなの! 貴方を見ていると何もしてくれなかったクロトロリア帝を思い出すわ!」
 そうだな……私にとって都合の良い女と言う事は、この弟にとっても都合よく動いてくれるように仕向けやすい女なんだ。そして、それ以上に動かしやすかったのが私と言うわけだ。
「エリザベラが皇帝の正妃になると困るのだよ。我が貴様を殺害してもエリザベラが、そして皇帝とエリザベラの子が “我よりも” エヴェドリット王位の上位継承権を持つ事となる。解決策としてはエリザベラを殺害しなくてはならないが、あの名君の正妃となってしまえば我とて容易には殺害できぬ上に、我が力を付ける前にエリザベラは正妃に内定していたから、殺すわけにもいかぬ。故にエリザベラが皇帝の正妃にならぬよう、お前に協力してもらったのだよアウセミアセン=アウセミアウス! 最後の左腕を切ろうか」
「お、おま……え……」
 手も足も失った私は、弟の笑顔を見上げる。
 悔しかった、こいつの存在の全てが。ただ勝っているのは、生まれた順位が先であり継承権があるという事だけ。それも、殺害という方法を持って解決する男。
「貴方を殺さなければ王にはなれない可哀想な弟の為に、死んでくださいませんかお兄様? 最後に何か望みでもありますか。協力してくれたお礼に聞いてあげましょう」
 は……一人で死んでやるものか!
「はっ……はっ……帝后を殺せ」
 こうなれば道連れだ!
 私が言った言葉を放った直後、ゼンガルセンは叔母の下腹を切り裂いた。
「ひっ! お、王……子……」
 驚愕の表情を浮かべて崩れ落ちる。
 こいつの事だ、どうせ……殺すつもりだったんだろ……
「満足か?」
「はぁはぁはぁ…………はっ……はっ……」
 人間など、意味があって生まれてきたわけでは無いが……ないが
「じゃあね、お兄様。近いうちにエリザベラも送ってさしあげますので。もう必要ありませんでしょうが、お互いにとって」

 こんな奴、生まれてこなければ良かったのに! こんな弟、作るな! 何でこんな弟が生まれてきたんだ! こんな奴! こんな奴!

「死にたくない!」
「うん、だから殺すの。死を覚悟した奴なんてよほど立派な相手でもない限り、殺しても面白くないのだよ。エヴェドリットなら誰もが知っている事だ、お兄様。あんたは無様がお似合いだ」

 私の首は転がり落ち、そこにゼンガルセンの靴裏。キシキシと響く骨が軋む音。

「人は死ぬ為に生まれてくるのではない。我等エヴェドリットに殺されるために生まれてくるのだよ……忘れたか? それとも覚えていなかったか? まあ、もうこの潰れた脳じゃあどうもできんだろうな、くっくっくっ」

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