PASTORAL −103

 無事帝星に到着した。
 ……無事ってのかなあ? 帝星周辺は艦隊が出ていて臨戦態勢さながらだった。身体を起こしてモニターを見ると、戦争の布陣か? と思う程の有様。正確な布陣は知らないけど、イメージが。
 ゼンガルセン王子は、率いれるだけの艦隊全てを率いた上に、シャタイアス閣下を機動装甲に搭乗させたまま帝星に来たらしい。
 この軍勢なら、帝星落せたんじゃあ……本当に、落とせたと思う。尤も、落としたとしても、そこにお兄様がいて討ち取れなければ無駄な内戦になるんだが……彼等の性質からすると、無駄な内戦はないが、その戦闘で疲弊して無傷のお兄様と戦って勝てるとは、ゼンガルセン王子も考えたりはしない。
 だからお兄様はそれを見越して離宮にお出でだったらしい。ゼンガルセン王子が先に到着しても帝星に攻撃を仕掛けないようにする為の。
 でも、出御なさってなくとも “攻撃はしてこなかったであろう” って言っていらした。時機とか勢力とかの兼ね合いがあるんだそうだ。
 皇位を狙おうなんて、思った事すらないから解らないし、一生解るつもりもないが。
「正しい判断であろうな。未だエリザベラは処刑されておらぬ上に、クロトハウセは存命とくればこの警戒も当然である。エバカイン、余はこれからゼンガルセンと会談せねばならぬ。暫くの間は会えぬが、我慢できるな」
 そう言って頭を撫でてくださった。
「はい。お兄様の事独占して申し訳ございませんでした」
「余も楽しくあった。治療して戻るなり、そのまま戻るなり好きにするが良い。ではな、エバカイン」
 ……お兄様の事だから、俺や宮廷医師達の思惑なんて解っていらっしゃったんだろうが、それでも横になってくださって良かった。
 この先は俺は何の役にも立てないので、お見送りをした。それで俺は、お兄様のお相手という大役は終わった。
「い、たたたた」
「ありがとうございます、大公殿下。それで治療は如何なさいますか?」
 ラニアミアに頭を下げられる。宮廷医師も本当に大変だな。
「このままで良い。余韻云々言った手前な。身体を解すつもりでゆっくり歩いて戻る」
 強張った体でゆっくりと壁を伝いながら、宮に戻って寝た。本当は寝ている場合じゃないのかも知れないが。もしも何か御用があれば、呼び出してくださるだろうと思って。
 その後、熱がぶり返してうなされるハメになった……さすがに治そうか? と思ったんだが、今度はお兄様がそのままでいろと仰られたので。
 結局、その “せい” なのか “おかげ” って言えばいいのか、俺は大公妃の処刑に立ち会う必要はなかった。
 だが気になったので、少しだけ情報を貰った。
 聞いた所によると、エリザベラ妃の腕を切り落とせなかったカウタマロリオオレト殿下をカルミラーゼン兄上が手伝ったとか……多分、そういう補佐するの俺の役目だったと思うんだよな。
 その後、泣きながら殿下はクロトハウセの元に向かったそうだ。
 そして、他の宮でもお妃達が生活する為の準備が始まったらしい。
 女官長がご挨拶がどうのこうの……俺出て行くから関係ないと思うんだが……。そのうち、カルミラーゼン兄上が全て処理してくださったようで。
「ご迷惑ばかりかけて」
 熱で浮かされながら、カルミラーゼン兄上が『挨拶は代わって済ませておいた』と仰ってくださったのを聞いた。
「気にする事は無い。これから寂しくなるから無理をしてしまったのであろう? 解ってる、解ってる。だからゆっくり休むと良い。雑多な儀礼は私に任せておきなさい。お前は式典に出るだけでよいから、その時は綺麗な姿を見せてくれ、エバカイン」
 何時もお優しいカルミラーゼン兄上は式典の総責任者で、式に臨む俺の衣装や小物など全て整えてくださったそうです。
 汎用の利かない弟で申し訳ないです。唯一の頼みの軍事も、身体能力が良い程度。
「は、はい」
 でも宮から出るのにも、色々な儀式があるんだなあ……そう思いつつ、また寝た。
 大公妃の処刑から二日後の夜に聞こえた小さな声、
「……え……あに……」
 目を開けると、そこにはクロトハウセがいた。
「身体の方は平気なのか?」
 ど、何処から入ってきたんだ?
「私の方は全く問題ございません! 兄上は」
「私ももう大丈夫だよ。心配してわざわざ来てくれたのか。本来なら私の方から見舞いに行くべきなのに」
「そんな事ございま……誰か来ました! 失礼します!」
 不思議な事に、天井に背中から張り付いてた……要するに俺を見下ろしているような状態。ど、どうやってあの体勢で天井に貼り付けるんだろう? 天井に抱きつくようにくっつくなら俺でも出来るが、背中側はむりだよ。これが身体能力の違いってやつか? 結構高いんだよ、皇后宮の天井って。
「大公殿下、必要なものはございませんか?」
 女官長が定時の伺いに来た。
「ない。下がってくれ」
 本来ならクロトハウセに茶でも出してくれるように頼むところだけれど、た、多分お忍びなんだよね、天井に張り付いてる所をみると。だから、早急に下がってもらった。
「はい」
 彼女に気付かれないように観ないようにしてたんだが、興味が!
 彼女の足音が遠ざかった後、音も無くクロトハウセが降りてきた。何でこんなに無音で着地できるんだ!
「す、凄いな! クロトハウセ」
「いえいえ。兄上、皇帝陛下と今回の出来事ですが、案は私が提出いたしました。陛下は一切関係しておりませんので、陛下の事! うわ!」
 突然また天井に張り付いた。上手だな……ってか、今度教えてもらえばいいのかなあ。あんまり天井に張り付くような任務とかは……
「エバカイン」
 突如お兄様が! いや、お兄様の私室の直ぐ傍にある寝室だから、来られても全くおかしくはないんだが。
「お兄様」
「調子は」
「平気です」
「そうか。明日はそなたの母が来るそうだな。ゆっくりと語らうがよい」
「はい!」
「それと、クロトハウセがもしも参り、何かを言ったとしても信用せぬように。全ての決断は余が下した物である」
 これはもう、天井にクロトハウセがくっ付いてるの解って仰ってるなあ。
「余は東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、余は全宇宙なり。全ての事象は余の掌中にある」
 言いながら微笑まれた。全ての事に対してご自分が責任を負われるって事だろう。
 ご立派というか……それにしても “余は東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、余は全宇宙なり” お兄様が言われると、洒落にならないくらいピッタリと嵌る。
「まだ執務がある故に戻る。ゆっくりと休めエバカイン、命令であるぞ。そして、明日の叙爵式の警備任せたぞ、天井にありよ」
 俺はベッドに座ったまま軽く会釈して、お兄様を見送った。扉が閉まった音の後、また無音で降りてきたクロトハウセが、困ったように頭を掻きながら、
「陛下の言葉を否定するつもりはございませんが、案を立てたのは私です。陛下はそれに許可を下さったまでの事」
「でもその許可がなければ、クロトハウセは行動に移さないだろう? その事なんじゃないかな。私は明日の叙爵式も欠席だけど、クロトハウセ、お兄様の警護よろしく頼むね。ゼンガルセン王子は危険な人だから。私が言う以上に知っているだろうけれども」
「ご安心ください、クロトハウセが必ずや陛下をお守りいたしますので。それではまた!」
 クロトハウセは窓から出て行った。開いた窓もちゃんと閉めて……ワイヤーみたいなので……意外って言ったら怒られそうだが、意外と器用なんだね。

何処で練習したんだろう? それとも皇子の必須科目なのかな?

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