PASTORAL − 99

 お兄様と仲良く毎日過ごしております。お兄様は俺なんかにとても気をつかってくれていて……サイコロ……ですか。
 俺の手の中にあるのは多面体。そこに字が書かれてるんだ。“初恋について”とか、そりゃまあ可愛らしい字で。何でも、ルライデとデルドライダハネ王女からの贈物なんだとか。字は王女自ら書いてくださったそうです。容姿と同じく可愛らしい字書く方だな……筆圧高いけど。強化プラスチックが凹んでるくらいだ。何本ペン先潰したのかな……。
「腹を割って話し合えるように。その話題提供用だ」
 多面体には、話のネタが書き込まれていて、それを語り合おうという事だそうです。
 お兄様と腹を割って話すのですか……本当に腹割らなきゃならない話しになったら、どうしましょうか……ま! その時はその時か!
「余から語ろうではないか」
 お兄様は俺に投げるよう指示を出されました。
「では、投げます!」
 お兄様が語るんだから! 変な項目出るなよっ! とぁぁぁ! ログハウスが壊れない程度の強さで壁に多面体を投げつける。『ぽよんぽよん』と言いたくなる動き、そしてそれが止まった。俺はそれを拾いに行く。
 何でも、最も上に出ている面に書かれている題目を語り合うんだって。よし! 字くらいは読めるから! 大きな声ではっきり……
「……は、初めて不倫した、と。き……」
 小さな声で、尻すぼみになりながら言ってしまいました。なんでこんな項目が! よりによって、何故こんな項目が出てしまうんだ! そもそも、何故こんな項目があるのですか! デルドライダハネ王女! ……と、ルライデ。
「初めて余が行った不倫か。その相手は、」
 お兄様はその紅蓮な御髪を触られながら、事もなげに語り始めるし……え? あ、お、なさった事あるんで、す、か……不倫。でもお兄様の場合は、誰となさっても不倫にはならないような。
 だって、人妻を愛人にしても誰も何も言わない筈ですが。
「アイリーネゼン。カウタマロリオオレトの妻だ」

我が永遠の友の妻!

 さすがお兄様程になると、不倫相手も王妃か……凄いなあ。感動して良いのかどうかは知りませんが、少なくとも俺は感動いたしました。感動というか、衝撃が正しいのでしょうが。
「余が空閨を囲って二年が過ぎた時の出来事、十九の頃の話だ」
 十九歳で空閨って……お兄様、さすがというか何と申しますか、事実なんですが。
 十七歳の時に皇太子妃が亡くなって、十八歳で即位、そして十九歳で不倫。格好良いと申したくなります。お兄様以外のヤツなら何とも感じませんけれど。
「家臣が十九の皇帝が空閨なのは侘しかろうとな。一夜限りの相手は居ったが、出来れば特定の愛人の方が良いのではないかと。そこで選ばれたのがカウタマロリオオレトの妻・アイリーネゼン。他にも、今回皇妃に選ばれたクラサンジェルハイジなども候補にあがっておったようだが、その頃丁度クラサンジェルハイジは妊娠しておった。相手をさせ間違って流産させてしまう可能性もある故に、王妃アイリーネゼンとなった」
 それは浮気なのでしょうか……俺の感覚では、上手く表現できないのですが……浮気ではないような、でも王妃は浮気?
「中々に美しい女ではあった。カウタマロリオオレトより十歳年上、余よりは十四歳年上の女の盛り。性格は控え目」
 お兄様、凄いなあ。十九歳で十四歳年上って事は三十三歳ですよね。 ? ……あれ? もしかして、その王妃は、
「そなたの母、宮中伯妃と同い年だな。余とも親子程の差はあったが、余はそれほど気にならぬ方だ」
 やっぱり! 母さんと同い年だ!
「は、はあ……」
 母さんと同い年ってだけで吃驚だ。
「平民には少ないが、皇族であれば十四歳離れておれば、実の親子でも何ら不思議ではない。シャタイアスの母であった皇女も宮中伯妃と同い年だ。あれの母、ゾフィアーネは皇族であった故、十三で妾妃となり十四でシャタイアスを産んだ」
「す、凄いですね」
 母さんでも充分若い母親だったんだけどなあ、一般学校だと。周囲の人から、若いお母さんだねとよく言われたが。
「シャタイアスの話題が出たついでだから教えておこう。皇族には生まれつき発狂している者が多い、王族も同じであるが。シャタイアスの母、ゾフィアーネ大公もそれであった。ただこの生まれつき発狂しておる者の “子” は天才になる確率が非常に高い。よって、愛人に請われる事が多いのだ。シャタイアスの祖父は、我等の祖母帝の皇婿。リスカートーフォンのバーローズの血が濃い男であった為、娘である皇女ゾフィアーネはそれが出た。己では制御できぬほどの狂気を持って生まれてきてしまったのだ」
 バーローズ公爵家の血……
「戦争狂人ラウ=セン・バーローズですね」
 俺も軍人ですから、武門なら大体。いや、武門でなくてもバーローズ公爵家は知ってるよ。リスカートーフォンの両翼というか、リスカートーフォンの化け物というか……
 反逆の王家の反逆の家臣。エヴェドリットが皇位を狙えば、バーローズ・シセレード両公爵家はエヴェドリット王位を狙う、と言われる家の一つだ。戦争狂人バーローズと、殺戮人シセレード。そして反逆の王……気が休まらない一族だよなぁ……。
 まあ、ゼンガルセン王子くらいになれば、その位のスリルがあった方が良いんだろうけれど。
「あの家門でそう言われる程の一族だ。当然、現リスカートーフォン公爵タナサイドが欲しがる。故に先帝クロトロリアは、その妹をタナサイドに請われた際にあっさりとくれてやった。結果、生まれたのが帝国最強騎士シャタイアスである。これでまた発狂した者を好んで求める者が増えるであろう。この一連の出来事こそシャタイアスがタナサイドを嫌っておる原因であり、永遠に分かり合えぬ理由である。貴族や王族、皇族の婚姻は想い合ってのものでは無いが、最低であっても妥協や諦めは存在する。だが、あの女とタナサイドの間にはそれすらなかった。いや、タナサイドにはあったであろうな、打算が。対するあの羽根の皇女には何もなかった」
「羽根の皇女? ですか」
「ゾフィアーネ大公は羽毛布団を切り裂くのが好きでな。一日中羽毛布団を切り裂いて、中から羽根を取り出して部屋中にばら撒いておった。そのせいで、シャタイアスの髪には白い羽毛がよくついておった。黒い髪に白い羽毛は目立つ、余は見たところで不快でないが、当人は不快であっただろう。それをアウセミアセンは『狂人の冠』と言って嘲笑っておった。あの男もそんな事を口にせねば、シャタイアスに恨まれる事もなかったであろうに」
 もしかしなくてもオーランドリス伯爵閣下が当主と第一王子についていない理由って、それですか。
 そりゃ当然と言えば当然だ。そして、クロトロリア帝! 文句を言う筋合いではないし、慣習なのかもしれないけど……彼を自分の父親だとは思ったことはないが、何となく情けない。そして閣下に申し訳ない気分だ。
 いや、そりゃ……多分、それ以外道は無いのかもしれないけれど……き、気分悪……。
「エバカイン。気持ちは解るが、クロトロリアを責めるな」
「す、済みません!」
 顔に出てたか。
「何れ余も同じ決断を下す日がくる。その時、そなたに今の顔で見られるのであろうな。それを知っていても、余も同じ決断を下す。シャタイアスのような天才に最も魅せられるのは余だ。あれが一人居れば、一億の臣民が戦争で死なずに済む。その誘惑に抗えるほど余は強くはない」
「申し訳ございません。ご決断を下されるお兄様が最も御辛いのを失念しておりました」
「普通に喋ってよいぞ」
 ええぇぇぇ! この深刻な会話の流れで突然普通にですか? えっと……
「もしもそのような方が現在いらっしゃいましたら、そして私でよければ結婚したいとおもいます。同情じゃないとは言いませんが、好きになれると思います」
「却下」
「だ、駄目ですか? でも、一応は機動装甲にも乗れますので才能がなくなる事は」
 無いと思うのですが。閣下ほどの天才は無理でも、それなりの帝国騎士は生まれると……が、頑張るさ! あれ駄目っぽいが! お兄様と帝国と、観た事もない女性の為に頑張れますよ! 大事にしますよ、精一杯。どれ程のことが出来るかは不明ですが。
「そなたの優しさの前では、余すら立つ瀬がないな。そなたの妻にするくらいならば、女は全員余の妾妃としようではないか」
「それが最良でございましょうね。お兄様にお仕えできれば幸せでしょう」
 ……お兄様、また変な顔をした。なんなんだろう? この雰囲気は?
 お兄様は直ぐに笑い出してくれたが。
「本当に、そなたの前では余は立つ瀬がないな。そうだ、話がずれたな。余とアイリーネゼンの不倫であるが、凡その宮廷人は知っておる。三年程続いたのでな、あの女とは。戦死がなくば今でも続いておったであろう」
 ほ、ほぇぇぇ……何か、色々凄くて良く解らなくなってきました。
 その、何と申したらよろしいのでございますで、ございましょうか? 凡そ? 三年? それって殿下もご存知って事ですよね? 普通に考えて。
「死んだザデフィリアを想い結婚しなかった訳ではないが。一年は見逃してくれるが二年も皇帝が空閨を囲っているとなると、周囲は焦るのであろうよ」
 い、色々あるのでしょう。
 でも三年続いて、今も続いていただろうって、お気に入りだったわけですよね? 好きだったと解釈してもよろしいのですよね? 今でもお好きなのかなぁ……いや、お好きだとマズイよね。一応、ケシュマリスタ王妃であったわけですし。ただの愛人ですよね、あの公的な愛人ってヤツ。
 でもお気に召してられたら、妃に出来ましたよね? だって皇帝の正配偶者の次に格のあるケシュマリスタの王妃になれるくらいのお家柄……そうそう! カロラティアン伯爵家の出でしたね! アイリーネゼン王妃は。
 なれる! 問題なくなれた筈だ! アイリーネゼン王妃は! え、あ? お兄様と殿下で一人の女性を取り合い? ……う、あ、あ……こういう時ってどうやって話しかければいいんだ?!
「お、お兄様。次、俺の番に!」
 他人の不倫話って苦手だよ! 
「振るが良い」

「初恋」

 初恋ねぇ……初恋かぁ……元気にしてるかなあ、ラスーザさん。今頃、幸せに暮してるといいなあ。

backnovels' indexnext