PASTORAL − 100

 俺は無事語り終えた。
 特に面白いものではないだろうが、お兄様は黙って聞いてくださったよ。誰にも喋ったことないからなあ、コレは。
 それで再びお兄様の番です! 変な項目が出ませんように! うりゃぁぁぁ!
 まあ、それで……変な項目ではないのですが、途轍もなく微妙な項目が。
「マ……ママの事、だそうです」
 デルドライダハネ王女はママって呼んでるんだろうな、サリエラサロ王の事。確かにあの可愛らしい容姿なら、それは似合う。でも……
「ママの事か」
 げはっ! お兄様の御口から『ママ』なる単語が飛び出すと、違和感を覚えます。何か違う生物のような気がしてなりません。
 軍用改良犬ドゼール(刑務所に配置されている、かなり強い犬)よりも強そうです。逃走犯捕縛用蛇・ララーン(聴覚を備えた蛇。命令を聞くように改良されている)よりも締め付けてきそうです! ……ララーンに締め付けられたら死ぬけど……。
「は、はい……」
 お兄様は豪華なイヤリングを指で弄びながら語り始めました。
 機動装甲に乗れる人は体に穴あけない。体が衝撃に弱くなるから無用な傷はつけない。結構重力とか衝撃とか凄いんだよ。
 ついでに近衛兵団も。ピアス穴なんかあろうものなら、そこにピアスしてようものなら、それ引張って流血させて……となるので。
 そんな事はさておいて、お兄様のママ事、皇后陛下のこと……ちょっと知りたいような気はする。
 お兄様の母上だから……俺は母さんのこと語りたくはないけど。語るような事ないから……ただの、そこらにいる節約母さんです。よく言えば確りしている、悪く言え……言いません、言いません。はい、産んで育ててくれた母親ですので。

「これも良い機会であろう。余の母、皇后リーネッシュボウワ。そなたから観れば憎んでも仕方ない相手であり、それは余も許そう。ただ、余にとって皇后は悪い母ではなかった」

「皇后は、皇后であり、皇后としては優秀であったのだ。リーネッシュボウワの不運の一つは余を産んでしまった事にある。皇帝の第一子、即ち皇太子を産んだ為にあれは必死になった。皇帝の第一子を何としてでも次代皇帝にせねばならぬと、銀河帝国建国以来の法律と伝統に固執し、皇后自身の評価を落とした」

「そなたがカルミラーゼンやクロトハウセ、ルライデを見て解る通り、三大公は非常に従順である。通常、あれ程に才能があれば皇帝の座を一度は狙うものだ。だが、三大公にはそれはない。その芽を潰したのが皇后である。リーネッシュボウワにとって我が子であっても皇太子とそれ以外は違い、徹底的に教育を施した」

「ただ、皇后はよく従った。次代皇帝である余にもそれは良く従い、傅いたものである。皇后は自ら権力を握る気は全くなかった。ただ皇帝の第一子を、ケシュマリスタから来た皇帝の正配偶者として皇位に就ける。それだけに人生を費やし、その望みが叶ったと同時に死を選んだ」

「皇后は余を産まねば、別の女が皇太子を産んだ後に余を産めば、余を皇帝の家臣として育てたであろう。皇后を悪く言うのは簡単であり、悪く言われても仕方ない事も多数ある、それは余も認めよう。だが余の母であったのは確かだ」

「余は皇帝となった事であれの望みの全てを叶えたが、子としては何も望まれなかった。皇帝と母とはそのような関係が最も好ましいものではあるが、それだけでもある」

「あ、あの……お兄様」
 思えば宇宙で最も特殊な親子関係だよな、お兄様と皇后陛下は。何かこう……親子ではないけれども……難しいけど、お兄様が皇后陛下の悪口を言わなかった事に、俺は少しだけ安堵した。
「ただ、それを差し引いても宮中伯妃に対する扱いは悪かった。それに対し、謝罪もしよう。皇后を生かしておいて、そなたと宮中伯妃に謝罪させようかとも思うたが、宮中伯妃が拒否してな」
「え? 母さんが?」
 俺の知らない事が!
「要らぬ、と。そなたの母は皇后よりも確りとした一己の人格を持った人間である。見事だ」
 か、母さん! お兄様に! 銀河帝国皇帝陛下に褒められてるよ! その性格……
「あ、ありがとうがざいま、じゃなくて! ありがとうございます!」
 嬉しいけど、吃驚したなぁ……。
「皇后の事は聞いていても腹立たしかろう」
 ああ、そうか。……あんまり母さん皇后陛下のこと言わなかったから。
「いいえ! あの……できましたら皇后陛下の事、もっとお話いただけますか?」
 そして世間に流布している、俗なことしか知らなかったから、曖昧な『苦手意識』を俺は持っていたんだな。直接知る術は持っていないから仕方ないが、噂だけを聞きその中の皇后陛下に対して俺は嫌悪を募らせてたんだろう。
「リーネッシュボウワの事など、其方聞いても楽しくはなかろうが」
 俺にとっては全くいい人じゃないけれど、
「いいえ……差し出がましいようですが、お兄様が楽しそうだったので……」

 お兄様、少しだけ微笑まれたよ! 初めて見た! うわ……あの、何て表現すればいいんだろう? 違和感ない! お兄様って微笑まれれば、顔の違和感消えるんだ!
 何時も微笑まれれば……何時も笑ってるわけにもいかないもんな、皇帝が日夜笑ってたんじゃあ。

「リーネッシュボウワに対しては多く言葉を持たぬ。あれを弁護するのも間違いであろうし、あれを貶めるのも間違いであろう。余は多くの物を持っておるが、悪く言う言葉は持っておらぬ。こう見えても悪口は嫌いでな。母であった、それだけは間違いない」
 世間的には評判の悪い皇后陛下のこと、話す相手もいないのでしょうし、聞く人もいないんだろうな。
「あの! 失礼ですが! 私も皇后陛下の事嫌いではありません……お兄様と他の大公方という兄弟を残してくださったので。無論、私などに対しての事ではございませんが……皇后陛下を母に持つ皆様のこと私大好きです」
 前だったら、多分言わなかったに違いない。
 カルミラーゼン兄上やクロトハウセ、ルライデを見ていると、皇后陛下は悪い方ではなかったんじゃないかな……と思えてきたんだ。本当は優しかったんじゃないかな? そりゃ、確かに嫉妬で何人も召使殺してるから良い人じゃないんだろうけど……上手くは言えないが、少なくとも俺は今、彼女の残した皇子を嫌ってはいない。
 皇后陛下の本当の姿を知る事は出来ないけれど、彼女が残した息子の中に彼女を探した時、それは嫌いになれない。
 宮殿で育たなくて良かった。
 宮殿で育っていたら、皇后陛下のことを直接知って、もしかしたら彼女からの何らかの攻撃を受けて、俺は本当に彼女の事が嫌いになっていただろう。
 嫌いになる事もお兄様なら許してくださるに違いないが、嫌わずに済むならそれに越したことはない。
「そうか。そなたを育てた宮中伯妃、皇太子の養育係にするべきであろうか」
「それは止めた方がよろしいかと。妙に貧乏ったらしい皇太子殿下になってしまわれます」
「良いのではないか。節約に長けた者は、余の銀河帝国財政を助けようぞ」
 そんな大事は無理ですって! お兄様ぁ! 節約とは違いますよ!
「それに乱暴になってしまいますよ! 母はその……金タライで人の頭をボコボコ殴るような人でして」
「金タライか。どの程度の大きさだ」
「こ、こんな大きいのです!」
 言って手を広げたら、お兄様笑われた。そりゃまあ、宮中伯妃が息子を懐から出した大きな金タライで殴る様は、普通じゃあ見られないですよね。何で、手品なんて……いや、普通の手品は面白かったんだけどさ。叱られる時は怖かったよ。突然金タライが出てきて……。
 でもお兄様、とっても楽しそう。
 母さん! お兄様の笑いのツボに嵌ったみたいだよ! 良かったね……言った事教えたら、殴られるだけじゃ済まないだろうなあ。

 館全室掃除の刑だろうか……それとも、庭の芝全部刈る作業だろうか……最新の自動芝刈り機買おうよ、母さん……なんで旧型のなんだよ……ってか、鎌一本だけどさ。旧型にも程があるよ……

 えーとね、次は俺の番で……『はじめてのしゃせい』……「初めての射精」所謂、精通だよね! ちょっと待って! 何でこんな項目があるんだよ! ルライデ!! と、デルドライダハネ王女!
 前向きに考えろ! そうさ! お兄様でなくて良かった……と思うべきだな。本当にお兄様でなくて良かった!
 ああ、悲しい事に日付ちゃんと覚えてるんだよな……俺。

**************

 ふう、何とか語り終えました。
 お兄様に嘘つくのは不可能なので、全部答えました。
 ご満悦なご表情のお兄様の前で、俺はもう……
「そなたは語る言葉、全てが可愛らしいな」
「? ……お、れ……私がですか!?」
 俺の何処が可愛らしいんでしょうか……どちらかと言うと、あまり目付きも良くないような。鋭いらしいですよ、見た目だけなら。
「そのような可愛らしい顔をするな」
「げほっ! ほごっ! お兄様! お兄様! あの、可愛らしいというのは、デルドライダハネ王女のような方を言うのではないのでしょうか?」
「確かにそうだが、そなたも負けぬ程に可愛らしいぞ。特ににじみ出てくるその大様さが」
 お? 大様? 大様って。そ、育ちはあまり良くないけど! その友達に何時も言われた “のんびりしてる” とか、サベルスに “天然” と言われた、それでしょうか?
「確かに人と競う気はあまりないほうですが」
「それが良い。余の寵を受けてなお変わらぬその大様さ。それが余を惹きつけて止まぬ」
 お兄様……の、何処の琴線に触れたんで、しょう、か……俺。確かにお兄様は、日々お忙しいお方ですので、
「のんびりしてる所……ですか?」
 俺の間抜けっぷりに、未知の世界を見ているのかも知れませんね。
 でも未知のままでお願いします。俺並みに間抜けなお兄様なんて! 
「そうも言うな。そなたはそれで良い。女は嫌いではないが、寵を与えると目の色を変えてしまうのが残念でな。余が皇帝である以上、当然の事ではあるが。その点そなたは子が欲しいと切望する事もない故に、心休まる」
「は、はい! あの! 女性の方に出来ないような事でなさりたい事がございましたら! どうぞ!」
 胸を叩いて宣言したら、
「しておるだろうが」
 普通に返されました。お兄様は何時でも冷静でいらっしゃいます。そうでした、女性は……何言ってるんだ、もう……。
「だが、その胸を叩いて宣言したそなたの心意気に答えるか」
 いや……言ってはみましたが、それ程……好きになさってください!
 
 それで俺は何をしているかと言うと、口で。最初に顎を外すという大失態をして以来、口の中に入れるのはお兄様から禁止されてて、周囲を舐めてるだけ。気持ちよろしいものでございましょうか? 気合を入れて口に入れたいのですがお兄様がダメだと仰られるので。
 何をするのかというと、顔にかけるんだそうで。『嫌ならば申せ。先だってのように泣かれては困るのでな』
 いや、顔にかけられるのは別に……あれは! そのお兄様のし、舌……舌……。まあ良いや、一生懸命頑張るさ! そしてかけられるときは、確りと目を瞑って! 俺も動体視力はいいから、目視でタイミングを計れるはずだ! まさかお兄様のアレは、俺の身体能力、瞼を閉める速さを超えるスピードではないでしょう……ね。
 ま、入ったら入ったで洗えばいいや! 痛いらしいけど!
 それにしても、意外と大変だよななぁ……。正妃達にこんな事出来ないだろうな。皆さん気位高いでしょうし、それこそ皇子・皇女を得なけれならない重圧が。
 ……勝手な推測ですが、帝后のロザリウラ=ロザリア様と皇妃のクラサンジェルハイジ様は、重圧など物ともしなさそうですが。
 よいしょ! よいしょ! 手も動かしつつ……唾液が尽きそう? いや! 頑張れ! 俺。ほらレモンが口の中にあると想像し……あー俺のアレ、レモンだったか……そんな事良いんだ! 
「苦しそうだが、平気か? 無理するな」
「大丈夫です!」

 俺も男です! 必ずやお兄様を口と手だけで! ……男も女も関係ないか……。

「はぁ……はぁ……」
「疲れたなら休んでよいぞ。切実に欲しておるわけでもなく、別の者にやらせてもよいのだ」
 息上げてお兄様のこれに抱きついてる、使えない異母弟が一名。
 銀河帝国で最強のお方を陥落させるには、あまりに駄目な舌使いでした。100km走るより大変……100kmくらいなら簡単に走りきれるけどさ。
 まあ、それでもお兄様ご自身でかけてくださいました……申し訳ない気持ちで一杯です。そ、相当かかってない? やっぱり、相当な量だよね。目瞑ってるから良く解らないが、感触として頭の上から顔、首筋から伝うのが背中から腹まで……。
 その後、立って薄目を開けて浴室に向かう所で足の小指をテーブルの角にっ!
 お兄様に浴室まで連れて行っていただいて、身体と目を洗っていただきました。小指まで心配してくださって……申し訳ないです。やっぱり向かないようですね……何か向きな事あったか?

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