PASTORAL −82 「幕間劇:タースルリ 神の残映」

 無事に775星を飛び立ったタースルリ号の面々と一応乗客であるエバカイン。
 ラウデに言われなくても、平民の二人は皇子の傍に近寄りはしなかった。そして、エバカインも他の三人にそれほど話しかけはしなかった。仕事の邪魔になると考えた事と、鈍いながらもサンティリアス船長に嫌われている事は理解したので。
 他人から寄せられる好意に関しては、恐ろしいまでに鈍い男・エバカインだが、他人から向けられる憎悪や妬みは、普通に感じ取れるようである。ただ、何故嫌われているのかは全く解らなかった。
 それで暇だったかというとそうでもなく、エバカインは宇宙船の操縦を楽しんでいた。
 彼は何もする事がなかった結婚中、一人乗りの宇宙艇を買って操縦していた。宇宙艇操縦は貴族の趣味としては、ごくごく一般的。
 帝星にいる頃には持っていなかった趣味だが、結婚中にそれで少し遊ぶ事を覚えた。想像を絶するほど暇だったので。
 エバカインはカタログを見て、新品を買って自分で改良したりと、イネス公爵家別宅において、優雅な貴族生活を送っていた。
 宇宙空間を移動するとなると許可が必要で、一人乗りでの移動は禁止だが(一人乗りの宇宙艇の場合、目的地まで五人以上で移動する規則になっている)領地内を散策している分には、何の問題もない。
 特に何もする事がなかった破綻しまくった結婚生活においては、高額な宇宙艇を買って改良を重ねて、領地内以外ではスピード違反になるような事をしていたとしても、特に問題はないだろう。
 そのスピード違反も、通常の人間なら”良くて”瞬時に失神する速度、通常ならば先ず死ぬ。
 その速度数値を見ていた衛兵達は『身体が鈍らないようにする為の訓練』だと思いつつ監視していたのだが、実際は何も考えずに遊んでいたエバカインである。
 よってエバカインが買って改良して遊んでいた宇宙艇は、当然ながら最新鋭で最高のグレード。この半端なグレードで型落ち、それもエバカインが生まれるより前に型落ちしたようなこの船は、彼の興味をおおいに引いた。
 船長に嫌われているので、必然的に航海士のラウデと話をしながら船を触らせてもらう事になる。

 それが船長の機嫌を悪化させているとは、夢にも思っていない宮中公爵エバカイン。

 その古い宇宙船を触りながら、無言という訳でもない。隣にいるラウデと昔話をしたりもする。
「最後の戦闘艇の操縦してたのか、全く気付かなかった。悪いな」
 型落ちした貨物船と全く調和しない美しい顔立ちの皇子と、
「いえいえ」
 理由あって軍警察を退職した男は、楽しそうに会話を続けていた。
 ラウデとしては、皇子が退屈をしてはいけないと思い、失礼にならないように注意して話しかけている。その、皇子に気を使い過ぎているようにしか見えない態度が、サンティリアスを怒らせている。
 無論ラウデは、エバカインのように鈍いわけではないので、その事に気付いているが相手は客にして皇子。船長の機嫌を伺うよりも、皇子の機嫌を損なわないように注意を払った。
 当然と言えば当然だが、サンティリアスにはエバカインの綺麗さが気に食わなかった。あの、男受けする妙な色気が。
 エバカインの性格を知れば、その色気も艶も『自分達の勘違い』だということが解るのだが『皇子』というヴェール越しに見ている以上、それは無理というものだ。
 エバカイン、船長の機嫌を急降下させている事などほとんど気付かず『皇族嫌いなんだろうな』くらいの漠然として思いだけで、ラウデと今日も話をしていた。
「あの頃は最も誰も話しかけてくれなかった頃だったから、話しかけてくれてよかったのに」
 平民に近いような貴族の暮らしの長かった皇子は、平民や奴隷に話しかけられるのは嫌いではないのだが、
「いやぁ、中尉如きが皇族に声をかけるなんて出来ませんよ」
 勤務していた頃は、私語を交わす相手は警察署長のみ。その署長ですら身分的に言えば、通常は会話できない程の差があった。その署長よりはるか下にいたラウデが『皇子』に話しかける事はできるはずもない。
 だがエバカインとしては、
「そうなんだろうが。もう少し警察について詳しく知りたかった」
 もう少し職場を知りたかったという気持ちもある。書面上ではなく、内部の人間がみた警察を。警察署長の秘書に軽く質問した事はあったが、返ってきたのは警察内務規定などに記されたとおりの事を述べるのみで、本当に尋ねたかったことは聞けずしまい。
 エバカインに一人だけ気軽に話しかけてきていたヘス・カンセミッションという平民の男は、署内でも有名な変わり者であった。その身分不相応な行為、エバカイン自身が許可しているので誰も口を挟みはしなかったが、その変わり者に続こうという警察官は署内にはいなかった。
 ラウデはエバカインの言葉に、コンソールの脇を指で軽く叩き、
「実を言えば、皇子とは警察が初対面じゃないんです」
 思い切って話をした。
 ラウデにとって、【ガラテアの皇子】ことエバカインは警察署の上司以外にも、思い出がある。
「何処で?」
「昔、下級貴族が遊ぶ公園にいらしてませんでしたか?」
「行ってたな」
 母親は元々下級貴族なので、エバカインはそちらの子が集まる公園に連れて行かれていた。容姿に皇族や上級貴族の特徴がなかった事もあるが、なにより生活空間が下級貴族区域だったので、自分が皇帝の私生児であり皇太子の異母弟であるなど、思いもしなかったのだ。
 エバカインは母親と一緒に、毎日のように公園に行って遊んでいた。
「弟の事なんですが、遅くまで一緒に遊んでくださってて、助かったんですよ。殿下といっつも一緒に遊ばせていただいて」
 その言葉にエバカインは、琥珀色の瞳を丸くし考えた後、右手で指差しながら左手で口を軽く覆って、
「ヤスヴェ! ……若しかして“おじさん”……?」
 過去の自分の発言を思い出した。
 一緒に遊んだ相手以上に、
「はい、そうです」
「勝手にヤスヴェの父親だと勘違いしてた。お前の年齢からいけば、当時は18くらいか……悪かった」
 ラウデをヤスヴェの父親だと思い込み、おじさん! おじさん! と呼びかけていた事をも思い出した。遊んでいた相手をいじめたりはしていないし、仲良く遊んだ記憶しかないが、まだ18歳前後の男に対し、6歳くらいの息子がいる父親と勘違いして話しかけていた事実に愕然とする。
「いいえ、所帯染みた男でしたから。でも宮中伯妃様には良くしていただきましたよ」
 思い出し、耳まで真っ赤にして、
「そうなのか?」
 本当か? 気にしていないか? といった表情でラウデを覗き込む。
「はい。俺は学校に通ってまして、弟は一人で遊んでいて……学校が終ってから迎えに行くとなると、結構遅くてね。一人で遊んで俺の帰りを待っている弟を不憫に思って、宮中伯妃様は遅くまであの公園に残ってくださって。殿下は最後までヤスヴェと遊んでくださってました」
 当然、当時4歳前後のエバカインに、その種の事情はわからない。
「言われてみれば、ある時から思う存分遊べるようになったような」
 そういえば、思う存分毎日遊んでいたような……などと、取りとめも無く思い出す。
「偶に夕食のおかずを頂いて、本当に助かりました」
 自分の母親の意外な行動と、頭を下げているラウデに『へぇ〜』といった面持ちで、エバカインは頷いた。
 そんな事をしていたとは知らないし、聞かされた事もない。子供に聞かせるような話でもないんだろうと。
「そうか。ところでヤスヴェはどうしてる?」
「二年前に戦死しました」
「……あ……そうか……」
「そんなお顔なさらないで下さい」
 二歳前後年上だった、エバカインと良く遊んだ少年は、既にこの世にはいなかった。

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