PASTORAL −81 「幕間劇:タースルリ 神の残映」

 額が痛む。床に倒れた俺を、コイツが踏んでるからだ。奴隷商人なんかに捕まった俺もバカだが……チキショウ、思いっきり殴りやがって。腕が自由だったら、お前なんか……
「ちょっと知性がある奴隷だからって、好い気になるなよ」
 貴様なんざ! 貴様なんか!
 腕をちぎれる程まわしても、手枷は動かない。退けろよ! 畜生! その時だ、扉が開いて、
「ハルッパセ様! 警察に囲まれてます!」
 コイツの腰巾着が、大慌てで転がり込んできた。
「警察には賄賂を贈ってあるから安心しろ」
 ハルッパセは言いながら、足に力を込めてきた。頭がガンガンして、踏みつけられている耳が痛い。
 ぶくぶくに太ったその体重を乗せてきやがって、頭が割れるじゃねえか!
「そ、それが、戦闘艇に人影が! あっ! あの琥珀のが」
「なにぃ! 八十九軍警察はどうした!」
「わ、解りません! でも琥珀です」
「琥珀には賄賂はきかないからな! 厄介なのが!」
 頭から足を下ろして、奴等は出て行った。憎たらしい後姿に唾を吐きかけてやる暇もない程に素早く。
「大丈夫か? サンティリアス」
 あいつ等がいなくなって直ぐに、声をかけられた。
「ああ、平気だ」
 奴隷狩りに会って、集められた“奴隷”
 お互い見ず知らずだったが、同じ部屋にぶち込まれていれば直ぐに連帯感が生まれてくる。俺は身体だけで何とか上半身を起こした。
 奴隷は両手や両足を拘束されていても起き上がれる練習をする。練習させられるんだよ、奴隷を持ち運ぶ時に手に枷はめられる事が多いから。
「今度来たら、あいつに唾かけてやる」
 俺は奴隷だが、普通の知識がある。
 何処までが普通なのかは知らないが、俺を育ててくれた老夫婦が平民だったからだ。夫人は昔幼年学校の先生で、平民が習う一通りの事は教えてくれた。
 夫の方は退役軍人で、宇宙船の操縦全般に詳しく、彼に教えられて宇宙船の航海士や技師の資格を取った。航海に必要な資格はほとんど持ってるから、船長を名乗れるくらいだ。
 俺がその老夫婦に引き取られたのは、その老夫婦の子供が全員死んでしまっていたから。身体が動かなくなった際に、自分達の面倒を見るヤツが欲しかった為に買ってきた。
 奴隷購入目的としちゃあ、一般的。
 俺は奴隷のコミュニティで育った。コミュニティって言やあ響きはいいが、実際は奴隷牧場な。でもまあ、売り物だから扱いは悪くなかったさ。
 奴隷の基礎、腕を縛られていても起き上がれる練習とかそういうのは、確りと教えてもらったからな。そういうの、ちゃんとしてない所もあるらしい。
 実際この部屋にいる奴隷五人は起き上がれない。
 俺を買った老夫婦は、ちゃんとしたコミュニティで幼少期から栄養を十分に与えられた、元気な子供を買った。
 本当は女の子が欲しかったらしいんだが、老夫婦の夫が大柄だったんで、男の子だった俺の方を勧められたらしい。男じゃなけりゃ、その大柄な体を世話出来ないってんで。
 それで購入を決めた。
 だが買ってきたが、あまりバカだと自分たちの生活も立ち行かなくなるので、ある程度の知識を持たせておこうとなって、俺に教育を施した。
 奴隷が通う学校なんてのはないから、老夫婦が教育を施したのさ。
 自分で言うのもなんだが、良い仕え方したと思うぜ。
 十二年間そこに居た。十一年目に夫の方が亡くなって、翌年に夫人が亡くなった。
 良い人達だったよ。俺は奴隷だから、遺産相続には関係ないはずなんだが、遺言に分け前があって相応のモノを貰った。
 『自由移動権』をわざわざ購入しておいてくれたんだ。
 主が死に、その奴隷を引き取る身内が居ない場合は、役所の方で回収して……それが基本なんだが、俺はそれがなかった。役所に一定額を支払うと奴隷でも自由に領内を移動できる。その権利を買っておいてくれた。
 俺は回収されて、違う家に仕えるんだろうと思ってたから、突然もらった自由に驚いた。
「止めておけよ、サンティリアス。お前が高値つくから殺さないが、ハルッパセは簡単に奴隷を殺す男で有名だ」
 結構な技能もあるし、奴隷でも身分証の代わりになる航海士免許等を持ってるから、簡単に仕事は見つかった。非認可船だが、その航海士に採用されて普通に生活していた。
 その船はもうない。非認可船の取り締まり。取り締りって言うよりは、明らかな奴隷狩りだ。
 知識のある奴隷を多数持っていることが貴族のステータスになったらしい。ついこの前までは『数』だけで計られていたのに、突然『知識』のある奴隷にとって変わられたらしい。もちろん、知識のある奴隷を多数もっていればこれに越したことはない。
 だからって、奴隷を集めて字を書けるやつを選別して売りさばく業者が現れた。最近は平民まで狩られて、奴隷って事で売り出されたりするらしい。
「イテテテ……」
 ハルパッセは奴隷だが、同族を売って商売をしていた。
 本人自身、ちょっとは知識があるらしいが……俺以下だったらしく、それが腹立たしくもあるようだった。高く売れるが、自分よりも知識のある奴隷。
 何が憎たらしいのか知らねえし、だからって黙って殴られてやる筋合いもない。
 そのハルッパセに唾をかける事はなかった、奴は簡単に殺されたからだ。賄賂もなにも通じない相手が『帝星』にはいたらしい。
 宇宙船に警察が乗り込んできて、帝星の周辺の人工惑星に着陸させた。
 俺達は警察の誘導に従って、廊下を歩かされた。途中、ハルッパセと腰巾着の死体が転がっているのが見えた。驚きを貼り付けた表情のまま。
 殴って蹴っても唾吐きかけても足りない相手が、頭から血を流して無様に転がっている姿は、現実味がない不思議な光景だった。
 頭をぶち抜かれた死体に、警察の方は興味もないらしいが、俺達奴隷を連れて歩く廊下にあることが邪魔なようで、俺達の移動を中止させ、
「邪魔だな。脇に積んでおくか」
 廊下の隅に置かれた。二人が頭部と足首を掴んで廊下の端に放り投げた。
 さっきまで、この船で一番偉かった男は今、邪魔な物として扱われている。腰巾着はハルパッセよりも小柄で軽かったせいか、一人の警官が蹴って端にやった。
 おかしな方向に曲がった首、そしてハルパッセと同じような場所にある、同じような致命傷。
「それにしても凄い性能だな。ラウカーザンってこんなマネも出来るんだ。最新鋭兵器は違うね」
 警察達は、死体を見ながら何かを言っている。
「最小エネルギーで、透過レーダーを使って頭狙い撃ちか。船には1mm以下の穴しか開いてない。よく戦闘艇の上から、壁を挟んだ向こう側を狙って皆殺しできるもんだよな」
「俺達とはデキが違うお方だからな」

俺達はその後、施設に放り込まれる。

**************

 ガラテアの皇子の仕事は、これが最後。
 任務の後片付けをする暇もなく、執務室を引き払い“大佐”となって、警察署長に見送られて約三年間通った職場を後にした。
 その三日後には、イネス公爵家へ婿になる為に帝星を出て行く。
 ひっそりと、実母の見送りだけを受けて。

「元気でね、エバカイン」
「母さんも元気で」

backnovels' indexnext