ALMOND GWALIOR −37
 全宇宙の統治者である二十三歳皇帝の恋愛は全く進歩しないまま、二十四歳の誕生日を迎えそうであった。
 皇帝の生誕式典は毎年皇帝の誕生日から三週間行われる。さすがにこの三週間は《主役》のため、宮殿から昼食とデザート(偶に凶悪な物体)を持って奴隷娘の元を訪れることは出来ない。
 『三週間は訪問できないことをロガに告げてきてくださいね』
 帝国宰相に言われ寝る直前まで “どのように言えば良いのだろう?” と悩み続けた皇帝は夢の中でも考えていたようだ。

「くくく、くーたーくーたったた……ロガッ!」

 意味不明な寝言が確認されている。皇帝が夢の中で何を考えていたのかは不明だが、必死に考えていたことだけは通じる。それ以外を感じ取るのは不可能なのだが。

 皇帝の誕生式典には、王子達が出席しなくてはならない場が幾つかある。
 そして今現在、皇帝が奴隷補給用の衛星に通い詰めていることは王族と庶子達以外は知られていない。そのため、式典には王子である彼らは絶対に参列しなくてはならない。
 カルニスタミアはその間の奴隷娘の警備スケジュールを確認している脇で、ザウディンダルが紙にペンを走らせていた。
 そこには “お誕生日おめでとう” とだけ書かれ、続く文章は打ち消し線で消されている。
「今年もバースデーカードを書くのか?」
 “いつもの” バースデーカードの下書きかとカルニスタミアは声をかける。
「ああ……毎年書いているから、今年も……」
 そのバースデーカードはザウディンダルから皇帝に贈られるものではなく、帝国宰相に贈られるものだ。
 帝国宰相の誕生日は皇帝の誕生式典の最終日に当たる。現皇帝シュスタークが即位して以来、二十年間帝国宰相は自分の誕生日を誰かに祝ってもらうことはない。特に最終日は “やっと終わった” と気が緩むも、次に続く後片付けと普段通りの政務で忙殺確実。そんな日は祝ってもらうよりは、仕事をしたいというのが帝国宰相の本音だった。

 それと帝国宰相は自分の誕生日に品物が贈られる事を喜ばない。

 ここにはキャッセルの一件が絡むため、弟達は黙って従っている。それでも “祝いたい” と言う弟達に唯一帝国宰相が許しているのはバースデーカード。
― 私は兄なのか父なのか? ―
 弟達から手渡されるバースデーカードの文面をみて、苦笑いを浮かべながらも受け取り大切に保管していた。
「気負わずに書けばいいじゃねえかよ」
「そうなんだけどさ……」
 最愛の兄に認める短い文章を考えているザウディンダルの顔は、とても幸せそうで

『妬けるというか、虚しくなるというか……仕方ないのだが』

 一度たりともザウディンダルからバースデーカードなど受け取った事のないカルニスタミアはその表情を眺めていた。
 付き合いが長いのでザウディンダル祝ってもらったことがない訳ではないのだが、一般的な『どうぞ、王子様』といった逸品が贈られるだけで、手作りの物が贈られたことはない。ザウディンダルにしてみると、何時も寝たり騒いだり、我侭言って困らせたりしているが相手は王弟殿下。
 何時もの “御詫び” もかねて、かなり背伸びをした品を贈っているのだが、受け取っている方は今目の前で書いているバースデーカードのような、ザウディンダルの手がかかっている物が欲しかった。

『まあ、言っても儂には呉れはしないであろうが』

「ザウディンダル」
「何だ?」
「カードは儂が王国のものを見繕って用意してやるよ。帝国産とはまた違うカードも良いだろう」
 基本的に帝国領から出ることを禁じられている《両性具有》ザウディンダルは、他王国の商品を見ることはほとんどない。兄弟も王国に出向くことは基本的にないので、偶にカルニスタミアが持ってくる王国産の品はザウディンダルにとっても楽しみの一つだった。
「あ、うん! ありがとう」
「早く文面を考えろ」

 本来なら《帝星》から出ることを許されていない両性具有。
 帝国宰相がザウディンダルを帝国騎士としたのは、前線に向かうという《正当な理由》をもって、例え死地であっても少しは自由にさせてやりたいと願ってのことだった。

**********


 兄へのバースデーカードを書くのも大切だが、
「タウトライバ兄、元気?」
 もう一人の兄の様子を見に行くのもザウディンダルの大事な仕事だった。
「ザウディンダル、また来てくれたのか。ありがとう」
 帝国宰相に「あの五人を制御できるのは、この帝国軍代理総帥である私以外は……」と語って、半生体義肢用の手術を終えて奴隷住居に転がってるタウトライバ。
 奴隷娘と最も仲の良い兄弟の親が経営している肉屋の道を挟んだ向かい側の家に “住んでいる” 形となっている。
 向かいに住んでいるシャバラとロレンは性格の良い兄弟で、足を失って仕事を失った奴隷のポーリン(タウトライバの偽名)を何かと気にかけてくれる。
 もちろんそれを狙ってこの場に住居を構えたのだ。兄弟に『身の回りの世話をしてくれる女の子はいないだろうか? 蓄えも少しあるから』と依頼し、兄弟は帝国側の望みどおり『皇帝陛下のお気に入りの奴隷』ことロガを連れて来た。
 ロガは平民死刑囚の遺体処理と墓の管理を仕事としているのだが、暗黒時代のせいで激減した人口を増やす目的と、異星人との戦いに使う為に『死刑』になる者の数は減少し、ほとんど仕事がない状態だった。
 普段はそれ以外の手伝いで小銭を稼ぎ、貴族庁に勤めたゾイからの仕送りで慎ましやかに生活を送っている。
 兄弟は奇行甚だしい、何処から見ても貴族様以外に見えないシュスタークがロガを気に入っていることだけは理解でき、ロガも《お屋敷で働けるなら働きたい》と思っていることを知っていたので、
「ロガ、もしかしたら貴族の家に行くかもしれないから、貴族の決まりごととか教えてやってくれないか?」
 タウトライバに依頼し、それも目的の一つであったタウトライバは快諾する。
 ただロガの父ビハルディアは元々下級貴族に仕えていた男だったので、娘であるロガは下級貴族に仕える作法は一通り覚えていた。覚えていたのだが、ロガは《貴族に仕える》わけではなく《貴族が仕える》奴隷となる立場。
 彼女が直接的に仕えるのは銀河帝国皇帝シュスターク唯一人。
 その為に必要な貴族の振る舞いをタウトライバはゆっくりと教えてもいた。
「奴隷……どう?」
「ロガ様のことか?」
 庶子兄弟随一の恋愛好きとして知られる愛妻家は、陛下の恋愛も大応援。
 側で細々と働いてくれるロガに、かつてザウディンダルの側で働いてくれていた侍女であった妻の姿を重ねて不必要に感動中。義肢の調整などを行う為に、家にデ=ディキウレ部隊がギミック改良を施し、地下下水道で義足の調整を行うと何時もなぜかステップを踏む。

 そのステップを踏み踊る姿は、キャッセルに良く似ていることをデ=ディキウレは知っていた。

 そんな浮かれると所構わずハイスピードなステップを踏む、帝国軍代理総帥(弟)と帝国最強騎士(兄)の兄弟が最も可愛がっている弟であり ”ちょっと” 妹なザウディンダル。
「うん、ロガ……様」
 そのザウディンダルの声が沈んでいる理由については兄弟達も王子達も解っている。
「あの頃陛下の補佐をできる権力を持っていたのはデウデシオン兄一人であったが、今は私にも僅かながらも力はある。大丈夫だよ、デウデシオン兄が陛下とロガ様に ”かかりきり” になることはないから。ロガ様に関しては兄弟全員で補佐する」
「そっ! そんな事言ってない! そっ! それに、俺だって……ちゃんとさ、できる範囲でお役に立たせていただくよ!」
「解ってるし、期待しているさ。さあ、明後日から誕生式典だ。ザウディンダルも帰ってデウデシオン兄と話をしてきなさい」
「ああ……あっ! 奴隷……じゃなくてロガ様が来たみたいだから、俺帰る!」

 デ=ディキウレの仕込んだ一つ「床が丸く切り取られた形で地下に降りる」由緒正しいギミックを使って、ザウディンダルは管理区画との通路に使っている下水道に戻っていった。

「そのギミック使うより、ダストボックスから飛び込んだ方が早いんだけどね」

 それを言ってはいけません、帝国軍代理総帥閣下


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