ALMOND GWALIOR −262
 ハネストが属していた僭主の襲撃の際に破壊され、まっさきに修復されたのは、かつて帝国軍の壮行式が行われていたホールであった。
 パイプオルガンは破壊され修復不可能。
 拉げた入り口を支えていた木は切られ、中心よりやや東側に落下したデウデシオンの機動装甲が回収された。
 このホールは修復されてもかつてのように使われることはない。
 使用目的不明のまま、あったもの全てが撤去され、新しいが目的もなにもないホールが造られた。
 大宮殿内にあるとは思えないほどシンプルで、装飾もない。
 一辺50p正方形のタイルで覆われた床。その床は最後の一枚がはめられていない。そこはクレメッシェルファイラが焼き殺された場所の一部。
 デウデシオンの指示通り最後のタイルと”空洞を埋めるための”溶剤が置かれている。最後の一枚を嵌める場所は他とは違い、小さな空洞を作らせた。
 命じられた者たちは用途を尋ねることもなく、指示通りに空洞を設置する。余程のこと ―― 建築不可能になる ―― でもない限り、帝国宰相に意見するものなどいない。
 このホールの再建と共に、デウデシオンは純金の精巧な梳かし細工の王冠を作らせた。円形で王冠特有の”やま”が六つ。その頂点をオレンジダイヤモンドが飾る。本来であればもっとも人目に触れる前の部分には、大きな藍宝石をはめ込ませた。王冠の梳かしの模様は図案化した蒲公英、それも王族しか使用できないもの。
 図案は簡単に手に入ったが、その細工を施せる者が帝星におらず、デウデシオンは金を積みエーダリロクに作製を依頼した。
「ハーベリエイクラーダの石はアレキサンドライトだろ?」
 ”良いアレキサンドライト持ってるぜ”と画面に映し出したが、デウデシオンはそれを拒否した。
 それは確かにハーベリエイクラーダ王女の末裔に捧げるものだが、決して王女に捧げるのではない。
 充分な金を積まれたエーダリロクは依頼を受け、藍色のサテン生地でくるみデウデシオンに直接手渡した。
 中身は渡した設計書通りの王冠。
「寸分の狂いもないな」
 デウデシオンは両手で掲げ持ち、陽光に照らされ輝く王冠を見ながら、その見事な出来映えに思わず感動の言葉を漏らす。
「当たり前だろ? 充分な金貰ったんだ。それに見合った仕事はする」
「そうだったな。これは口止め料だ」
 デウデシオンは机上を滑らすようにして、カードを差し出す。受け取ったエーダリロクは表示金額を目視で確認語、胸元の振り込み機にさして全額を貰い受けカードを同じように押し返す。
「それじゃ」
 依頼料も口止め料も高額ではあったが”金をかけてるな”とエーダリロクは考えなかった。デウデシオンがこれに関してどれ程金を使ったとしても「そんなもんなんだろうな」としか感じない。
 これ程までに漠然とした金の使い道があること、それに自分が疑問を持たないことに少々驚きながら、
「待ってたぜ、エーダリロク」
「行こうか! ビーレウスト」
 エーダリロクはいつも通り数々の式典や会議を無視して遊びに行った。

 王冠を持ちデウデシオンは一人でホールへとやってきた。
 ホールを再建するために、周囲も少しは整ったものの、依然ケシュマリスタ王城に似た、植物に浸食された廃墟が広がっている。
 足音がホールに反響し、衣擦れの音をかき消す。
 指示通りに嵌められていないタイルの側に膝をつき、デウデシオンは王冠を取り出し空洞に収めた。
「ありがとう、クレメッシェルファイラ。会ったことはないが、キースバハウメウ、エイクレスセーネスト、バロシアン……安らかにとは言えた立場ではないが、ほかにかける言葉もないのでな」
 王冠と感謝の言葉を収めた空洞に溶剤を流し込み埋め、最後のタイルをはめ込んだ。溶剤はいずれ王冠を溶かしてしまう。その頃にはザウディンダルはおらず、ハーベリエイクラーダ王女系統僭主は完全に滅びる。

 それは、誰からも忘れられることを望む墓である ――

 デウデシオン以外誰も使用目的も分からないまま再建されたホールは、壮行式に使われることもなく、大宮殿内の身内でのイベントの際に偶に貸し出されるだけで、普段は静寂につつまれたまま。


CHAPTER.11 − Sub Rosa[END]


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