ALMOND GWALIOR −261
 リュゼクは遠ざかるテルロバールノル主星を、カレンティンシスと共に見つめていた。
「殿下」
「どうしたのじゃ、リュゼク」
 いつもより穏やかな口調のカレンティンシス。
 金糸と宝石で飾られている服を着ているが、王の装束ではなかった。
 それは豪華だが高貴な罪人が着用するもの。
「……似合いませんな」
 刺繍は豪華だが、よくよく見ればそれは不吉なモチーフで覆われている。カレンティンシスが着ている服は、王位を追われた王を表す《地に落ちた蒲公英の花》がはっきりと描かれていた。全ての花を落とされた、無数の蒲公英の茎。中には折れているものや、葉が裂かれているものもある。豪華であればあるほど、惨めさを滲ませる。
「そうか」
 王は王位を守れないことが罪となる。簒奪することは罪である。だが簒奪に屈することはそれ以上の罪なのだ。
 最高の権力を有し王国に君臨する筈の王が、それ以外の者に負けるのは恥。

 カレンティンシスはカルニスタミアに敗北し、王座を追われた。

 自ら望んでいた弟の簒奪。弟のことを高く買っていたカレンティンシスだが、その見事な手際に、自分が弟のことを過小評価していた事実を目の当たりにすることになった。
「殿下……」
 榛色の髪をたなびかせ、深みのある青と吸い込まれそうな翠の瞳でカレンティンシスを捕らえ、玉座を奪いに来た弟。
 扉をたたき割った、弟の手に握られているハルバード。その刃が自分の首を落とすのであろうと。
「先程からどうしたのじゃ? リュゼクや」

**********


 リュゼクはカルニスタミアに従い、カレンティンシスを追い落とした。簒奪に組みすることは自らが決めたことなのだが、リュゼクはある一点でカルニスタミアと意見の対立があった。「カレンティンシスの処遇」に関して。
 リュゼクはカレンティンシスを殺すことを主張し、アロドリアスもその意見に同調する。キュラティンセオイランサはそれに関しての意見を述べることを拒否し、カルニスタミアは絶対に生かし大君主にすると主張する。
「兄を殺害せずに大君主として生かす理由じゃが、第一にラティランクレンラセオの存在じゃ」
 突如上がったケシュマリスタ王の名に、二人はキュラティンセオイランサを横目で睨む。睨まれた方は「正面から睨んでよ……」と思いながら、気にしていないように振る舞う。
「お主等にはよう解らんじゃろうし、儂も理由は知らぬのじゃが、ラティランクレンラセオは兄を殺したら儂に牙を向ける」
 カルニスタミアは簒奪に加わったリュゼクとアロドリアスに【真実】を告げてはいない。二人にはあくまでも「王から王位を奪う」と信じさせる。それがカルニスタミアの方針であった。
「内政干渉に該当するでしょう。その場合は帝国に訴え出ればこちらが優位に立てますが」
 アロドリアスはモニターにそれに関する憲法を映し出し指し示す。
「かの人造王めもそのことは熟知しておることでしょう。故にあの人造王は、そのような行動は取らぬでしょう。そうじゃろう? ガルディゼロや」
 突然リュゼクに意見を求められたキュラティンセオイランサは、驚きを隠さず、自分に人差し指をむけて首を傾げた。
 ”早く言え”気持ちを隠さないリュゼクの鋭く力強い眼光に晒されながら、キュラティンセオイランサは今までのラティランクレンラセオの行動を思い出しながら否定する。
「あー、そうとも言い切れない気がするんだよね。いや言い切ろうかなあ……多分カルニスタミアの言う通りじゃないかなあ」
「どういうことじゃ?」
「儂が説明しよう、リュゼク」
 カルニスタミアがキュラティンセオイランサに座るよう、手の動きで指示を出す。
「キュラティンセオイランサほどではないが、儂もそれなりの歳月をあの男の元で過ごした。それで知ったのじゃが、あの男は兄貴に執着しておる。もちろん皇位に対する執着とは比べようもない些細なものじゃが、あの男は儂等がカレンティンシスという男の命を奪うことを許さない。あの男にとって兄貴の命を奪っても良いのは”自分だけ”なのじゃ」

 それは執着以外の何物でもなく、執着以上のものは何もない。ラティランクレンラセオはカレンティンシスに執着している。その執着は手に入れようとも収まることがなく、例え自らの手で殺そうとも執着は消えない。おそらくラティランクレンラセオは己が死ぬ迄カレンティンシスに対して執着する。
 代わりとなるものはなにもなく、ただ小さな、だが無くなることのない執着心。



 主の意見に従うことを大切にする一族なので、二人ともカレンティンシスを殺害しないことに合意した。
 カルニスタミアとしては事情を知っているローグ公爵プネモスも生かして捕らえ、アロドリアスに位を譲らせて……そのように内心では考えていたが、アロドリアスが殺害すると明言したので諦めた。

 キュラティンセオイランサと部屋に私室へと戻り、正装を解き皺一つなく整えられているベッドに行儀悪く寝転がる。
「本当のこと教えてあげたらいいのに」
 カルニスタミアにしては珍しい行動だな。精神力が強いからと言って、精神に負担がないわけじゃないしんだから……当然か――キュラティンセオイランサは思いながら、カルニスタミアの上に覆い被さった。
「兄貴は大君主となり”王であった”状態でいてもらわなくては困るのじゃ……殺さない理由を明確に語った事はなかったな」
 声を発する都度、触れている体から震動を感じる。
「ラティランのヒステリー王様に対する執着と、殺した際に暴露されたらこっちの身が危ない以外に理由があるの?」
 キュラティンセオイランサは「カレンティンシスを殺害しない理由」は、ラティランクレンラセオが「両性具有であると知っている」からだとばかり思っていた。
 殺したら暴露される。カルニスタミアを有罪にする証拠は、あのケシュマリスタ王の手元には確実に存在する。
「ある」
「なに?」
「儂は兄貴や父の策に唯々諾々と従うつもりはない。両性具有を最初から排除するような真似はしたくはない」
「どういうこと?」
「儂は簒奪するが、次のテルロバールノル王はイサルファイアンと決めておる」
 イサルファイアンはカレンティンシスと王妃の間に産まれた第一子。現「王太子」であり、両性具有の息子。
「本気なの?」
「本気じゃよ」
「どうしてそんな……カレンティンシス王はさ、デキュゼーク親王大公殿下にセクトライバレン王子を送ったのだって、歳が離れているからやっちゃう前に、君の息子をって考えだったからこそ……」
 王であり彼らの父であるカレンティンシスを殺害しないのだから、地位の低い彼らだけを殺害するのはおかしいということもあるが、なによりカルニスタミアの性格上、甥たちを殺害するとはキュラティンセオイランサも思っていなかった。
 だが公職からは遠ざけ隔離する ―― カレンティンシスの希望はそうではないか? キュラティンセオイランサは胸に押しつけていた顔を上げた。
「解っておる。それが小賢しいというのじゃ」
 カルニスタミアもそれは理解している。
 そして自分がしようとしていることは、自己満足でしかないことも。だが、止めるわけにはいかなかった。
「小賢しいって……まあ、君が甥たちを信じるのなら、僕も信じるよ。でも両性具有が生まれちゃったらどうするの?」
「隔離する」
「ええー」
「儂が規律違反をするとでも?」
「いや、思わないけど」
「両性具有しか生まれないというのならば儂も考えるが、それ以外の者が生まれて来る可能性もあるのじゃ。それを最初から否定するのは、全ての可能性を潰すに他ならない」
 なによりカレンティンシスの息子たちは、父親が両性具有であることを知らない。父親は彼らを始末するつもりだったので、ほとんど交流はない。それでもいつか王である父親に認められたいと、彼らなりに努力していた。
「そうかもねえ」
 キュラティンセオイランサが見る分に、彼らはカルニスタミアの才能には遠く及ばないものの、悪くはなかった。
 カルニスタミアの跡を継ぐことになれば、比べられて辛い思いをするのは避けられないことだが、それにより後ろ向きになることなどなく、受け止めることができるくらいには、精神的に強かった。
「幸いというのもおかしいのじゃが、デキュゼーク親王大公殿下は核が脊椎にはない。両性具有を身籠もらせてしまったとしても、出産中に死亡する確率は極めて低い」

**********


「殿下のこと、殺せずに申し訳ありませんでした」
 リュゼクはカレンティンシスに深々と頭を下げた。
「カルニスタミアの決定に従ったのじゃろう……もう、良い」
 涙は流していないが、泣いているかのようなか細い、普段のリュゼクからは想像がつかないような擦れた声で詫びる。

 リュゼクはカレンティンシスを殺害したかったが、新王より厳命されていたので諦めきれなかったが耐えた ――

 帝星に到着するまで、二人は様々な話をした。
 昔二人で遊んだことや、今はもういない人たちを懐かしんでみたり。
 帝国の行く末やテルロバールノル王国の行く末を気にする。
「殿下。……ジルオーヌと呼ばれているハセティリアン公爵の妻はご存じでしょうか?」
「しっておる。あのハイネルズの母親じゃな」
 武官向きなのに、当人の”熱い”希望で文官となり、ラティランクレンラセオが長官を務める部署に配属された。
 完全に敵地。だがどれほどケシュマリスタ勢が多数を占めていようが、ハイネルズが負けるはずもない。
 陰湿な虐めなどもあったようだが、三十五人ほどが「ば☆ら☆ば☆らなごいたい(部分的に食べられている)」となってからは、ラティランクレンラセオが乗りだし、ばらばらにされそうだった残りの者たちを処分して、ハイネルズを自らの秘書官にした。

―― あまり近くに寄らないように ――
―― 父上と同じ声でそんなこと言わないでください。悲しくて泣いてしまいます☆ ――

「はい、その母親ですが……ウキリベリスタル王を殺害した真犯人でした」
「……そうか」
 リュゼクはハネストから話を聞いたあと、邸へと戻り、自ら閉じこもったゾーレウドに、ハネストから聞いたことと、簒奪に協力することを伝えた。
 黙って聞いていたゾーレウドはついに扉を開き、知っていた出来事の全てを語る。その中に「ウキリベリスタル王暗殺未遂事件」もあった。
 話を聞き終えたリュゼクは、ゾーレウドに望みを聞く。それは「言っても叶えてもらえないでしょうが、死ぬまで自由気ままに暮らしたいものです」というものであった。
 言ったところで殺されるに違いないと、長い歳月を閉じこもり、すべてをリュゼクに伝えるために改造されて生きてきた存在。

 リュゼクはその望みを叶えてやった。決して自分以外に―― リュゼクをカルニスタミアの王妃にする ――語らないようにと厳命して。リュゼクはこのゾーレウドを通して、デウデシオンやエーダリロクすら知らないことを多数知ったが、彼女は誰にも気取られることなく沈黙を貫く。

 カレンティンシスは父親を殺害した真犯人の名を聞いたが、最早怒りも浮かばなかった。同時に父親に対して同情も憐憫もなにもなくなっていた。王の座に就いていた頃は先代である父親に囚われていたが、弟によりその地位を奪われたことで、カレンティンシスの中で父親は消えることはないが、遠く色褪せた。


 二人を乗せた艦は無事に帝星へと到着すると、
「カレンティンシス!」
「陛下。わざわざ儂のことを?」
 王の座を追われ、大君主となったカレンティンシスを皇帝自ら出迎えた。
「そうだ。帝后宮へいくのだろう、余と一緒に参ろうではないか」
「陛下……」
「リュゼクも来るがいい」
 ”この方のお側にいられるのだから、大丈夫だろう”リュゼクはこの時代の皇帝がシュスタークであることに喜びを覚えながら、二人の後に続いた。

 カレンティンシスを皇帝に預けるのは喜ばしいが、
「やりたい時には何時でも呼べよ」
 ビーレウストに預けるのは非常に腹立たしかったものの、リュゼクは立場を弁えて、拳を頬に一撃めり込ませるだけで我慢し、
「殿下を頼んだぞ」
 怒りに顔を歪ませたまま帝后宮を去った。
 もともと顔が頑丈なビーレウストは痛くも痒くもなかったが、一応ダメージがあったと見せるように頬を手で覆い……リュゼクを追うカレンティンシスを見送った。

「リュゼクや」
「はい」
「こんなことを頼める立場ではないが、クレドランシェアニのことを頼む」
 息子たちは隔離されなかったが、元王妃はもしかしたら”なにか”を知っていることも考えられるので、厳重な監視下に置かれることとなった。
「……」
 リュゼクが少女の頃のような笑みを浮かべる。
「どうしたのじゃ? リュゼク」
 元王妃クレドランシェアニと、元国王カレンティンシスの仲は冷え切っていたが、結婚する前はそれ程でもなかった。
 傍系の娘と王太子であった頃は、それなりに彼女のことを気遣っていた。
 秘密を抱えて結婚したことで、凍てついてしまった二人の関係は、地位を奪われたことにより変わった。元には決して戻れはしないが、もう悪くなることはない。
「昔の殿下に戻られたようで……嬉しゅうございます。そしてクレドランシェアニのこと、このリュゼクにお任せください」
 かつての素直に優しさを表していたカレンティンシス。彼が帰ってきたことに、リュゼクはカルニスタミアに感謝した。

 生きているからこそ、であると

「……」
 二人は唇を重ねた。
 長きにわたる関係の終止符として、新たなる関係を築く第一歩として。そして微かな愛情を確かめ、消し去るために。

 帰還するリュゼクをカレンティンシスはただ一人見送った。ずっと側にいてくれたプネモスはもういない。

「ヒステリーさま、飯食いにいこうぜ」
「煩いわい、デファイノス!」


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