ALMOND GWALIOR −208
 ザウディンダルを補佐するために作戦行動を取っているリュゼクとアロドリアスは途中でテルロバールノル貴族だけで編成された部隊と合流し、
「解ったな」
 部隊の八割を先程の「補給は期待するな」と命じた副中枢の警備へと向かわせ、残る二割を率いることにした。
 その合流した部隊から”セゼナード公爵が僅かながら通信できるようにした”との報告を受ける。
「小型機の通信機を使ってじゃと?」
「はい」
「その連絡を受けた時間は?」
 作戦行動は受け取った時間が大きな意味を持つ。
「その時刻は儂等は”スペーロ”と一緒におりました、将軍」
 アロドリアスはほぼ回復した腕に装着している時計に触れ、時刻データを引き出しリュゼクに伝える。
「そうか。これではっきりとしたな。あれは完全な偽物じゃ」
「二部隊に分かれますか?」
「そうじゃな。だが長時間の探索はせぬ、この道を左右から。五分後には合流する、よいな」
「畏まりました」

 リュゼクとアロドリアスは二手に分かれて、合流地点が同じになる通路を部下を率いて注意深く進む。
 これを何度も繰り返していた。
 彼らは皇帝を見つけるだけが目的ではない。彼らは皇帝を無事に逃がすことまでが目的であり、使命である。たしかに兵士たちを使い捨てのように使用するが、無駄死にはさせない。
「無事だったようじゃな、アロドリアス」
「はい」
「では次の分岐点までゆくぞ」
「はい」
 効率は悪いが確実性を前面に出して、二人は部隊を率いて動いた。
 エヴェドリットのような強さはなく、脅威的な頭脳もない。ただ愚直に華麗さなく泥のなかを這い回るように。

 二人が十度目の合流を果たした時、本来であれば見つければ安心するはずの相手を発見した。
「将軍、そちらは?」
「おらぬなあ。何処へと……待て、アロドリアス!」
「ケシュマリスタ王!」
 一人僭主を叩き殺している、ラティランクレンラセオ。
「デーケゼンか」
 強さに申し分のない男は余裕で敵を討っていた。
「陛下は」
 栗毛の美しい女は、ラティランクレンラセオを強い視線で射貫き、糾弾する。
「実は……」
「陛下はどこだと聞いているのだ」
「公爵ごときが、王にきいて良い言葉ではないな。貴様等の……」
「うるせぇえ! 陛下はどこにおわすかと聞いておるのじゃ! 手前の仕事は陛下をお守りすることだったのに、守れもせんかったのか! この屑人造人間がぁ!」
 二人に率いられていた者たちは、将軍の怒鳴り声と他家の王を容赦なく殴り飛ばした姿に、僭主と遭遇した時以上の恐怖を感じた。
 そうラティランクレンラセオは、黙ってリュゼクの言葉を聞いていたのではない。
 ―― 手前の仕事は陛下をお守りすることだったのに ―― の辺りで、リュゼクはラティランクレンラセオの顔を拳で殴り、床に這わせたのだ。
「儂の質問に答えろ。貴様、陛下が何処におわすのか解らんのじゃな。この下郎が」
 ”他王家の王など王とも思わぬ傲慢な気位の高さを持つ貴族たち”テルロバールノルの貴族は、影だけではなく表でもよく言われている。
 エヴェドリット王家が「シュスター・ベルレーの愛娘デセネアを強姦しても王の座に就いた。その戦争の才能に、皇帝は屈した」という伝説を好むのと同じで、テルロバールノルの貴族たちも、自らがそのように言われることを好むのは事実でもあった。
「陛下がどこにいるかは、解らん」
「そうか。アロドリアス、ケシュマリスタ王を連れて行くぞ。立たせてやれ。ついてきてもらいますぞ、人造王」
 ラティランクレンラセオはアロドリアスの手を払うこともなく、大人しく立ち上がった。ラティランクレンラセオは馬鹿な男ではない。「私にこんなことをして、ただで済むと思っているのか」などと愚かな言葉など吐きはしなかった。先を歩くリュゼクの揺れる栗色の髪を眺めながら、

―― もっとも厄介な相手に見つかってしまったようだね。これは本気で対応策を考えないと、僕の身も危ないな

 ラティランクレンラセオはこの時間シュスタークの護衛をしていることになっている。
 その彼が単身で行動している時点で、弁明の余地はない。下手にリュゼクたちと言葉を交わすよりも、騙しやすくリュゼクたちを黙らせることが出来る相手を丸めこむことに決め、口を噤んだ。

 襲撃からリュゼクたちに捕まるまでの間、ラティランクレンラセオは彼なりに積極的に動いていた。
 ザウディンダルに暴行を加えシュスタークの元へと向かわせてから、痕跡を消している最中に異変に気付いた。ザウディンダルを拷問した部屋にいた証拠を残さないため、情報収集に関してはやや出遅れた。
 もちろんその頃すでにダーク=ダーマ艦内はディストヴィエルドの手に落ちていたが、
「…………」
 同時にザウディンダルが動いて《帝王の咆吼》が途切れ途切れに流れる状態。
「音声が途絶えたな。自分で情報を探すとするか」
 動きやすく、それでいてケシュマリスタ王と一目で解るように、表が緑に白抜きの朝顔が描かれ、裏は白で金で縁取りされた膝丈の長さのマントを着用して、近衛兵であることも解るように軍刀を腰に差し、特殊な作りになっている肩口に鞭を装着してから髪を梳き、
「ここまで王らしければ、気付いてもらえるだろうが。さて」
 鏡で自らの姿を確認して、艦内にいる部下たちからの連絡を確認し部屋を出た。
 ラティランクレンラセオはなにも解らない状態だが、解らなくても特に困ることはない。人気のない通路を進み、目的である戦闘があったポイントに到達した。
 十字に交差している通路で、
「待ち伏せか」
 通路に面している扉が内側から爆破され、そこから扇状に痕跡が広がっている。通路側に隆起している扉をくぐり抜け内部を確認する。
 室内には何もない。
 本来ならばあるはずの通信機すら撤去されていた。敵に使われることを警戒していることが伺えるが同時にそれは、
「完璧に僭主の襲撃を知っていたようだね」
 それをも意味する。なにもない部屋からまた穴をくぐり通路へと出て死体を確認する。
「まったく隠すつもりがないあたりが、君達らしいね。リスカートーフォン」
 腕の部分に描かれているビュレイツ=ビュレイアを現す紋様は血で染まっていたが、それがより一層”彼ららしく”見せていた。
 掴んで確認していた腕から手を離して、別の死体をも確認する。

―― 撃破の状況からすると、この混乱は長くは続かないな

 近衛兵も自分同様に全く解らずに交戦しているのであれば一日近くかかるが、
「五時間以内には終結するだろうね」
 襲撃を事前に察知しているのならば、自分の読み通りに終わるだろうと。ラティランクレンラセオは自分の読みに自信があった。簒奪を考える際に、近衛兵団の実力は絶対に計らなければならない。特に現在の皇帝直属近衛兵団は、皇帝の権力により守られている庶子たちが支配しているので、懐柔がきかないため”滅ぼす”しか道はない。
「君達よりも私のほうが、ずっと近衛兵団の実力を理解しているから……負けるね。さて、死んだふりなんて似合わないよ。リスカートーフォンには」
 ラティランクレンラセオは肩口の鞭のグリップを右手で握り左足で半円を描きながら、腰を軸にして鞭をはなつ。
 先程まで腕を掴まれいていた体が起き上がり、飛びかかってこようとしたが、
「……」
「死んだふりして好機を探す時点で、もう負けは決まってるんだよ。残念」
 鞭が足首に巻き付き振り回され、左手に軍刀を構えたラティランクレンラセオの前に勢い良く引き寄せられ、上半身を斜めに切り裂く。
 視界が明るくなったと同時に鞭を足首から解き床に一度叩き付け勢いをつけて肩口へと戻し、
「それじゃあ」
 剣を腰に収めて、他の情報を求めて歩き出した。
「さて。少しは注意しないといけないようだね」
 ラティランクレンラセオはケシュマリスタの王。攻めてきたのがケシュマリスタ僭主でもない限りは安全な筈なのだが、エヴェドリット僭主は下手をすると自分の地位を脅かす僭主たちよりも性質が悪い。
 ラティランクレンラセオが「王」だと解っても、攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。先程死にかけていた僭主もそうだが、彼らは基本自分の本能に突き動かされて、お構いなしに襲いかかってくる。
 今は瀕死の一人と遭遇であったので簡単に対処できたがラティランクレンラセオよりも強い相手が、全く交渉に応じない……ということも充分に考えられた。
「むしろ、そっちのほうが可能性は大きいよね」
 ”相手をするならロヴィニア僭主が一番いい”と、ラティランクレンラセオは祖父の言葉を思い出す。

―― ロヴィニアが再統一したのも解る

 ロヴィニアだけがどの王家にも均等に《交渉》を持ちかけて来る。それが統一への道筋になった。エヴェドリットは言うに及ばずだが、ケシュマリスタとテルロバールノルは両者が交渉を持ちかけることは決してない。
「あいつらは、本当に僕たちのこ……」
 壁の向こう側から聞こえてくるテルロバールノル語同士の罵りあいに足を止めて耳を澄まそうとした時、
「この装置、壊していこうか」
 目の前にロガを殺害するに良い装置が置かれている部屋に気付いて破壊した。ロガを殺害するのは簡単だが、殺害しているのを見られるのはラティランクレンラセオの本意ではない。ロガにはあくまでも不慮事故で死んで”もらいたい”のだ。
「感覚として放射線の量が少ない気がするな。人間が即死するのには充分なのかどうかは解らないけれど」
 装置を破壊して耳を澄ませる。
「……おや」
 テルロバールノル語で言い争っている二人と、その向こう側から近付いてくる微かだが軍隊行進をしている足音をラティランクレンラセオは聞き取った。
「……」
 激高してテルロバールノル語で言い合っているので、ラティランクレンラセオにも内容は聞き取れない。
―― 向こうから来る一団……勝てそうにもないな。捕まったら……これ幸いって見捨てられて殺される可能性が高いなあ。さて、そうならない為にも動くとするか
 ラティランクレンラセオは急いで近くで言い争っている二人に近付き、一人を肩から臍まで切り裂いた。
「……」
 切り裂かれたサイロークも、言い争っていたヒュティカも、突如現れたケシュマリスタ王の行動に驚くだけでなにをする事もできぬままであった。
 床に倒れたサイロークを踏みにじりながらヒュティカの頭を真っ二つに割る。
「君達はタスタトウテ伯爵家の二人だね。どうしてこんなことをするのかって? それはねえ」
 サイロークは暗く沈んでゆく意識のなか、
「ケスヴァーンターン、ラティランクレンラセオか」
「そうだよ。と言っても信用はされないだろうね。なにせこの顔、多いから」
「……本物のようだな」
「へえ、解るのかい?」
「そうだな。本物のラティランクレンラセオは、ケシュマリスタ語になった時の人を見下す態度に特徴がある。帝国語で見下している時はそうでもないが」
「証明できて良かったよ」
 自分に怪我を負わせ、兄ヒュティカを殺害したのがケシュマリスタ王であることだけは理解した。
 完全に意識を失ったサイロークを脇に、
―― 二人がかりか。君一人でも僕に勝てるだろうに。王を捕らえるのには万全を期すってところかい
 名は知らないが部隊でもっとも強いであろう男と、その直属の部下が二人がかりで自分にかかって来ようとしているのを見ながら交渉に出た。

「アルカルターヴァには近付くなということか」
「好きにしたらいい。まあ”彼”はあの性格だから、絶対に此処に来るだろうけれどもね」
「貴様とアルカルターヴァが”届く”距離は?」
「結構届くんじゃないかな? 君たちなら解るんじゃないかい? そうでなければ、外部との通信途絶なんてしないよね。まあ途絶しなくたって、他者には傍受ができない方法を使って連絡を取り合うよね」

 告げてサイロークの治療薬を渡して立ち去る。僭主たちが自分を深追いしてこなかったので、交渉人がいることを確信した。
「さて、僕と交渉するのは誰なんだろう。僕と交渉するってことは、単独で動いている強い奴だろうなあ」
 交渉相手となる人物を捜しながら、僭主を殺害して歩き、
「ケシュマリスタ王!」
「デーケゼンか」
 リュゼク隊に発見され、本人であることを確認する意味でカレンティンシスと通信で話をすることになった。

『お前は私が何をしたのか解っている。だが現状から、私を自由にして事態を収拾させるのが、最も賢く最も効率良く、最も確実であることもお前は知っている』

 カレンティンシスを納得させ自由を得ようとしながら、ラティランクレンラセオは一人だけ気がかりな人物がいた。それはキュラティンセオイランサ。すでに役目は終わり、邪魔な存在で処分したいのだが、ラティランクレンラセオが自ら積極的に動かない限り殺せない存在であった。


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