ALMOND GWALIOR −207
―― 銃を構えたアロドリアスとやらは、本気で殺害しようとしていた

 ディストヴィエルドはザウディンダルについて調べていた。
 副中枢のあの場面で、リュゼクがザウディンダルを庇ったことが気にかかり、艦内システムを掌握している格納庫へと戻ってきて”とっかかり”を探していた。
 とくにリュゼクはザウディンダルを庇ったあと、体を反転させてディストヴィエルドに攻撃を仕掛けてきた。
 《ビーレウストの本のタイトル》が解らないと言うザウディンダルの言葉ではなく、別の理由で攻撃してきたことは明か。

―― 強さその物は恐れるに値しないが……中々にいい女だな、デーケゼン。殴って顔が腫れるのはいい。壊れてしまってはつまらない

 ディストヴィエルドがエーダリロクを乗っ取ったのは容姿が同じこともあるが、それ以外にもシステムに深く関わることができる立場であり、乗っ取りやすい生活態度であったことも大きい。
 好き勝手にビーレウストと出歩いて、会議や会合に出席しないことは当たり前。自由気ままに過ごしているように見えるのだが、実際は一定の行動原則があり”出席するべき会議”や”外さない行事”というものが明確だった。
 エーダリロクは出席項目の割り振りが上手く、ロヴィニア王も「この式典は特段指示しなくても出席するだろうし、これに出席するのならば他は目を瞑っておくか」と許す程に。
 だからその場面をかわし、いない場所に《エーダリロク》として足を運ぶことはそれほど難しいことではなく、なによりも『出席しているので』兄である王に報告が届かないため、この事実は発覚し辛い。
「二人で出かけ……レビュラは出歩かないな」
 両性具有であるザウディンダルは、基本行動の自由はないので、戦争以外で帝星から出ることは許されていない。
 だがザウディンダルは《両性具有》であることは伏せられているので、この隔離されたような生活は異様に映る。下賜された領地に出向いたことが一度もなく、管理は帝国宰相が行っている。
「これは……行動制限でも掛かっているのか? 過去に犯罪でも」
 ディストヴィエルドはザウディンダルの偽名《ザウディンダル・アグティティス・エルター》を打ち込み経歴を参照する。賞罰欄は空白。経歴に行動制限されるような要素も、管理権限を取り上げられるような事件も見当たらない。
「随分と”なにもない”経歴だな。これほど異質な経歴は見た事がない」
 貴族であれば人目に触れる経歴書に、箔を付けようと様々な賞や役職を記載させるのが普通なのだが、ザウディンダルにはそれがない。
 ビーレウストやエーダリロクは王子ということもあるが、経歴書には本人も知らない役職や栄誉賞が並んでいる。
 王国追放を経験していたカルニスタミアや、元私生児のキュラティンセオイランサですら帝国騎士以外の役職があり、相応の評価が記入されている。
「誰にも経歴を見せない? 見せる必要が無い……とは思えないが」
 ザウディンダルの他の兄弟たちの経歴書は、相当埋め尽くされている。特にデウデシオンあたりは、役職だけで他者から嫉妬され、簒奪を疑われる程に並んでおり、それらから考えても庶子だから経歴がないとは考えにくかった。
 ディストヴィエルドが警戒したのは《帝国騎士》としてのザウディンダルだけ。それ以外の情報は特に精査することはしなかった。ザウディンダル以外に調べる必要がある相手は多数存在していたので。

「もう一度、元に戻って考えてみるか」
―― デーケゼンがレビュラを庇う理由……あいつらが庶子を庇うとしたら、理由はアルヴァか

 机に肘をたてて画面をのぞき込むようにする。
 顔を近づけたところで見え方が変わるわけではないのだが、肘を突き顎を手で支えて、斜めからのぞき込む癖がディストヴィエルドにはある。
 リュゼクはテルロバールノル貴族。よって庇った理由が《帝国騎士としての才能》や《権勢のある一族の一人》などであることなどは考慮する必要がない。
 逆にこの二つが当てはまらないので、ディストヴィエルドは違和感を覚えたのだが。
「たしかアルヴァの弟と交際し、アルヴァが弟を国に立入禁止になっていた筈。……ますます解らんな、王から不興を買っている相手を庇うなど、あいつらの行動とは思えない。となると、皇帝関係か。おい、サーパーラント」
「はいディストヴィエルド様」
 声をかけられたサーパーラントは席から立ち上がり礼をして答える。
「お前はレビュラについてなにか知っているか?」
「なにも知りません」
「たしか以前、修理に来たレビュラの世話をしたはずだな。その時会話したか?」
「ありません。食事を運んだだけでしたので」
 サーパーラントはその時のことを思い出し、言い表せない感情に頬を染めた。
 ザウディンダルのことを思い出すと、キャッセルに対するものとは違う感情が胸の奧で微かに揺れる。
 そんなサーパーラントの感情の小さな動きにディストヴィエルドは気付き、資料を開きながら予想通りであれば印象に残っているだろうことを尋ねる。
「食事……メニューは?」
 《隔離するべき存在》だと教えられていない階級であれば一目で魅了され、
「夕方は小粒のサプリメントが三粒にグラスに入った水、そしてフルーツトマトが二つ。翌朝は葡萄が八粒ほど」
 極度の小食が特徴。
「やはりそうか!」
 手元の資料には残っていないザウディンダルの食事。帝国騎士本部で出されたものではなく、持参してきた為に記録では《なし》となっている。
「ディストヴィエルド様?」
「アルヴァが弟を国内立入禁止にしたのは、インペラールヒドリクのアグディスティスに手を出したからか。それならば、納得がいく」
 サーパーラントは大体の単語は分かった。アルヴァがアルカルターヴァ公爵であること、そしてインペラールヒドリクはシュスターシュスタークであること。だが「アグディスティス」については見当も付かない。
「……」
「お前はこのまま作業を続けろ」
「はい」
―― そう言えば、エーダリロクの権限で……
 ディストヴィエルドはザウディンダルについて然程興味はなかったので開かなかったデータがあることを思い出した。ザウディンダルの個人データではなく、エーダリロクの部下としてのデータ。
 上位権限を持っているディストヴィエルドは、わざわざ下位権限を詳細に調べることはしなかった。改めて情報を開き目を通すが、そこにあるのはやはり《偽名》
 画面に現れた文章を眺めて、綻びを探す。エーダリロクは「作為的な誤記」に特定の人物が触れると画面が変わるような仕組みを好む。
 エーダリロクは開発の面では類稀な天才であると同時に、文章作成能力もロヴィニアらしく極めて高く、紙に書いて作成する書類の場合は一字一句、文法も間違わない。
 端末を介する場合は《このような仕組み》を作ることはあるが、知識のない者が目を通しただけでは解らないような文章構成を取る。
 ”契約書の詐欺師”なる異名まで持つ一族の王子らしく、流して読みそうな部分に重要な項目を上手く隠し込んでいる。
 エーダリロクのこの種類の暗号を見破るのは、彼を上回る書類作成能力を持つデウデシオンくらいのもの。両者とも書類を作成する能力が突出している。
「……ここか」
 ディストヴィエルドは注意深く情報項目にある《誤記》を見つけて、その部分に触れると予想通り「パスワード」を求める画面に変化した。
 エーダリロクのパスワードを解読するのはかなり難しい。パスワードは短くて500桁、メモすることなく共用させることもない。一つ一つをすべて暗記しており間違うことはなく、パスワードは一度間違うと遮断される仕組み。
 ディストヴィエルドはそのパスワード部分を生体承認に変換させて、エーダリロクのコードを打ち込む。
 真っ白になった画面に金色の水仙《帝国最強騎士》の紋章が現れ、今度は生体承認を求める。
「随分と厳重だな。経歴が空白の庶子の情報を、わざわざ此処までする必要があるか」
 ディストヴィエルドは独り言を呟きながら立ち上がり、作っておいたキャッセルのクローンを箱から取り出し承認させる。
 エーダリロクのコードでも入り込めない場所、キャッセルの領分に侵入するためにクローンを準備しておいたのだ。
 それも酸素を吸うと五分もしない内に死ぬように。キャッセル本体の身体能力を恐れて子どもの形状で。
 箱から出されたキャッセルのクローンは、生体承認後捨てられる。息苦しいのだろうが苦しがる素振りも見せずに、サーパーラントが目を背ける必要もないくらいに安らかに死んでいった。

 このキャッセルの幼体クローンを作成するにあたってディストヴィエルドとカドルリイクフとの間で意見対立があった。カドルリイクフはクローン作成を拒否し、使用せずに作戦を「立ててみろ」と怒鳴ったものの、ディストヴィエルドは「帝国最強騎士の単体クローンで操縦者が増えないかを試してみたい」特殊能力を増やす実験に使うため、ある程度の数が欲しいと言い返した。
 結果としてクローン作られディストヴィエルドの意見が通った形になったのだが、全面的に通ったわけでもない。

―― 研究に使うのは簒奪後だ

 ザベゲルンにそう命じられ、仕方なく引き下がった。
 ディストヴィエルドはこの簒奪の襲撃前に実験し、自分に従う機動装甲の操縦者として使用したかったのだが、事前に察知したジャスィドバニオンがザベゲルンに意見し、
「ハーマンクランドとケルディンセルはお前に、忠誠を誓っているから生体鋼(機動装甲)に搭乗することを許してやったのだろう? クローンは概ね作成者を主と仰ぐ。お前はそれほどディストヴィエルドを信用しているのか? ザベゲルン」
 完全に反対派であったヴィクトレイも同じようなことを進言した。
 なによりもザベゲルン自身はディストヴィエルドも、その母親であり叔母であるインヴァニエンスとも根本的な部分が合わないこともあり、意見をまず反対する方向で考えてから返事をする傾向にあったので、ディストヴィエルドの思った通りには出来なかった。
 息絶えたクローンに見向きもせず、開かれたザウディンダルの個人情報にディストヴィエルドは目を通す。
「レビュラ公爵……ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル。やはりそう……ん?」
 予想通りであったことに歓喜する前に、ある項目を見つけ頬を強張らせた。サーパーラントは立ち上がり、死亡したクローンを箱に再び戻してやる。

―― 生き返るわけじゃないけれど……
「まさか……生きているのか?」

 サーパーラントは自分の内心に近い言葉を発したディストヴィエルドに驚き凝視するが、向こうは全く気付いていないことに気付き、見つめていたことが知られると叱られると視線を落として所定の位置へと戻り、画面を向き仕事をしている”ふり”をする。
 ディストヴィエルドの表情が《かなり焦ったもの》で、長い付き合いではないことを差し引いても、サーパーラントが今まで見た事のないものであり、想像もしていなかった表情。それを作ったのはザウディンダルが両性具有であることではなく、個人情報の最下部に書かれていた装飾に隠れた文字。

―― 青い再生鳥 金の籠 声色の金糸雀 ――

 普通では意味の解らない単語ばかりで、画面の情報の飾りに隠されたこの文字を見つけ出すのは不可能に近い。ディストヴィエルドも『金の籠』に思い当たる節がある程度で『青い再生鳥』と『声色の金糸雀』は完全にお手上げの状態。
「イデスアの本といい……」
 質問に対応できるだろうとディストヴィエルドは『金の籠』の部分を指でなぞる。
 王族の中で『金の鳥籠』はケシュマリスタの処刑前段階を示し、処刑されるものは大量の花と共に、金の鳥籠に入れられて吊され処刑の合図を待つ。
 文字は正確には『金の籠』だが、それを挟む前後が『鳥』を示しているのでディストヴィエルドは勝手に鳥籠と解釈をした。
 『金の籠』はこのページに辿り着くまで厳重であった為、すぐに開かれる。

《投降僭主 ハネスト=ハーヴェネス・デーグレバスタール=バスターク・アッセングレイム について》
「まさか……生きているのか?」

 その名はディストヴィエルドも知っていた。
 黄金の右目を持つ、ダーク=ダーマに瓜二つの人物。ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主の中でも群を抜く強さを誇った女性。
「死んでいなかったのか。……これは。”声色の金糸雀”は夫のことか……」
 この作戦を指揮するタバイは、ハネストのことを全く知らない。進軍に従っている委付兄弟たちはほぼ全員が知らないが、僭主襲撃前にザウディンダル以外の庶子たちと顔合わせをするようにデウデシオンは命じていた。
 その挨拶に使うために、ある程度の情報を提示する必要があるので、容易に破ることのできないザウディンダルの個人情報の中に《これら》を保存しておき、時が来たら開示するよう指示を出していた。
 他の情報「声色の金糸雀」は誰の声でも真似できるデ=ディキウレ。そして「青い再生鳥」はこの情報を保護する立場にある帝王ザロナティオンを宿したエーダリロク。
「ほぉ。なる程、ウキリベルスタルを殺害したのか。この女ならばアルヴァくらいは容易いだろうな」
 そこにはハネストが関わった大きな暗殺計画の詳細が書かれていた。
 シュスタークを襲撃した際の手順とウキリベルスタルを暗殺した方法。前者はディストヴィエルドの知っている《ハネスト》であると確証を持たせ、
「情報が増えたな」
 後者は『どのように使う』のが最も効果的かを考えて格納庫を出た。

―― レビュラは皇帝のお気に入り……と見ていいのか。それとも塔に収納されていないのは生体鋼を操縦できるから? 105はレビュラが操縦する予定だったな。となると……

 強さに比重を置くエヴェドリットは例外がない両性具有にたいしても「そう」考えた。

「ハネストでもザベゲルンには勝てないだろうが、カドルリイクフと遭遇しないように。なによりヴィクトレイと合流されたら厄介だ」


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