ALMOND GWALIOR −200
 逃げた皇王族はシェルターの奥へと進む。
 シェルターはアウロハニアたちが待機している場所以外にも脱出口がある。先程《入って来た場所》へと向かってしまった者たちは、そのことを失念していた。
 いま、そちら側に向かった皇王族もデウデシオンと話をしていた思いだした。デウデシオンは国璽を懐に戻して後を追う。
 閉じられた扉を開くことは造作もなく、何処へ向かおうとしているのかも予想できた。
 予想が違っていたとしても、あとはアウロハニアに任せれば良いだけのこと。何時もより足音を立てて、皇王族を追い詰める。
 階段を駆け登り、もうすぐ脱出口付近という皇王族を見上げて捉える。
 階段を数十段に飛ばして階段を飛ぶように登ってゆく。脱出口を開き皇王族は踏みだし扉を僅かながらの時間稼ぎのために閉める。
 登り切ったデウデシオンがその扉を開くと、
「よくやったアウロハニア」
「お褒めにあずかり光栄です」
 先回りしていたアウロハニアが罠にかかった皇王族の前で、手を胸の前に置き礼をする。
「お前たちが逃げ込む場所などとうに潰している」
 暗黒時代に籠城用のシェルターが大量に使用され、そのまま破壊され放置されている。残っていたシェルターは多くはないので、手を加えて逃げ込んだら脱出できなくなるように細工したのだ。
 脱出通路は切り取られ、三メートルほどの穴には槍が無数に立てられている。そこに落下し突き刺さった皇王族はまだ生きてはいた。
 穴の底から見上げるデウデシオンの表情に、
「……」
 かつてのディブレシアの面差しを重ねながら息絶えた。
 槍に串刺しになり大きく震え全身の穴から血が流れ出したのを確認して、デウデシオンはアウロハニアと一緒にいる二人を値踏みするように見る。
 エンデゲルシェントはその視線に特に思うことはなかったが、ケベトネイアは面白そうだと笑い、年長者の狡猾さを持って挨拶をした。
「我等いま、お前に下った。我等これから皇帝の敵なり」
 エヴェドリットのエヴェドリットたる挨拶に、
「それでは僭主と変わらんだろう」
 デウデシオンは帝国宰相として答える。
「我等は僭主と呼ばれていようが、皇王族と呼ばれようが関係はない。エヴェドリットである以上、リスカートーフォンである以上、皇帝に刃向かう。だから簡単に皇帝に下ったのだ」
「腹立たしいが、リスカートーフォンであることは確かだな。して、この者たちと連動していた艦隊は?」
「アジェ伯爵殿下の指揮のもと、数で押し潰した模様。半数近くは投降しました。いまのケベトネイアの言葉を聞いて、投降者が予想より多かった理由が解りました」
「そうか。ではお前達に命令を下す。ケベトネイアとやら、連れてきた部下たちを連れて死体を回収しろ。死者を特定する必要があるから食うな」
「了承した」
「アウロハニア、その黄金髪の……」
「エンデゲルシェント」
「そのエンデゲルシェントと共に、投降僭主たちの詳細をまとめろ。書式は私の執務室の端末に入っている。お前の承認コードで開けるようになっている」
「畏まりました」
 ケベトネイアは串刺しになった死体を持ち去り、二人も振り返ることなく執務室へと向かった。そして再び一人になったデウデシオンは、歩きだした。
 まだ興奮状態にある身体は、眠ることを拒み動きたがる。その衝動に従いながら歩き続けた。
「長兄閣下」
「デ=ディキウレか。どうした?」
 時間もなにもかも忘れて歩いていたデウデシオンは、空から明かりがなくなり夜になっていることに、外でデ=ディキウレに声をかけられたことでやっと気付いた。
「死体の回収が終わりましたので、私の部下たちが特定する作業に入りました。それと帝婿たちが殺害した皇王族のリスト」
 デウデシオンは受け取ったリストに目を通しながら、報告を聞いていた。死者の数以外にも、大まかな損害状況などが載っていた。損害は予定の範囲内で、市街地に被害は出ていない。作戦は成功したと言える結果だった。
「長兄閣下、皇君殿下より通信が」
「繋げ」
 開かれた画面に現れたのは皇君と、助けを求めるターレセロハイだった者。
『デウデシオン! 助け! なんでもする!』
「皇君殿下。それを帝国騎士本部に移送して貰いたい。あとは話はなかろう? 忙しいので通信を切らせて貰う」
『解ったよ。ほら、無駄だったろう?』
 皇君からの通信を切ったあと、
『デウデシオン』
「アイバリンゼン……」
『無事でなによりだ』
「もうじき戻る。部屋の用意などを頼む」
『もう整っている。いつ帰ってきてもいい』
 父親と姉であるフォウレイト侯爵から連絡が入り、
『閣下。ご無事でなによりです』
「ああ。あなたも無事でなによりだ」
『父共々、お待ちしております』
「解った」
 二人の心よりの笑顔に言葉少ないながらも、遮ることなく会話を続けた。
「帰宅を心より待ってますよ……どうなさいました? 長兄閣下」
「……少しな」
 通信が切れた何も映していない画面を見つめたままのデウデシオンに、デ=ディキウレが尋ねる。
「少し?」
「少し……思う所があった」
「何ですか? 良かったらお聞かせ下さい」
「このジルオーヌ作戦は私怨を晴らす物だった。復讐の為に立てた作戦だった。私は復讐を終えると虚しくなり、人は空となって生きていく気力を失うと聞いていたのだが、いまの私はそうでもない。人を殺したあとに感じる物はあるが、それは今までの処刑と何ら変わらない。だから……復讐は失敗したのだろうかと思ってな」
 復讐したく、それを成し遂げたのだが身体が震えるような歓喜はなく、かと言って虚しさだけが残るというものでもない。
 デウデシオンにとっては、何時もと変わらない。
「それでは、自分が空っぽになり、虚しくなるまで殺し続けてみますか? 付き合いますよ」
「そんな気力はない。解ってはいるのだ……私が殺したいのはディブレシアただ一人で、今回殺した者たちはその代わりに過ぎない。だがあいつらを殺してもディブレシアに対する復讐心を満足させるには到底及ばない。私はおそらく全人類をこの手で殺害したとしても、ディブレシア一人を殺した時に得られるだろう歓喜と喪失感を味わうことはできない。だから私は人をどれ程殺そうとも、達成感も虚しさも得られない。私の復讐は最初から失敗していた、虚しさすら手に入らないほどに」
 必死に足掻いて復讐したつもりだったが、それはただの終わりにしかならなかった。
「良いじゃないですか。作戦が成功した、それだけで」
「お前を含む弟たち全員、無事だったようだしな」
「そうですよ。それ以上深く考えても仕方ありません!」

 その後デウデシオンは一切の処理を他人に任せ、面会を申し込んできた二王にも返事をせずに部屋で一人、
「……」
 皇君から渡されたクレメッシェルファイラの処刑シーンを観ていた。大画面に映し出される処刑のシーンを、一人ソファーに座り口に手を当てて。
 全てを観るために顔を背けることも、頭を垂れることもなく。
 皇君からこの映像を渡されて直ぐにデウデシオンが観なかった理由。

―― 貴女の死を観ても泣けなかったらどうしようかと、私は自分が恐かった

 クレメッシェルファイラの死に耐えられないことよりも、彼女の死に反応できなくなっているかも知れない自分が恐ろしくて観ることを躊躇っていた。
 彼女の死を観て泣けなかったら……他人にしてみれば、何が恐ろしいのか解らないような理由だが、デウデシオンにとってはそれは何もかも、命すら無くしたのと同じこと。
「ふっ……ふっ……」
 だが心配したことが愚かだったと思うことも出来ない程に泣くことができた。
 何度も繰り返し処刑シーンを見続ける。涙が止まるまで、彼女の死が麻痺するくらいに見続けようとした。
 そのうち部屋に父親がやってきて、隣に座りデウデシオンの肩を抱いた。
 そうしている内に今度は姉がやって来て、やはり隣に座り膝の上で握り締めている拳に手を乗せる。
 何回観たのか覚えていない程になった時、デウデシオンは大声を上げて泣き叫び、そのまま寝室へと戻り何も考えずに寝た。
 夢にクレメッシェルファイラが現れることもなく、なんの夢も見ることなく。全てが終わった翌朝は素っ気ないほどに何時もと変わらず。寝室を出て食堂へと向かうと、何時も通りの空間があった。
 丸いテーブルを囲むバロシアンとフォウレイト侯爵と、傍に立っているダグルフェルド子爵。
「おはようございます、帝国宰相」
「おはようございます。帝国宰相閣下」
「おはよう」
 違うのはデウデシオンが挨拶を返すことだけ。
 ダグルフェルド子爵が椅子を引こうとするのを制し、自分で座り、
「お前も余裕があったら座れ、アイバリンゼン」
「はい」
「朝食後に目を通してください」
 宇宙でもかなり歪な食卓は、それでも穏やかであった。

 朝食を取り終え一人食卓に座ったままのデウデシオンの元に、
「閣下」
「どうした、クリュセーク」
 ナドリウセイス公爵がやってきた。
 その表情から大事だろうとデウデシオンは意識を切り替えて立ち上がる。
「あの、お見せしたい映像が」
「ついて来い」
 昨晩《彼女》の処刑シーンを観た部屋へと連れて行き、記憶媒体を抜き出し握り破壊して、
「そこに」
 ゴミ箱へと捨てた。
 有能な執事であるダグルフェルド子爵が、修復不可能な程に情報を破壊してくれることを信頼して。
「……」
「お前は観たのだろう? その映像の概要は」
「ケシュマリスタ艦隊から送られてきた……あの、合成などではありませんでした。ザウディンダルの……」

**********


 拷問用の犬が二度ほど動いたところで、ザウディンダルが声を上げて目を覚ます。
「……っ!」
「目が覚めたか、レビュラ公爵」

 右側に犬に似た生物の顔、犬が動く都度揺れる自分の体、下半身に走る痛みと圧迫感に、何事が起こっているのかを理解したザウディンダルは、目を大きく見開き叫び声を上げた。

「い、いやああああ! ああああああ!」
 

**********


「……今の声、ラティランクレンラセオか」
「はい」
 デウデシオンは昨晩座っていたソファーに腰を下ろし、額に手をあてて頭を支えるようにして深い溜息をつく。
「あの……」
「大丈夫だ。……再生しろ」
 覚悟を決めて画面に向き直った。

CHAPTER.08 − 6日間[END]


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