運命の分岐点[01]
 ロヴィニア王ランクレイマセルシュは”皇帝の外戚王”として初陣に随行する責務を果たした後《いつも通り》帝星へと戻っていった。
「お前の兄貴、相変わらず帰還するの早いな」
 ダーク=ダーマの第二副艦橋でビーレウストが、エーダリロクに話しかけた。
「まあなあ」

 戦費を出来るだけ削りたいロヴィニア王は、削れる箇所は徹底して削る。その最たるものが、この帰還の速さだった。いつもと変わらない”相変わらず”のことだが、今回だけは別の理由がある。

―― 僭主が帝星に攻め込んでくることを、知っている

 為であった。
 エヴェドリット僭主ビュレイツ=ビュレイア王子系統の末裔一派が、帝星に攻撃を仕掛けることを掴んでいながら《帝星に攻め込ませる》
 二十年近く前からその正体と、居場所を掴んでいた帝国宰相と、最近になって聞かされたロヴィニア王とエヴェドリット王。
 この三名は手を結び、各々の利益になると判断し、帝星に招き入れて《消滅》させることに決めた。
 その僭主だが、シュスタークが居ない時を狙って帝星に攻撃をしかけることも解った。皇帝が帝星にいる時では、警備が厳重で手が出せないためだ。
 皇帝の警備を”ざる”として、皇帝そのものを囮にすることも出来るが、皇帝を囮にしたことが知れたら、帝国宰相や二王でも失脚する可能性が高い。特にケシュマリスタ王ラティランクレンラセオなどが厳しく追及し、言い逃れするのは難しい。
 そのために皇帝が初陣に出ている際に、帝星警備を若干緩めて《侵入を許した》形をとることとなった。
 僭主も愚かではないが、皇帝の座を奪うとなると「兵を分けて、二箇所同時に攻略する」必要がある。一箇所は帝星、もう一箇所は皇帝そのもの。
「吝嗇でも后殿下の艦隊はバックアップしたか」
 ロヴィニア王は全ロヴィニア艦隊の他に、ロガの艦隊をも率いて帰還の途についていた。
「ああ。帰還の費用は兄貴が出すってさ。帝国軍は被害も甚大だったから、少しでも費用を浮かして、補填したいだろうしさ」
 表向きは、ロガの率いていた艦隊の費用を、外戚王として全額肩代わりする。
 多くの人々にとってその行為は、皇帝へのご機嫌伺いであり、他王家に対する牽制。皇帝の正妃をロヴィニアが手中に収めているという示威行為。
 だが真の理由は「ロガの艦隊の元がデウデシオンの艦隊であること」
 これから帝星に向かい僭主と交戦することとなるロヴィニア王。今回の会戦は被害が大きく、ロヴィニア艦隊も相当な打撃を受けた。
 それを補充する名目で、エーダリロクが代理で管理していたロガ艦隊を「兄王がエーダリロクの代わり」に率い、帝星へと向かう途中で《デウデシオンの所持している戦力で》陣容を整える行動に出た。
 デウデシオンは現在の帝国の法律では禁止されている程の艦隊を、個人で所持している。もちろん表だってではないが、ビュレイツ=ビュレイア僭主について、共同戦線を張っている形となっているために黙認の形をとっていたが、ここからは違う。
 ロガ艦隊を使って”ロヴィニア王が”大量の帝国軍艦隊を集めて帝星へと向かい「隙あらば帝国宰相デウデシオンを殺害する」これはロヴィニア王の目的の一つでもあった。
 優先度の高い目的ではないが、いつかは”したい”と思案していること。
 この「正妃艦隊を率いて戻れ」と提案したのは、エヴェドリット王ザセリアバ=ザーレリシバ。戦争や簒奪においては、ロヴィニア王よりも長けている男の言葉に従い動いたのだ。
 提案したエヴェドリット王は生母の再婚相手でもあるシセレード公爵ストローディク=スフォレディクと共に、自らの旗艦クレスケンにおいて”臨戦態勢”で待機していた。
 《帝星と帰還途中の皇帝を同時に攻略する》となると、
「この辺りだろうな」
「そうだろうな」
 現在航行している空間が”危険区域”となる。帝星の位置が変わらない以上、僭主は移動している艦の動きを見て攻撃を開始する必要があった。
 かつて皇帝の座を目指し、暗黒時代を引き起こした”同族”
 結局は皇帝となれず”王の座”で諦めてしまったディルレダバルト=セバインの末裔にあたるザセリアバ王だが、どのように動くかは良く理解していた。
「予測するのは簡単だなあ、ザセリアバ王よ」
「ああ簡単だ。我ならばどうするかを考えればいいだけだ」

 ロヴィニア王は機会があれば帝国宰相を排除したいと考えている。
 帝国宰相の排除はエヴェドリット王も同じこと。皇帝の信頼篤い帝国宰相を簡単な殺害では排除できないが、僭主鎮圧の際の混乱に乗じてならばと。これについてはロヴィニア王と同じだが、この二人も信頼し合っている訳ではない。
 ”どちらか”が”どちらか”を、出し抜くことを警戒している。また帝国側も、この二王家を警戒している。
 結果この危険区域での皇帝と正妃の警備から、ロヴィニアとエヴェドリットが除外された。皇帝にはケシュマリスタ王、正妃にはレビュラ公爵ザウディンダル。

 僭主とそれを迎え撃つ三勢力の構図としては、均衡は取れていた。だが残りの二勢力が、動かないという保証はない。

**********


 いつも一緒にいたシュスタークとロガだが、自らの気持ちに気付いたシュスタークは、意識して日に一時間ほどの距離を置くようにしていた。
 自らの気持ちの整理とともに、ロガにも自由な時間を与える必要があると認識したためだ。
 「自らの全ては主の物である」という奴隷としての”心構え”を持っているロガは、完全に自由な時間に困惑したものの、奴隷から正妃となるための時間だと理解し、一人で父の遺品である辞書を開き、自分自身が興味をもった事柄について勉強をはじめた。
 互いの場所は違い、姿は見えない。
 だが二人とも以前よりも、相手が近くに感じるようになった。

 シュスタークは一人宇宙を眺められる場所にソファーを置き、何も考えずに見つめている。
 その際、警備も視界に入らないように命じていた。視界には入らないが、警備は確かに存在している《はずであった》
 シュスタークの命令によりロガの警備も傍にはいない。
 ザウディンダルは一部屋離れた場所で、他の仕事をしながら警備についていた。ロガは皇帝の居住区から出歩くこともなく、部屋で大人しくしているので、警備する側は楽であった。
 ロガの警備責任者がすることと言えば、精々訪問者の選別と、訪問者とロガの会談の場に同席することくらい。
 その訪問者も奴隷区画時代からの顔見知りになるエーダリロク、ビーレウストや、キュラティンセオイランサ。他は皇帝の異父兄とその妻くらいのもの。
「ラティランクレンラセオ王が? なんだ?」
 そのためケシュマリスタ王ラティランクレンラセオから”面会要請”が入った時、ザウディンダルは奇妙だとは感じはしたものの、同時に拒否もできなかった。
 正妃に王が会いに来るのは珍しいことではない。
 内心で”面倒だな”と思う自由はあるものの、警備側は拒否する理由もない。これが同じ王が警備についているのであればまた違うのだが、ザウディンダルが面会を拒否しなかったのは、通常のことであった。
「ラティランクレンラセオ王殿下。失礼ながら身体検査をさせていただきます」
 シュスタークが警備を遠ざけていることをザウディンダルも知っており、なによりもこの王は”警備責任者”ではあるが、容姿が容姿なので一人で傍には近づけないことが決められているために、この時間の訪問に不審はなかった。
 単身で訪れたラティランクレンラセオに近付き、体を触り武器の携帯がないかを調べる。
 機器により武器の携帯がないことは解っているのだが、形式的な最終確認として警備責任者自らが相手の体を触る必要があるのだ。
 ザウディンダルが頭をやや落とし、首筋があらわになったところで、ラティランクレンラセオは手をあげて手刀を、白い首に振り下ろした。
 ザウディンダルは何が起こったのかも解らないうちに意識を失い、その体をラティランクレンラセオが片手で受け止める。
 仰向けにして腹部を愛おしそうに撫で、顎に手をかけて舌で唇をなぞり、満足げに笑う。
「僕のために君の下半身を使わせてもらうよ」
 自らの長いマントのなかにザウディンダルを隠し、部屋から出て行った。

**********


 第二副艦橋で無駄話をしながら警戒している二人の元に、カルニスタミアの副官であるヘルタナルグ准佐から《ライハ公爵殿下がそちらへと向かいたいとのこと》という連絡が入った。
 二人は顔を見合わせてから、一度拒否した。
 通常のカルニスタミアならば”作戦を説明して協力”してもらう所なのだが、負傷の度合いが酷くまだ完全回復していないカルニスタミアが、これから”戦場”となるダーク=ダーマに来られると”邪魔”になるためだ。
 実は当初の予定としてはこの区画における皇帝の警備責任者は、カルニスタミアに受け持ってもらう予定だった。この作戦に関与していない王家に属し、もっとも信頼が置ける者として。だが治療が長引き完全な状態ではく、敵がエヴェドリット系僭主であること、それも異形を多数有するとの報告を受けていたので、治療に専念してもらった方が”安全であろう”ということで、テルロバールノル王の旗艦に放り込んだのだが、
『兄貴がうるさくて適わん』
 それが災いした。
「ひゅー色男」
「格好いいじゃねえか! そりゃ、諍いになるな」
 カルニスタミアは治療のために髪が短い状態。体が完全に治るまで、短髪でいることになった。うなじが見える程の長さで、前髪はやや長めだが鬱陶しくはない。横髪は耳の半分程度を隠しており、イヤリングが非常に良く似合う。
 その諍いになった理由は《帽子》
 貴族は髪を短くした場合、帽子を着用しなくてはならない。
『なんでこの年にもなって、つばの広いオーガンジーのリボンがついた麦わら帽子を被らねばなんのじゃ』
 その帽子について、兄弟で激突したのだ。
 カルニスタミアは短いながら宝石を散りばめたチュール付きのシャープなデザインのトークハットを希望したのだが、兄王はアイボリー色のオーガンジーリボンを付けた、カルニスタミアの柔らかな榛色に似合う麦わら帽子を被れと命令した。
 両方被った姿を見たヘルタナルグ准佐としては、どちらも似合っていたので、副官としてだけではなく女としても慕っているカルニスタミアの意見に完全に同調はできず、いつものように王国軍の代理指揮官としての任務についているリュゼク将軍も「両方お似合いですので、この場合は王の意見に従うべきでしょう」とのありがたくもない助言。
 なによりもテルロバールノル王の旗艦に乗っているので、周囲は麦わら帽子を嫌というほど勧めてくる。
「花挿してやる! って大騒ぎしたのか」
 死ぬ程麦わら帽子が嫌だったカルニスタミアは「麦わら帽子を被るのならば、条件がある」と言いだし、その条件が「帽子に生花を挿すこと」だった。
 貴族の独身主義表明は髪を結い上げるか、帽子に生花を挿すかのどちらか。
 弟には絶対に結婚して貰わなくてはならないと常々叫んでいる兄王カレンティンシスにとって、その条件はとても飲めない。
 カレンティンシスが麦わら帽子に拘る理由だが、まだ兄弟仲が良かった頃、カルニスタミアは髪が短かった。
 親子での休暇先で隕石を拾ったり、貝殻を耳にあてたり、共に昼寝をしたりした時、麦わら帽子を被っていたのだ。
 その当時のカルニスタミアを思い出し、その頃と同じように麦わら帽子を被った姿がどうしても見たくなり、何時も通り王のプライドで引けなくなった。
『療養にならんのじゃよ。ここで兄貴と怒鳴り合っているくらいなら、ダーク=ダーマの倉庫整理でもしていた方が、余程療養になるというものじゃ』
 カレンティンシスの頑固さもそうだが、カルニスタミアの頑固さも似たようなもの。ここで来るなと言ったところで、聞きもしないだろうと二人は判断した。
「来ても良いけど、奢れよ色男」
「ずっと短髪で帽子被ってもいいけど、その場合は毎回奢れよ色男!」
 ダーク=ダーマへの入港許可と、どの港を使うかを送りながら、二人は奢れ! 奢れ! と叫ぶ。
『それほど似合っているか? では、このままでいるとするか。奢りはせんがな』
 カルニスタミアは”後でな”と言い、通信を切った。
「さてと。俺出迎えに行ってくるな、ビーレウスト」
 エーダリロクはカルニスタミアを迎えにゆくことにした。
「頼んだぜ、エーダリロク。俺の警備、カルに回してやろうかな」
 迎えに行き事情を説明して戻ってもらうか、もしくは、
”事情説明したら、絶対に戻らないだろうけどな”
 自分の補佐に入ってもらおうかと考えながら、自らが指示した港へと向かった。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.