ALMOND GWALIOR −182
 ランクレイマセルシュは全てを金に換算して、損得を計算する。
 ”全て”その言葉に一つの例外もない。
「敵の指揮官と交渉する。通信を送れ、リグレムス」

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 帝国で使用されている戦艦と僭主の使用している戦艦の性能はほぼ同じ。それ故、あとは指揮官の”性能”の差で決まる。
「インヴァニエンス様。ロヴィニア王より面会の申し出が」
 僭主艦隊の帝星方面襲撃を任されたインヴァニエンス。
 見た目は可愛らしい幼女だが、よく見ているとその言動と動きが容姿と乖離していることに気付く。
 五、六歳の愛くるしい幼女の顔立ちに、
「面会? だと」
 大人の言動。
 十九歳と十七歳の息子がいる”大人”なので当然なのだが、その言動は知っている者であっても”大人びた”言動に見える。
「はい。こちらに出向くと」
 大きな瞳、けぶるような睫。小さめで形のよい鼻と、愛くるしいと評してもいい唇。
「内側から旗艦を叩くつもりか?」
 声も幼いが喋り方は指揮官。
「そうではないようです」
「なに?」
「ロヴィニア王は自ら移動艇を操り、単身で此処へとやってくると」

 ランクレイマセルシュは全てを金に換算する。そう全てを。当然《人間の命》もあり、その中にはランクレイマセルシュ自らの命も皇帝シュスタークも含まれている。

 ランクレイマセルシュはこの誘いに乗ってくる相手ならば、時間を稼ぐ自信があった。
 最初からエヴェドリット系僭主と戦って勝てるなど考えていない。殺すのは、戦争は、その専門の者に任せれば良い。
「単身であれば許可するとのことです」
 この誘いに乗らなければ泥沼のような下手な用兵で、悪戯に時間を稼ぐしか方法はなかったが、
「では行くとするか」
 相手は誘いに《乗った》
 ランクレイマセルシュは襲撃戦を上手く、そして臨機応変に指示する自信はないが、適材適所に配置する能力はあると自負している。
 同時に配置してはならない者を配置してしまう感情も、同じほど理解している。
 作戦の種類、敵の数、攻撃方法から相手が戦いよりも「地位」を欲していることに気付いた。「地位を欲しているから」こそ、この場に配置されたとも言える。だからそれを揺さぶる。
「危険です! 王」
 それは《ロヴィニア王》の得意とするところ。

 ランクレイマセルシュは自らの命を卑下せず、過大評価もしない。

「リグレムス」
「はい」
「私は人の命を金に換算する。誰も例外はない。私は陛下の命を我が国の国家予算の三分の一と見なし、私はそれ以下だ。幾らで換算しているかは教えはしないが、総艦隊の三割が失われると私の命ではあがなえない。先の会戦と今の戦闘で総数の二割を失った。私に残された猶予はあと一割に満たない。だから私は今動くのだ」
 ロヴィニア王ランクレイマセルシュは、自らの命を国家予算の三十五分の一に設定している。代々そうなのではなく、自らの意志で決定する。

 自らに適切な「値段」を付けてこそヴェティンスィアーン公爵。

 それは価値ではない値段。そこが”彼ら”らしくもあると言えよう。
 価値は付加により変わるが、基本の値段は変わらない。付加価値、エーダリロクのような頭脳やナサニエルパウダのような知性などは賞与の計算に使われるが、王はどれほど付加が付こうとも基本の値段。王は生まれた瞬間に値がつき、それは下がることはあっても上がることはない。
 命惜しさに自らの値をつり上げることなどない。

 ランクレイマセルシュは一切武器を持たず、純粋な移動艇を用意させる。
「撃ちたくば撃つがいい、リグレムス」
 タラップに足をかけて容赦なく値踏みしながら、リグレムスに言い放つ。
 王の搭乗機としての最低限の装飾しかなされない移動艇。その最低限が王を表す白い鈴蘭。同じ先代ロヴィニア王の子として生まれ、まったく違う人生を歩んだほぼ同い年の二人。
「挑発にはのりません」
「そうか」
「私はあの艦隊に乗り込む度胸も、打算もありませんから」
「知っている。お前の才能も能力も、そして価値も」
「価値は貴方が決めるものです。ご自由に評価してください、ロヴィニア王」
 リグレムスは頭を下げて機体から離れ、

『では行くとするか』

 ランクレイマセルシュは自ら操縦し、戦艦の主砲を向けられた誘導トンネルを悠々と抜けて、旗艦へと着陸した。
 フロント部分を開き、ヘルメットを脱いで、
「タラップを寄越せ。お前たちと違って、飛び降りたりはしない」
 周囲にいる誰かに似ている”全く知らない相手”に命じる。
「動くな」
「私が動いたところで、恐ろしくはあるまい。私に遅れを取るようなリスカートーフォンなど、あり得んからな」
 用意されたタラップを、殊更優雅にゆっくりと降り、周囲を見回す。
 いままでロヴィニアと接したことのなかった僭主たちは、露骨な値踏みの視線に不快感よりも、驚きを覚えた。
 彼らも「値踏み」はするが、それは強さなどはっきりと分かるもの。だがランクレイマセルシュはなにも知らない状態で、あからさまに値踏みしている。
 その基本になるものが、僭主たちには分からなかった。
「しばし人質となってもらおう」
「まずは指揮官に会わせて貰おう」
「我が指揮官だ」
「違うなあ。お前は指揮官ではない」
「なぜそう言い切る」
「お前たちリスカートーフォンは”弱いやつ”を見下す。同時に指揮官は軍略の知識は当然だが、強いことが条件だ。私は弱く、軍略に疎い。だから私が来た時に、わざわざ指揮官が出向く筈はない。たとえ王であろうとも、お前たちは強さでその待遇を決める」
「……」
「もしもお前がこの艦隊の指揮官であるのならば、私でも殲滅できる。なぜならば、お前の戦略に関する頭脳は、私と同程度だから。だから私の迎えを任されたのだろう」
「お前たちとは長時間話すなと言われている」
「誰に? 答えてはくれそうにないから、私が”あたり”を付けてやろう。帝星襲撃部隊の指揮官であろう」
「なぜ分かった」
「知っているものでなければ、過去に私たちのような口から出任せをいう奴等と接したことがあるものでなければ、帝星襲撃はできないからだ。そうだろう? 帝星でもっとも数が多い皇王族はロヴィニアだ。なにせ現帝国はロヴィニアのヒドリク朝だ。私たちに対応できねば、道を開くことができん。貴様これ以上話すのは”まずい”と言った顔になったな。私をしばし監禁し、ロヴィニア艦隊の出方を見て、本当の王かどうかを確認するつもりであろう。好きにするがいい。ただ、王が単騎丸腰で乗り込んでくるのは、なにもリスカートーフォンの専売特許ではない。私たちもよくやることだ。損害を最小限に抑えるためにな」
 ランクレイマセルシュは両手をあげ、
「身体検査のためにふれること、許してやろう。王の体に触れる最低限度の礼儀くらいは弁えているのだろう?」
 堂々たる態度なのだが、その堂々に含まれている性質は潔さや王としての誇りや使命感ではなく、損得勘定と博打を楽しむ感情のみ。

―― ザセリアバが到着するまで、約五日か。さて、何時仕掛けようか

 ロガを皇后に推し、他王家の僭主を自らの配下に加えロヴィニアを発展させた王の仕掛ける博打が始まった。

**********


 ランクレイマセルシュを命令どおり無人の部屋に軟禁し、
「インヴァニエンス様」
「なんだ、ディーディス」
 ディーディスは指揮官のもとへと戻った。
「あの男と本当に交渉なさるおつもりで」
「正真正銘の王ならばな」
 インヴァニエンスはランクレイマセルシュと直接交渉する意志はある。だが相手が本当にロヴィニア王であるかどうか、直ぐに信用はできない。
「先代ロヴィニア王の残した異母弟の中に、似たような容姿のが何人かいるそうだな。とにかくロヴィニア王の情報を集めろ」
 ランクレイマセルシュには弟は一人しかいないが、異母弟ならばその手で殺害しているが、それでもまだかなり生き延びている。替え玉として差し出されるのには最適な容姿の似たようなものも数名残っていた。
「厄介な相手だと」
「どうした? ディーディス」
「内心を無遠慮に探りにくる目をしています」
「内心を見透かされるとかいう目か?」
 インヴァニエンスがせせら笑うように言うのに、ディーディスは少しばかり悩み、
「いいえ、そういった類のものではなく、本当に遠慮無くこじ開けて”見せろ”と脅してくるような。暴力的な視線といった」
 先程対応した時の視線を思い出しながら答えた。
「”見透かされる”というのは、心の奥底を見られて恐怖するといった感じですが、あの男に覗かれると不快感しかありません。腹立たしく苛立たしい、そのような感情を持ちます」
「ロヴィニアらしい視線だな」

 三日後、インヴァニエンスは「ここに来た」のがロヴィニア王ランクレイマセルシュだと確証を得て対面する。


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