ALMOND GWALIOR −20
 エーダリロクに、
『俺の兄貴でも、お前の甥でも、あの陰険ケシュマリスタ王でも、サドペディラストな帝国最強騎士閣下でも、見たことないけど有名な忍ぶハセティリアン公爵でも、俺の役職上じゃあ部下にあたるナドリウセイス公爵でも、俺とお前の同僚でもあるニューベレイバ公爵でも誰でもいいけど、とにかくケスヴァーンターン系』
 追い討ちに追い討ち、さらに追撃をかけられたビーレウストは壁に手を突いて全員を思い浮かべ、
「確かにカルの兄貴が一番無難だったな」
 冷や汗を浮かべて肩で息をし始めた。その大親友の背中に手を置き、
「なんかさ、嫌なことでもあったのかな? そう心配してたんだぜ。聞いちゃ駄目かなって思っててよ、悩みがあるなら言ってくれ」
 本当に心配しているエーダリロクはビーレウストに顔を近づけた。
「いや、俺もなんでそれを避けているのか解らねえんだよ。言われてみて、そうかも知れないな……と思ったくらいで」
「そうか。俺そっちは全く解らないけれど、相談には乗るからな。解決はできないけれど」
 三年間、妻から逃れ続けている男の笑顔にビーレウストは “ありがとう” とは言ったものの、言う気はなかった。どうにもならない事を知っているので。
「お前等、何叫んでるんだ?」
 二人しかいないと思っていた空間に、男性の声が響く。
 相手は、
「何処から出てきた! シベルハム」
 アジェ伯爵シベルハム=エルハム。ビーレウストの実兄で唯一生き残っている、癖のある真紅の髪を持つ王子だ。
「でてきたとは失礼な。ザセリアバ王に同行してきたのだ。今ザセリアバ王はランクレイマセルシュ王と帝国宰相と “ご歓談中” だ。何を話しているかは知らんが。おい、ビーレウスト探ってみないか?」
 ビーレウストの聴覚ならば、やってやれないこともない。
「断る。興味ねえことは聞かねえ」
 元々知っているという事もあるが “俺が興味を持って探るのを考慮に入れてってことか” とシベルハムを見ながら、いつも通りの素気ない態度を取る。
「お前ならそう言うとは思っていたが。おいおい、セゼナード公爵、我の髪をそう撫でて楽しいかい?」
 ビーレウストとシベルハムが会話しているのを完全に無視して、エーダリロクはシベルハムの赤い髪を撫でていた。正確には、
「どーしてあんたの髪は真直じゃねえんだよ。あんたの髪が真直なら色々なことを探る手がかりになるってのに」
 髪が緩やかなウェーブなのが不満なので、指を通して必死に伸ばしていた。
 金髪のケシュマリスタ、銀髪のロヴィニア、榛髪のテルロバールノル、黒髪のエヴェドリット、そして黒髪と赤髪のシュスターヌ。
「仕方ねえだろうが、真紅の赤は希少なんだから。この赤髪にケシュマリスタ風の癖があるのは、あいつらの因子を取り込んだせいだろうから我の責任ではない」
 シベルハムの持つ色合いで皇帝の髪と言われる黒と同じ真直であれば『あることが復元できる』といわれていた。
「伸びないもん?」
「昔の文献によりゃあ、一度丸刈りにしたら髪質かわって真直ぐになることもあるってあったが」
 ビーレウストの言葉に目を子供のように『きらきら』させながらシベルハムを見つめるエーダリロクだが、
「誰がするか。我の髪がアシュレートのように真直ぐであれば良かったのは解るが、そうそう上手くはいかん。そう言えば、アシュレートは元気か? この頃会っていないから何処かで死んだのかと思ってな」
 素気無く断られた。
 アシュレートとはザセリアバ王の弟で、シベルハムと同い年。
「何処かで死んだって……元気もなにも、俺は良く会うぜ」
「そうか。あいつ、この頃全くと言って良い程にエヴェドリット領に戻って来んからな。てっきり何処かで野垂れ死んでるのかと思っていた。あいつが帝星におけるエヴェドリットの警備を受け持つから我が前線に出向けるので悪くはないのだが、あいつ戦争にも行かないで何してるんだ?」
 “旦那持ちの女に惚れて、影から応援してるんだよ、シベルハム”
 戦争にも行かないで帝星で燻っている同い年の叔父をそれとなく心配する兄に、声にならない声でビーレウストは答えていた。
 戦争の一族の男が戦争を捨てて尽くす相手の最愛の夫というのが、
「あいつ連れて行ってくれよ。すげー金で動くから、俺いっつも捕まってロヴィニア邸に強制連行されんだよ」
 セゼナード公爵エーダリロク。好きな女はメーバリベユ侯爵ナサニエルパウダ。
 過去に皇帝の正妃候補で、皇后に最も近かった女は、女性に対し思い入れが皆無で一人でいる事を好むビーレウストにしても『この女となら結婚生活を送ることは可能かも』と思わせるほどの女性だった。
 もっともそれ程の女性でなければ、エーダリロクの妻が務まらないのも事実なのだが。
「はっはっはっ! 女は駄目と言っても通用しないか。我は女は駄目だといったら誰も結婚させようとはせんがな」
 笑って返すシベルハムは、同性愛者で誰も結婚などさせようとはしない。
 同性愛者でももう少し “まとも” なら結婚させようとする人もいただろうが、このシベルハム、帝国最強騎士と共にサドで有名だった。
 血が好きな一族生まれでサドときているこの伯爵、例外なく相手を破壊してしまうので『結婚させるだけ無駄だろうな』とザセリバ王は投げている。
「兄貴は俺よりもメーバリベユ侯爵の方に肩入れしてるから、俺の意見なんざ通るどころか “黙って襲われれば、男として新たな世界が見えてくる。哺乳類の女にしろ、爬虫類の雌はヤメロ” で終わりだ。っとにあの元正妃候補様は俺の何処が気に入ったのやら。兄貴の再婚相手になってロヴィニア王妃にでもなればいいのに」

 “お前がそうだから、アシュレートのヤツは必死になってるらしい。アシュレートが言い寄ったところで、考えを変えるような女じゃねえだろうから”

 そんな美人妻に言い寄られて「困っている」を連発しているエーダリロクの手を、シベルハムは笑いながら握り締め、
「ところで、エーダリロク。お前、昨日その愛おしい美人妻にキスしにいくの忘れたな。日課を忘れるのは構わんが忘れたらどうなるかは忘れていないな」
 笑顔で顔を近づけてくる。
 エーダリロクが語ったとおり、兄王は侯爵の味方なので「三日に一度のキスだけで許して差し上げますわ。今のところは」という言葉を厳守させるために、
「い、いやあぁぁぁ! お待ちくださいませ! 奥様様! 不肖あなたの夫らしい、この童貞公爵! ただ今参ります!! ぎゃああああ!!」
 キスを忘れたら、この人体破壊サド伯爵に ”実弟を襲う” よう依頼していた。
「黙って犯されてればいいのに」
 シベルハムの手を振り払い駆け出していったエーダリロク。逃げてゆくその王子の後姿をみながら、満更でもないサド伯爵。
「いや、お前にやられるくらいなら俺でも結婚するけどな……」
 逃げて行った親友の足音を追いながら、独身主義者は実兄から視線を逸らして言い返した。
「そうか? そうそう、先ほど何の話をしていたんだ?」
「何の話って……ああ、ケシュマリスタ系の男の話か。ちょっとな」
「お前、ケシュマリスタ系の男に興味があるのか? 我の実弟だからこっちに興味を持っても可笑しくはないな。それにお前、実際ガルディゼロとレビュラと関係持ってるしな」
「それに関しちゃあ、色々と理由があるんだよ。その二人には触れるなよ、面倒なんだからよ」
 そのビーレウストの言葉に、
「一つ聞きたいんだが、お前はガルディゼロと寝る時どっちなんだ?」
「は? 何言ってんの?」
 実兄は不思議な言葉を投げかけてきた。
「ガルディゼロは両方だろう」
 何を言っているんだろうと思いつつ、ザウディンダルの童貞は確かキュラが奪ったけれども、それ以外は組み敷いているな……と思い返し、
「そうらしいが、俺は男に刺される趣味はない。大体アイツ稚児だったろ? 普通に考えて突かれる方だろ?」
 言い返すと、
「確かにキャッセルの稚児だったが、一度関係が終了してから逆転したぞ」
 思いも寄らない答えが返ってきた。
「はあ? どういう意味だ? いや、待てわかる……帝国最強騎士、え?」
「元々キャッセルは皇王族の稚児だった。お前知らなかったのか? 長いこと宮殿にいるのに」
「興味ねえしなあ」

 実兄と別れた後、騒がしい方向に進んだビーレウストは皇王族に囲まれているザウディンダルと、それに助けに入ったカルニスタミア、その二人を睨みつけるテルロバールノル王に、遅れてきてザウディンダルを連れて戻る帝国宰相を、一人 “ぼうっ” として眺めていた。

 ― ああ知らなかったのか。帝君はそういう事言わない人だったんだろうな、我は知らんが

 ― キャッセルはあの通りケシュマリスタ系で綺麗だろう。それで皇王族が稚児として、子どもの頃からだ

 ― 本人が望んだらしい。理由? あの頃、庶子達は私生児で食べるにも困っていたらしい。見目良かったキャッセルはその容姿を使って、見返りに食べ物を貰って帰ってきて弟達に分け与えていたそうだ

 ― それが帝国宰相にばれて、帝国宰相は弟が “食い物” にされては困るとあの性豪皇帝の下に行き話そうとしたのだが、結果は暴行されて帰って来たんだとさ

 ― 結果的に性豪皇帝のお陰で庶子達は衣食住に困ることはなくなったが、それは帝国宰相が実母である前皇帝に性的に隷属して確保されたものらしい


「あんたも大変だな、帝国宰相。そしてあんたもな……両性具有。そして……兄貴、知ってたのか? 知っていたとしたら、兄貴も大変だったな」


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