ALMOND GWALIOR −19
 エーダリロクの叔父、現皇帝の実父デキアクローテムスに招待されていたのはエーダリロクとビーレウスト。そして、
「来たか」
「兄貴かよ。何にすりゃいいんだよ」
 エーダリロクの実兄、ロヴィニア王ランクレイマセルシュがテーブルについていた。
 “こっちの割に合わないことだろうな”
 思いつつ二人は視線を合わせ、少しだけ肩を落としてそれでも席についた。デキアクローテムスが給仕となり三人に食事を並べる。
 召使 “ごとき” には決して聞かせられない事柄の時は、いつも皇帝の実父、現帝国において皇帝以外、ただ一人 “陛下” と呼ばれる男が給仕を務める。
「さて、此処からはザセリアバにも告げていないのだが、エヴェドリット系僭主が発見された」
 ロヴィニア王の言葉に動きを一切止めずに、二人は肉を切り口に運ぶ。
 “僭主” とは暗黒時代と呼ばれる帝国内乱の際に『皇帝』を名乗った者の末裔を指す。現皇帝から五代前のロヴィニア系統の王が皇帝となり、それ以外で皇帝と名乗っている者を全て処刑することを決め、各王家はそれにしたがう。
 僭主にも色々な流れがあり、各王家と繋がる僭主は王家が責任を持って刈り取ることが、明文化はされていないがそのように定まっていた。
 この僭主達の多くは苛烈な僭主狩りにより勢力を失う一方だが、中には未だに一大勢力を保つも存在していた。
「この僭主の “委細” はお前達には関係しない。これから私と帝国宰相とでザセリアバに説明に向かう。それでだ、その前にリスカートーフォンの僭主狩りの責任者に話を通しておかねばと思ってな。なにせイデスア公爵ときたら、自系統僭主がいると知れば誰の許可も取らずに愚弟を連れて何処へでも飛び出して行くので」
 その一大勢力を持っているものが “多い” のがリスカートーフォンから分派した系統。
 元々戦闘に特化した一族は、辺境にあって狂ったように近親婚を繰り返し、かつての異形にも似た姿とそれに見合った力を手に入れ、普通の軍隊では太刀打ちできないのが現状。その狂気を狩る責任者がビーレウスト、これもまた狂気に近い男。
「他王家の僭主狩りに口挟むとは、ロヴィニアも調子付いたもんだな。皇家系統主で、二代続けて外戚となりゃ我慢もできなくなるんだろうな」
 現皇帝も、先代皇帝も片親はロヴィニア王族、その上内乱で疲弊した財力をいち早く回復し皇帝一族に金を貸し、利子をもとっているがロヴィニア。その関係で宮殿内においてロヴィニア王は多大な影響力を持っている
「調子付いていると言われても痛くも痒くもないが。まあ話せば長いが、この僭主のことはかなり以前から掴んでいたらしい……帝国宰相側が。私が知ったのはつい先日のことだ」
 ロヴィニア王の表情の裏側など読めない二人は、コーヒーに視線を落としながら、
「かなり以前って何時頃だ?」
「十九年前からだそうだ。あいつら、外戚王家の力は使っても信用はせんからな」
 “あいつら” とは現皇帝の庶子兄弟を指す。
 帝国宰相を頂点に、恐ろしいまでに統率されている庶子の一団はかつて何も持っていなかったが、現在では帝国の一大勢力となっていた。
「兄貴だって同じだろ。陛下の従兄って立場を使ってはいるが、庶子とは相容れねえし。それ以上に皇王族とも関係悪いしよ」
 ソーサーにカップを置きながらエーダリロクが笑いを含んだ声で返すと、
「確かにな。庶子は有能なのばかりだが皇王族は無能ばかりが揃ったのでな。皇王族と皇帝の外戚はこれもまた相容れないものだ、皇王族は皇王族で皇帝陛下の家臣の座を狙うからな」
 ロヴィニア王は否定しなかった。
「狩る機会じゃないって事なんだな」
「そうだ」
「俺が納得するしないはザセリアバにかかってんだが、説得できるのか? 確かにザセリアバはあんたや帝国宰相に比べれば口は立たないが、言いくるめられるようなバカじゃねえ」
 軍閥王家の王は、このロヴィニア王や帝国宰相に比べれば弁舌は劣るが、判断力が劣っているわけではない。
「あいつを誤魔化せるとは思ってはいない。簡単に言えば取引であって、悪い取引ではない。あいつが王として判断を下すのならば、この取引には絶対に “乗る”」
 黙っていれば優美な容姿だが、本人の性格が表に出てきた時、その姿は全く違うものに見える。
 浮世から離れた美しさではなく、地に足着いた金勘定を何よりも得意とする俗に言えば “貪欲” が、幻想を全て打ち砕く。
「兄貴がそこまで言うならザセリアバ王も納得するんじゃねえのかな?」
「まあ俺はエヴェドリット王の指示には従う。それと俺とエーダリロクはこのことに関しちゃあ、何も知らないで通していいんだな?」
「無論。貴様等は何も知らんことになっておる。ケスヴァーンターンやアルカルターヴァもな」
 言い終えて、声一つ出さず口の端が少し上がった笑いを浮かべたその表情は、一言で表すならば極悪。
 優美で繊細、典雅にして幻想的と称されるケスヴァーンターンの容姿を完全に兼ね備えて居るのに、笑い顔一つでそれを全て破壊できるロヴィニア王はある意味存在自体が “恐怖” でもあった。
「どう好意的に見ても性格悪いよなあ、兄貴はさあ。あの内側からにじみ出てくる極悪さは一体何なんだろう」
 二人は帝婿に見送られ、後宮内を目的も無く歩いていた。
「まあなあ。お前の兄貴ランクレイマセルシュが性格良かったら、気持ち悪いとは思うがよ。でもケスヴァーンターン顔であれは辛いものがある」
 腕を組んで目を閉じて首を傾げるようにして、苦笑を浮かべたビーレウストはふと思い出し、足を止めた。
「どうしたんだ? ビーレウスト」
「エーダリロク、手前に聞いても無意味だろうと思うが」
「何だよ」
「キュラに俺は女の好みが変わったって言われた。正確には、拒むタイプが出来たって言われたんだが。解るか?」
「……」
「何、変な顔してんだよ」
「いやあ。俺はそういうの一生解らないと思ったけど……意外と他人のことなら理解できたりするんだな」
「何の事だ」
「おう、解るよ。お前が避けはじめたタイプ」
「どんなタイプだよ?」
「カルニスの兄貴」
 ビーレウストはそう言われて口元に手を当てて、驚きを隠そうと言い返す。
「何でカルの兄貴なんだよ。他にも同じような顔のヤツいるじゃねえか、わざわざ “あれ” 引き合いにださなくても良いだろ」
 エーダリロクは完全に “カレンティンシス限定” なのを知っているので、あまり追い詰めてはいけないだろうと暈して言ったのだが、思った以上にショックを受けているビーレウストに、
「俺の兄貴でもいいけどな。でも俺の兄貴って言われた方がショックでデカイかとおもって。だってあの笑い顔だぞ、あの笑い顔。ニヤッ! で極悪」
 とりあえず激しく追い討ちをかけてみた。
 ロヴィニアらしくない王子と言われるエーダリロクだが、その血は確実に流れている。


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